文化・芸術

2018年8月11日 (土)

東京ステーションギャラリー

東京ステーションギャラリーとても良い避暑でした。
東京駅の丸の内北口の部分に「東京ステーションギャラリー」があります。
前から気になっていましたず、興味深い企画展覧会が行われているので!行ってみました。
絵本作家の「いわさきちひろ」の生誕100年を記念したものです。
あふれる光とうるおう色彩、その中を泳ぐ花々と子どもたち――童画のイメージを決定づけ、今なお広く愛され続ける画家・絵本作家、いわさきちひろ(1918-1974)。
生誕100年を記念し、ちひろをあらためて「絵描き」として捉え返す回顧展を開催します。
ちひろはいかなる文化的座標に位置し、いかなる技術を凝らしたのか。
新出の資料も交えて生涯を辿りながら作品を分析し、あらためてその魅力を探るとともに、童画家としてちひろイメージの刷新に挑みます。

小学校の音楽の教科書に載っていた絵がとても好きで、若い頃から上井草にある「いわさきちひろ美術館」にも何度か行きました。
開館の10時には、入口には列が出来ていましたから、やはり人気があるんですね。
ほとんど私より年上の女性だったのも、何となく理解出来ます。
ゆっくり観賞しました。
また、このギャラリーというか美術館もなかなか良いですね。
館内では、赤レンガの壁や、天井は駅の塔屋が見られて、とてもレトロで素敵な空間でした。

2018年8月10日 (金)

祭礼

shine会社の近くで、恒例の虎ノ門一丁目(琴平町)の祭礼が行われています。
祭礼
夕方には、和太鼓が披露されたり、御神輿が出たりするようです。
こんなオフィス街に住んでいる人もいるんだなぁと、この時ばかりは思います。
御神輿やお囃子などは、他からの助っ人もいるのかもしれません。
祭礼
私は、幼い頃から、こういう類いの祭りを経験したことがないので、あまり気持ちが浮き上がることもありません。
祭礼
「八木節」や「炭鉱節」など、CDで流されるのを聴くと、「上州でも三池炭鉱でもないのになぁ」なんて思ってしまったりして。
しかし、古い街ではありますから、立派な御神輿や太鼓があるようです。

2018年7月13日 (金)

佐原の大祭

tulip”俄か小江戸”「甲府」でなく、本家?小江戸の「佐原」。
現在は、香取市佐原ということになっています。
今日から3日間、「佐原の大祭・夏祭り」だそうです。
佐原では、「噺っ子連・有難亭」が活動しています。
佐原の大祭
佐原の大祭は、千葉県香取市(旧佐原市)佐原の市街地で行われる7月の本宿祇園祭と10月の新宿秋祭りの総称。
川越氷川祭・常陸國總社宮大祭とともに関東三大祭りの一つ。
2016年12月にユネスコ世界無形文化遺産に登録。

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二層構造の山車の上部(大天上)に、歴史上の人物の大人形や町内で藁を用いて製作した大きな飾り物を飾り付け、下段(中天上)に「佐原囃子」を演奏する下座連を乗せ、奏でながら町内衆により曳き回される。
また、山車の前では手古舞の流れをくむ手踊りが披露される。
飾り物の他に多くの山車の周りには彫物が巡らされ、獅子や龍、物語等を題材にしたものが彫られている。
市街地を流れる小野川をはさみ東側を本宿(ほんじゅく)、西側を新宿(しんじゅく)と呼び、それぞれ別々に祭りが行われる。
・本宿地区の「八坂神社」の祇園祭(山車10台)。
 ~7月10日以降の金・土・日曜日
・新宿地区の「諏訪神社」の秋祭り(山車14台)。
 ~10月第2土曜日を中日とする金・土・日曜日

佐原の大祭
佐原は近世以降、利根川舟運により河岸として発展してきたが、江戸の祭礼文化の影響のもと、享保年間には山車と囃子を中心とする祭礼が行われるようになった。
飾り物については、当初それぞれの町内で趣向を凝らして製作していたが、近世末期に大人形の飾り物が出現し(関戸区)、江戸の人形職人に飾り物の製作を依頼するようになった。
佐原の山車と囃子の形態は、市内の小見川地区、東庄町、多古町など、茨城県の潮来市潮来、牛堀町、鹿嶋市、行方市麻生などに見られ、周辺地域の祭礼に大きな影響を与え佐原を中心とする山車文化圏を形成している。
2004(平成16)年2月16日には「佐原の山車行事」として重要無形民俗文化財に指定された。
その後、2016(平成28)年12月にユネスコ世界無形文化遺産に登録された。

・・・って、佐原っ子の有難(三流)亭蝶九さんに教わりました。
こういう、歴史のあるお祭りなどとは縁のない所で育った身には、とても羨ましく思います。
「佐原囃子」とか「手踊り」とか、地元の子どもたちの必修なんでしょう。
・・・ところで、「祇園祭」というのは、京都の八坂神社のお祭りで、日本三大祭りの一つに数えられています。
平安時代から約1100年も続くといわれ、天災を起こす怨霊を鎮めるために営んだ御霊会が由来になっていると言われています。
広大な庭園になっていた神泉苑に、当時の国の数にちなんで66本の鉾を立てて、スサノオノミコトを迎えて災厄がなくなるように、祈ったのが始まりとされています。
現在では京都の祇園祭を発祥とし、日本各地でそれぞれの特色を持った祇園祭が開かれています。

「佐原の大祭 夏祭り」もその一つということですね。
・・・「祇園」というのは?
祇園精舎は須達長者が釈迦とその弟子に寄進した寺。
もと祇陀太子の林園で、須達長者を給孤独とも呼んだことから、祇樹給孤独園、略して祇園という。
・・・ 「祇園精舎の鐘の音」の。

2018年7月12日 (木)

小江戸?

coldsweats01えっ? 甲府って「小江戸」?
こんなイベントがあるそうです。
小江戸?
「小江戸」というのは、別に決まりごとでもないのでしょうが、「江戸のように栄えた町」「江戸時代を感じさせる町」といった意味合いで使われる、都市の比喩的な表現。
小江戸を自称するのは、「川越」「栃木」「佐原(香取)」は認識していましたが。
そもそも甲府って?
甲府という名称は、1519年(永正16年)に甲斐国の守護大名武田信虎が、居館を石和(現在の笛吹市石和町)、次いで川田(現在の甲府市川田町)から躑躅ヶ崎館(現在の武田神社・甲府市古府中町)へ移した際に、斐国の中という意味から甲府と命名したことに始まるものである(律令制に基づく国衙が置かれたわけではない)。
戦国時代には大名領国を形成した武田氏の本拠地となり、武田氏滅亡後は徳川氏や豊臣系大名浅野氏の甲斐国経営の中心となり、国中地域や甲斐国の政治的中心地と位置付けられる。
江戸時代には江戸の西方の守りの要として重要視され、また甲州街道の宿場町としても盛えた。

(ついでに、全国の県庁所在地の中で人口が最も少ない。)
・・・町興しですね。

2018年6月29日 (金)

またまた大笑い?

artスペインで16世紀に作られた騎士像を地元の職人が修復したところ、色鮮やかで気の抜
けた表情に仕上がり、本来の勇敢な印象が失われてしまったとの批判が相次いでいるそうです。
またまた大笑い?
修復されたのは、スペイン北部ナバーラ州の教会に飾られている古代ローマ帝国の軍人。
聖ジョージの像で引き締まった表情に竜を退治して右手を上げた勇敢な姿が特徴。
像は16世紀に作られましたが、劣化が激しくなったため修復することになり、教会が地元の職人に依頼。
しかし、修復が終わった像は全体が色鮮やかに塗られ、ほおは赤らみ、口は半開きの状態でやや気が抜けたような表情。
本来の勇敢な印象が失われてしまい、大切な文化財を傷つけたとして文化財の保護団体や市民からは批判が相次いだ。
像を見に来た地元の女性は「全然、好きになれない。まるで人形みたいだ」と話してい
ました。

・・・あれっ?
同じようなことが前にも荒れましたよ。
同じスペインで、2012年にも、一般の女性が修復した宗教画がキリストに似ても似つかない表情になったと批判が集まりましたよね。

2018年6月17日 (日)

世界遺産登録5周年

fuji我が富士山が世界文化遺産に登録されて、もう5年経ちます。
世界遺産登録5周年
今日は、富士宮市の富士山本宮浅間神社で、5周年記念祭が行われているようです。

2018年6月 6日 (水)

6月6日の稽古始め

rain今日は6月6日。
大阪は朝から雨。
歌の文句にあるように♪6月6日に雨ザーザー降って来て・・♪
さて、昔から、「6歳の6月6日にお稽古を始めると上達する」と言われています。
そう、6月6日は「稽古始め」の日なんです。
それではなぜ、稽古始めは、6歳の6月6日なのか?
6月6日の「稽古始め」は、伝統芸能の世界で始まりました。
そもそも、「稽古」っていうのはどういうことなんでしょうか?
ピアノ、ヴァイオリン、三味線に琴の稽古・・・。
「稽古」には深い意味があるようです。
稽古とは、ただ繰りかえし練習するということではありません。
「稽」は「考える」ということ。
「古」は、文字通り「古い」ということ。
即ち、「稽古」は「古(いにしえ)を考える」という意味があります。
楽器や舞踊などの芸能、そして、武術など、単に技術だけを学習するに留まらず、古くから伝わる書を読み、ものの道理や、儀式・法制・作法などの決まりや習わし、あらゆる先例を学ぶこと、それら全てを言うのです。
つまり、スキルだけ身に着けても、上達しないし、本物になれないということ。
「習い事の由来や歴史を知り、伝統を大切にし、人間的な成長を伴ってこそ、芸事というのは身に付くものだ」ということを、昔の人は言い伝えて来ました。
稽古始めを言い出したのは、「世阿弥」だそうです。
室町時代に能を大成した世阿弥は、「風姿花伝」という能の理論書を記しました。
その冒頭が、子どもの成長に合わせた芸のお稽古の有り方を説く「年来稽古条々」(ねんらいのけいこのじょうじょう)です。
一、この芸において、おほかた、七歳をもてはじめとす

・・・「習い事を始めるには数え7歳(つまり満6歳の年)がもっとも良い」と説いています。
・・・私も、6歳の6月6日から落語の稽古を始めていたら、「平成の名人」と呼ばれるようになったかもしれません。
50歳を超えてからの手習いでは、いかんせん遅過ぎました。crying

2018年6月 1日 (金)

東北絆まつり

flair明日から、盛岡市で「東北絆まつり」が開催されるそうです。
東北絆まつり
元は、2011年の東日本大震災の犠牲となった多くの方の魂を弔い、東北の復興の狼煙を上げるため、同年に仙台から始まった「東北六魂祭」でした。
そして、2016年の青森開催で東北の6市を一巡。
6年の意義と成果を振り返り、多くの支援に対する感謝とともに東北の復興と連を引き続き発信していくことが重要との共通した思いから、後継となる「東北絆まつり」を2017年に仙台で開催。
ということで、復興は未だ道半ばであり、復興の歩みをさらに加速させ、被災地の、東北の活性化を図っていくのが目的だそうです。
東北絆まつり
何かがきっかけとなって、地域が一体となることは大切なことだと思います。
東北6県には、それぞれ伝統のある、立派な祭りがあり、それが一堂に集まるというのも、興趣をそそるものかもしれません。

大手町アカデミア

karaokeこんな講演会を見つけましたので、今夜行ってみます。
大手町アカデミア
■芸歴48年、落語界の重鎮が語る「粋とヤボと伝統」とは
春風亭一之輔、桃月庵白酒ら「落語会のチケットが取れない人気者」が次々と現れ、「深夜寄席」「成金」などの若手二ツ目公演に落語初心者が殺到。
ここ数年の落語ブームはとどまるところを知りません。
落語を中心とする大衆演芸は今、「古くて新しい現代のエンターテインメント」として定着しつつあります。
満員御礼の落語会や寄席興行の中核として、名作、大ネタ、爆笑物を演じ続ける柳家権太楼さんは今年で芸歴48年、誰もが認める落語界のトップランナーです。
大手町アカデミア
戦後の落語ブームが終わり、寄席が低迷していた1970年に落語の世界に飛び込んだ権太楼さん。
卓越した笑いのセンスと愛嬌のあるキャラクターでたちまち頭角を現しました。
そして、師匠である五代目小さんや古今亭志ん朝ら名人の下で芸を磨き、「寄席に客を呼び返そう」と渾身の高座を続けてきました。
その姿勢は、紫綬褒章、芸術選奨文部科学大臣賞など数々の賞に輝き、落語界の重鎮となった今も変わることはありません。
本講座の前半では、権太楼さんの波乱の半生をたどります。
また、懐かしい名人たちの素顔や古今東西の芸論芸談などにも触れながら、400年以上の歴史を持つ伝統芸・落語の世界を巡ります。
粋とヤボと、江戸っ子や昔ながらの東京人の了見。
伝統の世界にある文化と知恵の中には、平成の終わりを生きる我々現代人にとっても、貴重なヒントが隠れているはずです。
後半は、特別企画として特設高座での実演を行います。
「権太楼十八番」の中から、とっておきの爆笑落語を披露、権太楼一家の大黒柱で、大工の棟梁の娘だった母親・静子さんの抱腹絶倒の秘蔵映像もお楽しみいただきます。
落語のエネルギーをたっぷりと浴び、明日への活力に変えてください。

・・・てな訳で、結構なお値段ですが。
最近出版した本とのコラボレーションなんでしょうか?
権太楼師匠、今日は「落語家(噺家)」でなく「講師」です。

2018年5月31日 (木)

仙台城の大手門

house9月の「OB落語会」のチラシ(案)に、仙台城の大手門の古い写真を入れてみました。
色追加
戦時中の空襲で消失し、再建されていませんが、往時を偲ぶ便(よすが)として。
現在は、大手門の脇櫓(隅櫓)のみ再建されていて、母校の川内キャンパスがあります。
再建の計画もあるようなので、とても楽しみです。
仙台城の大手門
そもそも仙台城は・・・。
慶長年間に伊達政宗が築造してから、廃藩置県・廃城令までの約270年に渡り伊達氏代々の居城であり、仙台藩の政庁であった。
伊達政宗が築城した仙台城は約2万坪で、国内屈指の大規模な城だった。
幾度となく、地震などによる損害を受けながらも修復を繰り返し、奥羽越列藩同盟盟主として戊辰戦争を経るも、一度も戦火を見ることなく要塞としての機能を終えた。
その後、明治初期から大正にかけてその大半が失われた。
数少ない遺構だった大手門、脇櫓、巽門は国宝(旧国宝)に指定されていたが、第二次世界大戦時の仙台空襲により焼失した。
旧三の丸に所在する仙台市博物館から徒歩で向かうと、三の丸の遺構とともに、山頂に 築かれた巨大な石垣を目の前に本丸に登ることが出来る。
本丸からは、仙台都心と仙台平野の北部を一望出来る。
隅櫓北西の旧二の丸はもっとも広大であり、現在、東北大学の敷地となっている。

・・・私は、「青葉城」と言った方がピンと来ますが、2003年に国の史跡に指定された時に「仙台城」で登録されたため、最近では「仙台城」の方が一般的になっているようです。
大手門があった頃と現在の比較です。
仙台城の大手門
仙台城の大手門http://www.city.sendai.jp/shisekichosa/kurashi/manabu/kyoiku/inkai/bunkazai/bunkazai/joseki/
https://wondertrip.jp/history/91986.html
「遅れて来た英雄」「独眼龍」「貞山公」伊達政宗が、400年前に作った城です。
「荒城の月」を作詞した、仙台出身で旧制二高の教授だった土井晩翠は、この城をイメージしたと言われています。

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