文化・芸術

2019年3月24日 (日)

お宝拝見

昨日の千早亭落語会にご来場くださったお客さまが、師匠の「洒落番頭」の後の中入りの時に、貴重な品物を持って来て、ご披露くださいました。
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師匠の師匠、六代目三遊亭圓生師匠の書(絵)を掛軸にしたもの。
「王子の狐」をテーマにした言葉が書かれています。
この筆跡は、間違いなく圓生師匠のものだと分かります。
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高座の横に掛けて、終演までお客さまにも見ていただきました。
圓生師匠が、よく色紙に書かれた言葉では、「根なし草 語る浮世を 圓く生き」というのが有名です。
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それにしても、とても貴重なお宝が拝見出来て、ちょっと興奮しました。
残念ながら、他のメンバーは、それほど反応しませんでしたが・・・。 

2019年3月21日 (木)

願わくは

願わくは  花の下にて  春死なむ
                  その如月の    望月の頃
   Saigyo
西行法師の辞世の歌です。
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如月と言っても旧暦ですから、如月の望月と言うことは、今年の場合は明日です。
西行は、この季節に死にたいと思っていて、実際にその通りだったそうですから凄い。

2019年3月20日 (水)

富嶽三十六景・・落札

⚽葛飾北斎と言えば、日本は勿論、世界的に有名な芸術家。
そして、その作品は、時が経っても色褪せることのない素晴らしい芸術。
この北斎の代表作の版画2作品が、ニューヨークで競売にかけられ、いずれも5000万円以上の高額で落札されたそうです。
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赤富士の「凱風快晴」は507000ドル(約5648万円)。
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「神奈川沖浪裏」は471000ドル(約5247万円)。
事前の予想の4倍の高値だったそうです。

2019年2月20日 (水)

歌舞伎の日

今日は「歌舞伎の日」だそうです。
歌舞伎の日
今から約400年前の1607年2月20日に、「ややこ踊り」を基にして「かぶき踊り」を創始した「出雲の阿国」が、江戸城で徳川家康らに「かぶき踊り」を披露したそうです。
これが、「歌舞伎」が誕生した記念すべき日ということです。
その後、歌舞伎は、「江戸歌舞伎」と、大阪の「上方歌舞伎」に分かれて行きました。
・・・落語は、江戸・京都・大坂で、同時発生的に起こりました。
「江戸落語」と「上方落語」も、それぞれ特徴や違いがあります。
さて、「歌舞伎」の江戸と上方の違いは、どんなものなんでしょう。
当時の土地柄によって、文化や風習、言葉などが違いますから、歌舞伎の演目も同様に、それぞれの土地で愛される内容が異なったそうです。
当時の人口の比率でいうと、男性が圧倒的に多かった江戸(関東)では、男性に好まれる演目が重視されました。
これは、今風にいう「ヒーローが活躍」する内容。
強い男が派手に戦うといった勧善懲悪ものが人気で、そうした演目を「荒事」と呼びました。
荒事を代表する役者といえば、「市川團十郎」。
花道に引っ込む際の「飛び六方」が披露される演出や、歌舞伎には欠かせない「隈取り」は、代々の市川團十郎が生みだしたもの。
市川團十郎は、江戸歌舞伎の代表的な存在です。
歌舞伎の日
一方、大坂は商人の街。
物語に登場する主人公は庶民的な町人が多かったため、荒事を得意とした江戸とは異なり、「人間の情愛」が好まれたようです。
「人間の情愛」を主とした演目は、人間の恋模様に加え、生き死にが関わってきますから、どちらかというと「ドロドロ系」。
江戸の「荒事」とは対照的に、上方では「和事」と呼ばれる演目に人気が集まりました。
そんな上方歌舞伎のスターは、上方歌舞伎の創始者の一人でもある「坂田藤十郎」。
派手な動きを得意とする江戸の市川團十郎と対照的に、独白を得意とする写実的な台詞まわし。
歌舞伎の2大勢力であった江戸と上方ですが、様々な産業の中心が関西から東京に移っ たことで勢力図も変わり、役者も東京に移り住む者が増え、上方歌舞伎はだんだんと衰退して行きます。
・・・このあたりも、事情こそ違え、上方落語と通じる部分があるかもしれません。
最近では、十三代「片岡仁左衛門」らが中心となって、「関西で歌舞伎を育てる会」などの存続活動が続けられているそうです。
歌舞伎の日
ところで、歌舞伎というのは、大袈裟で、とにかく派手なイメージ。
あの「隈取り」というのも、何が何だか分かりません。
調べてみると、色によって意味が違うそうです。
紅(赤)色→ 正義や勇気を表し、「善」を意味する役
藍(青)色→ 冷酷かつ強い敵役を表し、「悪」を意味する役
茶色   → 神霊鬼、妖怪など、人間以外の不気味な役

・・・なるほど。

2019年1月14日 (月)

どんと祭

仙台時代の正月14日は、大崎八幡神社の「どんと祭」の「裸参り」でした。
どんと祭
「どんと祭」は、神社の境内などで正月飾りを焼き、御神火にあたることで一年の無病息災・家内安全を祈願する祭。
特に宮城県内各地の神社で盛んに行われており、仙台市の大崎八幡宮の「松焚祭」(まつたきまつり)が宮城県最大規模である。

どんと祭
この祭の呼び物の一つが、鉢巻とさらしでお参りする「裸参り」。
これは江戸中期には定着していたと言われ、厳寒時に仕込みに入る酒杜氏が、醸造安全・吟醸祈願のために「御神火」を目指して「裸参り」したのが始まりとされています。
今でも100組以上の団体、2500人前後の参加があるそうです。
どんと祭
落研の1年後輩の「下町亭楽生」さんは、東京下町生まれのお祭り好きで、落研を中心にグループを作って、裸参りをしていました。
私も誘われましたが、寒いから断りましたが。
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そんなお祭りが、今年も行われるはずです。

2018年12月27日 (木)

武田流の門松

お正月になくてはならないのが門松です。
   武田流の門松
山梨県には、武田信玄が考案したとされる「武田流門松」というのがあります。
この門松の特徴は、3本の竹の上部を水平に切ってあります。
門松の竹は斜めに切るのがポピュラーですが、これは、信玄に敗れた徳川家康が「竹(武田家)を斬る」という意味で始めたとの説もあるそうです。
一方、武田流は竹を真横に切り、宿敵松平家(=徳川家)を松になぞらえ、竹より下に飾るという・・。
ここにも落語の洒落のような由来があるようです。

2018年8月11日 (土)

東京ステーションギャラリー

東京ステーションギャラリーとても良い避暑でした。
東京駅の丸の内北口の部分に「東京ステーションギャラリー」があります。
前から気になっていましたず、興味深い企画展覧会が行われているので!行ってみました。
絵本作家の「いわさきちひろ」の生誕100年を記念したものです。
あふれる光とうるおう色彩、その中を泳ぐ花々と子どもたち――童画のイメージを決定づけ、今なお広く愛され続ける画家・絵本作家、いわさきちひろ(1918-1974)。
生誕100年を記念し、ちひろをあらためて「絵描き」として捉え返す回顧展を開催します。
ちひろはいかなる文化的座標に位置し、いかなる技術を凝らしたのか。
新出の資料も交えて生涯を辿りながら作品を分析し、あらためてその魅力を探るとともに、童画家としてちひろイメージの刷新に挑みます。

小学校の音楽の教科書に載っていた絵がとても好きで、若い頃から上井草にある「いわさきちひろ美術館」にも何度か行きました。
開館の10時には、入口には列が出来ていましたから、やはり人気があるんですね。
ほとんど私より年上の女性だったのも、何となく理解出来ます。
ゆっくり観賞しました。
また、このギャラリーというか美術館もなかなか良いですね。
館内では、赤レンガの壁や、天井は駅の塔屋が見られて、とてもレトロで素敵な空間でした。

2018年8月10日 (金)

祭礼

会社の近くで、恒例の虎ノ門一丁目(琴平町)の祭礼が行われています。
祭礼
夕方には、和太鼓が披露されたり、御神輿が出たりするようです。
こんなオフィス街に住んでいる人もいるんだなぁと、この時ばかりは思います。
御神輿やお囃子などは、他からの助っ人もいるのかもしれません。
祭礼
私は、幼い頃から、こういう類いの祭りを経験したことがないので、あまり気持ちが浮き上がることもありません。
祭礼
「八木節」や「炭鉱節」など、CDで流されるのを聴くと、「上州でも三池炭鉱でもないのになぁ」なんて思ってしまったりして。
しかし、古い街ではありますから、立派な御神輿や太鼓があるようです。

2018年7月13日 (金)

佐原の大祭

”俄か小江戸”「甲府」でなく、本家?小江戸の「佐原」。
現在は、香取市佐原ということになっています。
今日から3日間、「佐原の大祭・夏祭り」だそうです。
佐原では、「噺っ子連・有難亭」が活動しています。
佐原の大祭
佐原の大祭は、千葉県香取市(旧佐原市)佐原の市街地で行われる7月の本宿祇園祭と10月の新宿秋祭りの総称。
川越氷川祭・常陸國總社宮大祭とともに関東三大祭りの一つ。
2016年12月にユネスコ世界無形文化遺産に登録。

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二層構造の山車の上部(大天上)に、歴史上の人物の大人形や町内で藁を用いて製作した大きな飾り物を飾り付け、下段(中天上)に「佐原囃子」を演奏する下座連を乗せ、奏でながら町内衆により曳き回される。
また、山車の前では手古舞の流れをくむ手踊りが披露される。
飾り物の他に多くの山車の周りには彫物が巡らされ、獅子や龍、物語等を題材にしたものが彫られている。
市街地を流れる小野川をはさみ東側を本宿(ほんじゅく)、西側を新宿(しんじゅく)と呼び、それぞれ別々に祭りが行われる。
・本宿地区の「八坂神社」の祇園祭(山車10台)。
 ~7月10日以降の金・土・日曜日
・新宿地区の「諏訪神社」の秋祭り(山車14台)。
 ~10月第2土曜日を中日とする金・土・日曜日

佐原の大祭
佐原は近世以降、利根川舟運により河岸として発展してきたが、江戸の祭礼文化の影響のもと、享保年間には山車と囃子を中心とする祭礼が行われるようになった。
飾り物については、当初それぞれの町内で趣向を凝らして製作していたが、近世末期に大人形の飾り物が出現し(関戸区)、江戸の人形職人に飾り物の製作を依頼するようになった。
佐原の山車と囃子の形態は、市内の小見川地区、東庄町、多古町など、茨城県の潮来市潮来、牛堀町、鹿嶋市、行方市麻生などに見られ、周辺地域の祭礼に大きな影響を与え佐原を中心とする山車文化圏を形成している。
2004(平成16)年2月16日には「佐原の山車行事」として重要無形民俗文化財に指定された。
その後、2016(平成28)年12月にユネスコ世界無形文化遺産に登録された。

・・・って、佐原っ子の有難(三流)亭蝶九さんに教わりました。
こういう、歴史のあるお祭りなどとは縁のない所で育った身には、とても羨ましく思います。
「佐原囃子」とか「手踊り」とか、地元の子どもたちの必修なんでしょう。
・・・ところで、「祇園祭」というのは、京都の八坂神社のお祭りで、日本三大祭りの一つに数えられています。
平安時代から約1100年も続くといわれ、天災を起こす怨霊を鎮めるために営んだ御霊会が由来になっていると言われています。
広大な庭園になっていた神泉苑に、当時の国の数にちなんで66本の鉾を立てて、スサノオノミコトを迎えて災厄がなくなるように、祈ったのが始まりとされています。
現在では京都の祇園祭を発祥とし、日本各地でそれぞれの特色を持った祇園祭が開かれています。

「佐原の大祭 夏祭り」もその一つということですね。
・・・「祇園」というのは?
祇園精舎は須達長者が釈迦とその弟子に寄進した寺。
もと祇陀太子の林園で、須達長者を給孤独とも呼んだことから、祇樹給孤独園、略して祇園という。
・・・ 「祇園精舎の鐘の音」の。

2018年7月12日 (木)

小江戸?

えっ? 甲府って「小江戸」?
こんなイベントがあるそうです。
小江戸?
「小江戸」というのは、別に決まりごとでもないのでしょうが、「江戸のように栄えた町」「江戸時代を感じさせる町」といった意味合いで使われる、都市の比喩的な表現。
小江戸を自称するのは、「川越」「栃木」「佐原(香取)」は認識していましたが。
そもそも甲府って?
甲府という名称は、1519年(永正16年)に甲斐国の守護大名武田信虎が、居館を石和(現在の笛吹市石和町)、次いで川田(現在の甲府市川田町)から躑躅ヶ崎館(現在の武田神社・甲府市古府中町)へ移した際に、斐国の中という意味から甲府と命名したことに始まるものである(律令制に基づく国衙が置かれたわけではない)。
戦国時代には大名領国を形成した武田氏の本拠地となり、武田氏滅亡後は徳川氏や豊臣系大名浅野氏の甲斐国経営の中心となり、国中地域や甲斐国の政治的中心地と位置付けられる。
江戸時代には江戸の西方の守りの要として重要視され、また甲州街道の宿場町としても盛えた。

(ついでに、全国の県庁所在地の中で人口が最も少ない。)
・・・町興しですね。

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