千早亭

2019年9月22日 (日)

嬉しい言葉

千早地域文化創造館に入ると、別のグループで利用される方も何人かいらっしゃいます。
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「おはようございます」と挨拶をして通り過ぎようとすると、初老の女性が「落語をやる人じゃありませんか?」と声をかけてくださいました。
「はい・・・、そうですが」と答えました。
どうやら、「千早亭落語会」にも何度か聴きに来てくださっている方のようで。
「やっぱりそうだ。(あなたが)とても上手だから、いつも楽しみにしていたのに、この間の落語会(千早亭落語会)に出ていなかったから。後でやめてしまったと聞いてがっかりしました。また聴かせてくださいよ。」と・・・。
こんな言葉をいただいて、嬉しくなりました。
励みになりますね。

2019年9月13日 (金)

明日は千早亭落語会

私がこの春から休ませていただいている、扇子っ子連・千早亭の発表会が15日に開催されます。Img_0_m_20190913045601
何と、師匠を除いて出演者が10人という・・・。

相変わらずの盛会を祈ります。

ところで、早千さんは出演しないのかな?

もし、早千さんが出て、私も休会せずに出ることになっていたら・・・、出演者1ダースになるところでした。

やはり、そういう点からも、休会して正解だったようです。

早千さんが出ないならなおさら、雑な会になりませぬように。(余計なお世話ですが。)

2019年4月24日 (水)

千早亭落語会のBD

先日の「おひろめ寄席」の時に、先月の「千早亭落語会」のBDをいただきました。
撮影・編集した百人さんが持って来てくださいました。
当日は帰りも遅かったりでしたので、やっと今夜視聴しました。
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まぁ、出来映えは、想定どおりの酷さでした。
まだまだ声の出し方がなっていません。
特に、マクラはもっとしっかりと、感情も入れて語らないと。
アマの限界だと言われないように。
腹式呼吸というのか、腹から声を出すことです。
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しかし、長時間聴いて疲れているはずなのに、客席はよく笑ってくださいました。
千早亭最後の高座姿です。

2019年4月21日 (日)

永久最後の「長短」

おひろめ寄席の、千早亭永久一区切りの高座でした。
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相変わらず反省ばかりの高座でしたが、一区切りつけることが出来ました。
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落語を愛する人たちには悪い人はいませんが、それぞれの思いを忠実に落語の高みを目指すことが大切だと思います。
出来映えは芳しくありませんでしたが、何とか"卒業"出来たと思います。
「永久(えいきゅう)」という元号もかつてはありましたが、「永久(とわ)」という名前も平成とともに姿を消します。
新元号を迎えることもあり、今までお世話になった千早亭の皆さんへの令和(礼は)尽くしたつもりです。
とわ(とは)ってぇのは、千早の本名だったんです。

おひろめ寄席

「第4回おひろめ寄席」は、ご来場者も100名を超えたそうです。
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中心になって企画や運営費をしていただいた天祖亭の皆さんはじめ、多くのメンバーの尽力で、ことしも盛会になりました。
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蝶九さんは「天祖亭蝶九」として、開口一番を勤めました。
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私は、「千早亭永久」としての一区切りを、中入り前に果たすことが出来ました。
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百梅さんは、三流亭の代表として頑張ってくれました。

おひろめ寄席会場

南大塚ホール。立派な会場です。
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高座も本格的に出来上がっています。
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「千早亭永久」としては、取り敢えず一区切りの高座です。

2018年9月30日 (日)

永久「短命」

突貫工事で高座にかけた「短命」。
永久「長短」
客席の学津さんが写真を撮ってくれました。
永久「長短」
散々の出来で疲れました。
永久「長短」
この3ヶ月は6回の高座を務めました。
   ◆7月28日    子別れ(深川三流亭)
   ◇8月26日     怪談牡丹燈籠(学士会落語会)
   ◇9月   1日  浜野矩随(牛久味わい亭)
   ◇9月16日     揺れるとき(OB落語会)
   ◇9月24日     長短(ふれあい快笑会)
   ◆9月29日     短命(千早亭落語会)

そのうち、ネタ下ろしは2つだけでした。
なかなか新ネタが増えない悩みと、持ちネタの練り上げの機会との兼ね合いが、実に微妙です。
そんな中で、「短命」は、ほとんど稽古らしい稽古も出来ず(せず)に本番を迎えました。
しかし、完全にサボっていた訳ではありません。
たしかに7割は怠慢ですが、3割は試みでした。
落語を覚える、語る・・・。
落語のあるべき、自分の落語のあるべき姿。
そのために考えること、やるべきこと。
新たに加える部分、きっぱりと切り捨てる部分。
そう言えば、落研の先輩の談亭志ん志師匠も、先日のOB落語会の時に、「最近は、稽古量が少なくなったよ」などと、何か壁のようなもの、葛藤の存在を語っておられました。
その気持ち、とてもよく分かります。
私もそうかもしれないですから。
お客さまから「良かった」「上手くなったと」という評価を頂戴する次元ではなくて、それは当たり前で、さらなる高みはないか、それは何か(どこか)を求めて実践する次元や領域なんでしょう。
それにしてもひどい出来でした。
言葉(単語)が出て来なかった場所も数々。
不完全な細かな感情表現や仕草。
ただし、この噺も楽しい。
「試し酒」「長短」と「短命」は、"脱(非)人情噺"として、大切な財産になりました。
不遜を言わせていただくと、覚えるのも楽ですから。

2018年3月25日 (日)

今日は千早亭落語会

今日、午後1時から、豊島区千早地域文化創造館で、「千早亭落語会」です。
今日は千早亭落語会

 

前回は、大変な入りでした。
今回は、お花見の季節で、アウトドアの方が多そうだから・・・。
是非ご来場ください。

2017年12月12日 (火)

千川亭龍士さん

同じ千早地域文化創造館で稽古をしている千川亭から、龍士さんが交流稽古で参加してくださいました。
千川亭龍士さん
龍士さんは、今まで2度高座を聴かせていただいています。

・・・そして、とうとう、我々の素人連から、プロの噺家さんの卵が誕生しました。
以前から、師匠の100人以上いる素人弟子の中には、若い人でプロになりたいという人もいることは聞いていました。
龍士さんのことは、ほとんど存じ上げませんが、年齢は20代の後半という感じですから、今が最後のチャンスなのかもしれません。
師匠のお弟子さんの三遊亭萬窓さんの一番弟子ということになるそうです。
これで、吉窓一門の小吉さんと、師匠の孫弟子が2人になります。
入門以前からずっと見守ることが出来るというのも、一落語ファンとしては、これまた楽しみなものです。
そんな龍士さんの「寿限無」を聴きました。
この噺は、高座でかけたことはありませんが、千早亭の前身の師匠の「落語講座」の時に、みんなでやったり、「揺れるとき」の劇中に、老噺家が若き三遊亭圓朝に稽古をつける場面がありましたから、私も持ちネタとしています。
龍士さん、かなり緊張していた感じでした。
師匠のコメントは、いつもこの噺の時に必ず仰るのですが、「寿限無・・・」と、何人も何回も言うが、その感情や背景は全て違っているのだから、言い方や仕草も変わっていなければならないということと、臨場感を出すための目配せや、遠近感を出すための声の出し方延ばし方が大事だと・・・。
単なる早口言葉で笑わせる噺ではないと、「揺れるとき」の中の稽古でも、老噺家に言わせています。
・・・ところで、ちょっと気になった所がありました。
寿限無を全部表すと、以下のようになります。
「寿限無寿限無 五劫の擦り切れ 海砂利水魚の水行末雲来末風来末 食う寝るところに住むところ やぶら小路のぶら小路 パイポパイポパイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助」
正しい、正しくない、ということではなくて、私自身も「寿限無寿限無・・・」と言い立てていますので気になったのですが、多く聞くパターンと違って「パイポ」が一つ足りませでした。
「パイポパイポパイポのシューリンガン・・・」のリズムが「パイポパイポのシューリンガン・・・」だったので。
瑣末なことかもしれませんが。

2017年10月 2日 (月)

「おせつ徳三郎」の感想

ご贔屓から、メールで寸評を頂戴しました。
「おせつ徳三郎」の感想
お節徳三郎、長い噺だったのですね。
聞いていて、その時間を感じませんでした。
終わって、時間を見てちょっと驚きました。
刀屋のキャラが、好きでした。
大きくて大人で…   徳三郎とのやり取りが良かった。
千早亭落語会
すごく良い噺でしたね。
お芝居のようで凄かった・・・。
刀の重さや長さがちゃんとわかったし。
刀屋さんが素敵でした。

叔父からもメールがありました。
声をかけた15名、皆さんが(永久の)演技を堪能されて帰って行きました。
また次を楽しみにしています。

おかげさまで、お褒めの言葉をいただきましたが、噺そのものが良く出来ているからだと思います。
意外に落語好きな人にも馴染みのない噺だったようです。
刀屋のキャラの演出は、優し目が好評だったようで、怪我の功名だったのかなぁ。
尤も、そんなに怖い、杓子定規な刀屋にはしませんが。
この噺は、元々は「鰍沢」と同じで「お題目(材木)で助かった」というのがオチですが、師匠が変えたオチでやりました。
後で師匠と楽屋で話した時に、「師匠、このオチなら"お題目(材木)"が入りませんから、途中の"南無妙法蓮華経・・・"もカット出来ますね」なんて。