らんしのしんら

2017年6月 2日 (金)

分布図?

この地図は、このブログを読んでくださっている方の都道府県別の分布図です。
分布図?
青がゼロ、黄色から赤に向かうほど多いことを示しています。
このブログを始めてから暫くの間は、東京・千葉・宮城ぐらいがちょっと色が変わった程度でしたが、おかげさまで、全国各地でご覧いただけるようになったようです。
ありがとうございます。
茨城・長崎が「空白区」のようです。
この地図が真っ赤になればいいですね。

2017年5月25日 (木)

落語会などの整理

おかげさまで、高座の機会が増えつつあります。
特に、落語っ子連と扇子っ子連のメンバーの窓口(竜太楼)さんのご贔屓筋からの出前落語のオファーが複数あり、嬉しい悲鳴です。
ちょっとリストアップしてみました。
・5月27日 お江戸あおば亭
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・6月10日 南行徳寄席
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・7月1日 深川三流亭
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・7月9日 高石神寄席(仮称)
・7月23日 三遊亭圓窓師匠喜寿祝賀会
・9月30日 千早亭落語会
・11月25日 お江戸あおば亭
・1月中 深川三流亭
・1月27日(仮) 曽谷寄席
・3月下旬 千早亭落語会
とにかく、数多くの高座を経験したいと思います。
落語が上手くなりたい❗

徒然に

eventふと師匠の創作「揺れるとき」のことを思い出しました。
この噺は、東日本大震災の年の「圓朝まつり」の奉納落語として、師匠が初演されました。 1495716978522.jpg
三遊亭圓朝の人生を、安政地震を横串にして語る長講です。
揺れるときのストーリー
揺れるときという噺
噺の中で、「寿限無」と「牡丹燈籠」を演り、ストーリーに「鰍沢」が入っています。
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師匠がこの噺を創作した原点は、扇子っ子連・千早亭の発表会(千早亭落語会)での出来事にあります。
あの震災の翌々日が、「千早亭落語会」の予定でした。
あの当時は、被災地だけでなく、東日本全体がパニック状態になっていて、私も会社で徹夜して対応策を練ったりしていて、とても落語会には出られない状況になっていました。
千早亭のメンバーの中にも、私と同様の人、被災地の親戚や知人の安否がわからない人もいて、動揺していました。
当時の会長さんは、世の中全体の"自粛モード"も察して、メンバーとも話し合い、落語会を中止(延期)することに決めて、師匠の所に報告しました。
師匠のブログ
すると師匠は、「一旦やることにして、宣伝もしているのだから、どんなことがあってもやらなくてはいけない。出演者一人でもいいから。そうしたら一門や周りが助ける。どんな時でも、お客さまは必ず来てくれる。そのお客さまに応えるためにも、絶対にやらなければダメだ!それは、プロもアマもない。そんな気持ちの人たちには、落語の指南は出来ない!」と、憤慨されました。
師匠のブログ2
思えば、その3年後、落語っ子連の発表会の直前に、師匠が体調を崩されたことがあり、会長の判断で発表会を延期しようとしたことがあり、師匠は同じように仰っていました。
あの時は、窓口さんが退職直前で、現役最後の高座ということで、ことさら意気込んでいました。
結局、私と窓口さんを中心に、こじんまりとした会になりましたが、お客さまは大勢来てくださいました。
この事件をきっかけに、最古参の落語っ子連は、第一次を10年で終了し、新たに第二次を立ち上げました。
話は戻って、その時の千早亭落語会の会場には、落語会を聴きに両手に余るぐらいの方が来てくださったそうで、メンバーがお詫びしてお帰りいただいたそうです。
師匠は、お詫びをするためにメンバーがいたのなら、なぜ落語会をやらなかったのかと(`´)
確かに、その通りだと思いました。
どんなことがあっても、決めた高座や稽古はやらなくてはいけないという、師匠の信念に触れて感動したんのを覚えています。
プロもアマもない。
その言葉が耳に残り、この噺をやらせていただいたところ、師匠が大変喜んでくださいました。
私は、「千早亭落語会」と「お江戸あおば亭」の二度高座にかけましたが、また再演してみたいと思っています。
ぜったいに残して行きたい噺です。

2017年4月 8日 (土)

チラシ競演

sun5月13日が「おひろめ寄席」、5月27日が「お江戸あおば亭」、6月10日が「南行徳寄席」、7月1日が「深川三流亭」。
チラシ競演
チラシ競演
チラシ競演
チラシ競演
何が何だかわからなくなっています。
「深川三流亭」の演目を決めていません。

2017年3月22日 (水)

稽古

稽古いつからでしょうか。think
部屋の中、入浴時や歩いての稽古が減ったのは・・・。
勿論、決して良いことではありません。
稽古の量は、上達のための大きなメルクマールだと思います。
しかし、体力的にも精神的にも、ちょっと疲れていて、なかなか気力が湧いて来ないのも正直なところです。
「文七元結」「人情八百屋」「三井の貸し傘」「明烏」、今までのような稽古はしませんでした。
「上達の過程で、一段高み(境地)に到達出来たからだよ」と仰ってくださるご贔屓もいらっしゃいます。
確かに、短期間で噺を覚えるコツが、自覚症状はありませんが、何となく身に付いて来たのかもしれません。
「不孝者」も、あと3日後に迫った「千早亭落語会」でネタ下ろししますが、まだ一度も通しでやれていません。
焦っています。
焦っていますが、必死で稽古をしようとしていない。
何度か師匠に聴いていただいた読み稽古の録音を、何度も繰り返して聴いているのみ。
そこで確認しているのは、一つ一つの台詞ではなくて、会話全体、噺全体のありよう。
台詞の単語には拘らず覚えない。
チェックしているのは、再生している言葉の妥当さ。
ここはこういう表現や抑揚ではなく、別のやり方があるはずだと。
後は、それを踏まえて、本番で言葉の引き出しから、的確な言葉を出すことです。
そんなことをやりながら、「次はもっと真面目に稽古しよう」と反省しています。
師匠に言われた、活字で覚えない、登場人物の了見になりきる、の2点のチャレンジです。
これで良いのでしょうか?

2017年1月28日 (土)

実は

eyeこのブログをどの地域でご覧いただいているのかが、ある程度分かるんです。
実は
青から緑、黄色、赤と、相対的なアクセス数が多いということだそうです。
おかげさまで、かなり広い範囲でご覧いただいているようです。
後の細かい内容は 分かりませんが、全てが緑から赤になればいいですね。

2017年1月26日 (木)

昨年12月の・・・

eye昨年の12月に、家内の通っているカルチャースクールの懇親会(忘年会)で一席演りましたが、そのメンバーの方が写真を撮って絵葉書にしてくださいました。
らくご・ひとり
ご覧のとおり、当日の高座の様子です。
昨年12月の・・・
とにかく、市民会館の調理室で、鍋物を作って食べた後の余興ですから、調理台の上には、食べ終わった(途中の)鍋や丼が置かれています。
昨年12月の・・・
調理室の一番右奥の調理台に斜めに向いて座って演っている様子が分かります。
落語は、どんな環境の中でも演らなくてはいけません。
これも稽古の一環ということでしょう。
こんな雰囲気の中で、「怪談牡丹燈籠」を演るんですから・・・。
・・・ですから、どこへでも「落語の出前」をいたしますので、是非ともお声をかけてください。
これも、伝統芸能を継承して行くためですから。

2017年1月 2日 (月)

今年の誓い

今年の誓い
やはりまずは「笑門来福」。
笑う門には福来たる・・・。
今年の誓い
明るく生きることでしょう。
今年は、もっともっと落語に精進して、大きな噺をものにして行きたいと思います。

2017年1月 1日 (日)

謹賀新年

sun新年あけましておめでとうございます。sun
hh
謹賀新年
今年は、「丁酉(ひのととり)」、実は年男です。
ひのととり・・・・火の鳥・・・。
老いたりとは言え、燃えることが出来る年にしたいものです。
酉(とり)の方角は西、酉の刻は暮れ六つ・・・、時計の文字盤なら「9」。

謹賀新年
実は、昨年のうちに師匠にも宣言してしまったのですが、人生の一区切りということで、落語も野心的な大ネタにチャレンジしたいと思っています。
今年も何卒ご贔屓のほど、御願い上げ奉りまするぅ~。

2016年12月28日 (水)

稽古風景

sweat01千早亭と三流亭の稽古の様子です。
まずは、昨日の扇子っ子連での「人情八百屋」。
仕事の後の稽古ですから、ネクタイ姿です。
稽古風景
下の2枚は、11月22日の扇子っ子での「三井の貸し傘」。
4日後が「お江戸あおば亭」だったので、直前最後の稽古でした。
稽古風景
ここは、定吉が傘をさしながら、勘当された若旦那のことを思い出して泣いているところでしょう。
稽古風景
これは、12月18日の落語っ子連での「人情八百屋」。
八百屋のおかみさんが拵えた着物を渡す場面でしょう。
稽古風景
そして、12月11日の落語っ子連での「人情八百屋」。
冒頭の棒手振りの八百屋が霊岸島の長屋に行った場面。
流三「人情八百屋」
扇子っ子連では、千早亭早千さんが、落語っ子連では三流亭千公さんが撮ってくださいました。
人前で大きな声で稽古をするのは、自分一人でボソボソとやる稽古の何倍、何十倍の効果があります。

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