らんしのしんら

2019年1月 8日 (火)

これから・・・

think色々思うところがあります。
どうやって、どこまで落語道を歩いて(究めて)行こうか。
そのために、今、これでいいのか。
勿論、落語は1人で演るものですが、その環境や居場所は良く考えないといけないと、最近特に実感するようになりました。
「誕生日を迎えた=残された時間が少なくなった」こともあって、色々考えます。
これから
一般的な話ですが、例えば、プロまでは行か(け)ないにしても、かなりのレベルの野球選手がいたとします。
(別に、野球選手のようなアスリートでなく、アーティストでも良いのですが。)
この人は、アマチュアチームの中心選手で、さらに自分を鍛えてプロにも負けないぐらいの実力をつけたいと常に思っています。
ところが、このチームに草野球を楽しもうという者が何人かいて、新たに入って来る人も同じようなスタンスの人ばかりになって来た。
彼らは、どちらかと言えば、野球の技術向上よりも、ただ趣味(娯楽)の一つとして楽しみたいと思っている。
だから、野球の歴史などの知識もなく、勉強したり、さらに高度な技術を身に着けようとも思っていない様子。
だからいつまで経っても上達しない。
それなのに、お友だち同士「上手くなったね」と言い合っている。
ちょっとかじっただけの草野球を、野球だと言って憚らない。
さぁ、そんな時どうする・・・?
後から来て、神聖な場所に土足で踏み込まれたようで心中穏やかではない。
そもそも、あまりにも野球に対する方向性が違いすぎる。
「悪貨が良貨を駆逐する」がごとく、後から来た人たちが我が物顔になって来たチームで野球を続けることが、楽しくなくなって来た。
さぁ、どうしよう。
とは言え、今のチームとグラウンドがあればこそ、試合をすることも出来る。
そういう意味では、捨てがたい部分もある。
が、やはりここは、自分の力をさらに磨くことが出来る環境を求めて行くべきなんでしょう。
幸い、別にも環境が整ったチームとグラウンドはある。
さらに、新たなチャンスも生まれるかもしれない。
だから、二兎を追わず、片方に全力を傾注した方が良いのかもしれない。
近々、その決断が必要になるのかもしれません。
・・・様々な趣味があって、人それぞれに考え方があって、目指す方向もみんな違うから、黙って新たな選択をする時が来る気がする。
昔、ヒット曲も多い人気グループが、「音楽性の違い」との理由で解散するようなケースがよくありました。
その頃は、どんなことか分からず、「勿体無いなぁ」と思いましたが、やっと理解することが出来ました。

2019年1月 1日 (火)

11年目の落語徘徊のはじまり

10年前の元日。pen
いつまでも出来るかも分からない。
どんな内容にするかも決めていない。
三日坊主が「落語徘徊」というブログを始めました。
  落語徘徊のはじまり
・・・何と10年も続けてしまいました。
そして今日、11年目がスタート出来ました。
まだまだ、孤独なオジサンの落語徘徊が続きます。

2018年12月31日 (月)

今年の高座の振り返り

scissors今年も高座に上がる機会に恵まれました。
年末になったので、振り返ることにします。
◇1月6日   深川三流亭    「火事息子」
第10回深川三流亭
◇1月20日  有難亭公開稽古  「浜野矩随」
流三 in 佐原
◇2月3日   そや寄席     「試し酒」
「そや寄席」グラフィティ
◇3月25日  千早亭落語会   「長短」
永久「長短」
◇5月26日  お江戸あおば亭  「火事息子」
乱志グラフィティ
◇6月2日   若宮寄席     「長短」
流三グラフィティ
◇6月23日  高石神寄席    「鬼子母神 藪中の蕎麦」
高石神寄席グラフィティ
◇7月16日  有難亭公開稽古  「子ほめ」「長短」
圓志「子ほめ」
◇7月28日  深川三流亭    「子別れ(子は鎹)」
流三「子別れ」
◇8月26日  学士会納涼寄席  「怪談牡丹燈籠」
Fw: 「納涼寄席」ご出演の御礼
◇9月1日   牛久味わい亭   「浜野矩随」
「牛久味わい亭」グラフィティ
◇9月16日  OB落語会    「揺れるとき」
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◇9月24日  ふれあい快笑会  「長短」
流三「長短」
◇9月29日  千早亭落語会   「短命」
永久「長短」
◇10月8日  有難亭公開稽古  「短命」
有難亭公開稽古
◇11月24日 お江戸あおば亭  「短命」 
  乱志「短命」
◇12月23日 ケアハウス寄席  「長短」
流三
・・・ということで、何とか無事に高座を勤めることが出来ました。
一番嬉しいのは、「深川三流亭」「お江戸あおば亭」の出演者の皆さんと、落語に対する情熱が共有出来て、チームでお客さまに楽しんでいただくことが出来ているということ。
単なるお笑い、表面的な稽古ではなくて、勉強したり、教えたり、教えられたりしながら、落語が上達出来て、その成果を聞いてくださるお客さまに喜んでいただく・・・。
それが楽しい1年でした。

2018年11月30日 (金)

守破離、序破急、七つの声

book世間数多ある稽古事で言われる言葉に「守破離」と「序破急」というのがあります。
これ、落語の世界でも言われている気がします。
【守破離】とは
修業における段階を示したものです。
「守」は、師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。
「破」は、他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。
「離」は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階。

・・・まずは基本に忠実に、そして自分の芸を追究して、至芸にして行くプロセスです。
mm
「序破急」は、小田急ではありません。
辞書で調べると、こんな意味が列挙されていました。
【序破急】とは
1 雅楽で、楽曲を構成する3つの楽章。
 初部の「序」は緩徐で拍子に合わず、中間部の「破」は緩徐で
 拍子に合い、終部の「急」は急速で拍子に合う。
2 芸能における速度の3区分。
 「序」はゆっくり、「破」は中間、「急」は速く。
 講談などの話のテンポ、邦楽などの演奏のテンポなどにいう。
3 芸能における演出上の3区分。
 「序」は事なくすらすらと、「破」は変化に富ませ、「急」は短く軽快
 に演ずる。能・舞踊などでいう。
4 能や浄瑠璃などで、脚本構成上の3区分。
 「序」は導入部、「破」は展開部、「急」は結末部。
5 能などで、番組編成上の3区分。
 五番立ての番組で、脇能を「序」、二番・三番・四番目を「破」、
 五番目を「急」とする。
6 連歌・俳諧で、一巻(ひとまき)の運びを規制した形式・原理。
 「序」は無事に静かに、「破」は曲折に富んでおもしろく、「急」は
 さらさらと軽くつけ終わるべしとするもの。
7 すべての物事の、始め・中(なか)・終わり。
 物事の展開してゆく流れ。
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・・・いずれにしても、日本人は「3」が好きですから、様々な事象やプロセスを3区分しているんでしょう。
mm
ここまでは、雅楽、能狂言、浄瑠璃、和歌俳諧、講談などの芸能全般に言えることなのかもしれませんが、落語には「7つの声」というのがあるそうです。
7つの声・・?
7つの顔のおじさんは知っていますが・・・。
【七つの声】とは
「男・女」と「老・壮・若」の組合せと自分の声のこと。

落語に必要な声。
この7つの声を演じ分けることなんですね。
でも、例えば、若い女性だからと言って、高い声にしたりすると言うことでもない。
噺の展開の中で、他の登場人物との関係や感情なども考えて。
若い女性が2人出て来ることだってある訳だし、明るい場面や悲しい場面もある。
7つの声ではなくて、7色の声が必要なんでしょう。
師匠からも言われたこともありました。

2018年10月23日 (火)

幻の「金願亭圓志」

mobaq高座名のこと・・・。
  幻の「金願亭圓志」  いつも思っていること。
一番長く付き合って、一番愛着のある「金願亭乱志」という高座名。
落研で二代目として名乗らせてもらって、はや幾星霜。
ところが、プロの世界と異なり、先代がご健在なんです。
一度だけご挨拶したことがあります。
先代は、特に「乱志」を使った落語の活動をなさってはいないようですが、様々な場所で勝手に落語の徘徊をする二代目がご迷惑をかけているのではないかと。
そこで、頭の片隅に常にあるのは、オンリーワンの高座名に代えようかということ。
名前なんてどうでもいいじゃないかというのも分かりますが。
周期的に、そんなことを考えてしまうんです。
例えば、「金願亭圓志」なんて・・・。

2018年10月22日 (月)

流三の「ごひやく都々逸」

book取り敢えず編集した「流三のごひやく都々逸」。
   流三の「ごひやく都々逸」
大胆にも、昨日の稽古の時に、師匠にもお渡ししました。
中に、一つでも良い作品があれば、その噺の高座本に掲載してくださるということで・・・。

2018年10月18日 (木)

御礼

eye本日午後1時、150万件アクセスを突破しました。
       jj
ありがとうございます。
jj
引続き、よろしくお願いいたします。
お辞儀の稽古?お辞儀の稽古?
ありがとうございます。
お辞儀の稽古?
本当にありがとうございます。
お辞儀の稽古?お辞儀の稽古?
ごめんください。勘弁してください。
お辞儀の稽古?
謝っている訳ではありません。

ありがとうございます。

150万アクセスへ

shineこのブログへアクセス累計が150万件を超えようとしています。
  
やや"上げ底"もあるかもしれませんが、一区切りになりました。
「落語徘徊のはじまり」・・・。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/01/post-2f91.html
2009年1月に始めて10年弱で150万件です。
  10万件   2011年 1月
  20万件   2011年12月
  30万件   2012年 8月
  40万件   2013年 2月
  50万件   2013年 9月
  60万件   2014年 3月
  70万件   2014年11月
  80万件   2015年 6月
  90万件   2016年 1月
 100万件   2016年 7月

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 150万件   2018年10月
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2016/07/post-6619.html 

くだらないことばかりですが、そもそもこんなずぼらな私が10年も続けられていることが、一番の驚異です。
このまま続けて行こうと思います。

2018年10月16日 (火)

長講・・・

落語には体力が要ります。
長講・・・
何を以て"長講"と言うこともないのでしょうが、感覚的には、本編が30分を超える・・否、アマなら25分超ぐらいになれば、なんでしょう。
そう考えると、私は「長い・暗い・つまらない」の3拍子ですから、持ちネタの中で"長講"はかなりあると思います。
「浜野矩随」「揺れるとき」「文七元結」「子別れ」「帯久」「鰍沢」「ねずみ」「人情八百屋」「おせつ徳三郎」・・・。
いくつか長講にチャレンジして来て、その難しさ(楽しさもあります)を実感しています。
まず、長講をやるには、語りや台詞を覚えるだけではダメ。
一番大切なのは、噺全体のペース配分と体力温存です。
それを最初からフルスロットルでやると・・・必ずオーバーラップで失速(息切れ)するものです。
極端に言えば、長講をやる時は、全編8割ぐらいの力で行くのが良いのでは思います。
フルスロットルにするのは、クライマックスをピンポイントで狙うことです。
ところが、我々素人は、噺(語り)は、それなりに繋ぐことは出来ても、後半になるとかなり息切れしてしまい、ヘロヘロになってメリハリがなくなります。
それから、地語りの部分は、読んでいる(朗読や読み聞かせの)ようになるから、そこで流れが途切れてしまう。
滑稽噺と異なり、筋(ストーリー)性が高いので、かなり致命的になってしまいます。
失礼ながら、素人落語では「まだ長講は・・・?」と思う人もいます。
長時間に渡って緊張を維持するのは、台詞を覚えるよりも難しいかもしれません。

2018年10月14日 (日)

落語の魅力

flairいつも驚かされるのは、梅朝さんが関わっておられる、牛久での落語会の集客力。
例えば「牛久味わい亭」と、昨日の「牛久亭発表会」。
会場の立地は、街中にあるわけでもなく、決して良いとは思えないのに、この賑わいぶり。
落語の魅力
落語は(落語の限らないと思いますが)、「噺家」と「寄席」と「贔屓」の三方が揃わなくてはダメだと言われます。
それぞれが一定のレベル以上でないと廃れる。
これを素人のレベルで言えば、「演者」「主催者」「観客」ということになります。
「演者」のところは、師匠に指導していただいているグループということなら、そんなに大きな差はありません。
と言うことは、「主催者」と「観客」ということになります。
我々が発表会を行う場合、当然主催者は我々自身ということになります。
要するに「演者≒主催者」ということで、会場設営も含めて、観客動員も全て自分たちでやらないといけません。
ところが、「牛久味わい亭」は、主催してくださる、大勢の地元の強力な有志がいらっしゃる。
また、我が落語っ子連には、公民館などの主催イベントに呼んでいただけるルートがある。
扇子っ子連などは、会場を運営する団体が共催してくださる。
こういう場合には、我々個人のルートではなく、広く情宣もしていただけるので、集客力もある。
要するに、「寄席(席亭)」がいてくれるということです。
落語の魅力
そして「観客」。
席亭が集めるお客さまですから、演者の友だちや家族が、お付き合いで来るわけではない。
聴こうと思って来てくれる。
極めて能動的なお客さまです。
だから、知り合いの高座の時間に合わせて来て、終われば帰るというのは少ない。
(勿論、義理で来てくださる方でも、感謝ではありますが。)
正直なところ、落語を知らないお客さまや(失礼ながら)場違いな方も時々いらっしゃいます。
最初はそんな程度でも、主催者の方々の熱意で、落語好きが増え、定着して行く。
こういう好循環が、観客動員に繋がっていると思います。
昨日の「牛久落語発表会」にも来ておられた「牛久味わい亭」の主催者の方は、「牛久にも落語が根付いた」と仰っていました。
嬉しいと言うか、羨ましいと言うか。
「噺家」と「寄席(席亭)」と「贔屓」・・・この全てが揃わないと、落語は発展して行きません。

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