らんしのしんら

2018年9月 5日 (水)

牛久味わい亭の高座写真

event先日の「牛久味わい亭」の主催者の方から、高座の写真が送られて来ました。
鮮明に撮られていて、とても有難いです。
何から何まで、本当に感謝に堪えません。
◆若狭屋:「矩随さん、お前さんそれでも職人か?」
牛久味わい亭の高座写真
◇矩随:「なに言ってんだい。こんな恩着せがましい金・・・」
牛久味わい亭の高座写真
○矩随母:「矩随、この観音さまを持って若狭屋さんへお行き」
牛久味わい亭の高座写真
●定吉:「そうなると矩随さん、今日当たり化けて出る頃・・」
牛久味わい亭の高座写真
◆若狭屋:「矩随さん、分かるか!これが!」
牛久味わい亭の高座写真
◆若狭屋:「とても神田の隠居に渡せる物じゃありません」
牛久味わい亭の高座写真
こういう画像は、単なるメモリーだけではなく、これからの自分の高座の貴重な参考資料にもなります。
仕草、上下の角度、視線、表情、着物・・・。
そう言えば、本会のアンケート結果の一部を拝見しましたが、「髪型、着物、着付けともパーフェクト」というコメントをしてくださった方がいました。
こういうのも、顔が赤くなるほど嬉しいものです。

2018年6月11日 (月)

140万件アクセス

m(_ _)mおかげさまで、本日、本ブログへのアクセス累計が140万件に到達しました。
落語とは関係のない、田舎や富士山や家族や出張やら・・でお茶を濁しているのが情けない。
また、都々逸やなぞかけの創作を復活させようかと思います。
昨日、愛車の走行距離も99000キロを越えました。
来月の車検の頃に100000キロの大台に達する見込み。
継続は力なり、と言いますが、私には全く力はありません。

40年前の今日は・・

sun1978年6月11日は日曜日でした。
あれからちょうど40年。
「第一回全日本学生落語名人位決定戦」が行われて。
日本テレビの企画。
当時、仙台の日本テレビの系列局に先輩がいらっしゃったので、私を含む落研部員の何人かが、ちょくちょく出入りをして、アルバイトをしていました。
そんなことから、話が来たのかもしれません。
予選はテープでの審査。
2席を録音して送るようにというのがエントリー条件。
どういう訳か、私が参加することになりました。
やりたがり屋の私が、深く考えずに、手を挙げた気がします。
私が手を挙げなければ、我が落研は参加しなかったでしょう。
「花筏」と「花色木綿」の"花シリーズ"でエントリーしました。
暫くして、本選参加の報せがありました。
要するに、予選通過ってこと?
  懐かしい写真1
直前(5月)には、創部20周年で三遊亭圓生師匠の独演会を開催したばかりで、あんまり深く考えていなかった気がします。
元々、"ダメもと"でエントリーしましたから、驚きました。 
   40年前・・"   
本選当日、朝早く「L特急ひばり」に乗って、私と何人かで上京。
会場は蒲田だったので、「上野から京浜東北線で一本だから」と油断していて、蒲田までの所要時間を知らずにのんび゜りしていたため、会場到着は、集合時刻ギリギリでした。
蒲田の電気専門学校の中にある、テレビ録画が出来る立派なホールが会場でした。
本戦には、東西の大学から12~13名が残っていたように記憶しています。
地方大学、国立大学は私1人だけでした。
観客は・・・、恐らく各大学の部員たちだけで、一般の観客はほとんどいなかったかもしれません。
そのあたりは、全く記憶がありません。
テレビの録画ですから、オープニングも派手だった気がします。
司会者は、日本テレビの売れっ子アナウンサーの徳光和夫さん、アシスタントがこのはのこさんでした(懐かしい)。
そして、何と、途中で色物的に盛り上げる役が、売り出し中のタモリさんと轟二郎さんでした。
 dd dd
  
とにかく、他の大学の落研は、出演者も応援も派手で、田舎からポイと出の我々は、ただたじろぐばかりでした。
そんな中で、偶然隣り合わせた慶應大の落研の方々には、色々親切にしていただきました。
彼らは、出囃子も自分たちでやっていて、私の出囃子も演奏してくれることになりました。
特にリクエストをした訳ではありませんでしたが、「老松」を演奏してもらい、とても嬉しかったのを覚えています。
    40年前・・"
本選では、「花色木綿」を演りました。
終わった後は、徳光さんが審査員に講評(感想)を求めます。
審査員は、柳家小さん落語協会会長、桂米丸落語芸術協会会長(いずれも当時)と、演芸評論家の小島貞二先生でした。
「小さん師匠、今の花色木綿はいかがでしたか?」と徳光さん。
すると、後の人間国宝五代目柳家小さん師匠が、例の口調で、「仙台には寄席がないから、あまり落語を聴く機会がないと思うが、仕草はどうやって覚えたんだい?」と、質問されました。
「はい、長い休みで帰省する途中で、東京の寄席に立ち寄って生の落語を聴いたり、テレビ番組を見たり、先輩から指導してもらったりして覚えます」と答えたような気がします。
後は、何をおっしゃっていただいたか・・・全く記憶がありません。 
    40年前・・"  
・・・結果は、後日放映する3名の中には、当然入ることは出来ませんでした。
まぁ、昔、雪深い東北や北海道の高校が、春のセンバツに出場すると、北国のハンデにもめげず頑張る姿を、やや同情をもって讃えられましたが、表彰式の時に、審査員の方々が、「審査員特別賞」という俄か作りの賞を作ってくださり、何と、私が小島先生から指名されました。
・・・あの日から今日でちょうど40年経ちました。
あの時の優勝者は・・・、実ははっきり覚えていないのですが、駒澤大学の落研、現桂竹丸さんではなかったかと思うのですが・・(自信はありません)。
    jj
この会は、数回続いたようです。
第2回の優勝者は東海大学の現春風亭昇太さん、その数回後に、日本大学の現柳家喬太郎さんだったという噂を聞いています。
帰りは、何故か、御徒町あたりで祝杯をあげて、最終の「ひばり」で仙台に戻りました。
「明日の部会で報告しなくては」と。
まさか、あんなことが起こるとは夢にも思わず・・・。
そう言えば、当時は、静岡県には日本テレビの系列局がなかったので、それをいいことに、家族に黙って出たのですが、山梨には系列局があって、数ヵ月後にオンエアされて、オープニングで出て来るところを叔母に見られ、親にばれてしまいました。

2018年6月 4日 (月)

近影(乱志と流三)

event5月26日と6月2日・・・。
2週間連続の高座でした。
◆「火事息子」   金願亭乱志

「お江戸あおば亭」は、ご通家のご贔屓や落研の先輩OB方が聴いてくださっているので、どこか緊張している部分があります。
現に、打上げの時などに、厳しい講評を頂戴することもあります。
客席では、「こいつは、人情噺ばっかりだから・・・」なんて言われてもいるんでしょう。
 
    
仰るとおりで、「火事息子」は、バリバリの人情噺、長講ですから、緊張も、エネルギー消費もピークになります。
◆「長短」    三流亭流三

出前でお邪魔する落語会は、そういう柵は全くなく、ご通家も先輩OBも、出前落語会だから師匠もいらっしゃらないので、出演者全員が伸び伸びとやっています。
客席は、落語をあまりご存じではない方もいらっしゃいますが、素朴に反応してくださいます。

さらに加えて、「長短」は、登場人物も少なく、内容も明るくて軽いですから、身体への負担も大きくない。
本編が短い分、マクラを気軽に喋ることが出来る。
上と下と、噺の内容や着物の色もありますが、表情が全然違いますね。

2018年5月20日 (日)

最近のプログラム

art様々な落語会(出前も含めて)をやらせていただく幸せ。
勿論、出演者全員がベストを尽くして高座を勤めることが、最も重要です。
◇平成29年6月「南行徳寄席」
最近のプログラム
◇平成29年7月「深川三流亭」
最近のプログラム
◇平成29年11月「お江戸あおば亭」
最近のプログラム
◇平成30年1月「深川三流亭」
最近のプログラム
◇平成30年2月「そや寄席」
最近のプログラム
◇平成30年5月「お江戸あおば亭」
最近のプログラム
◇平成30年6月(予定)「若宮寄席」
最近のプログラム
◇平成30年6月(予定)「高石神寄席」
最近のプログラム
また、拙いながらも、それを聴いてくださる方々には、心から感謝しています。
落研と落語っ子連の落語会の当日のプログラムは、基本的に手作りしています。
会の内容は全く違いますが、最近のプログラムは、どれという区別もあまりなく、ワンパターンになっています。
背景には浮世絵を使います。
季節や場所を意識することにしています。
自己満足もありますが、ビジュアルに楽しんでいただけたらと思います。

2018年5月19日 (土)

なんちゃって法学部

school今風に言えば氷河期だった就職活動に、「法学部」でなく「落研」で押し通し、何とか何社から内定を取った私です。
そう、今風に言えば「なんちゃって法学部」の典型。
そんな私ですが、たまには法律の話題を採り上げないと。
なんちゃって法学部
片仮名交じりの文語体が残る条文を漢字と平仮名の口語体にする改正商法が、参院本会議で全会一致で可決成立。
運送などに関する規定の大幅見直しに併せたもので、公布後、1年以内に施行される。
これにより、1899年に制定された商法の口語化が完了。
憲法や民法、刑法などの基本六法は全て現代語に統一されることになる。
商法は、第1編の総則などが口語化されていたが、約300ある条文のうち、運送や船舶関係の約230ヶ条が文語体のままだった。
憲法は1947年の施行時から口語体。
刑法は95年、民法は2005年にそれぞれ口語体に改められた。
uu
文学界では、三遊亭圓朝が出て、言文一致は明治時代に行われましたが、法曹界に圓朝はいなかったんです。
やっと、待ちに待っていました。
「口語体(乞うご期待)」というくらいですから。shock
あぁ、いかん、いつもの癖が出てしまう。
「井戸の茶碗」の屑屋さんの気持ちがよく分かる。 

2018年5月 8日 (火)

守破離

confident最近よく耳にする「断捨離」とは違います。
「守破離(しゅはり)」という言葉を意識するようになりました。

これは、日本での茶道、武道、芸術等における師弟関係のあり方の一つ。
日本の文化が発展、進化してきた創造的な過程のベースとなっている思想でもある。
個人のスキル(作業遂行能力)を3段階のレベルで表している。
まず、師匠に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる。
そして、その型を自分と照らし合わせて研究し、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」。
最終的には師匠の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚した個人は、自分自身 と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができる。
武道などで、新しい流派が生まれるのはこのためである。
ということで、個人のスキル(作業遂行能力)をレベルで表しているため、茶道、武道、芸術等だけでなく、スポーツ、仕事、勉強、遊び等々、世の中の全ての作業においても当てはめることができる。
守:支援のもとに作業を遂行できる(半人前)。
    〜 自律的に作業を遂行できる(1人前)。
破:作業を分析し改善・改良できる(1.5人前)。
離:新たな知識(技術)を開発できる(創造者)。

落語の世界で考えてみると・・・。
守:古典落語を忠実に表現することができる。
破:古典落語をより面白くアレンジすることができる。
   あるいはよりわかりやすく表現することができる。
離:経験を活かし新作落語を作ることができる。
     あるいは、落語から進化した新たな芸風を作ることができる。

・・・師匠が、「落語を活字で覚えてはいけない」とおっしゃるのは、この「離」までを意識されたアドバイスだと思います。
多くの素人は、かなり上手だと思う人でも、「守」と「破」の間ぐらいがせいぜいだと思います。
毎度触れている「演読」は、少なくとも「破」から「離」に近づくための稽古のような気がします。
今、「子別れ」にチャレンジしていて、台詞の一つひとつ・・、否、単語の一つひとつに気持ちを込めないと、自分のイメージを描くことが出来ません。
自分の稽古の録音を聴きながら、「あぁ、そうじゃない、こう言いたいんじゃない。ここはもっと気持ちを込めて、間を入れて、声を大きく(小さく)・高く(低く)・・・」の連続です。
この、一語、一文、一会話を全て思い通りに発することが出来た時、恐らく「破」の境地に立てるのでしょう。

・・・ところで、「断捨離」というのも、稽古を続けて行く上で、"捨てがたい"言葉だと思います。
断捨離は、「もったいない」という固定観念に凝り固まってしまった心を、ヨーガの行法である断行(だんぎょう)・捨行(しゃぎょう)・離行(りぎょう)を応用し、
断:入ってくるいらない物を断つ。
捨:家にずっとあるいらない物を捨てる。
離:物への執着から離れる。
として不要な物を断ち、捨てることで、物への執着から離れ、自身で作り出している重荷からの解放を図り、身軽で快適な生活と人生を手に入れることが目的。

・・・究極の話芸は、言葉を練りに練って、要らないものは捨てて、最後は研ぎ澄まされた先にあるものですから。

2018年3月29日 (木)

全国分布

scissorsおかげさまで、このブログへのアクセスも、累計135万件に近づいて来ました。
ありがとうございます。
こんなデータがあります。
この地図は、このサイトへの今月のアクセス状況を相対値で表しているものです。
mm
各都道府県のインターネットの利用人口に対し、当該サイトにアクセスしたユーザーの割合を算出し、平均値に対して高いか低いかを色で表します(赤:高い/青:低い)。
当該サイトがどの都道府県のユーザーにより受け入れられているかを確認できます。

・・・ということで、以前は、ほとんどが紺色でしたが、最近やっとカラフルな地図になって来ました。
千葉と宮城は・・、まぁ地元みたいなものですから。
島根県の紺が一番濃いようです。
後は、茨城・石川・兵庫・広島・大分・沖縄あたり?
色の濃い県の春の甲子園出場校は、応援しないことにします。
何とまぁ、狭量なこと。

2018年3月12日 (月)

発表会

event私は、落研OB落語会と師匠に師事する2つのクループで、それぞれ年2回の発表会(落語会)の機会があります。
噺の冒頭
従って、最低年6回は高座に上がることが出来る訳です。
ですから、まずは、それに向けて噺の稽古をし、練り上げ、完成させて行くことになります。
このプロセスは、いつも、楽しくも苦しくもあるものです。
稽古の成果を発表する場である訳ですが、中には、発表会に間に合わない、仕上げられていないままに高座に上がる人もいます。
思い起こせば、第一次落語っ子連の頃、初心者だったびす太さんが、高座の途中で詰ま ってしまって、師匠が助け船を出したことがありました。
びす太さん、緊張して、台詞が飛んでしまったようで、この初々しさは、客席からも暖かい笑いと拍手が起こりました。
びす太さん、そのことが後々まで気になっていたようでした。
勿論、その後は、出来不出来はともかく、しっかり語っていました。
いつだったか、ある連の発表会を聴きに行った時、台詞に詰まった人が、懐から高座本を出して確認していました。
別の時も、高座本を見たり、読んだりする場面に出くわしました。
当然?、客席は大受けです。
・・・・?
落語に対するスタンスの違いと言われればそれきりですが、私にはどうも承服できないところがあります。
発表会では、少なくとも噺を完成させ、その時点でのベストパフォーマンスを発揮することが必須(それが目標)だと思います。
最初の重要なハードルです。
本番で高座本を読む人、いわばカンニングした人は、事情はあるのかもしれませんが、目標を達成出来ていないことになります。
さて、そこでさらに、取りあえず高座本を見ることなく最後まで辿り着いた人で、もう完成したと勘違いする人も多いようです。
発表会は、一定点でのベストであって、噺の完成度とは全く違うもののはずなんですが。
「この噺はもう卒業、さぁ次の噺」というパターンです。
一区切りではあるものの、決して完成ではありませんから、引続き、発表会の高座を振り返って、さらに磨きをかけることこそが必要なんですが。
こういう人は、一見持ちネタは増えるかもしれませんが、上達はしないでしょう。
落語を楽しむのは、人それぞれですから、全面的に否定はしませんが、こういう人とは同じ高座に上がりたくないと思います。
発表会は、落語(噺を作り上げる)の一つの区切りですが、決してゴールではありません。
第一チェックポイントであることを理解して欲しいと思います。
マラソンなら、せいぜい10キロポイントあたりでしょう。
落研に入部した時に、先輩から言われたことがあります。
受けたいか(笑いを取りたいか)?
それなら、舞台で高座に向かう途中に転んでみろ、客席は大受け(爆笑)になるだろう。
でも、そんな(落語ではない)笑いで良いのか?
我が落研には、そんな笑いは要らない。
落語そのもので勝負しなくては。

2018年3月 6日 (火)

稽古の写真

camera先日の落語っ子連の稽古会で、百梅さんが撮ってくれた稽古写真です。
「長短」で、気の長い長さんが煙管の煙草に火をつけて笑っているシーン。
稽古の写真
着物の袂に煙草の火が入って燃え出して、慌てているシーン。
稽古の写真
稽古や発表会で、自分以外の方々の高座を見たり聴いたりしますが、自分の姿はなかなか・・・。
声もそうですが、姿も、自分が想像しているのとかなり違うことが多いです。
私の場合は、声はダミ声デカ声で、それなりに聴いていただきやすいのですが、姿は・・・。
「イケメン」ならぬ「ダメメン」ですから、気になります。
なるべく明るい顔でやろうと思いますが、眉を寄せるような顔が多い気がして。
上の写真などは、珍しく笑顔になっています。
せめて、こういう顔でやりたいものです。

より以前の記事一覧