仙都に笑いを

2013年9月18日 (水)

仙都に笑いを

book落研OB会の宣伝です。
仙都に笑いを
我が落研OB会が上梓した、2冊の「仙都に笑いを」。
仙都に笑いを
「草創記」と「50周年記念号」で、2冊で、創部から昭和56年までの歴史が、生々しく語られています。
50周年記念号では、私も執筆しています。

2013年9月17日 (火)

歴史の整合

book立川志らくさんの本を読んでいて、我が落研の歴史を垣間見ることの出来る部分を発見しました。びっくりしましたが、嬉しかったですね。
歴史の整合
三越落語会に出演された噺家さんの、ネタの感どころを紹介しているのですが、先代の三遊亭圓楽師匠のところ。
277ページの昭和36年の「兵庫船」の記述。
「昨年七月、仙台駅頭にすっと立った浴衣、角帯、素足に雪駄オッ拵えの江戸っ子は、船本、朝太、全生の名もなき貧しく美しき三人旅。
………。」
歴史の整合
えっ?ちょっと待ってよ!
早速、先輩方が8年前に上梓した「仙都に笑いを」を書架から出してみました。
前年昭和34年に創部され、翌35年に「第1回古典落語鑑賞会」を開催したのが6月29日。
安保をめぐる全学連の国会へのデモで、東大の女子大生が亡くなった2週間後だったそうです。
出演が、早稲田大学落研の船本さんと、新進気鋭の二つ目の古今亭朝太と三遊亭全生。
7月ではなく、6月末ですが、これに違いありません。
朝太さんは「宿屋の富」と「明烏」、全生さんは「お化け長屋」と「淀五郎」を演ってくださったそうです。
この時の全生さんの「淀五郎」は、高座に守衛詰所の片隅に積んであった畳を借りたために、クライマックスで叩くと、埃がもうもうと立ちこめたそうで、生前様々な場所で話されていたそうです。
また、圓生師匠に上げてもらっていなかったようで、ひどく叱られたというエピソードもあるそうです。
秋保温泉での一夜は、朝太さんも懐かしんでおられたそうです。
若かりし志ん朝師匠と圓楽師匠が、落研と接点があったんです。
「仙都に笑いを」の25ページから29ページあたりにありました。
噺家さんと学生さんの青春を垣間見ることが出来ます。

2011年11月27日 (日)

「仙都に笑いを」から

bookここに1冊の小冊子があります。
「仙都に笑いを・東北大学落語研究部草創記」と言います。
200906061303000これは、我が落研の創部当時の先輩方が、平成17年に刊行された、落研誕生から初期の頃のことを著した力作です。
そこには、日本の高度成長とともに生きて来られた時代の、若さあふれる活動や出来事が活き活きと記されています。
現役時代に、伝説・口伝として聞いていたことを改めて知ったり、当時の先輩方の落語に対する情熱なども垣間見ることができるのです。
仙台市の図書館にも所蔵されているはずです。
この中に、先日「愛詩亭朝大」師匠の、談志師匠の思い出話に符合する部分がありました。
その前後の記事の一部を拝借してピックアップさせていただきます。
昭和36年7月に「第二回落語鑑賞会」を開催した。
今となってみると、その顔ぶれの凄いこと。
二度目の来仙となる、三遊亭全生(現圓楽)、古今亭朝太(故志ん朝)に、柳家小ゑん(現立川談志)、林家照蔵(故春風亭柳朝)、柳家小団治(故柳亭燕路)が加わり、後年に落語界を背負って立つ若手五人が揃った。
(中略)五人とも落語愛好家の間では実力の知られた若手注目株ではあったとはいえ、まだ二つ目。
仙台の皆さんにはそれほど名が知られていなかったこともあり、チケットを売りさばくのにいささか苦労した。
(中略)演目は以下のとおりである。(順不同)
  ◇ 紺屋高尾   三遊亭全生
  ◇ ずっこけ    柳家小ゑん
  ◇ 夏の医者   柳家小団治
  ◇ 風呂敷     古今亭朝太
  ◇ 麻のれん   林家照蔵

・・ということで、それでも会場の「日立ファミリーセンター」を満員にして、大盛況だったそうです。
下の写真は、その時の楽屋の模様だそうです。
       
一番早く亡くなった小団治(燕路)さんを真ん中に、後の「四天王」並んでいるという、物凄い写真です。
愛詩亭朝大師匠が、人形町末廣の楽屋に柳家小ゑんさんを訪ねるのは、この翌年のことだそうです。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2011/11/post-411c.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2011/11/post-ec95.html
創部直後の落研と、当時落語界注目の若手成長株だった「四天王」、中でも「柳家小ゑん」の談志師匠が甦ります。
談志師匠が亡くなって・・・、この写真にいる新進気鋭の噺家さんたちは、全員鬼籍に入ってしまいました。

2011年11月26日 (土)

「柳家小ゑん」さん

musicこのセピア色の写真の若い噺家さんは、当時は「柳家小ゑん」と名乗っていました。
     柳家小えん
slate昭和36年、東北大学落語研究会主催の「第2回落語観賞会」で、恐らく「ずっこけ」を演っているところだと思われます。
そうですsign01
この若い(可愛い?)噺家さんこそ、誰あろう後の「五代目立川談志」その人なのであります。
特徴のある手首の雰囲気とか指の開き具合いなどは、後に真打になり大看板になっても変わっていない感じがします。
bud栴檀は双葉より芳し・・・。
真打に昇進する2年ぐらい前の、談志師匠25歳の頃だと思います。
創部間もない東北大の落研を応援してくださったそうです。scissors
東北大学落語研究部ОB会刊「仙都に笑いを」より拝借しました。

2009年9月13日 (日)

ホームページ

Img_0003 ホームページを立ち上げて数日経ちました。

200909121308000 この間、コメントの投稿が上手くいかなかったり、デザインや文言の変更をしたりと、なかなか面倒臭い部分もありますが、創り上げて行くという楽しみもあるものですね。

このブログとのバランスも考えながら、それぞれ充実できればと思います。

 → http://homepage3.nifty.com/tohoku-rakugo/

2009年9月 9日 (水)

ホームページの反応

200906061303000 昨夜の突然の思いつきで作ったホームページ「仙都に笑いを」。
早速、先輩の皆さんがコメントを入れてくださいました。

とりあえず、情報の交換の場になれぱ十分だと思います。

願わくは、第三者からの、心ない、趣旨の分からない、ネガティブなコメントが来ないように・・。
本当に気分が悪いものですから。
このブログも、コメントは受け付けていません。
そもそも、独りよがりなものですし、議論のため、ストレスを貯めるために作っている訳ではありませんから・・。
それなら、公開しなければ良いのでしょうが・・・。

http://homepage3.nifty.com/tohoku-rakugo/

2009年9月 8日 (火)

落研OB会のホームページ

200906061306000 落研OB会のホームページを作ってみました。

今まではMLで情報交換をしていましたが、ホームページをやってみようという訳です。

とりあえず、私の個人のレベルで、勝手に名乗らせてもらい、試行としてみようということで、MLに宣言してしまいました。

http://homepage3.nifty.com/tohoku-rakugo/

2009年9月 5日 (土)

50周年記念の打ち合わせ

 200909051840000 11月8日(日)に開催予定の、落研の創部50周年記念イベントの打ち合わせのために、主要なOBが、学士会館に集まりました。
いよいよ、あと2ヶ月後に迫って来ました。
地元仙台にお住まいの駄馬師匠に、おんぶにだっこで、大変申し訳なく思いますが、落研に熱い思いを抱いてくださっているのが、とても嬉しく、そして心から感謝しています。
そして、立派なチラシも出来ています。

200909051906000  駅弁大学とはいえ、わが母校の地元での知名度と、恐らく大学の落研として屈指の50年という長い歴史は、我々が想像している以上の重みがあるようで、改めて地元新聞の夕刊に載った50周年記念誌刊行の記事を見て痛感しました。
何と言っても、夕刊とはいえ「第1面のトップ」ですから。
 
現役時代は20周年のイベントを、そして今度はOBの一員として50周年を祝えるというのは、本当に光栄に思います。

僭越にもネタ出しをしてチャレンジする「浜野矩随」を、何とかものにしたいです。

そういえば、当日は各年代選りすぐりのOBが、得意ネタでご機嫌を伺うので、時間が足りなくなるという懸念から、駄馬師匠から、「各自マクラは出来るだけカットすること」という指示が出されています。
そのかわり、プログラムに出演者の100字コメントを載せるそうです。
まだ、コメントを出していませんが、以下のようなコメントにしようと思います。

ある師匠から「アマチュアなのだからこそ、大きな噺にチャレンジしてごらん」とアドバイス。帰省途中の上野鈴本演芸場で偶然出会った名前も知らない人情噺。
「怠らで行かば千里の果ても見ん 牛の歩みのよし遅くとも」・・。卒業後30年間温めていた人の心を是非聴いてください。

こんなものでよいでしょうか・・・?

夕刊の記事も再度ご紹介しておきましょう。ありがたいことです。
笑い求めて活動半世紀 東北大落研OB会が記念誌≫
 
「仙都に笑いを」を合言葉に活動を続ける東北大落語研究部が創部50年を迎え、OB会が半世紀の活動記録を収めた記念誌を発行した。六代目三遊亭円生や古今亭志ん朝ら本職の落語家との交流にも紙幅を割いた。編集に携わったOBは「記念誌を現役部員との世代を超えた交流のきっかけにしたい」と話している。
 記念誌「仙都に笑いを 東北大学落語研究部創部50周年号」はA4判180ページ。2005年に、落研草創期の部員らが還暦記念で発行した「仙都に笑いを 草創記」の続編と位置付け、特に1966年から81年までの15年間を詳述した。現役部員とOBが開いてきた発表会の演目やOBらの寄稿も載せた。
 円生や若き日の志ん朝、三遊亭円楽、立川談志らが落研の招きで来仙した際の高座の様子や部員の思い出なども収録。仙台に9回も訪れた三遊亭円窓は寄稿で、部員の下宿に泊まってパンツをもらったエピソードなどを披露している。
 編集の中心になったのはOB会事務局長の松山建作さん(58)=仙台市若林区=と幹事長の大友健弘さん(66)=泉区=。50周年事業の一環で資料を集め、約1年半かけて完成させた。
 東北大落研は最近の落語人気もあって、今年は6人の新入部員を迎え、総勢16人。部長の梅津新さん(20)=理学部3年=は「落語家と交流があるOBには、驚きとうらやましさを感じる」と話し、「養護施設への出張落語などを続け、新たな伝統をつくっていきたい」と大いに触発された様子だ。
 在学中に八代目桂文楽に名前弟子を許され、桂友楽を襲名した大友さんは「数あるお笑いのジャンルの中でも、落語にこだわった活動を続けてほしい」と後輩にエールを送る。
 200部作製した50周年号は非売品で、OBを中心に配る。11月8日には仙台市宮城野区の仙台ガーデンパレスで、50周年記念のOB落語会を開く。午後2時開演、入場無料。連絡先は松山さん022(238)0011。

20090703020jd 50周年号に収録された、1964年の三遊亭円生一門による落語鑑賞会の打ち上げの写真。円生(前列右)、子どもを抱く円楽、円窓(前列左)がリラックスした表情で写る。

平成21年7月3日 河北新報 夕刊 より

2009年7月 3日 (金)

「仙都に笑いを」夕刊1面に

200906082204000 わが落研の50周年記念誌「仙都に笑いを」が本日の地元の夕刊に掲載されました。

地元にいるOBの先輩方が、精力的に広宣活動をやってくれているのと、やはり地元では「腐っても鯛」の大学の知名度でしょうか?そして何よりも、平和な街だということだと思います。

それにしても、何となくこそばゆさを感じますね。

添付された写真は、昭和39年の創部5周年「三遊亭圓生一門会」の打ち上げ時のもので、前列右端に圓生師匠、左端が圓窓師匠(当時は二つ目で吉生)、その右に圓楽師匠が並んでいます。

以前、「落語っ子連」の稽古の時に圓窓師匠にコピーを渡しましたが、大変懐かしがってくださいました。

笑い求めて活動半世紀 東北大落研OB会が記念誌

「仙都に笑いを」を合言葉に活動を続ける東北大落語研究部が創部50年を迎え、OB会が半世紀の活動記録を収めた記念誌を発行した。六代目三遊亭円生や古今亭志ん朝ら本職の落語家との交流にも紙幅を割いた。編集に携わったOBは「記念誌を現役部員との世代を超えた交流のきっかけにしたい」と話している。

 記念誌「仙都に笑いを 東北大学落語研究部創部50周年号」はA4判180ページ。2005年に、落研草創期の部員らが還暦記念で発行した「仙都に笑いを 草創記」の続編と位置付け、特に1966年から81年までの15年間を詳述した。現役部員とOBが開いてきた発表会の演目やOBらの寄稿も載せた。

 円生や若き日の志ん朝、三遊亭円楽、立川談志らが落研の招きで来仙した際の高座の様子や部員の思い出なども収録。仙台に9回も訪れた三遊亭円窓は寄稿で、部員の下宿に泊まってパンツをもらったエピソードなどを披露している。

 編集の中心になったのはOB会事務局長の松山建作さん(58)=仙台市若林区=と幹事長の大友健弘さん(66)=泉区=。50周年事業の一環で資料を集め、約1年半かけて完成させた。

 東北大落研は最近の落語人気もあって、今年は6人の新入部員を迎え、総勢16人。部長の梅津新さん(20)=理学部3年=は「落語家と交流があるOBには、驚きとうらやましさを感じる」と話し、「養護施設への出張落語などを続け、新たな伝統をつくっていきたい」と大いに触発された様子だ。

 在学中に八代目桂文楽に名前弟子を許され、桂友楽を襲名した大友さんは「数あるお笑いのジャンルの中でも、落語にこだわった活動を続けてほしい」と後輩にエールを送る。

 200部作製した50周年号は非売品で、OBを中心に配る。11月8日には仙台市宮城野区の仙台ガーデンパレスで、50周年記念のOB落語会を開く。午後2時開演、入場無料。連絡先は松山さん022(238)0011。

20090703020jd 50周年号に収録された、1964年の三遊亭円生一門による落語鑑賞会の打ち上げの写真。円生(前列右)、子どもを抱く円楽、円窓(前列左)がリラックスした表情で写る。

平成21年7月3日 河北新報 夕刊 より

 http://www.kahoku.co.jp/news/2009/07/20090703t15038.htm

2009年6月28日 (日)

師匠に「仙都に笑いを」を・・

200906082204000 「落語っ子連」の稽古場で、圓窓師匠に「仙都に笑いを」をお渡しし、改めて寄稿のお礼を申し上げました。m(_ _)m

落語っ子連のメンバーも、興味深く見てくれました。wink

特に、昭和39年の写真は、若かりし頃の師匠が写っていることもあって、大好評でした。 (*^-^)

あぁそれなのに、それなのに・・・。稽古が終って師匠が帰られた後、師匠が座っていた椅子の脇に、「仙都に笑いを」が置いてありました・・・・。shock

まど音さんに保管しておいてもらうことにしました。 (。>0<。)

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