落語・噺・ネタ

2019年4月22日 (月)

古い小本の裏表紙

以前からよく分からない一節。
「お初徳兵衛浮名桟橋」の一番最後の部分。
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私は、こんなふうに聞こえました。
古い小本の裏表紙を剥がすと見返しに・・・から続きます。

くごむる恋は顔に袖  濡れて嬉しき夕立や
いかなる神の結び緒も 帯地の繻子もつゆ解けて
二人は袖に稲妻の 光にぱっと赤らむ顔
互いに合わで兼好の 筆も及ばぬ好意の情

こんなのもあります。
くもむる恋は顔に袖 濡れて嬉しき夕立や
いかなる髪の結びおう 帯地の繻子も露解けて
二人はそこに稲妻の 光にパッと赤らむ顔
カライニアラデケンコウの 筆も及ばぬトウイノジョウ
・・・確かにそうにも聞こえる。
解読しないと。

2019年4月21日 (日)

今日の手拭い

どちらかにしようと思います。
「長短」は手拭いを使うから、着物にも映えないといけないから。
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季節感を選ぶか、場面に合わせるか。
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また、その場の雰囲気で決めよう。

2019年4月20日 (土)

明日の稽古

明日の「おひろめ寄席」 。
しつこく演技時間15分厳守を言われています。
まあ、高座に上がってしまえばとも思いますが、あんまり外れてもいけないので。
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こんな感じで「長短」の稽古を・・・・する訳がありません。
何とかなるでしょう。

2019年4月16日 (火)

今日の成果

春になって日も長くなり、入った時は外はまだ明るかったものの、7時半近くになると、街はすっかり暗くなりました。_20190416_191639
"独房"では、「百川」の前半3分の2辺りまでの演読を2回。
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1回目は、喉慣らし。2回目は録音しました。
なかなか思うような語りは出来ませんが、少しずつ分かりかけて来ました。
帰りの電車で再生して聴きながら。
・・・何とか聴くに耐えられそう・・・?

1人で稽古

今日も今日とてやって参りました1人カラオケ。
上野駅前のビルの4階。
窓からは、上野駅前を蛇行する首都高速1号上野線と東京メトロの本社ビルが見えます。_20190416_1802062
勝手知ったる店内のフリードリンクをカップに入れて、勝手知ったる"独房"へ。
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今夜は、あまりあくせくせず、ゆったりと読むことにしようと。
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しかし、「百川」は想定外の難しさです。
歌で言えば、リズムとテンポが、更に息継ぎがポイントになりそう。

2019年4月11日 (木)

千早亭永久「長屋の花見」

2019年3月の「千早亭落語会」では「長屋の花見」。
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9年間稽古をして来た「扇子っ子連」を休会することになり、一区切りの高座になりました。
世はまさに卒業の季節、それぞれ違った道に進んで行く時に、私も決心しました。
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千早地域文化創造館での最後の高座かもしれません。
ここで、16席の演目を高座にかけました。
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季節もぴったりなので、最後の噺には、有名な落語の一つの「長屋の花見」を選びました。
東京の桜の開花宣言の2日後でしたから、まだ蕾が多い時期でしたが。
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長屋の連中に大家から呼び出しがかかる。
どうせ店賃の催促だろうと戦線恐々、皆にいくつ溜めているかを聞くと、「3年」、「おやじの代から」、中には「1回」と成績がいい店子かと思いきや、「引っ越して来た時、1回払ったきり」だと。
さらには「店賃とは何だ」、「そんなもの家主からもらったことがない」という強者もいる。
店子そろって恐る恐るそろって大家の家へ行き、機先を制し謝ってしまうと、長屋中で上野へ花見に行こうという話で、酒、肴は全部大家持ちという。
ほっとして喜んでは見たものの、まだ油断ができない。
案の定、1升ビン3本の酒は番茶を薄めた「お茶け」。
かまぼこは大根の薄切り、玉子焼きはたくあん、とこんな調子だ。
月番が毛せん代わりにムシロをかついで、全員やけ半分で上野のお山へ「花見だ、花見だ」、「夜逃げだ、夜逃げだ」と繰り出した。
高い方が見晴しがいいのに、上の宴会で花見客が落とす料理が転がって拾いやすいからと擂鉢山の下の枝振りのいい木の下に陣取る。
5人くらい首をくくっても大丈夫そうな桜の木を見上げて宴の開始だ。
少しでいいからというのに、月番に「お茶け」を沢山注がれて怒っているやつ、「予防注射みたいに皆で飲まなければいけない」とか、大根かまぼこをつまんで、「毎日、おつけの身にして、胃の具合が悪い時にはかまぼこおろしが効く、最近は練馬の方でもかまぼこ畑が少なくなった」なんて、一向に盛り上がらない。
大家は俳句好きの店子に一句どうだと言うと、「長屋中歯をくいしばる花見かな」で、大家もぐっと歯をくいしばり我慢だ。
すると、大声で「玉子焼き取ってください」ときて、回りの花見客がこっちを向き、大家はにっこり喜ぶが「しっぽのない所」でがっくり。
お通夜みたいな「お茶か盛り」に大家は月番に、「お前、酔え」と命令だ。
仕方なく、「さぁ酔った」と調子を合わせる月番
大家「ずいぶん酔いが早いな」
月番「酔うのも早いが、醒めるのも早い」
大家「嬉しいな、お前だけ酔ってくれて、吟味した灘の生一本だぞ」
月番「宇治かと思った」
大家「酔った気分はどうだ」
月番「去年、井戸へ落っこちたときとそっくりだ」
湯呑の中をじっと見て、
月番「大家さん、近々長屋にいいことがありますよ」
大家「どうして」
月番「酒柱が立っている」
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使う場面はありませんが、桜の花の柄の手拭いを選びました。
落語の楽しみ方は、それぞれ人によって違って良いと思いますが、自分と方向性を共有できない場所にいるのは楽しくないし、自分の描く落語像が歪められるのを見るのも辛いので、ちようど良い潮時だったと思います。
私は、真に落語が上手くなりたいから。
この噺も、季節は限定されますが、便利な持ちネタになりそうです。
「千早亭落語会」を卒業しました。

2019年4月10日 (水)

今夜の稽古

今夜は、駅前の珈琲店で、昨日カラオケで録音した、「百川」の演読をチェックしました。_20190410_1910292

昨日の演読は、我れながらなかなかの出来だと思うので、かなり参考になります。_20190410_1920092    江戸弁の気っぷの良い啖呵、田舎者の訛りの掛け合いを、リズミカルにやる必要がありますので、口調と抑揚を覚えることが大事だと思います。

千早亭永久「短命」

2018年9月の「千早亭落語会」は「短命」。
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「短命」は、ほとんど稽古らしい稽古も出来ず(せず)に本番を迎えました。
しかし、完全にサボっていた訳ではありません。
たしかに7割は怠慢ですが、3割は試みでした。
落語を覚える、語る・・・。
落語のあるべき、自分の落語のあるべき姿。
そのために考えること、やるべきこと。
新たに加える部分、きっぱりと切り捨てる部分。
そう言えば、落研の先輩の談亭志ん志師匠も、先日のOB落語会の時に、「最近は、稽古量が少なくなったよ」などと、何か壁のようなもの、葛藤の存在を語っておられました。
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その気持ち、とてもよく分かります。
私もそうかもしれないですから。
お客さまから「良かった」「上手くなったと」という評価を頂戴する次元ではなくて、それは当たり前で、さらなる高みはないか、それは何か(どこか)を求めて実践する次元や領域なんでしょう。
それにしてもひどい出来でした。
言葉(単語)が出て来なかった場所も数々。
不完全な細かな感情表現や仕草。
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ただし、この噺も楽しい。
「試し酒」「長短」と「短命」は、"脱(非)人情噺"として、大切な財産になりました。
不遜を言わせていただくと、覚えるのも楽ですから。
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植木職人の八五郎が先代から出入りしている伊勢屋の一人娘の婿養子が続けて3人死んだ。
八五郎はなぜだろうと不思議に思って横町の隠居の所に聞き来た。
隠居は伊勢屋の店の様子と夫婦仲を聞く。
店は番頭がすべて切り盛りし何の心配もなく、3人の婿養子との夫婦仲は睦まじいのを通り越して、夫婦はいつもべったりで、はたから見ているのが恥ずかしくなるほどの仲の良さだったという。
これを聞いた隠居、「夫婦仲がよくて、家にいる時も二人きり、ご飯を食べる時もさし向かい。原因はそれだな」と一人で合点だが、八五郎には何のことやらさっぱり分からない。
隠居が「店の方は番頭任せで財産もある。朝から二人きりで美味くて、栄養満点で、精がつく物ばかり食べて、女が美人で暇があるってのは短命のもとだ」と言っても、八五郎は「じゃあ、いい女だと、旦那は短命なんで?」といい所をつくが、まだ核心は頭の闇の中だ。
物分りの鈍い八五郎にいい加減疲れて来た隠居は、「早い話、冬なんぞはこたつに入る。そのうちに手と手がこう触れ合う。白魚を五本並べたような、透き通るようなおかみさんの手。顔を見れば、ふるいつきたくなるいい女。そのうち指先ではすまず、すぅ~と別の所に指が触ってな・・・・なるほど、これでは短命にもなるというもの」と語るのが恥ずかしくなるほどの、エロ本まがいの情景描写で話す。
これをエスカレートして繰り返すこと三度で、やっとニヤニヤ、助平の八五郎も大納得した。
長屋に戻ると相撲取りのような女房が鬼のような顔をして、「朝っぱらからどこをほっつき回っていたんだ、早く飯を食え」と怒鳴る。
ふと隠居の話を思い出した八五郎、「おい、夫婦じゃねえか。飯をよそってくれ。おい、そこに放りだしちゃいけねえ。俺に手渡してもれぇてぇんだ」、何を今さらと仏頂面で茶碗を邪険に突き出したかみさんの指と指が触れて、「顔を見るとふるいつきたくなるようないい女・・・・ああぁ、俺は長命だ」
以前から考えていた「扇子っ子連」を休会しようかと、具体的にタイミングを考え始めた頃でした。
仕事の都合が最大の理由ですが、落語に対する方向性の違いにも限界を感じていましたので。

2019年4月 9日 (火)

千早亭永久「長短」

2018年3月の「千早亭落語会」は「長短」でした。
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学生時代から大好きな噺のひとつ。
何度か演る機会があったのですが、他の人がやったばかりだとか、人情噺に傾注していたからとかで、なかなか実現できませんでした。
昔から聴いているのと、それほど長い噺ではないので、ほとんど苦も無く覚えることが出来ました。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2018/03/post-52e2.html
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とにかく、核のストーリだけなら、10分もかかりませんから。
そこで、饅頭を食べるシーンを少し長めの演出にして、煙草を吸う場面も回数を少し増やして、20分近くになります。
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気が長い長さんと気短な短七は、気性は真逆だがなぜか気の合う、子ども頃からの遊び友達だ。
ある日、長さんが短七の家へ遊びに来る。
戸の前でウロウロ、中を覗いたりしている長さんに気がついた短七さんは、じっれたくてしょうがない。
戸を開けて長さんを引っ張り込んで、饅頭を食えと勧める。饅頭を食べ始めた長さんはいつまでも、口の中で牛みたいにくちゃくちゃやっている。
見かねた短七さんは、こうやって食うんだと一つを丸飲みして、目を白黒させている。
今度は長さん、煙草に火をつけようとしたが、なかなかつかない。
短七は見ているだけで、まどろっこしくてイライラしてくる。
やっと火がついて吸い出したが、その悠長な吸い方に我慢が出来ない。
見本を示そうと、「煙草なんてものは、こうやって吸って、こうやってはたくんだ」とその動作の早いこと。
目を丸くして見ている長さんの前で、何度もくり返すうちに調子に乗り過ぎて火玉が袖口からすぽっと中に入ってしまった。
一向に気がつかない短七に長さんは恐る恐る、
長さん「これで短七つぁんは、気が短いから、人に物を教わったりするのは嫌えだろうね」
短七 「ああ、でぇ嫌えだ」
長さん「俺が、教(おせ)えても、怒るかい?」
短七 「おめえと俺とは子供のころからの友達だ。悪いとこがあったら教えてくれ。怒らねえから」
長さん「・・・・ほんとに、怒らないかい? そんなら、言うけどね、さっき、短七つぁんが何度も煙草を威勢よくポンとはたいたろう。その一つが煙草盆の中に入らないで、左の袖口にすぽっと入っちまいやがって、・・・・煙(けむ)がモクモク出て来て、だいぶ燃え出したようだよ。ことによったら、そりゃあ、消したほうが・・・」
短七 「あぁ~、ことによらなくたっていいんだよ。何だって早く教えねえんだ。見ろ、こんなに焼けっ焦がしが出来たじゃねえか、馬鹿野郎!」
長さん「ほおら見ねえ、そんなに怒るじゃあねえか、だから教えねえほうがよかった」
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http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2018/03/post-ca8c.html
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いつでも出来る持ちネタ、とても便利な噺です。
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今度の4月21日の「おひろめ寄席」でも、ご機嫌を伺います。
ただし、15分以内に収めないといけません。 

2019年4月 8日 (月)

千早亭永久「おせつ徳三郎」

2017年9月の「千早亭落語会」では「おせつ徳三郎」。
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この噺は、上下に分かれた長講で、上は「花見小僧」という滑稽噺、下は「刀屋」という人情噺になっています。
(前半の部分をさらに2つに分ける場合もあるようですが。)
私は、「刀屋」を演らせていただきました。
この噺は、男の側から見た純愛物と言っていいと思います。
本来なら、御法度となる男女の仲を描いたものです。
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仕事の都合で、なかなか扇子っ子連の稽古に行かれないので、落語っ子連で稽古を積みました。
落語っ子連の方が、じっくり、みっちり、しっかりした稽古が出来ますし。
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この噺のポイントは、主人公の徳三郎とおせつ、そして刀屋の主人の人物設定が大事なのと、神田辺りか日本橋久松町、さらに大川を越えて木場までと、距離感も踏まえた舞台設定が重要です。
以前、それぞれの場所を歩いたことがありますから、地図や写真を広げて、おせつと徳三郎が、それぞれ2人の思い出の場所に駆けつける間の心理状態を考えて設定しました。
そうそう、雨も降り出しましたから。
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秋の「千早亭落語会」は、千早地域文化創造館との共催の形ですから、立派なプログラムも作っていただきました。
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「おせつ徳三郎」は、初代春風亭柳枝が作った現存落語中屈指の大作。
上中下に分かれ、上を「花見小僧」、中を「隅田のなれそめ」、下を「刀屋」とよぶ。
「お節徳三郎恋のかな文」「連理の梅ヶ枝」という別名もある。
大店の主人が娘のおせつに婿をとろうとするが、おせつは奉公人の徳三郎と恋仲だったため徳三郎に暇を出す。
徳三郎はおせつを殺して自分も死のうと刀屋に立ち寄るが、刀屋の主人が意見する。
そこへ、おせつが婚礼の席から逃げ出したという情報が入る。
徳三郎は飛び出して両国橋のところでおせつに会う。
2人はあの世で夫婦になろうと「南無妙法蓮華経」と唱えて深川の木場の橋から川に飛び込むと、下は一面の筏。
「徳や、なぜ死ねないのだろう」
「死ねないわけだ。いまのお材木(お題目)で助かった」。
この噺(はなし)は明治・大正・昭和にかけて多くの噺家が口演したもので、上の会話のおもしろさ、下のしみじみとした聴かせ場など、話芸としての価値は高い。
・・・師匠の高座本では、舞台設定やオチを変えてはいますが、確かに名作だと思います。
そして、高座で演っていて、何とも言えない愛おしさのようなものを感じました。

単に筋が面白いからとか、純愛物だからと、安易な気持ちで中途半端に演って欲しくない噺です。

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