落語・噺・ネタ

2017年6月13日 (火)

五百羅漢

event師匠が改作して五百噺の最後500席目に選んだ噺。
五百羅漢
八百屋の棒手振り八五郎は、六つくらいの見ず知らずの女の子を連れて商いから帰ってきた。
この子は迷子で、かみさんの問い掛けにも口を利けない。
どうやら、先だっての大火事で親とはぐれてしまい、驚きのあまりに言葉を失ってしまったのであろう。
迷子だったので”まい”という名前をとりあえず付けて、親が見つかるまで手許に置くことにした。
翌日から、八五郎は商いをしながら、女房は外へ出て用足しをしながら、尋ね回るが、一向に手がかりはなかった。
四日目。「このまいは、いやな子だよ。やかんを持って口飲みするよ」、とかみさん。
「親の躾が悪いのかな~。親が見つからなかったら、うちの子にしてもいいと思っていたのに・・・。手がかりがねぇんだから、探しようがねぇ」。
「だったら、この子を檀那寺の五百羅漢寺へ連れってって、羅漢さんを見せたらどうだい? 五百人の羅漢さんのうちには自分の親に似た顔があるというよ。それを見つけて、なんか言おうとするんじぇないかい。それが手がかりになるかもしれないよ」 。

五百羅漢
翌日、五百羅漢寺へ行って羅漢堂の中の五百の羅漢さんを見せた。
上の段の一人の羅漢をジーッと見つめて、指差しをした。「この子の父親はこういう顔か。これも何かの手がかり」と納得して、境内を出たところで、住職とばったり会った。
”まい”のことを話すと、住職が「今、庫裏の畳替えをしているんだが、その畳屋さんが『火事でいなくなった娘がまだ見付からない』と、来る度に涙ぐむんだ」と言う。
その時、子供が畳の仕事場になっている所へ駆け寄ると、小さいやかんを持って口飲みを始めた。
これを見た八五郎「畳屋の娘だ! 躾が悪かったわけじゃねぇ。いつも親と一緒に仕事に付いて行って、覚えたのが、口飲みだったんだ」。
ちょうど庫裏から畳を運び出してきた畳屋が、子を見付けて”よしィ!”と絶叫。
はじかれたように立ちあがった子が、「ちゃーん!」と声を出して、吸い寄せられるように跳び付いていった。
畳屋は泣きながら、その子を両手で包むように抱きしめて離さない。
この様子を見ていた八五郎「やっと声が出た・・・。本物の親にゃ敵わねぇ」。
住職も八五郎も涙して「しばらく、二人切りにさせておきましょうや」。
二人が手をつなぎながら、親が大きなやかんを持って口飲みをして、プーと霧を吹き出すと、畳ほどの大きな虹が立った。
子供が小さなやかんで口飲みして、ぷーっと小さく霧を吹くと、可愛い虹が立った。
この二つの虹と虹の端が重なった様は、親子がしっかりと手を握り合って「もう離さないよ」と言っているようだった。
八五郎は「こちらへ来てよかった。さすが五百羅漢のおかげだ」。
住職は「な~ぁに、今は親子やかん(羅漢)だよ」。

五百羅漢
・・・これが師匠の"原作"。
子どもというのは、親(身内)の宝物だけではなく、世間全般(みんな・国)の宝物なんです。
ストーリーは変えないまでも、会話や仕草で丁寧に表現してみようと思います。
外側にいて読むのではなくて、自分も長屋の住人になったり、羅漢さんを眺めてみたり、劇中の人物になって。

2017年6月10日 (土)

落語で女心を語る?

bottle「不孝者」の話題で、ある女性の方が、"琴弥"という柳橋の芸者を主人公にして聴く(演る)と仰っていました。
確かに、この噺では、旦那の都合で一方的に縁を切られた芸者の心は、大変複雑なものがあると思いますし、女性として共感出来る部分もあるかもしれません。
しかし私は、この噺は女心を表現するのが肝の噺ではなく、逆に男心を語らないと生きた噺にならないと思っています。
そう、男の"業"を語る噺です。
男が、男の視点から、女性かくあるべしという願望も含めて、男の都合で展開するのです。
だって、落語ですから。
女心を語るなら、こういうストーリーにはならないでしょう。
だから、この噺は、あまり女性はやらない方が良いと。
やるなら、最初から女性の側に立ったストーリーにすべきだと思うのです。
師匠が「救いの腕」の時にも仰っていました。
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トドメはこの噺のオチです。
オチの「この不孝者め・・・」という台詞は、女性にはなかなか言えないはずなんです。
これも師匠から指摘された部分で、父親と息子という男同士ゆえに、息子を不孝者と嘆きながらも、自分も同じだという自嘲も含めなくてはいけないんです。
「この台詞は、息子に向かって言っているだけじゃないんだよ。自分に向かっても言っていることを踏まえて言わなくては」と、師匠から言われました。
単に、女性との濡れ場を息子に邪魔されて言うだけの台詞ではありません。
この男の心理を語る噺で、振られた芸者の心理を語るのではないんです。
今度話す機会があったら、こう言ってみようと思います。
女性が出て来るから女性がやり易いということはありません。
「救いの腕」も「五百羅漢」も「三井の貸し傘」も、男心なんですよね。
「人情八百屋」もそうだと思います。

2017年6月 9日 (金)

「落語を覚える」ということ

eye落語を演じる人は大勢いますが、そのスタンスは様々だと思います。
他の人に悪影響を与えるのでなければ、楽しみ方はそれぞれ自由だと思います。
落語には笑いが付き物ですから、笑い(だけ)を求める人もいます。
でも、落語の笑いと「お笑い」との違いが分からない(頓着しない)人もいます。
逆に、ストイック(くそ真面目)に落語を覚えようとする人もいます。
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先日、ある人から、ある噺を覚えようとしているんだが、オチまでやるべきか、くすぐりが多い前半部分だけにすべきかと、コメントを求められました。
プロも、寄席などでは時間が限られることもあって、オチまでやる人は少ないかもしれません。
その人の周りの人たちは、オチまで知らなかったそうです。
それは、とても残念なことだと思います。
私は、その人の力量は十分オチまで出来ると思いますし、そもそもその噺の演目はオチまで行かないと分かりません。
ですから、オチまで覚えて演ることを勧めました。
確かに後半は場面転換があり、前半とは違うパターンになり、演るには難しくなりますが、オチまで語ってこそ落語だと思いますから。
また、仮に、時間の問題などで今回はオチまで出来なくても、必ず別(次)の機会に持ちネタとして、堂々と通して演ることが出来るはずですから。
オチも付けずに「○○(という噺)の序でございます」なんて、落語じゃないからつまらない。
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・・・その人、オチまでは覚えることにしたそうです。
とても嬉しくなりました。
「そろそろお銚子の替わり目でございます」。
オチまで覚えるか、途中までにするか、それが落語上達の替わり目だと思います。

2017年5月28日 (日)

人情八百屋の感想

pen昨日の「お江戸あおば亭」にご来場くださった方から感想を頂戴しました。
まずは、同じように師匠に師事している他の連のメンバーの方から。
昨日今日ではない、何十年も落語に携わってきた方々の噺、流石の厚みでした。人情八百屋は登場人物がいきいきとたち現れてきて、終わったときは一つの映画を見終わったような感覚になりました。
次は、いつもご来場くださるご贔屓から。
前半は「唐茄子家政談」風の悲劇から後半、コメデイ調に切り返す巧みな話術にすっかりはまりました。
意外だったのは、ストーリーの中で、二人の姉弟を八百屋が引き取るのか、鳶職の親方が引き取るのか、どちらになるのかスリルがあったとの感想もいただきました。
ありがとうございます。
出来がよくなかったのでなおさら、今後の励みになりました。

2017年5月14日 (日)

敵前逃亡?

sweat01今日の稽古で痛感。
「おせつ徳三郎」の演読。
敵前逃亡?
当初、これを「お江戸あおば亭」でネタ下ろししようと考えていたのですが。
本番まであと2週間足らず。
こんな状態では、とても間に合いません。
そこで、急遽「人情八百屋」に変更したいと思います。
「おせつ徳三郎」は、7月1日の「深川三流亭」でネタ下ろしと言うことで。
「人情八百屋」も、かなりしっかりおさらいしないと、到底間に合いません。

2017年5月 6日 (土)

大誤算

eye今日は、そろそろ「おひろめ寄席」の稽古を始めようとして、はたと思いました。 1494145068273.jpg
いつもなら、部屋で小声で、入浴して普通の声で、とりあえず稽古をするのですが、我が家には、ただいま娘がお産のために里帰り中。 ・・・ということは、家の中で稽古することが出来ない、ということ。
以前やったことのある、江戸川の河川敷でやろうと思い、愛車で行ってみたものの、かなり日も照っていて暑そう☀😵💦
そこで、仕方なく車内でやることにしました。
流山街道を野田方面に走り、江戸川を渡って都内に入ったりして。
2回は通して、後は部分的におさらい出来ました。
帰ってから、過去の高座の映像を確認して、今日は稽古一色ということにしましょう。
これでいいのかな?

牡丹燈籠

event「おひろめ寄席」まで1週間になりました。
牡丹燈籠
そろそろ、「牡丹燈籠」をおさらいしないといけません。
牡丹燈籠から~んころ~ん牡丹燈籠
水曜日から大阪に出張しなくてはいけませんから。
師匠の高座本は「牡丹燈籠・下駄の音」ですが、私は「牡丹燈籠・お露新三郎」という演目で演ります。
少し声を潰し気味にやるのと、山本志丈と女中のおよねの台詞を、かなり怪談を意識した演出にしてみようかと思います。
牡丹燈籠
徘徊したあたりは、まさにこの噺の舞台になるところです。
牡丹燈籠
師匠に、羽織を着るのをお許しいただいて、黒紋付きでと。
だんだん気持ちが盛り上がって来ました。

2017年3月27日 (月)

これからの演目

eye私の持ちネタ50席と師匠の高座本500巻とどちらが早いか!
・・・そんなことを師匠と"約束"してしまったこと。
そして、丁酉の干支の今年は大ネタにチャレンジを!
・・・つい勢いで宣言してしまったこと。
そんなことを"忖度"して、今後の演目の整理をしてみました。
  5月13日(土) おひろめ寄席  怪談牡丹燈籠(お露新三郎)
  5月27日(土) お江戸あおば亭 おせつ徳三郎(刀屋)
  6月10日(土) 南行徳落語会  未定[他の演目を見てから]
  7月[未定]   深川三流亭   父帰る[菊池寛原作・師匠脚色]
  9月30日(土) 千早亭落語会  水神[菊田一夫作]
 11月25日(土) お江戸あおば亭 芝浜
  1月[未定]   深川三流亭   柳田角之進  
  3月[未定]   千早亭落語会  火事息子

半分ぐらいしか実現できないかもしれませんが、ネタ下ろしが6席ありますから、来年3月までには40席をクリア出来るでしょう。
勿論、"数"ではなくて"質"が肝心なんですが・・・。

2017年3月20日 (月)

不孝者

shock情けない話、初めて高座本を離れた稽古です。
前半部分は、うろ覚えのままで。
後半部分は、高座本をちょっと覗き見ながら・・・。
不孝者
師匠からのアドバイスは、「(旦那は)いませんよ」と、2度言う台詞の区別をつけることと、狭い部屋の場面だから、あまり大きな声で喋らないようにと・・・。
まだまだ、台詞がこなれていないどころか、覚えて腿いないので、細かな部分への配慮が出来ていません。
あと5日で仕上げないと。
筋やキーワードだけ覚えていて、その場で(即興で)演ずるのは、とても難しいですが、楽しくもあります。
活字で落語を覚えない・・・・。

2017年2月21日 (火)

へぇ、そんな人が・・

pencilまたまた談四楼師匠のツイートです。
さすがに、多くの本を出版されているだけあって、とても面白い。
店と蔵が火事で灰燼に帰す。
女房が患い娘を吉原に売るも、そのカネをスリに取られ、最早これまでと男は首をくくる。
『鼠穴』の佳境だが「わかっててもハラハラするね」の声がある一方、昨夜、初ナマ落語の客が立腹したという。
「真剣に聴いてたら夢だったなんてバカにするな」と。
落語の力は凄いなあ。

世の中には、落語を聴いて腹を立てる人がいるんですね。
「落語を聴くのはよそう。また夢になるといけねぇ」とでも言いたいのでしょうか?

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