落語・噺・ネタ

2019年2月23日 (土)

「目黒の秋刀魚」のイラスト

fishこれもまた有名な噺。
最近では、町興しにも一役買っていようかというんですから、実に立派ななものです。
落語の演目がお祭り(イベント)の名前になっているんですから。
目黒の秋刀魚のイラスト
殿様が目黒まで遠乗り(あるいは鷹狩)に出た際に、供が弁当を忘れてしまった。
殿様一同腹をすかせているところに嗅いだことのない旨そうな匂いが漂ってきた。
殿様が何の匂いかを聞くと、供は「この匂いは下衆庶民の食べる下衆魚、さんまというものを焼く匂いです。決して殿のお口に合う物ではございません」と言う。
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殿様は「こんなときにそんなことを言っていられるか」と言い、供にさんまを持ってこさせた。
これは網や串、金属、陶板などを使わず、サンマを直接炭火に突っ込んで焼かれた「隠当焼き」と呼ばれるもので、殿様の口に入れるようなものであるはずがない。
とはいえ食べてみると非常に美味しく、殿様はさんまという魚の存在を初めて知り、かつ大好きになった。

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それからというもの、殿様はさんまを食べたいと思うようになる。
ある日、殿様の親族の集会で好きなものが食べられるというので、殿様は「余はさんまを所望する」と言う。
だが庶民の魚であるさんまなど置いていない。急いでさんまを買ってくる。

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さんまを焼くと脂が多く出る。
それでは体に悪いので脂をすっかり抜き、骨がのどに刺さるといけないと骨を一本一本抜くと、さんまはグズグズになってしまう。
こんな形では出せないので、椀の中に入れて出す。
日本橋魚河岸から取り寄せた新鮮なさんまが、家臣のいらぬ世話により醍醐味を台なしにした状態で出され、不味くなった。
殿様はそれがまずいので、「いずれで求めたさんまだ?」と聞く。
「はい、日本橋魚河岸で求めたさんまにございます」
「ううむ。それはいかん。さんまは目黒に限る」。

・・・それで、「目黒のさんま祭り」ですよ。
目黒駅周辺で毎年行われています。
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さんまを焼く煙と香ばしい香りが、街中に広がります。
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そして、落語会も開かれて、わらいも広がろうという・・・。
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当時の目黒は、江戸のはずれのはずれだったんですね。
今なら・・・、湘南から箱根に行くぐらいの感じなのかなぁ。
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遠出だったわけですよ。

2019年2月22日 (金)

「寿限無」のイラスト

bud落語と言えば「寿限無」でしょうか?
言えるかは別として「寿限無」を知らない人は少ないでしょう。
このイラストだと、ちょっと分かりづらいかもしれませんが。
寿限無のイラスト
「じゅげむ じゅげむ ごこうのすりきれ かいじゃりすいぎょの すいぎょうまつ うんらいまつ ふうらいまつ くうねるところにすむところ やぶらこうじのぶらこうじ ぱいぽ ぱいぽ ぱいぽのしゅーりんがん しゅーりんがんのぐーりんだい ぐーりんだいのぽんぽこぴーの ぽんぽこなーの ちょうきゅうめいのちょうすけ」
「 寿限無、寿限無
  五劫の擦り切れ
  海砂利水魚の
  水行末 雲来末 風来末
  食う寝る処に住む処
  藪ら柑子の藪柑子
  パイポ パイポ パイポのシューリンガン
  シューリンガンのグーリンダイ
  グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの
  長久命の長助 」

・・・ さぁ、皆さんも覚えてください。

乱志十八番「宿(旅籠)」三題

foot旅の噺、あるいは地方が舞台になっている噺も多くあります。
乱志十八番「宿(旅籠)」三題
そこで、旅人が泊まる旅籠(宿)も重要な役割を果たします。
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質屋と呉服屋と並んで、落語によく出て来るのが宿屋です。
「乱志十八番」では「笠と赤い風車」「ねずみ」「抜け雀」。
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「笠と赤い風車」は、身延詣りの途中、東海道を上る常吉が泊まる箱根湯本の宿。
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「ねずみ」は、奥州を旅する左甚五郎が、仙台の宿外れで卯之吉に客引きをされて泊まることになる「ねずみ屋」。
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上の写真の「小田原遊郭」は仙台の遊郭です。(紛らわしい)
「抜け雀」は、東海道小田原宿で、一番流行らない「相模屋」。
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今は、どこに行っても、旅館やホテル綺麗ですが、昔はそんなことはなかったと思います。
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こんな感じじゃなかったのかと・・・。
特に、「ねずみ屋」と「相模屋」は、片や物置で鼠の棲み処だったし、片や小田原で一にを争わず・・・・の宿ですから。
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「宿」が出て来る噺を挙げてみました。
「宿屋の仇討ち」「宿屋の富」「お神酒徳利」「竹の水仙」「三人旅」「茗荷宿「大山詣り」・・・。
たくさんありますね。

2019年2月21日 (木)

「化け物使い」のイラスト

sweat01「働き方改革」を意識してしまう噺です。
現在なら、さしずめ「ブラック隠居」ですね。
化け物使いのイラスト
本所の割下水に住む元御家人で一人暮らしの隠居の吉田さんは、人使いが荒く使用人が居つかない。
ここへ日本橋葭町の桂庵の千束屋の紹介で、隠居の人使いの荒いのを承知で、杢助さんという無骨な男がやって来た。
隠居は、「今日はもうやる事はない。ゆっくり骨休みしてくれ」と言いながら、薪割り、炭切り、縁の下の掃除、天井の掃除、塀洗い、草むしり、どぶ掃除から向い両隣の家の前までも掃除させ、さらに手紙を品川の青物横丁まで届けさせ、ついでに千住まで回らせる。
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こんな調子では3日も持たないと思いきや、杢助さんは3年間も隠居の家で働き続けている。
ところが、隠居は化物屋敷と噂される家に引っ越すことになった。
人間は恐くないが、化物は大嫌いで苦手な杢助さんは暇を取って国元へ帰ってしまった。
さて困ったのは隠居だ。
人使いが荒い上に、化物屋敷では千束屋に頼んでも使用人など来るはずがない。
急に杢助がいなくなって不便は承知だがなぜか一人はさびしく、早く化物でも出てくれないかと心待ちにしている。
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夜が更けると、背中がぞくぞくっとしたと思ったら、お待ちかねのお化け、一つ目小僧の登場。
早速、晩飯の片づけ、台所で洗い物、水汲み、布団敷き、肩たたきと、あれこれと用事を言いつけこき使う。
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こんなはずじゃなかったと泣きっ面をしている一つ目小僧に、「明日は用事がごっそりあるから昼間から出て来い。ぞ~っとさせるなよ」と言ってさっさと寝てしまった。
翌晩の大入道には一つ目小僧と同じ仕事をさせ、庭の石灯籠を直させ、屋根上の草むしりの超過勤務させた。
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「お前は十日に一辺でいいから普段は一つ目を早い時間に来させな。来るときはぞ~っとさせるな言っとけ」と、贅沢な注文をしていると大入道は消えてしまった。
三日目はのっぺらぼうの女だ。
隠居にジロジロ見られて女はモジモジと恥ずかしそうにしている。
隠居は「恥ずかしがることなんかないよ。なまじ目鼻があるために苦労している女は何人もいるんだから」と優しい言葉をかけ、「糸を通してあげようか」と気を使って裁縫などをやらせる。
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やっぱり女のお化けの方が家の中が華やいで明るくなっていいと、明日からは主にお前が出てくれとラブコールだ。
図に乗って顔を書いてやろうかなんて言い出す始末だ。
見るとのっぺらぼうの女は消えていた。
隠居はすっかり化け物使いに味をしめた。
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なにせ何も食べずによく働き無給金で、毎晩日替わりメニューでお化けのオンパレードを見られるのだから言うことはない。
さて、次の晩はどんなお化けが出て来るかと心待ちにしていると、障子の向こうから大きな狸が現れた。
この狸が毎晩化けて出ていたのだ。
狸は涙ぐんで、「お暇を頂きたいのですが」
隠居「なに、暇をくれ?」
狸「こう化け物使いが荒くちゃ辛抱出来かねます」

・・・狸が化けていたんですね。

乱志十八番「酒飲み」三題

bottleほとんど下戸の私が、酔っ払いを演りました。
まぁ、とにかく演っていて、面白いのなんの・・・。
乱志十八番「酒飲み」三題
「一人酒盛」「二番煎じ」「試し酒」ということですが、登場人物の酒の強い順で行くと、ダントツで「試し酒」の清蔵さんでしょう。
それから・・・、次は、番小屋に集まった町内の旦那衆ですかねぇ・・?
「一人酒盛」は、飲んだ酒の量は5合です。
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「二番煎じ」は、個人差があると思いますが、どれぐらいの酒量になるのでしょう。
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「試し酒」の清蔵さんは、5升(旦那の前で飲んだ分)+5升(試しに酒屋で飲んだ分)で、何と1斗を飲み干した勘定になります。 
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酒量に差はあっても、みんな酒を飲んで上機嫌、都々逸が出て来ます。
「一人酒盛」では、定番を入れました。
この酒を 止めちゃ嫌だよ 酔わしておくれ
            まさか素面じゃ いいにくい

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葱の間に肉を挟んで食べようという、「二番煎じ」では・・・、
明けの鐘 ごんと鳴るころ 三日月形の
               櫛が落ちてる 四畳半

・・・よく意味が分からない?
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田舎者の清蔵が、「試し酒」では粋な都々逸を披露します。
三味線の 三の糸ほど 苦労をさせて
              今更切れるとは 罰当たり

・・・これもよく分からない・・?
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・・・酔った勢いで、都々逸を歌う(叫ぶ)ところは、何れの噺でも痛快でした。
お酒飲みが演るよりも、下戸の方が、酔っ払いは上手いかもしれません。

2019年2月20日 (水)

「饅頭怖い」のイラスト

cakeこの噺も有名だと思います。
饅頭怖いのイラスト
暇をもてあました街の者が数名集まり、それぞれ嫌いなもの、怖いものを言いあっていく。「クモ」「ヘビ」「アリ」などと言い合う中にひとり、「いい若い者がくだらないものを怖がるとは情けない。
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世の中に怖いものなどあるものか」とうそぶく男がいる。
他の男が「本当に怖いものはないのか」と聞くと、うそぶいていた男はしぶしぶ「本当はある」と白状する。
「では、何が嫌いなのか」と念を押され、男は小声で「まんじゅう」とつぶやく。
男はその後、「まんじゅうの話をしているだけで気分が悪くなった」と言い出し、隣の部屋で寝てしまう。
残った男たちは「あいつは気に食わないから、まんじゅう攻めにして脅してやろう」と、金を出し合い、まんじゅうをたくさん買いこんで男の寝ている部屋へどんどん投げ込む。
目覚めた男は声を上げ、ひどく狼狽してみせながらも、「こんな怖いものは食べてしまって、なくしてしまおう」「うますぎて、怖い」などと言ってまんじゅうを全部食べてしまう。
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一部始終をのぞいて見ていた男たちは、男にだまされていたことに気付く。
怒った男たちが男をなじり、「お前が本当に怖いものは何だ!」と聞くと、
「このへんで、濃いお茶が1杯怖い」。

・・・ まぁ、笑いの多い噺です。
直接の原話は1768(明和5)年に出版された笑話集「笑府」の訳本からと見られる。
中国における似た笑話は宋代の葉夢得の随筆「避暑録話」や、明代の謝肇淛「五雑組」にもある。
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(↑1776年刊風来山人編「刪笑府」より「まんじゅうこわい」)
日本の小咄・軽口集では他に1662(寛文2)年刊の「為愚痴物語」に御伽衆・野間藤六のエピソードとして登場するほか、1776(安永5)年刊の「一の富」、1779(安永8)年刊の「気のくすり」、1797(寛政9)年刊の「詞葉の花」に同型のものがあるそうです。
由緒正しい?噺なんですね。
・・・落研先輩の「二代目狐狸亭酔狂」師匠の十八番でした。

乱志十八番「身延詣り」三題

shoe江戸時代の庶民が楽しんだ旅。
信心を建前に、人気のあるツアーがあっは訳ですね。
「成田詣で」「大山詣り」「富士詣り」、そして「身延詣り」。
乱志十八番「身延詣り」三題
この中で、法華(現在の日蓮宗)の総本山「身延山久遠寺」へのお参りが、直接間接に出て来る噺。
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「甲府い」「鰍沢」「笠と赤い風車」ですが、「笠と赤い風車」だけは、主人公は身延山までお参り出来ていません。
恐らく、後日、亡き父親と継母の冥福を祈るために、お参りはしていることでしょうが。
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【身延山久遠寺】
鎌倉時代、疫病や天災が相次ぐ末法の世、「法華経」をもってすべての人々を救おうとした「日蓮聖人」は、三度にわたり幕府に諫言を行いましたが、いずれも受け入れられることはありませんでした。
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当時、身延山は甲斐の国波木井郷を治める地頭の「南部実長」の領地でした。
日蓮聖人は信者であった実長の招きにより、1274(文永11)年5月17日、身延山に入山し、同年6月17日より鷹取山の麓の西谷に構えた草庵を住処としました。
このことにより、1274年5月17日を日蓮聖人身延入山の日、同年6月17日を身延山開闢の日としています。
日蓮聖人は、これ以来足かけ9年の永きにわたり法華経の読誦と門弟たちの教導に終始し、1281(弘安4)年11月24日には旧庵を廃して本格的な堂宇を建築し、自ら「身延山妙法華院久遠寺」と命名しました。
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翌1282(弘安5)年9月8日、日蓮聖人は病身を養うためと、両親の墓参のためにひとまず山を下り、常陸の国に向かいましたが、同年10月13日、その途上の武蔵の国池上にて、その61年の生涯を閉じました。
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そして、「いずくにて死に候とも墓をば身延の沢にせさせ候べく候」という遺言のとおり、その遺骨は身延山に奉ぜられ、心霊とともに祀られました。
その後、身延山久遠寺は日蓮聖人の本弟子である六老僧の一人、「日向上人」とその門流によって継承され、約200年後の1475(文明7)年、第11世「日朝上人」により、狭く湿気の多い西谷から現在の地へと移転され、伽藍の整備がすすめられました。
のちに、武田氏や徳川家の崇拝、外護を受けて栄え、1706(宝永3)年には、皇室勅願所ともなっています。
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日蓮聖人のご入滅以来実に700有余年、法灯は綿々と絶えることなく、廟墓は歴代住職によって守護され、今日におよんでいます。
日蓮聖人が法華経を読誦し、法華経に命をささげた霊境、身延山久遠寺。
総本山として門下の厚い信仰を集め、広く日蓮聖人を仰ぐ人々の心の聖地として、日々参詣が絶えることがありません。

・・・というのが、お寺の説明文です。
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日蓮を招いたのが「南部氏」で、我が町の「南部」の由来であり、奥州の南部氏のルーツと言うことになります。
「文永」と「弘安」という元号から思い出されるのは、そう「元寇」です。
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当時の日本は、大国「元」の脅威にさらされていて、世の中全体が不安になっていたんでしょう。
私にとっては、宗旨でもあり、とても身近なお寺です。
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小さい頃から、「南無妙法蓮華経」のお題目を唱えていました。
この身延山が、落語の中にはたくさん出て来ます。
それがとても嬉しくて。
これらは絶対にやらなくては・・と思っていました。

2019年2月19日 (火)

「らくだ」のイラスト

bottleこれも一目で、「らくだ」の「かんかんのう」だと分かります。
長講の「らくだ」は、大看板のやるトリの噺のイメージです。
らくだのイラスト
「らくだ」というのは、江戸ことばでは、体の大きな乱暴者を意味しました。
明治・大正の滑稽噺の名人三代目柳家小さんが、上方から東京に移植した噺です。
聴きどころは、気の弱い紙屑屋が次第に泥酔して、抑圧被抑圧の関係がいつの間にか逆転する面白さ。
乱暴者で町内の鼻つまみ者のらくだの馬が、フグに当たってあえない最期を遂げた。
兄弟分のこれまた似たような男が、らくだの死体を発見し、葬式を出してやろうというわけで、らくだの家にあった一切合切の物を売り飛ばして早桶代にすることに決めた。
通りかかった紙屑屋を呼び込んで買わせようとしたが、一文にもならないと言われる。
そこで、長屋の連中に香典を出させようと思い立ち、紙屑屋を脅し、月番のところへ行かせた。
みんならくだが死んだと聞いて万々歳だが、香典を出さないとなると、らくだに輪をかけたような凶暴な男のこと、何をするかわからないので、しぶしぶ赤飯でも炊いたつもりでいくらか包む。
それに味をしめた兄弟分、いやがる紙屑屋を、今度は大家のところに、今夜通夜をするから、酒と肴と飯を出してくれと言いに行かせたが、「店賃を一度も払わなかったあんなゴクツブシの通夜にそんなものは出せねえ」と突っぱねられる。
「嫌だと言ったら、らくだの死骸にかんかんのうを踊らせに来るそうです」
と言っても「おもしれえ、退屈で困っているから、ぜひ一度見てえもんだ」
と、大家は一向に動じない。
紙屑屋の報告を聞いて怒った男、それじゃあというので、紙屑屋にむりやり死骸を背負わせ、大家の家に運び込んだので、さすがにけちな大家も降参し、酒と飯を出す。
横町の豆腐屋を同じ手口で脅迫し、早桶代わりに営業用の四斗樽をぶんどってくると、
紙屑屋、もうご用済だろうと期待するが、なかなか帰してくれない。
酒をのんでいけと言う。
女房子供が待っているから帰してくれと頼んでも、俺の酒がのめねえかと、すごむ。
もう一杯、もう一杯とのまされるうち、だんだん紙屑屋の目がすわってきて、逆に、「やい注げ、注がねえとぬかしゃァ」と酒乱の気が出たので、さしものらくだの兄弟分もビビりだし、立場は完全に逆転。
完全に酒が回った紙屑屋が、「らくだの死骸をこのままにしておくのは心持ちが悪いから、
俺の知り合いの落合の安公に焼いてもらいに行こうじゃねえか。その後は田んぼへでも骨をおっぽり込んでくればいい」。
相談がまとまり、死骸の髪を引っこ抜いて丸めた上、樽に押し込んで、二人差しにないで高田馬場を経て落合の火葬場へ。
お近づきの印に安公と三人でのみ始めたが、いざ焼く段になると死骸がない。
どこかへ落としたのかと、もと来た道をよろよろと引き返す。
願人坊主が一人、酔って寝込んでいたから、死骸と間違えて桶に入れ、焼き場で火を付けると、坊主が目を覚ました。
「アツツツ、ここはどこだ」
「ここは火屋(ひや)だ」
「冷酒(ひや)でいいから、もう一杯くれ」
・・・あんまり好きなパターンの噺ではありませんが、好きな人は好きなんでしようね。

乱志十八番「お店噺」三題

moneybag「お店噺」・・というか、舞台背景が大店(おおだな)になっていて、そこにいる(関わる)人々の悲喜こもごもが描かれます。
いずれも、笑いと涙の大作です。
乱志十八番「お店噺」三題
店(たな)と言っても、扱っている物は違っています。
「帯久」は、帯屋と和泉屋いう日本橋の2軒の呉服屋。
この2軒の旦那に、大岡越前のお裁きが下ります。
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「文七元結」は、近江屋という横山町の鼈甲問屋。
お店はあまり表には出ませんが、重要なポイントになります。
ストーリーでは、奉公人の文七と、道楽者の左官の長兵衛のやり取りがクライマックス。
歌舞伎の狂言にもなっている名作です。
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「火事息子」は、伊勢屋という神田の質屋。
家出して町火消になった若旦那に父親と母親の思いが交錯します。
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お店噺の超大作と言えば、やはり「百年目」「ちきり伊勢屋」あたりでしょうか?
「百年目」は、そうですねぇ、何か記念になるようなタイミングで、演ってみたいですね。

2019年2月18日 (月)

「井戸の茶碗」のイラスト

dollar実家の仏壇に鎮座する祖師像が腹籠りで、中に大金が入っていないかなぁ。
でも、大金が入るほど、大きな像ではないから。
井戸の茶碗のイラスト
とことん良い人しか登場しないという、極楽で起きた話なのではないかという。
だから、老若男女、この噺を聴いたらすぐに演りたがる。
ところが、そんなに簡単に演れるような柔な噺じゃない。
初心者が「面白いから演ろう」なんて、10年早いと言いたい噺。
私も、そろそろチャレンジさせていただいてよろしいかなぁと。
屑屋の清兵衛は、通称「正直清兵衛」と呼ばれるほどの正直者だった。
ある日、「屑ぃ、お払い」と屑屋の特有の掛け声で流し歩いていると、なりは粗末なものの器量のよい上品な娘に声をかけられる。
招かれて裏長屋へ行くとその父親で、うらぶれているが品のある浪人・千代田卜斎から、屑の他に仏像を引き取ってもらいたいと頼まれる。
元は良い武家の出ながら、今は年頃の娘と2人で貧乏長屋に暮らす千代田は、昼は素読の指南、夜は売卜して糊口を凌ぐ生活を送っていたのだが、昨今の長雨で商売ができず、少しばかり金が入用だという。
目利きに自信がなく、仮に相場より安く買っても千代田に悪いと清兵衛は正直に断るが、その対応を千代田はむしろ気に入り、しばし問答の末、清兵衛が200文で引き取り、それ以上売れたら、儲けを折半する形で互いに納得する。
その後、清兵衛は仏像を籠に入れて歩いていたが、目黒白金の細川屋敷の長屋下を通りかかったところ、高窓から外を眺めていた若い勤番の高木佐久左衛門が籠の中の仏像に気づく。
興味を持った高木は清兵衛に声を掛けて屋敷に招き入れ、仏像を手に入れた経緯を聞き、さらに仏像が腹籠り(仏像の中に更に小さな仏像がある縁起物)だと知って、これを気に入り、300文で買い上げる。
清兵衛が帰った後、高木が仏像を一生懸命磨いていると、台座の下の紙が破れ、中から50両もの小判が出てくる。
中間の良造は運が良いと喜ぶが、高木は自分は仏像を買ったのであって中の50両を買ったわけではない、だから元の持ち主に返すべきだと言う。
ただ、持ち主の手がかりは清兵衛のみなので、翌日から高木と良造は、長屋下を通る屑屋に声をかけては顔を改める生活を始める。
やがて屑屋達の間で、高木の顔改めが話題となり、仇を捜しているなどの噂が飛び交う。
そこへ清兵衛が現れ仏像の件を話すと、仲間は仏像の首が折れて縁起が悪いから、それを売った屑屋の首を打とうしているのではないかと無責任なことを言う。
否定もできないため、清兵衛は次から細川屋敷を通る時は掛け声をせずに素通りするようになるが、ある日、うっかり掛け声を出してしまい、高木に気づかれる。
怯えながらも高木に招かれた清兵衛は、そこで50両のことを明かされ、快く高木の頼みを引き受けて50両を千代田の家へ持っていく。
話を聞いた千代田は、気づかなかったのは自身の不徳であって既に自分のものではないと言い、頑として受け取らない。
清兵衛もしつこく諭すが、終いには無礼討ちにすると千代田が怒りだし、清兵衛は高木の元へ帰る。
しかし、高木も頑として受け取らず、清兵衛は再び千代田の長屋に行かされ、仕事にならない。
そこで、長屋の家主が仲介を買って出て、千代田に20両、高木に20両、苦労した清兵衛に残りの10両でどうかと提案する。
高木は承諾するも、それでも千代田は拒絶し、そこで家主は何か20両の形になるものを高木に渡して商いという形ならどうかと千代田に再度提案する。
さすがに千代田も折れ、父の形見として残っていた小汚い茶碗を高木に譲ることで、騒動は一件落着する。
後日、この話が細川家中に広まり、ついに細川侯の耳にも入る。
細川侯は高木の目通りを許し、その際に茶碗も見たいというので高木は茶碗を一生懸命磨く。
謁見の日、細川侯は高木の茶碗を見て、これが井戸の茶碗であることに気づき、300両で買い上げる。
300両を前にして、やはり高木は茶碗はあくまで20両の形だから割に合わないとし、少なくとも150両は千代田に返すべきだと、再び清兵衛を呼びつける。
だが、清兵衛の予想通り、千代田はこれを断り、そこで前みたいに何か150両の形はないかと尋ねるが、そんなものはあるわけないという。
そして思案する2人は、娘を高木に嫁がせ、その支度金とすることを思いつく。
清兵衛から話を聞いた高木は、この提案を快く受ける。
そこで清兵衛が、今は裏長屋で粗末ななりをしているがこちらへ連れてきて一生懸命磨けば見違えるようになるだろうと娘のことを話す。
すると高木は言った。
「いや、磨くのはよそう、また小判が出るといけない」

・・・実に、みんなが潔い噺です。
「芝浜」のオチが「よそう、また夢になるといけない」
「火焔太鼓」のオチが「よそう、おじゃんになるといけない」
そして、この噺のオチが「よそう、また小判が出るといけない」・・。
「よそう、・・・いけない」三題ですか?
それにしても、あのゴーンさんに聞かせてやりたい噺ですね。
オチは「よそう、また鐘が鳴る(金になる・ゴーン)といけない」bell

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