家族・友人

2018年9月22日 (土)

天使近影

天使②と天使④。
天使近影
息子の嫁が、母に子どもたちの近影をまとめたアルバムを送ってくれました。
この半年ぐらいの天使たちです。
退院して部屋に戻ったら届いていて、母は大喜び。
「可愛い、可愛い」と連発。
「この写真は、お父さん(息子)にそっくりだねぇ」なんて。
それでも、嫁は、最近2人が「マイコプラズマ」に掛かってしまって、大変だった様子。
子育ては本当に大変だと思いますが、健気に頑張ってくれているようです。

2018年9月 9日 (日)

帰宅

sun帰省の最終日。
帰宅
hospital術後2日目の母の様子を見に病院へ。
母の所に、娘一家が来てくれました。
昨日、義父の法要に来てくれて、今日は母の見舞いに。
曾孫2人を見て、母も大変大喜びです。
家族4代の顔合わせですから。
お兄ちゃん(天使①)は照れてしまって、いつものようではありませんでしたが、その代わりに弟(天使③)が愛嬌を振り撒いてくれて、母も何度も「可愛いねぇ。握手しよう」とご機嫌でした。
rvcar娘一家を見送って暫くしてから、我々も帰途に。
帰宅
ところが、例によって?「事故渋滞」・・・。
3泊4日の慌ただしい帰省も無事に終わり、帰ることが出来ました。

餅つき

spa元々、娘一家が義父の一周忌に来てくれることになったので、法事の後、我々夫婦と一緒に下部温泉に1泊する予定でした。
餅つき
ところが、その後、母の手術と重なってしまったので、私はキャンセルして、家内と娘一家で行くことになりました。
下部温泉は、「(武田)信玄の隠し湯」と言われる、県内屈指の古い温泉です。
思えば、この温泉郷の入口にあるホテルですが、家内の実家から比較的近いので、ここで結納を交わしました。
お祝い事や法事などで、何度か使ったことがあります。
ここの呼び物は、餅つき大会だそうで、我が天使たちも、初体験を楽しんだそうです。
食事も美味しかったと、みんな喜んでいました。

2018年9月 8日 (土)

法要

house今日は、家内の実家へ。
法要
身延道(富士川往還)を北上して、身延山を過ぎてすぐ。
実家から約1時間弱。
法要
義母の17回忌と義父の1周忌の法要を執り行いました。
菩提寺の住職がお経を上げている時は、断続的に雨が降っていましたが、読経を終えて墓参の時は晴れ上がり、とても蒸し暑くなりました。
改めて、故人を偲ぶことが出来ました。

2018年9月 5日 (水)

恩人の訃報

shadow私にとって「恩人」とも言える方の訃報に接しました。
私を、前の会社に採用してくれた人です。
つい2〜3日前に、経団連の就職協定廃止の話題がニュースになっていましたが、当時は、会社説明会の解禁が4年生の10月で、選考(試験)が11月という、今から思えばとてつもなく遅いスケジュールでした。
勿論、当時も"フライング"は暗黙の了解のようになっていました。
当時は、第二次オイルショックの影響で、就職氷河時代。
文系学生では、公務員と金融機関の人気が高く、10月1日の会社説明会解禁日には、東京の企業の本社ビルの前には長蛇の列が出来ていました。
そんな中で、私を採用してくれたのは、当時の仙台支店長と人事で東北大生の採用担当だったこの方でした。
今の学生さんのように、企業研究をするとか、人生設計をするとか、そんなこと全くなく、何とか就職することが出来ればというような雰囲気でした。
業界や企業の研究も全くせずに、企業の支店が多く集まる、仙台の青葉通りや一番町をブラブラ歩いていて、友人から「あそこは人気企業だ」と言われて知っていただけの会社に行ってみました。
仙台支店の会社説明会の会場に入ると、第1回目の説明とグループ面談が終わっていたようでした。
そこで、この方と初めて会って、1対1で話すことが出来ました。
会社のことは知らない、学校の成績は良くない私ですから、話題と言えば、落語とアルバイトをしていたテレビ局の話ばかり。
当時は、アパートに電話もなかったので、その場で「明日また来てください。支店長に会ってもらうから」ということになりました。
翌日、支店長と数名でグループ面接。
ここでも、他の学生さんは、自分のゼミの話とか、法律や経済の話題でしたが、私は、同年に起こった宮城県沖地震のテレビ局の報道のアルバイトの話をしました。
何の欲もなく、自分のありのままを喋ったのが奏功したか、支店長に気に入られたようで、またその場で「明日、東京に行ってください」と言われました。
当時、地方の学生にとっては、どの企業でも、「東京に行く」=「内々定」でした。
そして、翌日東京に行って・・・、翌年4月に入社しました。
結婚式の披露宴にも来ていただき、祝辞をお願いしました。
「彼(私)を採用したのは、落語を通じて、"社会学"を身をもって学んで来ていると思ったからだ」と仰っていただいたのを覚えています。
落語にも、褒めるところがない時には「様子がいい」と褒めますが、私も同じような褒められ方をしました。
・・・その方が亡くなりました。
享年75歳。
私が、この会社に入ろうと決めたのは、この方がいて、この方が「来い」と言ってくださったから。
「貴方に身体を預けます」というような気持ちだったと思います。
実に、昭和な就職活動でした。
最近は、あまり体調が良くないと聞いてはいましたが、それにしてもまだ早い・・・。
ご冥福をお祈りしたいと思います。

台風一過

typhoon台風21号が、関西に大きな被害をもたらしました。 西宮に息子一家が住んでいるので心配でした。
台風一過
幸い、近くで停電になった所もあったようですが、特に何もかもなく過ぎて行ったようです。
お兄ちゃん(天使②)は、昨日と今日は幼稚園がお休みだったようです。

2018年8月28日 (火)

天使近影

shoeちょうど1ヶ月前に満1歳の誕生日だった息子の次男(天使④)。
嫁の両親からプレゼントされた靴を履いてご機嫌だそうです。
天使近影
お盆に来ていた数日間でも、歩くのがどんどん達者になって来ましたから、今は歩くのが楽しいのでしょう。

2018年8月15日 (水)

天使の置き手紙

bud息子一家が12日から今日まで帰省して来ていました。
13日と今日は、寝ているうちに家を出ましたので、天使たちとは会えませんでした。
今日は、一家は10時頃に出て、3時過ぎには西宮の家に帰り着いたと思います。
天使の置き手紙
夜、帰宅すると、嫁が描かせたんでしょう、「じいじ、ありがとう」と、天使②の描いた絵が置いてありました。
3歳の天使②の作品の題は「ひまわり」なんだそうです。
家内が、一家のおもてなしで一番忙しかったはずですが、子や孫と楽しく過ごしたようです。
本当にお疲れさまです。
かくばかり 偽り多き 世の中に  子の可愛さは まことなりけり

2018年8月14日 (火)

一升餅

birthday息子の次男(天使④)の満1歳を「一升餅」でお祝いしました。
7月27日が誕生日ですから、半月遅れですが、帰省に合わせてのお祝い。(これも、よく出来た嫁の心遣いです。)
一升餅
背中に米を背負っている弟(天使④)を、3歳のお兄ちゃん(天使②)がエスコートか邪魔しているのか。
それでも、力強く1人で立ち上がりました。 
  一升餅
「食べ物に困らない」と書かれたカードを引きました。
残念ながら?「世界で活躍する」「スポーツ万能になる」「お金持ち、裕福な人になる」「勉強が良くできる」のカードではありませんでしたが、食うには困らないでしょうね。
一升餅
1歳の誕生日「一升餅のお祝い」は、一升餅の「いっしょう」と、 子どものこれからの人生=「一生・いっしょう」を掛け、「一生食べ物に困らないように」「これからの一生が健やかになるように」との願いを込めて、子どもの1歳までの成長を祝うとともに行われる伝統的な行事。
一升餅は背負わせたり抱かせたり、やり方は様々だそうです。
這えば立て 立てば歩めの 親心

2018年8月12日 (日)

ファミリー

eyeお盆休みで、西宮に暮らす長男一家が帰省して来ました。
松戸市内に住む娘一家も来てくれて、我が家は昼過ぎから 大騒ぎでした。
何と言っても、天使4人が揃いましたから。
ファミリー
夕方は、歩いて5分足らずのファミレスに行きました。
32年前には家内と2人だけでしたが、今や我がファミリーは10人になりました。
我々夫婦(2)+娘と息子夫婦(4)+2人ずつの天使たち(4)。
ファミリーたちの後ろ姿を眺めて、ささやかな幸せを感じました。
ファミリー
この中で、最初に欠けるのは、順番から言えば「私」です。
そして、それが我がファミリーにとっても幸せなことです。
父が、私の息子のお宮参りの時に言っていたのを思い出します。
同じ気持ちになる歳になりました。
その亡父が、お盆で帰って来るのを迎えに、明日は帰省します。
曾孫たちの成長を墓前に報告します。

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