家族・友人

2018年5月22日 (火)

幸せだな

bud息子の嫁が撮った写真。
幸せだな
家族で神戸に遊びに行ったようです。
我が子(天使②)を抱いた姿を見て、何故か涙が出て来ました。
あの甘えん坊が・・・家庭を持ち、子どもを二人授かり・・。
親なんていうのは情けないもので・・・。
幸せだな。
しっかり家族を守ってくれよ。
・・・なんでこんなことを考えたんだろう・・。
「子別れ」を稽古しているからなのかなぁ・・。

2018年5月19日 (土)

愛車の車検予約

car7月が車検です。

丸9年ですから、今回で4度目になります。
また、かなりの散財を覚悟しないといけません。
去年の定期点検で、タイヤを交換したから、今年は何か・・・。

ディーラーに連絡して、予約を入れました。
人間ドックで、再検査の宣告をされるような気分です。
でも、もう少し頑張ってもらわないと。
先代は、15年ぐらい乗りましたから、それを越えないと。
7月8日にピットインの予定。

我が家に初めて来た車

carあと1年足らずで「平成」が幕を閉じることになります。
幼い頃、「明治・大正・昭和の三代を生き抜いた・・・」なんて、よくドラマの宣伝コピーに使われていました。
「激動の時代を元気に長く生き抜いた」という意味合いだったと思います。
来年、「平成」から新しい元号に変わると、私も「昭和・平成・○○を何となく生きた」と言われるようになります。
思えば、随分時間を過ごして来たものです。
ふと、我が家に車がやって来たことを思い出しました。
昭和30年代の後半。
まだ、高度成長が始まりかけた頃。
今で言えばペーパードライバーだった父が、衝動的に車を買いました。
ちょっと説明すると、当時、自動二輪(バイク)の免許を取ると、軽自動車の免許も付いて来たと言う、とてつもなくのどかな時代だったようです。
車が来た日
当時は、よほど裕福な家を除けば、自家用車などないのが当たり前。
今思えば、バイクに父と母が乗り、私はバイクのタンクへ、妹は母がおぶって、バイクは4人乗りでした。
そこへ、やって来たのが、当時の人気車種だった「マツダキャロル」でした。
そう、360ccの軽自動車です。
車そのものが贅沢品でしたが、今でこそ「軽自動車]は、小型車とほとんど変わらない、時には小型車以上の設備を絢爛に纏う特異の存在になっていますが、当時は、文字通り乗用車が個人のものとして普及しはじめた時代で、まずは「軽」で我慢しようかと選ばれる存在でした。
車が来た日
排気量360cc以下、長さ3.0m以下、幅1.3m以下、高さ2.0m以下という規制(昭和29年改正)の中、日本の「軽自動車」は普及したということです。
厳しい規制ではあるものの、前に述べたように、実はこれはニ輪車を想定して定められたものを、車輪数の規制がなかったのをいいことに、そのまま四輪車で実現してしまったということだそうです。
専ら父の通勤用でしたが、メーカーは、「普通車(小型車)ムードを盛り上げる・・」と謳い、一番のセリングポイントは、「軽自動車で初めての水冷、4気筒、4サイクル・・」のエンジンだったというのは、後で知ることになりました。
車が来た日
初期のライトカーの時代を経て、昭和33年に登場したスバル360、昭和35年のマツダR360クーペが第一期の「軽」の普及時代であり、キャロルはそれを受けて、昭和37年2月に登場しました。
厳しい「軽」の枠のなかで、小型車に匹敵するスペック、メカニズムをともがいた跡がみられる車だったようです。
メカニックな話になりますが、エンジンは、4ストローク水冷直列4気筒OHV、358cc、18PS/6800r.p.m.(のちに20PS)だったそうです。
注目すべきは、ブロックまでアルミ合金を使った「総アルミ」エンジン。
小さなボアにもかかわらず、5メイン・ベアリングを採用。
燃料ポンプも贅沢な電磁式ポンプを用いるなど、小型車でもコストなどを考えて採用し得なかったことを「軽自動車」に持ち込んだこと。
これはエンジンにとどまらなかったようです。
ホイールベース1930mm、全長2980mmというサイズにも関わらず、完全な3ボックス・スタイルを実現。
スタイリングも英国フォード・アングリアなどにも似た、コストよりもデザイン優先を感じさせる、あか抜けたものだったと評されています。
ところが、我が家のキャロル君、冬になると、なかなかエンジンがかからず、毎朝苦労したものでした。
電気系統が弱かったのか、キャブレターの性能が悪いのか、とにかく、家族で"押しかけ"したものでした。
(押しかけというのは、車を押して空走させ、ギアを繋いでその負荷で始動させる方法でした。)
親子4人で、ドライブにも行きました。
朝霧高原や富士五湖、日本平や三保の松原・・・・。
車が好きだった私の原点になった車です。
今思えば、玩具みたいだった気がします。

2018年5月15日 (火)

ホールインワン

golf義弟が、先日「ホールインワン」を達成したそうです。
ゴルファー(ホールインワン)保険に加入していたので、ただいま色々やっているそうで。
義弟は、昔からゴルフが好きで、今でもコンスタントにプレーしているようです。
休日の日課は、午前中は打ちっ放しという、世の中の多くのオジサンたちのパターン。
一方、私はと言えば、ゴルフはもうずっと前からやっていません。
接待ゴルフも、当時は、全部部下に任せていました。
何が嫌かって、"オリンピック"などという遊びをやりながらのプレーが大嫌いだったこともあります。
ところで、ゴルファー保険と言うのは、打球で怪我をさせたり、ヘボなスイングでクラブを壊したり、事故のためのものです。
ホールインワンも事故なんですね。
昔、上司がホールインワンを達成したことがあって、何故か私が保険金をもらう手続きをやらされたことがありました。
あの頃は、記念のテレフォンカードを作って配ったりする人が多かったようですが・・・。

2018年5月 6日 (日)

天使たちのゴールデンウィーク

clover天使4人も、それぞれ楽しいゴールデンウィークを過ごしたようです。
娘の子どもたち(天使①と天使③)とは、昨日顔を合わせました。
天使たちのゴールデンウィーク
息子の子どもたち(天使②と天使④)は、まだ引っ越して間もないので、家族で西宮の周りで遊んだようです。
天使たちのゴールデンウィーク
近いうちに、大阪出張の帰りにでも、顔を見て来ようと思います。
みんなが元気でいられれば何よりです。

2018年5月 5日 (土)

端午の節句

bud息子の嫁から、節句のお祝いの写真が届きました。
端午の節句
天使④の初節句です。
端午の節句
お兄ちゃん(天使②)と兄弟仲良く、子どもの日を祝ったようです。
端午の節句
生後9ヶ月の天使④も、つかまり立ちが出来るようになりました。
端午の節句
すくすく育っているようです。

野菜をいただきに

sun昨日、「Ⅰさん」からメールがあり、「(日曜農場の)野菜を採りに来ないか?」と。
暫くお邪魔していなかったので、お言葉に甘えることにしました。
野菜をいただきに
水戸街道を我孫子に向かい、利根川を渡る手前の河川敷に、広大に田畑が広がっていて、もう10年以上前から、地主さんから畑を借りて、野菜を栽培しています。
あまりに久しぶりだったので、同じような景色が続いて、「農場」への入口を忘れてしまいました。
野菜をいただきに
手前で曲がってしまったり、行き過ぎてしまったり、苦労してやっと畑に到着。
野菜をいただきに
エンドウ豆、春キャベツ、サニーレタス、玉葱、葱・・・、どっさりいただきました。

2018年5月 1日 (火)

お疲れのご様子

sweat02帰宅すると、娘の子どもたちを保育園に迎えに行った家内が、疲れて帰っていました。
1歳になった下の子(天使③)が、とにかく大きくて重い・・・。
抱っこ紐を使ったけれども、重たくてと。
お兄ちゃん(天使①)は、保育園にも慣れて、伸び伸び通っているようです。
お疲れのご様子
この重たそうな2人ですから。
子育てというのは本当に大変だと、改めて思います。
日本の母たちに感謝ですね。

5月

bud今日から5月。
朝晩は清々しいですが、今日も日中は夏日になるようです。
今日から、娘が産休明けで職場に復帰するそうです。
5月
昨年4月に、第二子(天使③)を出産、この4月からは、長男(天使①)と2人を、近くの保育園に通園させるようになりました。
おかげさまで、待機せずに入園することが出来たようです。
おじいちゃんとおばあちゃんに育てられた私には、時代や環境とは言え、こんな小さな子どもを預けて・・・と思う部分もありますが、きっと逞しくなってくれるでしょう。

2018年4月18日 (水)

天使の誕生日

apple今日は、娘の長男(天使①)の満4歳の誕生日です。
天使の誕生日
前年に父が亡くなって、その生まれ変わりのように授かった初孫。
明るい性格なのが何よりです。
この間、13日に満1歳の誕生日だった弟(天使③)と一緒にお祝いしました。

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