噺家さん・芸人さん

2018年10月19日 (金)

違うと思うなぁ。

annoyジュリーの公演ドタキャンは、本人の意思だったようです。
「客席がスカスカの状態でやるのは酷なこと。『ライブをやるならいっぱいにしてくれ、無理なら断ってくれ』といつも言ってる。僕にも意地がある」と自身が中止を決断したことを明かした。
開場時刻の午後3時半まで事務所、イベンター会社から予定通り開催するように土下座で懇願され、押し問答となったが、最後まで首をたてに振らなかった。
「今回はできませんと1分でも早くお客さんに伝えてほしかった。僕が帰らないと収まらないならと、3時45分くらいに帰った」と説明。

・・・確かにジュリーは大スター(だった)です。
プライドもあるでしょう。
しかし、入りが悪いという理由だけで、もう観客(ファン)が大勢集まっているのに?
スターでも、いや大スターだからこそ、違うと思うなぁ。
そりゃぁ、空席が目立つのは腹立たしいでしょう。
きっと契約書では、何人動員するとかが謳われていたのだと思います。
だから、動員出来なかった主催者は、必死で土下座をして懇願したんでしょう。
ジュリーのプライドが大きく傷ついたことでしょう。
でも、それは主催者の読み間違いと、本人の集客力の問題で、ピュアなファンには全く関係ないこと。
しかし、きっと、熱狂的なジュリーファンは、こういうことも許してしまうんでしょうか?
噺家さんなら、たとえ観客が1人だけでも、大切なお客さま。
その現実を受け止めて、そのお客さまに満足してもらうようにするでしょう。
それが"人の道"だと思いますが。
アーティストは違うのかな?
ジュリーのイメージが悪くなったことは確かです。
「勝手にしやがって」って。
そんなに入りに神経質になるなら、大きなアリーナではナシーナにして、例えば池袋演芸場でやれば、間違いなく超満員の札止めになりますよ。

2018年10月12日 (金)

林家あずみ独演会

sunsunとても嬉しい話。flair
林家あずみ独演会
我らがアイドル、三味線漫談の「林家あずみ」さんが、独演会だそうです。
素晴らしい!
林家あずみ独演会
最近の売れっ子ぶりには目を見張りますから。
神田のお蕎麦屋さんで、定員も限られているようですから、満員は間違いないでしょう。
彼女の魅力は、美人で着物が似合うのは勿論、明るさと礼儀正しさだと思います。
本当におめでとうございます!
しかし、最近は忙しすぎて、全国を飛び回ったりしていて、身体は大丈夫か。
色々な若い芸人さん(男の)と一緒で、・・大丈夫か。
余計な心配もしています。

2018年10月 3日 (水)

三遊亭小金馬師匠の訃報

shadow三遊亭小金馬師匠が亡くなったそうです。
享年69歳。
地味な存在の師匠でしたが、69歳というのは早すぎる。
ご冥福をお祈りしたいと思います。

2018年9月30日 (日)

一病息災で

think三遊亭円楽師匠が、初期の肺がんだと公表したそうです。hospital
驚きました。w(゜o゜)w
その円楽師匠が、西新宿の芸能花伝舎で行われた落語芸術協会主催の「第12回芸協らくごまつり」のトークショーに出演した、病気についてコメントされたそうです。
手術を受けるため、10月4~11日に予定していた公演はすべて休演。
「自覚症状がなかったくらいですから体調は大丈夫です。すぐ戻って来ますから、ご安心下さい。やりたいことがいっぱいあるので、自分の夢のためにも生き残らなきゃいけない。俺にとっての仕事は落語なんだし、落語をやるために手術をして戻ってくるというテーマなんだから、静かに見守ってもらいたいというのが本心。ストレスになるからね。ハッキリ言ったら。他のことでいろいろ(検査を)やっている中で見つけてくれたから、お医者さんに感謝。自分のスケジュールでご迷惑をお掛けする人にはお詫び、ファンの人たちには応援して下さい、とそれだけだよ。なんでコメントを出さなかったのかは簡単ななこと。静かにやりてえんだ。そして出てきた時に暴れたいんだ。闘病の方も一杯いる。2人に1人はがんという時代だから、積極的に治療していきましょう。積極的に生きていきましょうということです」と・・。
長寿社会、勿論病気とは無縁な方もいらっしゃいますが、持病とうまく付き合って「一病息災」が良いのだと思います。
母も叔父も「どうしてもこんなに元気なんだろう」なんて言っていましたが、世の中にスーパーマンなどいやしませんから。
過信をしないで、無理をしないで、健康管理をしていくことが大事だと思います。
円楽師匠のお早い復帰をお祈りしたいと思います。

2018年9月22日 (土)

真打昇進披露興行

apple秋は、新しい真打が誕生する季節です。
真打昇進披露興行
昨日から、鈴本演芸場を皮切りに、平成30年秋の「真打昇進披露興行」がスタートしました。
真打昇進披露興行
5人の新真打の活躍を祈りたいと思います。

2018年9月11日 (火)

ひびきわたる先生の訃報

shadow漫談家の「ひびきわたる」先生が亡くなったそうです。
享年75歳。
何度も寄席で拝見して、とても印象に残っています。
1968年に漫談でデビュー。
「お笑いキャスター」と呼ばれ、歌、声帯模写、司会、作詞・作曲も・・。
レコードも16枚出しているそうてす。
寄席では、何と言っても「キセル」を使った、人間や動物のモノマネ。
これは日本で唯一の芸だそうです。
その他、ギター漫談、ソウル漫談、フルートを吹きながらの漫談、「鶴の恩返し」など。
「鶴の恩返し」も印象に残っています。
1984年に日本テレビ「お笑いスター誕生!!」で、「最優秀個人賞」「最優秀歌唱賞」を受賞。
・・・こういう軽妙な芸人さんは、本当に寄席に不可欠な存在なんですよね。
ご冥福をお祈りいたします。

2018年9月 9日 (日)

謝楽祭

sun暑いのに、噺家さんたちも大変です。
謝楽祭
落語協会の「謝楽祭」。flair
「圓朝まつり」を引き継いで、今年が3回目。
湯島天神で10時から。
まだ行ったことはありません。
今年も行けません。
いつも暑いから、あまり行きたくありません。

2018年8月31日 (金)

働き方改革?

golf高齢化と雇用の流動化によるのでしょうか、落語家さんの数が増え、年齢が高くなってからの入門者も増えているようです。
落語芸術協会の、三遊亭小遊三便所でお尻を拭く会長が、落語協会の新真打披露宴に出 席した際のコメント。
小遊三師匠は、7月に他界した会長の桂歌丸師匠に代わり、6月から会長代行兼副会長として奮闘中ですから。
「(芸術協会)落語協会を見習って、前座になる条件に年齢・定員制限を設けることになりました」と宣言。
これまで資格や人数に関して規定はなかったが、今月開かれた理事会で前座に登録できるのは35歳以下の30人までと決定し、翌日から実施している。
一般的に前座から真打昇進まで約15年程度の修業が必要になるので、現役として十分に活動できる期間を考え、年齢を35歳に制限したということ。

・・・障壁をはずす傾向にある世の中で、やや逆行する部分にも見えますが、職人や芸能の世界は、やはり若い時から基礎を学ぶ"時間"は絶対に必要ですから、斯界のレベ ルを維持する上からも、致し方ないとは思います。
これで、私がプロの噺家になる道は完全に断たれてしまいました。
pig元々、そんな気持ちはありませんが。shock

2018年8月10日 (金)

これからの落語にできること

book文春で、五代目桂三木助さんの記事を見つけました。
◆五代目襲名の桂三木助が語る「これからの落語にできること」
昨年9月、真打に昇進し、桂三木男改め、五代目桂三木助を襲名。
さる6月15日、有楽町朝日ホールで行った襲名披露興行は、師匠の金原亭馬生はじめ、笑福亭鶴瓶、立川志の輔、立川生志と、江戸・上方の大先輩の師匠方が一堂に会する、賑々しくも華やかな披露になった。
「前の鶴瓶師匠が新作落語の『青木先生』で、場内の笑いを全部さらって行った後です。『うわぁ、この後に(高座に)上がりたくないなぁ』とちょっと思いましたが、私の披露目ですので、私が出なければ会が終わらない(笑)。鶴瓶師匠以上に笑いを取ることは絶対不可能ですので、枕も振らずに、すぐ『五貫裁き』を語り出しました」
「五貫裁き」は名奉行として知られる大岡忠相(越前守)が登場する「大岡政談」。
この演目を選んだ理由の1つは、会場の朝日ホールが、噺に出てくる南町奉行所のあった場所の近くだから。もう1つの理由は、故立川談志師匠に教えて貰った演目だったから。
一門の弟子以外には、ほとんど稽古を付けなかった談志師匠に、「三木男はいい!」と無性に可愛がられて、「芝浜」や「五貫裁き」の稽古を付けてもらった。
「母方の祖父、三代目三木助の落語を聞いて、『噺家になろう』と決心したのが20歳になる半年前。
祖父はとうに亡く、四代目の叔父も家では普通の叔父さんと甥の関係でした。
全然落語家になるつもりのなかった私は、周りの先輩方に教えて頂いたからこそ今日があります」
「芝浜」始め、古典落語が好きで得意。
自分も研鑽を積むと共に、若い人達にも落語の面白さを広めたいと願う。
「2カ月に一度、神田では勉強会、半蔵門で初心者向けの会を開いています。後者は初めてでも聞きやすい、15~30分の演目を2つ。〈江戸のお金の勘定の仕方〉とか、落語に出てくるテーマも交えながら、それに関連した噺を語ります。落語は想像力を働かせて楽しむ世界。とはいえ、頭の中が?マークで一杯では面白くないでしょう? 『へっつい幽霊』に出てくるへっついなどは、34歳の私も実際に見たことがない(笑)。補足的な映像を組み込んだ落語の動画を作ってYouTubeで公開することも考えています」
落語や話芸に親しんでみたいという方は、出演日程が掲載された『東京かわら版』(冊子とネット版あり)が便利。
「今後の予定としては、東京以外でも、名古屋や九州(大分)など各地にお伺いします。時代は変われど、落語でしか表せない事柄、落語だから表現できる世界に真摯に取り組んで行きたいと思います」。

・・・三木助さんの様子を知ることは出来ますが、表題ほどの内容でもありませんでした。

2018年8月 6日 (月)

入船亭扇辰さん評

pen広瀬和生さんの、入船亭扇辰さんの「お初徳兵衛」評。
扇辰さんは、寝蔵師匠が同郷(新潟県)ということもあってご贔屓。
確か、奥さんは山梨県のご出身だったと思います。
ですから、夫婦喧嘩は「川中島の合戦」と言うことになる?
冗談はともかく、私も好きな噺家さんの1人で、「ねずみ」とか「鰍沢」は、参考にさせていただいています。
          入船亭扇辰さん評
勘当された大店の若旦那が船頭になって大失敗する「船徳」は、初代古今亭志ん生(幕末期の名人)作の長編人情噺「お初徳兵衛浮名桟橋」の発端の部分を、明治時代に初代三遊亭圓遊が滑稽噺に改作したもの。
「昭和の名人」五代目志ん生は「船徳」ではなく「お初徳兵衛」の発端を一席ものとして演じ、倅の十代目金原亭馬生がそれを継承した。
その「お初徳兵衛」を入船亭扇辰が5月30日の独演会「噺小屋 皐月の独り看板」(国立演芸場)でネタ出ししたので聴きに行った。
「お初徳兵衛」は、現代では馬生門下の五街道雲助が細部に工夫を凝らし、より人情噺らしく磨き上げている。
扇辰が演じた「お初徳兵衛」も雲助の型を踏襲したものだった。
道楽が過ぎて勘当された徳兵衛が行き場を失って途方に暮れていると(この運びは「唐茄子屋政談」に似ている)、馴染みの船宿の親方に声を掛けられ、居候することに。
実家が夫婦養子を迎えると聞いて「もう帰る場所がない」と船頭になる決意をする徳兵衛。
志ん生・馬生親子はここで「船徳」にある「親方に呼ばれた船頭たちが早合点する」場面を入れて笑わせるが、雲助はそれを省いて人情噺のトーンを維持、「船徳」で描かれた「未熟な徳兵衛が2人連れを乗せて悪戦苦闘したエピソード」を、滑稽味を完全に抜いてサラリと紹介する。
扇辰の落ち着いた佇まいと端正な口調が、こうした展開に実によく似合っている。
3年後には界隈で随一の船頭となった徳兵衛。
四万六千日、お初という美しい芸者を連れた旦那2人が徳兵衛の客となり、彼らを降ろした後、お初1人を送り届けることに。
にわかの大雨で舟を首尾の松に止める。
「そこでは濡れるから」と徳兵衛を近くに呼び寄せたお初は、実は幼い頃、徳兵衛に恋をして「芸者になれば若旦那に遊んでもらえる」と思って芸者を志したのだと言う。
切ない恋心を打ち明けるお初、「それは御法度」と拒みながらも、雷鳴轟く中、お初を抱き寄せてしまう徳兵衛……。
2人がいい仲になるクライマックス、扇辰は持ち前の繊細な演技力でドラマティックに演じ、爽やかな余韻を残した。
テキストとしては雲助の台本にかなり忠実でありながら、扇辰は、古の江戸の香りを濃厚に漂わせる雲助の骨太な「お初徳兵衛」とは異なる、よりウェットな一席に仕上げていた。
「お初が徳兵衛を口説く」場面のきれいさは扇辰ならでは。
現代の観客が感情移入しやすいスマートな「お初徳兵衛」だ。
芸歴29年の54歳、扇辰の円熟の境地を感じた。

・・・この噺、以前からやりたいと思っている噺です。
破れ家笑児さんとの二人会は実現していませんが、もし実現したら、私が「お初徳兵衛浮名桟橋」で、笑児さんが「船徳」と、演目は勝手に決めています。
五街道雲助師匠のお弟子さんの隅田川馬石さんのを聴いて、「やりたいなぁ」と思いました。
扇辰さんですから、丁寧な噺に仕立てていたことと思います。

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