噺家さん・芸人さん

2018年6月19日 (火)

ある噺家さんの自宅

wineある上方落語の噺家さんのツイートです。
具体的な場所はどこか分かりませんが、昨夜、仕事から帰宅したら・・・。
  ある噺家さんの自宅
かなりの揺れだったようです。

2018年6月18日 (月)

北とぴあ若手落語家競演会

flair昨日開催された「北とぴあ若手落語家競演会」で、「試し酒」を披露した柳亭市弥さんが大賞を受賞したそうです。
北とぴあ
このイベントは、「公益財団法人北区文化振興財団」の設立30周年記念事業だそうです。
観客が審査員なんだそうです。
今回が29回、今までも多くの人気噺家さんを輩出。
若手の“登竜門”ともいえる競演会だそうです。
今回も、若手噺家6人が参加して「北とぴあ大賞」を競ったという訳です。
参加者は、初音家左吉、柳亭市弥、柳家緑太、三遊亭小笑、春風亭昇々、春風亭吉好の6名。
大賞の市弥さんは、柳亭市馬落語協会会長の、確か三番弟子。
前座の頃、師匠の市馬さんをよく聴きに行っていたので、初々しい頃を思い出します。
市朗(現市楽)、市丸(現市江)、市也(現市弥)の前座3人でした。
栴檀は何とやら、あの頃から、とても雰囲気を持っていました。
これからに期待したいものです。

2018年6月16日 (土)

五代目桂三木助襲名披露興行

sun昨日、「五代目桂三木助襲名披露興行」が、有楽町朝日ホールで行われたそうです。
五代目桂三木助襲名披露興行
昨年真打昇進したばかりの三木助さんですが、さすが「七光り」の凄さを感じます。
二つ目時代は、談志師匠にも可愛がられ、大名跡を襲名して真打に昇進しました。
私は、金原亭駒春時代と、桂三木男時代に、何度か聴かせていただいた程度で、何もコメント出来ませんが。
五代目桂三木助襲名披露興行
自虐的に「名人の家系を微塵も感じさせない」なんて言ってましたね。
(私と同い年だった)夭逝した、当代の叔父にあたる先代のことも重なります。

2018年6月14日 (木)

入船亭扇遊師匠のこと

pen評論家の広瀬和生さんが、入船亭扇遊師匠について解説されています。
昨年度の文部科学大臣賞を受賞したのは入船亭扇遊。
現在64歳、今年の11月で芸歴46年となる。
歯切れの良い口調と伸びやかな声が魅力の、上手くて陽気で爽やかな演者だ。
現在、東京の落語家で芸術選奨文部科学大臣賞の受賞者は扇遊以外に、柳家小三治(03年度)、立川志の輔(07年度)、柳家権太楼(11年度)、柳家さん喬(12年度)、五街道雲助(13年度)、春風亭小朝(14年度)の6人。
そのうち小朝以外の5人はその後、紫綬褒章を受章している。
つまり、ある意味この賞は「紫綬褒章への第一歩」でもある。
文化庁が扇遊を「権太楼、さん喬、雲助」に続く存在と認定したのは大きい。
正直「権太楼、さん喬、雲助」の位置に扇遊が肉薄しているイメージは希薄だろう(実際、芸歴も年齢も離れている)が、僕は08年の拙著「この落語家を聴け!」で扇遊をさん喬、権太楼に次ぐ扱いにしていたほど好きな演者だけに、「やるな、文化庁!」というところだ。
ちなみに芸術選奨は原則70歳未満が対象。
春風亭一朝が再来年12月に70歳になるので、その前にぜひ一朝に!と個人的には期待している。

   入船亭扇遊師匠のこと
受賞後初めて扇遊を観たのは4月22日「扇遊春の独演会」。
なかの芸能小劇場でオフィス10が催している「春のらくご長屋」なる企画の一環で、この日は同会場で扇遊の前に古今亭文菊、桂文治、入船亭扇辰が独演会をやっており、扇遊の後にも立川こしらの独演会が控えていた。
1席目、特に芸術選奨に触れることなく(白酒が度々「芸術選奨の内幕」を暴露して爆笑を誘ったのとは対照的だが、そこがまた扇遊らしい)、時代の移り変わりについてのマクラから医者の小咄を振って「崇徳院」へ。
リズミカルにトントンと進んで噺へ引き込む扇遊の「崇徳院」の魅力は志ん朝に通じるものがある。
仲入り後は「教わった噺をただ素直に演っていた前座の頃が一番よかったかもしれない」と、前座時代に地方の仕事で演った「道具屋」がバカウケでトリの小三治を食ってしまったエピソードを披露して「井戸の茶碗」へ。
まさに「素直に演じれば噺の面白さは自然と伝わる」という扇遊のポリシーを体現したような出来。
とりたてて新鮮な演出はなくても語り口の魅力だけで古典落語は楽しく聴けることを証明した。
前座噺から人情噺の大ネタまで、肩の凝らない軽やかな芸風で楽しませる「程の良いオールラウンドプレイヤー」扇遊。
今回の芸術選奨受賞をきっかけに、その魅力が全国で広く認知されることになるだろう。

・・・ベタ褒めですね。
今まさに落語協会の大看板の権太楼・さん喬・雲助に続くというのは、私もそう思います。
柳家一門というか柳派は、本当に裾野が広く、柳家を名乗らなくても、入船亭、柳亭、鈴々舎・・が、それぞれ素晴らしい。
あ、立川も広義の柳派かもしれませんから。
扇遊師匠のテンポと派手さのない明るさが魅力だと思います。
師匠の扇橋師匠は、どちらかと言えば、甘いゆっくりとした口調でしたが、どこか彷彿とさせる所もある気がします。
何かの時に、扇橋師匠が俳句の宗匠でもあり、様々な世界の、多くの一流の人たちとの接点があり、その場に付き人的にいられたことで、文字では学べないことも吸収出来たと言うようなことを仰っていたと思いますが、扇橋師匠も物凄い師匠だったんですね。

2018年6月12日 (火)

今秋の真打昇進披露興行

bud落語協会の今秋の新真打は5名です。
新真打のそれぞれの名前が決まりました。

全員が真打昇進で改名するのは、とても珍しいかもしれません。
 <古今亭駒次改め>      古今亭駒治さん
 <柳家さん若改め>        柳家小平太さん
 <柳家花ん謝改め>       柳家観之助さん
 <林家たこ平改め>        林家たこ蔵さん
 <古今亭ちよりん改め>  古今亭駒子さん

9月下席、鈴本演芸場から披露興行がスタートします。
・・・三遊亭がいない・・・。

2018年6月10日 (日)

たぬき

musicNHKのラジオ番組「ラジオ深夜便」で、立花家橘之助さんの「たぬき」を聴くことが出来ました。
伝説の?演目が聴けたのはラッキーでした。
     たぬき
本当は、生で聴きたいのですが、なかなか。
小円歌から橘之助を襲名して半年。
三味線漫談から浮世節に。
ますます活躍されていて、とても嬉しく思います。
たぬき
小円歌(ご縁が)あって襲名、先代を小円歌(越えんか)という勢いには、小円歌(故圓歌)師匠も喜んでいることでしょう。

2018年6月 9日 (土)

足の痺れ対策

sadまたまた「大手町アカデミア」での話題。
柳家権太楼師匠が、足の痺れ、痺れた時でも上手く立ち上がる方法を伝授してくださいました。foot
ある程度の慣れはあると思いますが、プロの噺家さんも足は痺れるそうです。
そりゃ、同じ人間ですから、長時間にわたって正座という極めて不自然な状態にしていれば、膝から下の血流が滞ります。
その時に、むりやり立ち上がろうとすると、そのままひっくり返ってしまいます。
ポイントになるのは、「親指」だそうです。
噺が終わり、痺れた足で立ち上がろうとする時に、親指を立てて反らせる、ちょっと間をおいて立ち上がろうとする前に、立てた親指にぐっと腰を落としてさらに反らせる。
こうすれば、ほどなく痺れが緩和されるので、慎重に立ち上がる。

・・・だそうです。
今度やってみましょう。

2018年6月 8日 (金)

今聴くべき噺家さん

banana「大手町アカデミア」での、柳家権太楼師匠へ、「今、お勧めの若手の噺家さんは?」という質問。
権太楼師匠は、様々な面に配慮されたのでしょう、固有名詞では仰いませんでした。
座談の進行役の長井好弘さんは、権太楼師匠は、若手の噺もよく聴いていらっしゃるそうですから、「これは」と思う若手もいると思いますが。
それよりも、「今聴いて欲しいのは・・・」と、ある大看板の名前を挙げられました。
指名された某師匠もそれなりにご高齢になっていますから、今の元気な高座姿を是非に、ということでした。
やはり、円熟の芸を堪能するのが良いのかもしれません。
初心者の方は、最初から誰と決めてかからずに、寄席などに通って、ご自身の目と耳で、好みの噺家さんを見つけるのがよいと思います。
・・・思えば、学生時代に鈴本演芸場で見た「柳家さん光」さんという若手は、物凄く印象に残りました。
そう、若き日(二つ目)の権太楼師匠でした。
あの顔、一度拝見したら、忘れられませんから。

2018年5月25日 (金)

向かいの家に囲いが出来たね

向かいの家に囲いが出来たね先日の「柳家小三治独演会」。
長い長いマクラの中で、小三治師匠が"落語論"に触れた部分がありました。
「向かいの家に囲いが出来たね」「へぇ」という小噺。
この小噺はみんな知ってますから、どこでやっても受けたためしがありません。
そんなことはどうでも良いのです。
小三治師匠はこんなニュアンスを仰いました。
この小噺を漫然と台詞だけ喋るのは落語じゃない。
他愛もない会話の中に、とても多くの要素が含まれている。
向かいの家はどんな家?

路地の広さはどれぐらい?
どんな囲いが出来た?
天気はどんな?
会話をしているのはどんな人?   ・・・・等々
こういう多くのファクターをしっかり自分で掴んでやるのが落語だ。
・・そんなふうに仰っていた気がします。
たかが小噺と侮ってはいけないという戒めだと思いました。
舞台設定、感情移入がしっかりしていないと、たとえ一言でも、それは落語ではない。
また、普段こんなことも仰っています。
落語というのはセリフをしゃべっているのでなくて、その人、その人の気持ちに瞬間、瞬間なっていく。
セリフは気持ちの現れですから、セリフから気持ちが入っていくんじゃなくて、気持ちからセリフが出てくるもんだと、わたしは思っています。

表現こそ違いますが、いつも圓窓師匠から言われていることと全く同じでした。
そう、だからその度に違う、生きているものなんですね。
小三治師匠の名言をいくつか並べてみました。
・(落語の魅力は)生きているうれしさや悲しさを知ってもらうこと。
・一口に『笑い』って言いますけど、私は、笑いは落語の場合には
 付きものではあるけれど必須や義務ではないと思ってます。
 結果的に笑っちゃうものはいいんですけど笑わせることはしたく
 ないですね。
 私が楽しんではなしていると、それに乗ってきて笑うお客さんとは
 時を同じくもつ者どうしの『同志』です。
・笑わせるもんじゃない。つい笑ってしまうもの。
 これが芸だと思うんですね。
・(弟子への稽古の時)お前は“どうしたら流暢に聞こえるだろう?”
 とか、そんなことを考えているようなキレイな言葉ばかり喋って
 いて、気持ちがそこに流れていない。
・芸には人間性がそのまま出る。
 芸の勝負はつまるところ人間性の勝負だと思う。

・・・深い。

2018年5月24日 (木)

柳家小袁治師匠のツイート

 
柳家小袁治師匠もお怒りですよ。
柳家小袁治師匠のツイート
柳家小袁治師匠のツイート
私と同じことを思われていました。
それが当たり前のマナー、常識ですよね。

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