噺家さん・芸人さん

2017年5月 1日 (月)

「謝楽祭」のチラシ

flag落語協会主催の「謝楽祭」。
「謝楽祭」のチラシ
柳家小袁治師匠のブログに、今年の「謝楽祭」のチラシがアップされていました。
「謝楽祭」のチラシ
今年は、9月3日(日)にいつもの湯島天神さんで。

2017年4月30日 (日)

本当に落語ブーム?

pen立川談四楼師匠が、日本経済新聞に寄稿されています。
題して「本当に落語ブーム?」。
落語ブームであるという。
「ブームと言うのはよそうや。ブームは去るものだからさ」。
この消極的とも思える某落語家の意見もブームを意識してのもので、してみると“ブームの兆し”ぐらいはあるのかもしれません。
ブームをどう捉えるかですが、真打はもちろん、若手の二つ目、果ては末端の前座までが引く手あまたで忙しい。
それをブームと言うのだと思いますが、その伝でいくとブームではないとの実態が浮かび上がります。
そうです、ちょっと偏ったブームなのですね。一部の落語家が忙しいのです。
「富の偏在」との言葉がしっくりくるように。
ということは「オレはヒマだぞ」と声高らかに宣言する落語家が数多く存在するということでもあるのです。
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東京の落語家はざっと五百人、何とそのうち三百人以上が真打です。
そうです、典型的な逆ピラミッドで、その競争率は高く、仕事の奪い合いは熾烈を極めます。
結果、高座にあぶれる真打が続出し、「どこがブームなんだ?」となるわけです。
かつて真打になることが目標という時代がありました。
真打になれば安泰と言われたものなのです。
いや大変な時代がやってきたものです。
何しろ石を投げりゃ真打に当たると言われているのですから。
その分、若き二つ目が大いに張り切っています。
“二つ目貧乏”という言葉があるくらいで、最も恵まれない存在、かつてはそれが二つ目でした。
落語会や寄席は、客を呼ぶであろう真打と労働力として欠かせない前座で構成され、二つ目に高座は滅多に与えられず、故に二つ目貧乏と言われたのです。
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そんな二つ目がなぜ張り切るのか? 
私はその理由が“地域寄席”にあると考えます。
ご存じでしょうか地域寄席を。
地域寄席とは定席以外の落語会を指します。
浅草演芸ホール、鈴本演芸場、新宿末広亭、池袋演芸場といった、毎日営業している寄
席を定席といい、それ以外を地域寄席と称するのです。
近年、この地域寄席がめっきり増えました。
お寺の本堂、神社の参集殿、蕎麦屋、寿司屋、居酒屋、公民館、果ては民家まで。
落語はお客さえ集まれば場所を選ばないのです。
東京には落語家の組織が四つあります。
落語協会、落語芸術協会、円楽一門会、立川流です。
円楽一門会と私の所属する立川流はいわゆる定席には出られません。
それぞれ落語協会から脱退した経緯があるからです。
ですから円楽一門会と立川流は高座獲得のために地域寄席を目指すしかなかったのです。

落語ブームのラの字もない頃でした。
しかしやるしかないのです。
どこでも出かけました。
まさかここまでやってきた芸人はいないだろうと思ったら、楽屋のネタ帳に永六輔氏と小沢昭一氏の名前があって驚きましたっけ。
そこへ落語協会と落語芸術協会の二つ目が参入します。
目を付けないはずがないのです。
二つ目貧乏の人達なのですから。
更に真打も参入します。
これも納得です。
とにかく人数が多く、定席からあぶれた人達が危機感を持ってほとんど乱入したのです。
腕は確かですから、これ盛り上がりますよね。
落語や落語を扱ったドラマやコミックスがこれを後押しします。
更に近年の大きな特徴はSNSの利用でしょう。
多くの落語家がツイッターやフェイスブック等をやり、地域寄席の情報を日々発信しているのです。
かつてはハガキで案内を出し、チケットは手売りでした。
この辺は隔世の感があるとしみじみしてしまいます。
演芸専門の月刊誌に「東京かわら版」があります。
三年ほど前までは掲載される地域寄席の月間公演数は約五〇〇でした。
それがどうでしょう。
今や優に一〇〇〇を超えるのです。
しかもこれは首都圏における数字で、二つ目や若手真打がいかに活動しているかの証左なのです。
「私の地方に来て」という声があります。
私らにももっと全国へとの思いがあります。
しかしここにアゴ、アシ、マクラが立ち塞がります。
アゴは顎で食事代、アシは足で交通費、マクラは枕で宿泊代で、地方の地域寄席はここがツラいのです。
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しかし頑張る地方の席亭もいます。
落語好きの幹事を十人集め、それぞれに二十枚のチケットを売ってもらい、二百人規模の地方寄席を軌道に乗せている例が少なからずあるのです。
ギリギリでしょう。
いや多少の持ち出しかもしれません。
それが分かるから落語家も熱演します。
そして打ち上げでは楽しき落語談義となるのです。
実は地域寄席に関わると、苦労が多いのです。
ポスターを作り、チラシを配布し、頭を下げてチケットを売り、当日ともなると会場の設営に始まり、受付、案内、楽屋の接待と天手古舞(てんてこまい)。
その間に落語家を駅で迎えたりするのです。
つまり好きな落語を聞いていられないのが実状で、そこで落語家が帰ってしまったら、それこそ骨折り損の草臥(くたび)れ儲(もう)けで、ガッカリです。
しかし泊まってもらうには経費が……。
皆さんそこで苦労しているのです。
しかしそれを実現させるのは快感だそうです。
地域寄席に限っては落語ブームといえるでしょうが、現在は飽和状態、やがて淘汰があり、しっかりした経営のところが残るでしょう。
そこで「あなたも席亭になりませんか」とのお勧めなのです。
いい道楽だと思いますよ。

・・・ブームって本当?という答えかどうか分かりませんが、落語が東京(江戸)や大阪だけで聴くものではなくなって来ていることは確かかもしれません。
私の地元に近い山梨県富士川(旧鰍沢)町は、落語「鰍沢」で町興しをしています。
宝くじにでも当たったら、「席亭」をやってみたいですねぇ・・・。

2017年4月28日 (金)

春の褒章

ribbon今年の春の褒章受章者が発表され、柳家さん喬師匠が「紫綬褒章」を受章されるそうです。
全く意義なし!
おめでとうございます。

2017年4月25日 (火)

あずみさんの誕生日

birthdaybirthday昨日が、林家あずみさんの誕生日だったみたいです。
あずみさんの誕生日
何歳かも知りませんが、おめでとうございました。

マナー違反だと思う

bombまたお騒がせ。
林家正蔵・林家三平兄弟の姉の泰葉さんが、ブログで元夫の春風亭小朝さんを「告発」したという・・・。
二人は07年11月に離婚。
08年9月にはブログで小朝さんを「金髪豚野郎」などと罵倒するなど暴言を連発して大騒動に。
さらに音楽イベントへの出演をドタキャンした上、マスコミ各社にファクスを送り「小朝と戦う。絶対に許さない」と一方的に宣言。小朝さんに数百通の脅迫メールを送っていたことをマスコミあてのファクスで告白し、母親の海老名香葉子さんが騒動についての謝罪文を発表する事態に。
その後会見を開き、「(今後は)小朝に一切メールをしない」などと一方的に終結を宣言していたはずです。
最近では、「軽度のうつ病」と診断されたことを明かし、「治りました。全快です」とアピール。
昨年は、出演したテレビ番組では、躁と鬱を繰り返す「双極性障害」と診断されていたことを公表。
そんな中で、更新した「告発」と題したブログで、小朝さんから「暴行、いじめ、異常性行為」を20年にわたり受けていたとし、「私の双極性障害の原因はこの虐待によるものでした」と告発。
「私も悪いのです。階段から突き落とされ肋骨にヒビが入る怪我をしたり、生命の危険を感じる暴行を加えられた時に、通報する勇気があればよかったのです」と書き込んでいたそうです。
さらに「告発2」のタイトルで更新したブログでは、「春風亭小朝に被害を受けたのは私だけではありませんでした」と切り出し、「故四代目桂三木助の自殺は小朝のいじめによるものでした。これは落語界の中では周知の事実です」と記述。
「命まで奪った小朝は心から三木助に謝罪してほしいと思います。そして私も謝ります。三木助ごめんね。助けてあげられなくて」などと記しているそうです。
真偽のほどはともかく、こういうのって、マナー違反、ルール違反だと思います。
失うものが大きい人に対して、清算がすんでいるはずの過去のことを掘り起こして、一方的に責めるなんていうのは、正気の沙汰ではないし、フェアでなく卑怯だと思います。
小朝さんも、身から出た錆もあるかもしれませんが、とんだ輩に関わりを持ってしまいました。
伝統を重んじている一家ならば、こんな言動は・・・?
正蔵・三平兄弟にも決して良くない影響になるでしょうし、ひいては落語界の恥にもなります。
まぁ、相手をしなければ良いし、その気も起こりませんが。
・・・男と女、そして夫婦・・・。
別れたら、お互いに何も語らないのが人の道だと思います。
「三木助ごめんね」って、三木助さんの方が年長だったはず。
やや年上で、仲が良かったと言われる小朝さんは「三木助」と呼び捨てにしていたかもしれませんが。
とにかく、いい加減にして欲しいものです。

2017年4月24日 (月)

「こえんか」二人

shadow三遊亭圓歌師匠が亡くなって、圓歌一門では「こえんか」が二人になりました。
三味線漫談の三遊亭"小円歌"さんと、三遊亭"故圓歌"師匠です。
ところで、この圓歌師匠が、落語界で初めてやった(タブーを破った)ことが3つあるそうです。
まず、黒以外の色の紋付きを着て高座に上がった。
元々、落語界では黒紋付きを着るのが慣例でした。
そして、メガネをかけて高座に上がる(落語を演る)。
これも、最近では、圓丈師匠や昇太さんなど、あまり違和感がなくなっていますが、最初だったんですね。
それから、江戸落語界で初めて女流の弟子を取り、真打に育て上げた。
歌る多さんが、落語界初の女性の真打でした。

三遊亭圓歌師匠の訃報

cryingとうとう、父と同い年の圓歌師匠が亡くなってしまいました。
享年88歳。
     三遊亭圓歌師匠の訃報
私は、必ずしもリアルタイムではありませんが、「山のあな、あな」のフレーズで人気を博し、落語協会の会長も務められました。
現在は最高顧問でした。
墨田区向島の出身。
岩倉鉄道学校(現岩倉高校)卒。
学徒動員で山手線新大久保駅に配属され駅員生活を送った。
戦後の1945年9月、二代目円歌に入門し歌治。
48年歌奴で二つ目昇進。
初めてメガネをかけた落語家で、「山のあな、あな」と繰り返す「授業中」をはじめ、「浪曲社長」「月給日」などの新作落語で人気を得た。
58年、戦後入門組としては初めて真打ちに昇進。
興隆期のテレビにも数多く出演し、初代林家三平師匠らとともに、大衆にアピールする落語の新時代を開いた。
映画には、66、67年の東宝「落語野郎」シリーズなどに出演。
70年、三代目圓歌を襲名したのを機に、古典落語にも力を入れ、71年「三味線栗毛」で芸術祭優秀賞を受賞。
85年には得度式を行い、僧名円法を得て改名。

日蓮宗で身延山で修行されたことになっています。
96年、五代目柳家小さん師匠の後を引き継ぎ落語協会会長に就任。
2006年まで務めた。
後進の指導にも尽力する一方、近年の高座では、自分、先妻、後妻の両親計6人を抱えることになったことをテーマにした新作「中沢家の人々」を得意とした。

最近は、身体も声も小さくなり、老いを感じさせましたが、楽しい高座は相変わらずでした。
お弟子さんも多く、流れは違いますが、三遊亭を盛り上げてくださっていました。
「病院から寺へ行くやつはいるが、寺から病院へ行ったのは俺だけだ」なんて、病気で倒れた時のことも落語のネタにして笑わせていました。
圓歌としても大活躍でしたが、同年輩の方々には、やはり歌奴さんなんでしょう。
三平と歌奴・・、爆笑系の昭和のスターがまたいなくなりました。
吃音で苦労された「山のあな、あな」は、名詩「山のあなた」のこと。
   山のあなたの空遠く
   「幸」(さいはひ)住むと人のいふ
   噫(ああ)、われひとゝ尋(と)めゆきて
   涙さしぐみ、かへりきぬ
   山のあなたになほ遠く
   「幸」(さいはひ)住むと人のいふ

2017年4月18日 (火)

プロのつぶやき

coldsweats01ある噺家さんのツイートの一部。
語りの極意か稽古不足の言い訳かというところは、私にも実感できるものです。
思い出して演るのでは無く、演りながら、これだった、こんなクスグリもあった、アレ忘れてるよね、ココは押さない方がいいよね、と噺と評論らしきものが湧いて来るような?不思議な感覚。
ま、ちゃんと稽古して高座に掛けろ!で、ギャフンでありますが(笑)。

・・・そうなんです。

2017年4月17日 (月)

似てる?

happy01happy01いかがでしょうか?
似てる?似てる?
林家三平さんと福岡ソフトバンクホークスの内川選手。
やはり似ていると思うのですが・・・。

2017年4月16日 (日)

落語界の・・・

baseball早稲田実業の清宮選手が順調にホームラン記録を伸ばしているそうです。
 落語界の・・・
個人的には、あまり好きなタイプではありませんが。
 落語界の・・・
そう言えば、「東京落語会」で、桂文治さんが、「落語界の清宮選手」だと呼ばれると言っていました。
   落語界の・・・
確かにそう見えるかもしれません。
あ、三笑亭可龍さんは「落語界の氷川きよし」だと言っていました。
   落語界の・・・
ただいまの協議についてご説明いたします・・・。落語界の・・・
一番受けるのは、「落語界の松井秀喜」こと三遊亭歌武蔵さんでしょう。
落語界の・・・
松井選手が太るとこうなってしまうという・・・。
林家三平さんと、プロ野球ソフトバンクの内川選手も似ているような気がしますが。

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