噺家さん・芸人さん

2019年4月20日 (土)

鯉のぼりの御利益

瀧川鯉昇師匠って、見かけよりずっと若いんですね。
初の自伝「鯉のぼりの御利益   ふたりの師匠に導かれた芸道」。
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最初の師匠「八代目春風亭小柳枝」師匠は、酒で廃業し夭折した壮絶な噺家です。
弟子は、師匠は翻弄されました。
入船亭扇遊師匠が、故柳家喜多ハ師匠も加えた三人会のマクラでの一言を思い出します。
「私と喜多ハさんは雑草のように生きて来た。鯉昇さんは雑草を食って生きて来た」。
そして春風亭柳昇門下で、一気に花開きます。
晩成の上手の自伝ですね。

談志桜?

故立川談志師匠のご自宅だった家には、志らくさんがお住いのはずです。
その庭の桜は有名でした。
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その庭の八重桜が満開だそうです。

2019年4月18日 (木)

ある雑誌で

「サンデー毎日」にこんな記事があるようです。
◇"分裂状態"に終止符?
人気番組「笑点」の司会を務める春風亭昇太が江戸落語界の"統一"に動き出す―。
そんな話が席亭関係者の間をかけめぐっている。
昇太といえば、6月1日付で桂歌丸(昨年81歳で死去)の後継者として、落語芸術協会(芸協)会長に内定している。
ソフトな印象とは裏腹に剛腕との評判。
城好きで知られる昇太だが、果たして落語会の信長になれるか!?
関西の落語界は「上方落語協会」で一本化されているなか、東京はもともと古典中心の落語協会(落協)と、新作落語の芸協の二つの団体に分かれていた。
そこにいまだ語りぐさの"大事件"が起きる。
1978年ことだ。
落協会長の柳家小さんが大量の若手を真打ちに昇進させたことに、名人とうたわれた三遊亭圓生が反発。
落協を離脱して「落語三遊協会」を発足させた。
ここに分裂の歴史が始まり、今では、落語三遊協会の流れをくむ「円楽一門会」、落協を脱退した立川談志が創設した「立川流」が加わり、全部で4団体の乱立状態に。
昇太の頼みの綱が「笑点」の司会者という地位。
番組関係者がこう明かす。
「大喜利のメンバーになれば、収入は大幅にアップ。
一門の落語会のチケットの売れ行きにも影響するので、『笑点』は"金のなる木"なんです。
利害が絡むだけに、4団体の統合は絶望視されていたんですが、78年の騒動を実体験として知らない昇太は他の団体ともうまくつきあっています」
機運も熟していると見るのがベテランの演芸ライター。
「番組で昇太をいじっていた円楽も一目置く存在になっています。昇太が派閥の一本化を呼びかけたら耳を貸さないわけにはいかない。立川流は、談志さんが亡くなってから、それぞれが弟子を持って、一門のようなもの。派閥にはこだわっていません」
令和の始まりに、昇太が東京の落語界の刷新を図ることを期待したい。
・・・あまり内容のない、根拠の薄弱なコメントだと思いました。
40年前に圓生師匠が落語協会を脱退したことはショックでした。
その志そのものには、当時、私も理解して共感出来るものでしたが、新しい団体(落語三遊協会)が寄席に出られなくなった時点で、残念ながら、圓生師匠のクーデターは実質的に失敗でした。
また、圓生師匠没後に、一旦脱退した三遊亭の噺家さんたちを受け入れたことは、寄席や落語協会にとっては正解でした。
一方、頑なに師匠の遺志を通そうとした圓楽師匠(大日本すみれ会・現圓楽一門会)は、圓生師匠の目指す形を実現するどころか、全く反対方向(レベルの低下、真打粗製乱造)に向かってしまい、クーデターは名実ともに完全に失敗しました。
東京の落語団体の統一・・・は、現状では無理だと思いますし、むしろ統一する必要もなければ、統一して欲しくないと思います。
そもそも、落語協会には全くメリットはないでしょう。
統合のメリットがあるのは、質量ともに物足りない落語芸術協会と圓楽一門会だけ。
歌丸師匠と現円楽師匠との「笑点」繋がりもあって、この2弱団体が統合することはあるかもしれません。
しかし、そうは言っても腐っても鯛で、落語芸術協会の太宗が嫌がるでしょう。
現に、以前統合を画策した歌丸師匠も、他の師匠方の反対で、実現出来ませんでしたから。
弱者同士だけの統合もあまりメリットはない。
立川流は、元々、落語の本流ではありませんから、独立独歩・・というより、噺家さん個人でやって行くべきでしょう。
フリーの噺家さんの任意団体ということ。
寄席修行の経験がないというのは、やはり致命的です。
このまま落語協会とその他という形(1強3弱)で良いと思います。
昔と異なり、ホール落語など、寄席興行以外の落語会が多くなり、そこでは所属する団体の垣根はありませんから、噺家さんに実力さえあれば、どこの団体に所属していても良いはず。
数は少ないですが、落語協会以外の団体にも、実力や人気のある(可能性のある)噺家さんはいます。
また、一定のレベルや人気のある噺家さんが、単独で落語協会などに移籍することはあって良いでしょう。
とにかく、噺家さんの数は、少し減らさないといけない。

2019年4月17日 (水)

謝楽祭2019

落語協会の「謝楽祭」、今年は9月8日(日)10時からです。
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場所は、いつもの湯島天満宮(湯島天神)。
・・・暑いから、恐らく行かないと思いますが。

2019年4月14日 (日)

再確認?

昨日の「栗好みの会」で、橘家圓太郎さんの「火焔太鼓」を聴きました。
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「あぁ、それなら確かCDがある」と、帰宅してから探しました。
ありました。ありました。
「橘家圓太郎 第一巻」に、「火焔太鼓」と「阿武松」が収録されていました。

早速、昨日の高座を思い出しながら、聴き比べました。
音源は、14年前ですが、良い意味で変わらぬパワフルさでした。
くすぐりもあまり変わらずですが、かなり濃厚になっていました。
やはり、第一巻に収録されているんだから、十八番には違いありません。

「祇園絵」も、寄席でも聴いたことがありますが、とにかく熱演派ですね。

2019年4月13日 (土)

真打昇進披露パーティ

落語芸術協会の真打昇進披露パーティが開宴されたそうです。
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超一流ホテル(京王プラザホテル?)の大宴会場です。
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何か違和感がありますが、まぁ花伝舎の近くだから・・。
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おめでとうございます。

2019年4月12日 (金)

落語家版紙幣の肖像

新しい紙幣の発行のニュースを受けて、噺家版のメンバーを議論するツイートがありました。
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談四楼師匠の案には、10000円と5000円には違和感はありませんが、私は、1000円は六代目圓生師匠がいいなぁ。 
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瀧口さんは、そう来ましたか。

確かに、10000円超の高額紙幣が出るなら、最高額紙幣は 圓朝で間違いないでしょう。
・・・2千円は・・・、狸かな。

2019年4月11日 (木)

ハッピーエンドでは・・・

また、立川志酪酸のツイートから。
「柳田格之進」について。
久々の柳田格之進。
ラストはハッピーエンドにすべきではない。
無理がありすぎる。
武士の美学、こだわりが招いた悲劇。
悲劇はやはり悲劇でなくてはならない。
悲劇は残酷だからとハッピーエンドを付け加えたら名作じゃなくなる。
ロミオとジュリエットを例に考えればわかる。
・・・確かに。
昔、学生時代に聴いた金原亭馬生師匠は、父親(柳田)のために吉原に身を売った娘は、病気になり、「後姿は老婆のようだ」となってしまう。
柳田は無念を晴らすため、自分を疑った者を斬ろうとするが、結局碁盤を叩き切る・・・。
そこで、別名「柳田の堪忍袋」とも言われます。
しかし、最近では、娘を身請けをして、番頭と夫婦にさせる等、ハッピーエンドにする演出が多い。
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柳田格之進は、生来の正直さが災いして主家から放逐される。
その後、妻に先立たれ娘のおきぬとともに浅草阿部川町の裏店に逼塞している。
今日の米にも困る暮しぶりだが、そんな中にあっても武士の誇りを捨てない実直な人柄は少しも変わることはない。
彼を慕う浅草馬道一丁目の両替商、万屋源兵衛とともに碁を打ち酒を酌み交わすのが、ただ一つの楽しみだった。
8月15日の夜、格之進は万屋宅で月見の宴を張り、いつものように離れ座敷で碁を打つ。
格之進の帰宅後、番頭の徳兵衛は主人の源兵衛に碁の最中に預けた50両はどうなりましたかと尋ねる。
そこで50両の大金が無くなっていることに気づき徳兵衛は格之進を疑うが、源兵衛は「あのお方に限ってそれはない、仮にそうだとしても何か仔細があったのだ」と、番頭を諭す。
しかし、徳兵衛は主人に内緒で格之進宅に赴き50両の行方を問いただす。
「いやしくも身共は武士、何ゆえあってかような疑いをかけるか。」と激する格之進に対し、徳兵衛はいずれにしても大金が消えたのは事実だから奉行所へ金の紛失を届けるという。
たとえ身に覚えはなくとも、奉行所の取り調べを受けることは不名誉とし、格之進は明日までに金の支度をすると約束する。
格之進は自害するつもりで、おきぬにそれとなく別れを告げるが、おきぬは自ら吉原へ行き金を工面するという。
そして盗んでない以上、いずれ50両は見つかるでしょうから、そうしたらその金で身請けし、源兵衛と徳兵衛を斬って武士の体面を守ってくださいと言い、格之進は断腸の思いで娘を売って金を作る。
格之進は、やってきた徳兵衛にあくまで自分は盗んでいないと念を押して金を渡し、もし見つかった場合は、源兵衛と徳兵衛の首を貰うと言う。
金がある以上、格之進が盗んだと確信した徳兵衛は二つ返事でもし金が見つかったら自分と主人の首を差し出すことを約束する。
徳兵衛は帰ってくると主人に事のあらましを報告する。
仮に格之進が盗んでいたとしてもほっとけば良いと考えていた源兵衛は怒り、余計なことをして柳田様に無礼を働いたと叱り飛ばす。
そして謝罪するべく急いで格之進宅へ向かう2人であったが、既に家は引き払われた後だった。
しばらく源兵衛は格之進を捜すよう店の者に言いつけるか、次第に忘れられ年の瀬となった。
年末のすす払いで、無くなった50両が見つかる。
そこで源兵衛は小用の際に自分が隠したことを思い出し、格之進に申し訳ないことをしたと悔やみ再度、彼を捜すよう店の者達に号令を出した。
年が明けて正月の4日、徳兵衛は年始回りの帰りに湯島天神の切通しで、身なりの立派な武士から声を掛けられる。
それは柳田格之進であり、聞けば、格之進は主家への帰参が叶い、今や江戸留守居役に出世したのであった。
徳兵衛は震えながらも格之進に付き合い茶屋へ入ると、咽びながら50両が見つかったことを話し詫びる。
これを聞いた格之進はからからと笑い、明日、店へ参るから首を洗って待てと伝える。
徳兵衛から話を聞いた源兵衛は翌日、彼を無理に外に使いに出すと、死を覚悟して格之進を迎える。
そして源兵衛は自分が格之進へ取り立てを命令したと徳兵衛を庇い、首を討つのは自分だけにして欲しいと言う。
そこに主人の思惑に気づいていた徳兵衛がやってきてあくまで自身が勝手にやったことだと訴える。
2人の言い分を聞いた格之進は刀を抜くが首ではなく碁盤を真二つに斬る。
格之進は庇い合う2人の情けに打たれ斬るに斬れなかったと言い、身請けした(あるいは既に身請けされていた)娘と共に2人を許す。
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・・・これが一般的な演出です。

古今亭志ん生・志ん朝親子の演出があります。
志ん生版では格之進の来訪時、まだ娘は身請けされていない。
碁盤を斬った後、格之進はどうやって50両を用意したのかを明かす。
源兵衛は急いでおきぬを身請けし、おきぬも「父上がよろしければわたくしは何も申すことはございません。」と万屋を許す。
さらに、金原亭馬生・柳家さん喬版もあります。
馬生版では格之進の来訪時、帰参時の支度金によって娘は既に身請けされている。
しかし、精神に深い傷を負い、体は痩せ細くなって黒髪が白髪というまるで老婆のような出で立ちで、部屋の隅で只々泣いてばかりとなっている。
最後の万屋宅のやりとりで事情を知った徳兵衛は、その後、必死におきぬを看病し、二人はいつの間にか恋に落ち夫婦となる。
格之進は元通りに万屋と交誼を結び、徳兵衛とおきぬの間にできた男子に柳田家の跡目を相続させる。
こういうパターンは、「唐茄子屋政談」や「浜野矩随」にも出て来ます。
時代も変わって、いくら家族とは言え、身内を犠牲にさせるというのは、なかなか耐えられないという面もあるでしょう。

2019年4月10日 (水)

ケーシー高峰さんの訃報

医事漫談のケーシー高峰さんが亡くなったそうです。
享年85歳。
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あんまり品のある芸風ではありませんでしたが、演芸に欠くことのできない人だったと思います。
あのNHKの演芸番組でも、例えば牧伸二さんのウクレレ漫談、江戸家猫八師匠の動物鳴き声などと並んで、よく出演されていた気がします。
昭和9年山形県生まれ。
日大医学部に入学したあと芸術学部に転部し、卒業後、漫才師に弟子入りして芸能界の道に進んだという異色の経歴。
医学漫談と、「セニョール」「グラッチェ」などのフレーズで人気を集めました。
黒板にチョークだから面白いんでしょうね。
今なら、スクリーンにパワーポイント?

2019年4月 9日 (火)

志らくさんのツイート

立川志らくさんのツイート。
最近、テレビなどでの露出が増えていて、SNSが炎上したり、激論を戦わせたりしています。
仕方のないことですが、立川流の噺家さんの"オレが、オレが"は好きではありません。
が、時々、面白いコメントもあります。
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お弟子さんに対して言っているのですが、素人に対しても言えるものだと思いました。
そのまま読んでも良いし、古典を本当の落語、新作を落語もどき(落語の形にしたお笑い)に読み替えると、とても説得力がある。
何事も、勉強と基本の体得が優先されるべきです。
語り継がれて形が出来上がっている古典をしっかりやってから、まだ語りが確立されていない新作にチャレンジしなくては。
師匠の創作落語も同様だと思います。
あの厳しい、六代目三遊亭圓生師匠は、新作を目指した圓丈師匠は認めていました。
圓丈師匠ご本人も、新作を志向しながらも、古典バリバリの圓生師匠の門を叩いたのも、古典の基本をしっかり身に着けてからと考えたからだと仰っていました。
碌に知識もなく、基本も身に着けずに、「私の趣味は落語です」と言って、恥も知らずに新作を演る人たちが多すぎる。
・・・まぁ、楽しむのは個人の自由ですから。
私が、そういう人たちと交わらなければ良いということですか・・・。

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