噺家さん・芸人さん

2017年10月18日 (水)

春風亭正太郎さんの記事

pen産経新聞で見つけた春風亭正太郎さんの記事です。
春風亭正太郎さんの記事
「自分のためにも、そろそろ次の段階に行きたい」というのが落語家、春風亭正太郎(36)。
今、一番忙しい二ツ目のひとりだ。
都内でも、正太郎の会が増え続けて、休む日はない。
正太郎のその高座を見ていると、高座でも余裕の表情で、自身も一緒に落語を楽しんでいるように見える。
以前、都内のさまざまな落語会を主催する人を取材していたときにも、どこに行っても正太郎の名前が出てきて、この人はいったいどのくらいの数の落語会をやっているのかと思ったものだ。
それでいて、悪い話もまったく聞かなかった。
みんなが正太郎を褒めた。
「毎日、会があって、異常事態が続いている。忙しいのは幸せなことだと分かっているが、そろそろ真打ちに向けて刀を研ぐ必要がある。もう少し落語と向き合う時間が欲しい」と、正太郎はいう。
「器用じゃないので」と、正太郎はいうが、お客さんの前での高座が一番の勉強だと分かっている。
だから「いろんなことを工夫する」という。
その余裕の高座を見ていると、どのくらいベテラン落語家かと思う。
大学で落語研究会に所属、社会人としてもアマチュアで高座に上がっていた。
そのとき、アマチュアの大ベテランが楽屋で「プロになっていれば」と、ポツリとつぶやいた。
それを聞いて、自分も将来後悔しないようにと、社会人からプロの落語家の道を選んだ。
「よく正太郎さんは白いご飯ですね」といわれるという。
いつでも飽きない。それでもご飯が食べたくなる。
そうした落語家でもある。
だから、変な癖を付けることなく、「真ん中の美智を歩いていく」と、決めた。
「ぼくの落語って中庸だと思う」と、正太郎は自身の落語のことをいう。
「50、60歳になったときに、後輩に頼られるような落語家になりたい」
高座でお客さんを見ながら、噺を決める。
「プロになって、自分のやりたい噺をやるのではなく、お客さんのニーズを考えるようになった」という。
自身の出た会に、目の前にいるお客さんが来ていたのに気付くと、違う噺をする。
口では簡単にいうが、なかなかできない。
自信のある噺をどれだけ持っているかだ。
「落語家ブームではなく、落語ブームになってほしい」という。
おっとりしたところがあるからか、仲間うちでみんなから「目黒のおぼっちゃま」と、からかわれる。
「違うんですけどね」と、正太郎は笑う。
12月には、赤坂で初めて5夜連続の独演会を行うことを決めた。
ベテランの落語家をゲストに呼ぶ。
それまでこうした会を断っていたが「お客さんにも楽しんでもらい、自分でも楽しみながらステップアップするために、そろそろ腰を上げる」と、こうした会を決めた。
またひとつ新しい正太郎を見ることができそうだ。

・・・以前から知っている若手の1人です。

2017年10月16日 (月)

洒落?

art講談の神田松之丞さんのツイートで、こんな写真が・・。
洒落?
熊本で開催された、桂伸三さんとの二人会のポスター。
貼ってある場所というか、隣に貼ってあるポスターが素晴らしいというか。
でも、宣伝効果はあるかもしれません。

2017年10月15日 (日)

落語は聴くもの

pen立川志らくさんのツイートが極めて興味深いので。
落語というものの本質というか。
シンパシーを感じます。
 落語は聴くもの
         落語は聴くもの
落語は見るものではなく聴くものであるということ。
落語は音楽。
だから、私の落語の絶対音階論も、あながち的外れではないと思います。
リズムとメロディが必要だということ。
   落語は聴くもの 
          落語は聴くもの
ディテールの台詞やくすぐりではなく、全体のトーンと流れが重要だということ。
演者と登場人物の見せ方、出方・・・。
個性というのは、押せ押せの個性ではないこと。

2017年10月 3日 (火)

巨人大鵬玉子焼き

pen立川談四楼師匠のツイートの一部。
「巨人 大鵬 玉子焼き」昭和の子供の好きなものです。
少し後、嫌いなものとして登場したのが次の三つです。
「江川 ピーマン 北の湖」狡さと臭いと強過ぎが嫌われました。
・・・巨人は今や不滅でなくなり、大鵬は故人となりました。
「巨人 大鵬 玉子焼き」に対するなら、「江川 北の湖 ピーマン」とするべきですが、3・4・5のリズムでなくなり、言いづらくなりますから、順番を入れ替えたんでしょう。
江川さんも横綱北の湖も、確かに、力を認めざるを得ないだけに憎まれ役になりました。
日本人のメンタリティでは、謙虚さのない、オレオレのビッグマウスは嫌われますね。
最近は「今井 豊田 山尾」,・・・?
これじゃ、出席を取っているみたいでダメですね。
そう言えば、あの緑のおばさん都知事も、とうとう本性を現し始めて、「さらさらない」なんていう言葉が出るに至って、傲慢・不遜になって来ました。
驕れる者久しからず、ただ春の夜の夢の如し・・・になるかもしれませんね。
なぞかけやっちゃいました。
「衆議院議員総選挙」とかけて
「みんなから嫌われている人」と解く
 その心は「むむむ小池(向こう行け)!」

もう1題。
「希望の党」とかけて
「春風亭昇太さん」と解く」
 その心は「むむむ小池(婿行け)!」

柳家小三治師匠語録

◇芸って奴は何かの節度を持つことではないだろうか。
何でもありではありませんよね。
ある一定の空間・環境・決め事などの窮屈感(前提や制約)の中で、凡人には到底出来ない有形無形のものを作り上げることだと思います。
例えば、落語は、座ったままで様々な人物や場面を表現する芸能ですから、立ったり寝転んだりした瞬間に、落語ではなくなる。
座ってやれば、何をやってもいい訳でもない。
涙や笑いは、言葉や表現やストーリーを通じて生み出すもので、お涙頂戴したり哄笑や嘲笑を受けるのは芸ではない。
・・・と私は思います。
落研に入部した時に、先輩に言われました。
「ウケたかったら、笑いを取りたかったら簡単だよ。高座へ上る途中で転んでみせたらいい。きっと客席は大ウケするだろう。でも、それは落語の笑いじゃない」。
・・・まぁ、バリバリの落語原理主義の落研でした。

志らくさんのツイート

pen師匠と寄席の話をしましたが、立川志らくさんが、こんなツイートをされていました。
協会を出た談志。
寄席が無くても落語家は育つ。
寧ろマイナスの方が大きいと言った。
志の輔が売れその後私が真打ちに。
パーティで「師匠の言葉は正しかった。寄席で修行しなかったからこそ現代で活躍出来る真打ちになれました」とスピーチ。
「志らくは弟子であり同じ価値観の同志だ」と談志。
では私の弟子にも寄席は不必要か?
答えはノー。
必要である。
志の輔志らく談春談笑と続いたから寄席は不要と思われるが特殊な才能が集結しただけ。
寄席がないと落研と変わらない落語家が出来てしまう恐れがあるのです。
私も志の輔も談春も談笑もあまり先輩から稽古をつけてもらっていない。
若い頃から談志の音源を元に演出してオリジナルの落語をこしらえる訓練をしてきた。
談春は天才だから談志の落語を完璧にコピー出来た。
稽古をつけてともらう必要はない。
私は当初は弟子にもそれを求めた。
しかし無理であった。
その結果、こしらみたいな変なのや志ら乃みたいな可能性のあるのは産まれたが、そのレベルでも奇跡に近い。
今の弟子は落語にすらならない。
だから50席全部先輩から習えと修業スタイルを修正した。
あとは楽屋修業。
これが問題だ。
築地に行かせるか。
談志が弟子を築地に行かせた気持ちがわかった。

・・・志らくさんの自画自賛は少し掛け値をかけるとして、やはり教育の場は必要だと言うことです。
人(芸人)としての了見の欠如、雑で大味な芸、不遜な態度・・・。
落研と変わらない落語家というのは、限られた期間で、俺が俺がと基本も身につけずにウケだけを狙って過ごすのが落研だということです。
その我流の芸は、本格的な落語としては到底聴くことが出来ない。
確かに、寄席や師弟関係は古くて合理的でない部分はあるかもしれませんが、他の芸能もそうであるように、毎日の愚直な積み重ねが必要な世界ですから、まだこれに勝る仕組みはないと思います。

2017年10月 1日 (日)

志ん朝忌

shadow10月1日は古今亭志ん朝師匠のご命日です。
聞けば、志ん朝師匠を偲んで、生前師匠が断っていた鰻を食べる人がいらっしゃるそうです。
志ん朝師匠の鰻断ちは有名でしたから。
2001年10月1日、本当に惜しまれて亡くなりました。
享年63歳だったんですね。
ご存命なら79歳です。
落語を好きになる人、好きになってのめり込む人は、多くが"志ん朝節"に心酔し、"志ん朝教"の敬虔な信者になります。
先月、「牛久味わい亭」にお邪魔した時、梅朝さんから「何でもいいから気がついたことを言って欲しい」と言われたので、何気なく「"(梅朝さんが当日演った)野ざらし"は志ん朝師匠ですか?」と尋ねました。
やはり図星で、もう学生時代は志ん朝師匠をコピーしてやっていたほどの大ファンだったそうです。
梅朝さんの"朝"は、志ん朝師匠の"朝"だったんですね。

2017年9月23日 (土)

同感

pen瀧口雅仁さんのツイート。    
   同感
やはり、マイナーな芸協の方が一生懸命な感じがします。
業界で一つしか認められないと言われる公益社団法人にも、落協を差し置いてなったし、賛否はあるものの名跡も協会がコントロールしているみたいだし。
落協は、基本的には単なる個人事業者の噺家さんの集まりみたいです。

2017年9月16日 (土)

隅田川馬石さんから

sun隅田川馬石さんから、浅草演芸ホールの9月下席(夜)の案内状。
隅田川馬石さんから
いつも丁寧に「お願いします」と自筆のコメントが書かれています。
時間があれば是非、とは思っています。

2017年9月15日 (金)

前座噺

pen立川談四楼師匠のツイート。
立川流で、全て前座噺の落語会を開いたそうです。
広小路亭の「立川流オール真打オール前座噺」は刺激的だった。
前座噺を演る機会はまずない。
手を抜いたと言う客もいるし、いつも前座がいるからだ。
しかし前座噺はよく出来ている。
技量不足の者でもそこそこウケる仕様になっているのだ。
私は『子ほめ』をネタ下ろししたが、次回もと一決したのだった。

・・・そうなんです。
前座噺は、本当によく出来ています。
様々な知識や薀蓄、礼儀や慣行なども教えてくれる。
当時の待ちの様子や暮らしの一端も紹介してくれる。

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