師匠

2017年4月17日 (月)

師匠からのご指導

art「南行徳寄席」のプログラムを作って、落語っ子連のMLに投稿したところ、千公さんから、「中入り」になっているが、「仲入り」でなくて良いのかとのご指摘をいただきました。
私も、 あまり考えずに、寄席などで一般的な「仲入り」を使って来ましたが、前回の「深川三流亭」のプログラムをご覧になった師匠から、「中入り」が正しいとのコメントを頂戴したので、以来「中入り」を使っている旨の説明をしました。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2017/01/post-84e0.html
師匠からも、MLに以下のようなコメントがありました。
 そもそも「ナカイリ」の由来、知ってます?
 能楽から来ています。
 相撲はそれをちゃんと受け継いでいます。
 寄席もそのはずだったんですが、いつのまにか、人偏を付けて
 「仲入り」と間違って伝わってしまったのです。
 少なくとも落語っ子連・三流亭は歴史的な価値を尊重してほしい
 
なぁぁぁ。
 付和雷同しないよう、しっかりと「中入り」と覚えてください、、、。

ということで、「中入り」に統一することにします。
プログラムは簡単に代えられますが、めくりは書き直していただかないといけません。
早速、「H先生」に、ご無理をお願いすることにしました。

2017年3月20日 (月)

窓門10年、そして・・・

pen落語っ子連の稽古会に、師匠がご出演くださった1月の学士会落語会の例会のことが載っている会報「まくら」を印刷して師匠に渡しました。
「ついでに、私も駄文を投稿しましたので・・」と断って。
師匠のことを書きましたので、読んでもらうのを躊躇わなかった訳ではありませんが、「まぁいいか」ということで。
駄文は、 http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2017/03/post-18ad.html です。
師匠から、「流三さんの投稿を、あたしの高座本で紹介したいけど、いいかい?」
「えぇ、勿論、構いません。ありがとうございます❗」
「欠伸指南」あたりの高座本の巻末に載せたいとのこと。
とても光栄なことです。
プロの弟子でもないのに「窓門」なんていうフレーズを使ったのを咎められたら・・なんて思わないこともなかったので。
師匠の高座本は、現在360巻ほどになります。
なんでも、今年の7月に予定されている、師匠の喜寿をお祝いする会の時に、抽選で1名に限り、「高座本全巻プレゼント」という趣向も計画されているそうです。
私など、よだれが出るほど欲しいものです。
師匠の高座本500巻と、私の落語持ちネタ50席と、どちらが早いか競争しましょう・・ということになりました。
・・・ということは、年間5席のペースで噺を覚えないといけません。sweat01

2017年2月26日 (日)

師匠の高座本

book師匠と言えば「圓窓五百噺」と「落語の授業」ですが、「圓窓高座本」も大変なものです。
師匠の高座本
前回の稽古の時に注文した6冊の高座本をいただきました。
1冊350円、〆て2100円。
「小言念仏」「お血脈」「禁酒番屋」「短命」「野ざらし」「初天神」。
師匠の高座本
師匠との雑談の中でも、高座本の話になり、「今360冊ぐらいで、あと140冊なんだけど、あたしの身体が持つかどうか・・」なんて仰っていました。
「いやいや、そんなことはありませんよ」と。
いただいた高座本を見ると、こんな表示がありました。
 圓窓高座本500号まであと140席
 ゴール予定日   2020年10月3日

・・・さすが師匠、しっかり計画されています。
しかも、ゴール予定日は、師匠の満80歳の誕生日ですsign03

2017年1月23日 (月)

師匠の"五戒"

paper「学士会落語会」で、一部師匠も仰っていましたが、師匠に稽古をつけていただいて、常に強調されていることがあります。

私はこれらを「師匠の五戒」と捉えています。
◇落語は品がなくてはいけない
 落語は語りも佇まいも"品"がなくてはいけない
 笑いを取るためだけの下品な演出はダメ
 勿論、エログロはダメ
 着物の裾や胸元が乱れては品がなく見える
 (徒に裾を乱すプロがいて、それを熱演だと勘違いする人がいる)
◇落語は活字で覚えちゃいけない
 落語を覚えるのに、高座本を丸暗記してはいけない
 全体の流れを理解し、頭の中の自分の言葉をタイムリーに使う
 (落語は、会話でストーリーが進んで行くもの)
◇落語には必ずオチ(下げ)を付ける
 オチがあるから"落語"、だから人情噺でも怪談でもオチが要る
 オチのあと「・・というお笑いでございます」やオチの説明はダメ
 (牡丹燈籠、文七元結、浜野矩随にもオチを付けました)
◇落語の会話やオチは最後(語尾)まで登場人物になりきる
 登場人物の会話は、語尾まではっきりその人になりきって語る
 オチも自分の素に戻るのではなく、最後まで登場人物になりきる
 (特に落研経験者の多くが持っている悪い癖)
◇地語りで「ございます」は言わない
 会話の中なら場面としてあるが、地語りは自分の言葉で語る
 今は、普通の会話で「・・・でございます」と言わないのだから
 「・・
です」で良い
 (新作落語の噺家さんに「ございます」を連発する人が多い)

・・・師匠は「プロでも出来ない人が多いんだけどね」と仰りながら、我々には厳しくご指導くださいます。

2017年1月17日 (火)

「仲入り」と「中入り」

pen先日の「深川三流亭」の楽屋で、プログラムをご覧になっていた師匠から、「この"仲入り"は、わざわざ"中"でなく"仲"にしたの?」と尋ねられました。
「仲入り」と「中入り」
「いぇ、特に理由はないんですが、寄席などのプログラムを真似て」と答えると、「相撲や能などは"中入り"と表示している。歌舞伎は素直に"休憩"にしている。寄席だけは人が大勢入るようにと人偏を付けて"仲入り"にしているようなんだが、やはり"中入り"が正しいんだよ」と。
確かに、相撲では「中入り」ですね。
能でも、前半と後半に分けられた能で、シテが一度退場することを「中入り」と言うようです。
多くの場合、中入から後半が始まる間に、間狂言(あいきょうげん)が演じられ、中入の間に装束替などが行われます。
狂言でも多くはないが中入のあるものもあるそうです。
http://db2.the-noh.com/jdic/2009/04/post_96.html
「仲入り」と「中入り」
・・・ということで、今後は「中入り」に統一しようと思います。
あっ、めくりも直さないといけない・・・。

2017年1月16日 (月)

「不孝者」の音源

pen3年前の師匠のブログ。
2014年3月18日です。
NHKのEテレで[不孝者]を放映する予定です。
去年、南大塚ホールでのはしご落語会の前日に東京落語会で録画したもの。
3月24日(月)15時から15時30分。
鑑賞してください。
めったにないことですから、、、。(笑)

・・・待てよ。
それじゃ、このYouTubeがその時の音源?
https://www.youtube.com/watch?v=ppnCtrwqtgs
「去年、南大塚ホールでのはしご落語会」って、私が出演させていただいた落語会ですよ!
bb
へえぇぇぇ、そうかぁ。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2013/12/post-b8ce-1.html
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2013/12/post-4e8a.html
東京落語会
ほら、これですよ。

人情八百屋と師匠と談志師匠

book師匠の「人情八百屋」の高座本の巻末に、「談志さんの稽古方法」という一文が載せられています。
ちょうど今から3年前の、2014年1月11日付になっています。
私が今回この噺に挑戦するきっかけにもなりました。
その全文をご紹介したいと思います。
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☆談志さんの稽古方法   2014.1.11(土) 圓窓 記
この噺は、2011.11.21日に物故した七代目立川談志さんから教わった唯一のもの。
あたしからこの噺を希望したのである。
あれは、あたしが真打になって間もなくで、今はないが東宝演芸場の楽屋の空いている小間で稽古を付けてもらった。
あたしが正座して録音機器を前に置いてセットすると、談志さんは胡坐をかくと噺し始めた。
このときの稽古を思い出すと、実に面白い。
談志さん丸出しなのである。
噺を始めたなと思うと、止まるのである。
解説しちゃうのである。
「ここは、こうやってもいいし、あぁ、やらなくてもいいや、あぁ、うん」とか、「この先は忘れちゃったよ、あぁ、久しく演ってねぇから、うん」 「自分で拵えてみなよ、うんうん」などと、それはそれは、解説の方が抜群に面白く、「あぁ、そうなのか」と関心してしまった。
後年、談志さんは自分の高座もそんな傾向になったようだ。
途中で止めて、「志ん生はこう演っていた」「圓生はこう演っていた」と例を持ち出して自分の噺との検討を始める。
ときとしては、途中で胡坐をかいて雑談に入ったり、「今日はもうやめよう」と、さっさと高座をおりちゃったりする。
こういうときとしての行動はけして褒められたものではない。
しかし、談志ファンにとってみると、「談志らしいよ」「これぞ噺家だ」と許せるようで、大喜びする人も増えてきた。
多くのブレーンに囲まれていた談志さんだったが、「そういうことは駄目です」と諫言する人は一人もいなかったのだろう。
マスメディアも奇行はニュースになるからと、面白がって追っ掛けた。
ついでに、談志さんの芸の評をさせてもらうと、地噺には生き生きとした煌くものがあったほどだから、漫談はどんなテーマでも他者より抜きん出ていた。
タレントとしての談志さんは超一流だと思う。
こう書くのだから、あたしは噺家としての芸や人には批判的な噺家の一人かもしれない。
あたしは学生の頃から、若手だった談志さん(その頃、小ゑん)の切れ味のいいには感心をしていたものだった。
でも、噺家になったあたしは談志さんの周りでチョコチョコする性格は持ち合わせていなかった。
しかし、どういうわけか、談志さんからは「掘り出し作業、いいね。どんどんやんなよ」と直接言われたこともあるし、この「人情八百屋」のあたしの工夫した落ちについて、「圓窓の落ちもなかなかいいよ」との褒め言葉が間接的に耳に入ってきたりもした。
世間が圓生の名跡問題で騒いでいたとき、「七代目は圓窓でいいじゃねぇか」と発言したらしいと、風の噂に聞いている。
ちょいと脱線気味になっちまったが・・・、この噺、名古屋での「圓窓ご百噺を聞く会」と二、三の勉強会で演っただけで、七、八割は内容さえも忘れかけていた。
高座本「人情八百屋」を作成するにあたって考えを巡らせてみると、やはり談志さんは 、あたしが感謝をしなければならない噺家の一人かもしれない。
噺を教わったんだもの・・・・。
談志さんはこの噺、浪曲から移入させたようだが、この手のものは講釈にもあったであろう。
あたしは浪曲のようなお涙頂戴型ではなく、落語の人情噺として、あたしも涙するように構成した。
談志さんの落ちは「火付け」と「躾」、あたしは「仕付け」と「躾」の地口にした。
それも単なる地口で終わらせたら、言葉遊びの範疇に過ぎないので、その地口にも登場人物の感情を籠もらせたいと思って工夫したつもりなのだが・・・・。

https://www.youtube.com/watch?v=u6Wm2X-cj24
若き日の圓窓師匠が、談志師匠に稽古を付けてもらった様子が、手に取るようにわかります。
そして、談志師匠の芸、落語界での位置、そして功罪・・・・。
圓窓師匠にご指南をいただくようになって10年。
ちょっとしたご縁からではありましたが、僭越ながら、師匠と落語に対するメンタリティがぴったりだった幸運を感じます。
落語をこよなく愛する師匠が仰るのは、素晴らしい噺や話芸を受け継いで行くのには、プロもアマもないということだと思います。
談志師匠から教わって圓窓師匠が再構成した噺を、不肖ながら流三が受け継いで行く。
先日の高座では、談志師匠の出囃子「木賊刈り」を使いましたが、気がついてくださった方はいたでしょうか?
三遊亭ではなく三流亭ですが、私は圓窓師匠の噺を語り継がせていただきたいと思いました。
師匠に10年師事して来て、生意気かもしれませんが、そういう考えやスタンスもありだと思うようになりました。

2017年1月15日 (日)

人情八百屋の高座本

pen師匠の「人情八百屋」の高座本に託した気持ちを書いたブログがあります。
人情八百屋の高座本
高座本[人情八百屋]の校正に入ったので、近々製本する。
この噺はーーー。
二人の孤児を引き取った鳶の所へ、八百屋が「あたしに引き取らせてください」と名乗り出た。
さぁ、鳶の夫婦、八百屋の夫婦が孤児を囲んで問題をどう乗り越えるのか。
この人間の生き様を演者がどう考え、どう表現するか。
編集して、ドキドキワクワクした。
あたしが故談志さんから教えてもらった唯一の噺。

・・・人間の生きざまをどう考え、どう表現するかを期待していますと仰っている。
さて、私の「人情八百屋」は、師匠のそのドキドキワクワクにいくらかでも応えられたでしょうか?
でも、談志→圓窓→流三の継承は認めていただけたようなコメントはいただけた気がします。

2016年12月19日 (月)

師匠と

sign05先日、師匠との雑談で、素人落語家(社会人落語家)の高座名について話題になりました。
ほとんどの場合、亭号などはプロのものではなく、全く別の亭号を名乗っています。
例えば、落語っ子連では「三流亭」で、師匠が最初に指導を始めた素人連なので、「三遊亭」にかけたのでしょう。
扇子っ子連は「千早亭」で、稽古場が豊島区の千早地域文化創造館だから。
ところが、一部ではありますが、プロの噺家さんの亭号を名乗っている方もいらっしゃいます。
現に、我が落研の「O先輩」は、黒門町の桂文楽師匠から「桂友楽」を許されて使っていますし、師匠と同様、素人に落語を教えている師匠の中には、ご自身の亭号をつけている場合もあります。
師匠に、お考えを尋ねてみました。
昔は天狗連などが活躍することもあったと聞いてますが、現在の良識では、(例えば)三遊亭はプロの亭号と認知されているものなので、(素人が名乗るのは)難しいでしょうね、、、、。
三遊亭はあたし一人ではありませんで、大勢が付けてます。
過去には、文楽師匠、文治師匠が亭号をプロ以外の人に付けていました。
最近では、(ある噺家が)素人弟子に三遊亭を付けているので、問題になったことがあります。
昔、「圓窓の弟子だ」と勝手に名乗って、三遊亭を使っていた男がいました。
落語家の亭号を店の名前にした人も知ってます。
現に、圓生(六代目)の娘さんが喫茶店を出したときに、「三遊亭」という名前にしたことがありました。
「高齢者でも弟子にとるよ」という噺家がいて、そこへ入門すれば亭号はもらえるでしょうが、、、、。

ということで、総合的に判断して、やはりプロの亭号を素人が名乗るべきではないのかもしれません。
そりゃそうですよね。
そこいらにいる素人の人に「三遊亭」を名乗られたら、「三遊亭」のブランド力も落ちてしまいますよ。
師匠は、結びにこんなことも仰いました。
あたしは、これからは、いろんな意味で意識の高いアマの出現を望んでいます。
それはプロの質があまりにも落ちているからです。
自分はさっさと棚にあがってますが、、、、。笑

・・・「色々な意味で意識の高いアマ」というのは、実に含みのある言葉だと思いました。
私は、そのようなアマになることができるでしょうか?
なれればいい、なってみたい、なりたい・・と思います。
師匠のご指南を10年間受けて来て、師匠の落語に対する情熱の凄さを痛感しています。
そして、僭越ではありますが、師匠の考え方やスタンスが、私にとってはぴったりだったことの幸運を強く感じています。
「落語は上品でなくてはいけない」なんて言うのは至言だと思いますし、「噺は活字で覚えちゃいけないよ」というのは、私の落語を一段高みに上げていただいた気がします。

2016年10月19日 (水)

師匠のブログ

pencil師匠のブログ「圓窓の年月日輪」を時々読ませていただくと、師匠の熱い気持ちが伝わって来ます。
最近は、小学校での落語教室と指導している素人落語連の稽古や発表会のことがほとん。
http://ensou-rakugo.at.webry.info/
驚くのは、本当に色々な人がいるということです。
残念なのは、「落語っ子連」「扇子っ子連」が出て来ないこと。
従って、「三流亭流三」「千早亭永久」も登場していません。

より以前の記事一覧