師匠

2019年10月15日 (火)

師匠から

昨日、師匠からメールをいただきました。
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次回(10月21日)の演読亭で、「鼠穴」を演読するようにと。
私は、演読の課題演目として「鼠穴」をエントリーしていますので。
ただ、長い・・・。
演読の考え方をもう一度自分なりに咀嚼して頑張ってみようと思います。

2019年10月 4日 (金)

やっと帰宅

母の所を出たのは3時頃。
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東名高速の東京インターで下りて、妹を自宅に送り、再び用賀ランプ(PA)から首都高に入ったのが5時。_20191004_1911582
そこから渋滞が始まり、大橋ジャンクションから山手トンネルに入り、いつもとは逆に外回りで。_20191004_1911142
自宅に着いたのは7時。
富士から東京までよりも用賀から自宅までの方が時間がかかりました。
平日の夕方だから、都心の混雑は仕方がないのかなぁ。

2019年9月22日 (日)

師匠の手拭い

師匠に手拭いをお願いしていたのですが、持って来るのを忘れたので、ご自宅に取りに戻ってくださったので、後を追いかけて、ご自宅の前で受け取りました。
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ちょっとプレゼントをと考えていましたので。
師匠に御礼を申し上げて失礼しました。
稽古場から師匠のご自宅までは、歩いてほんのわずかの所ですから。

2019年8月28日 (水)

演読亭

師匠から宿題をいただきました。
10月から始める演読の稽古グループの、課題にする噺の選定をしてくれということです。
師匠は、師匠の創作噺と古典落語をピックアップして課題にして、約2~3時間で、前半を誰かが演読した後、その読みだけでなく、噺のことだとか蘊蓄などを語り合うというイメージでいらっしゃるようです。
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うーーん・・と、現在頭を抱えているところ。
選定する基準が分からないのと、師匠の創作噺を知悉してい訳ではありませんから。
私の持ちネタは挙げない方が良いだろうし・・・。
師匠の高座本リストとにらめっこしています。

2019年8月23日 (金)

新しい稽古連

3~4ケ月ぐらい前だったか、師匠から「”演読”に光を当てて、稽古だけでなく、テーマを決めて語ったり発表しあったりする場を作りたいと思っているので、参加して欲しい」と言われました。
「演読」というのは、単に噺のネタ本(高座本)を読む(朗読)するのではなく、語りも台詞も仕草も出来るだけ本息(本番と同じレベル)で読む稽古のことを、師匠が名付けられました。
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素人グループがスタートした頃の稽古は、初心者には師匠がメンバーの前で実演してくださったのを録音(録画)し、紙に落としてネタ本にしたものを使うか、その他の様々な音源などから紙に落としたものを使っていました。
連やメンバーの数が増え、それぞれのレベルもそこそこ上がって来た時に、「高座本」がテキストになって来ます。
師匠が、ご自身がお演りになった五百噺をはじめとする演目を「高座本」と称して編集され、その冊数が増えて来ると、その高座本をテキスト(ネタ本)として使うようになって来た訳です。
私も、最初の頃に稽古をつけていただいたのは、学生時代に覚えた噺ばかりでしたから、「子ほめ」「花色木綿」「浜野矩随」などはネタ本を作らずにそのまま記憶を呼び起こしたり、「三方一両損」や「ねずみ」や「千早振る」などは古いネタ本を探して来て、「花筏」「佃祭」などはCDから書き写したネタ本を使っていました。
従って、師匠の演じ方ではないものばかりでした。
高座本の数が増えて来て、私も基本的には師匠から譲っていただいた高座本で稽古をするようになりました。
その際に、師匠の高座本には、例えば(独り言のように)とか(驚いた声で)とか、"ト書き"も入っていることもあって、私はかなり本息を意識して読んでいました。
ト書きというのは、「台詞」と「台詞」の間に、演者の動きや行動などの演出を説明したり、音楽・効果などを指定したりする文章のこと。
恐らく、噺の内容やストーリーを知悉していたから、自然に出来ていたのでしょう。
私は何気なくやっていたのですが、ある時に師匠から「流三さんのように、語りや台詞は覚えていなくても、高座本を見ながらでも、感情や仕草を本番と同じようにでやるのは、とても良いことだ」と褒められました。
そして、「そういう稽古方法を、あたしは”演読”と名付けた」と仰いました。
「黙読」は、声を出さずに心の中で読み上げること。
「音読」は、声を出しながら読むこと。
「朗読」は、声を出して感情こめて読み上げること。
芸術的な観点から「文字言語で表現された文学作品を音声言語で再表現する芸術」ととらえる考え方。
学問&教育的な観点から「自分の読みを獲得し、それを他者に朗かにする行為」ととらえる考え方もある。
そして、比較して言えは、「演読」は、声を出して感情をこめて仕草なども加えて読み上げること。
確かに、当時の師匠のブログで、私の稽古の批評を見ると、こんなコメントが並んでいます。
・2011年6月 読ませ稽古、永久[救いの腕]。
  じっくりと丁寧に読んで行間を読み込んでいるのがいい。
・2011年7月 読ませ稽古、流三[救いの腕]。
  さらにきめ細かに読み込んできている。
この辺りから「演読」という言葉を使い始めたはずです。
・2014年5月流三 演読[一人酒盛]。
  常にしっかりした演読、嬉しくなる。
ということで、常に本息で稽古に臨まなくてはならなくなりました。
おかげさまで、師匠からの「噺は活字で覚えちゃいけないよ」というアドバイスを、図らずも実践することになりました。
そんな「演読」を中心に据えて、師匠が創作された噺などを、様々に作り上げて行くのだろうと理解しました。
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・・・いよいよ、具体的にスタートすることになるようです。
当面、4~5名のメンバーで、月2回ぐらいの頻度で集まるということで。
師匠が、「稽古っ子連・演読亭」という、とても分かりやすい名前を決められたようです。
そこでは、「演読亭流三」ということになるのでしょうか。

2019年8月 5日 (月)

師匠に

昨日の稽古の後、師匠に、今度トライしてみる「樂醉寄席」のことを報告。
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場所と趣旨を簡単に説明しました。
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師匠からは、「頑張って」という言葉を頂戴しました。

2019年7月17日 (水)

師匠の創作噺

最近、師匠と話す機会があると、師匠が考えていることを仰ってくださる時があります。
高座本も、来年の誕生日までに500号配本を目指して頑張っていらっしゃいます。
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「圓窓五百噺」でもそうですが、全て古典落語ではなく、師匠が全国の民話や法話や小説などをヒントに創作したり、翻案や改作したものも多くあります。
私が演らせていただいた「藪中の蕎麦」「救いの腕」「三井の貸し傘」「揺れるとき」は、お世辞抜きに名作だと思いますし、改作した「五百羅漢」にしても、後世に残しておきたいと思います。
そんな創作噺が、恐らく100以上あると思います。
高座本を注文する際には、どんな噺かが分からないので、キーワードから想像して頂戴していますが、手元に20冊以上の師匠創作の高座本があります。
「草鞋の裏」「石一つ」「父帰る」「高座の徳利」「指相撲」「胸の肉」・・・・。
古典をやりながら、師匠の創作噺にもチャレンジしてみようと思います。
とりあえず、「壁に耳あり」「奉加帳」「袋田の瀧」あたりも読んでみて、考えて行こうと思います。

2019年4月24日 (水)

師匠の「五百羅漢」

ユーチューブで、師匠の「五百羅漢」を見つけました。
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http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2019/03/post-8268.html
平成14年頃の「東京落語会」の録音のようです。
五百繋がりで、「圓窓五百噺」の最後500番目の噺を、圓生師匠だけしか演っていなかったという「五百羅漢」に決めて、「圓生全集」を読んだが、ストーリーが陰惨だったので、演目名だけいただいて中身はすべて創作したという説明がありました。
ストーリーは同じですが、後から師匠が手を加えて編集している高座本とは細かな台詞回しなどが違います。
参考に出来る部分もありました。
以前、この「五百羅漢」の稽古をしていた時に、突然師匠が「五百羅漢寺に女の子を連れて行くのは、夫婦二人にしたら」、しかも「地噺にしないで、会話だけで進めてみたら」と仰いました。
「分かりました、やってみます」ということで、かなり音源と高座本の師匠のオリジナルとは変えてしまいました。
この部分は、ほとんどアドリブで何とか出来ると思いますので、上手く繋げて行こうと思います。
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八百屋の棒手振り八五郎は、六つくらいの見ず知らずの女の子を連れて商いから帰ってきた。
この子は迷子で、かみさんの問い掛けにも口を利けない。
どうやら、先だっての大火事で親とはぐれてしまい、驚きのあまりに言葉を失ってしまったのであろう。
迷子だったので”まい”という名前をとりあえず付けて、親が見つかるまで手許に置くことにした。
翌日から、八五郎は商いをしながら、女房は外へ出て用足しをしながら、尋ね回るが、一向に手がかりはなかった。
四日目。「このまいは、いやな子だよ。ヤカンを持って口飲みするよ」、とかみさん。
「親の躾が悪いのかな~。親が見つからなかったら、うちの子にしてもいいと思っていたのに・・・。手がかりがねぇんだから、探しようがねぇ」。
「だったら、この子を檀那寺の五百羅漢寺へ連れってって、羅漢さんを見せたらどうだい? 五百人の羅漢さんのうちには自分の親に似た顔があるというよ。それを見つけて、なんか言おうとするんじぇないかい。それが手がかりになるかもしれないよ」 。
翌日、五百羅漢寺へ行って羅漢堂の中の五百の羅漢さんを見せた。
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上の段の一人の羅漢をジーッと見つめて、指差しをした。
「この子の父親はこういう顔か。これも何かの手がかり」と納得して、境内を出たところで、住職とばったり会った。
”まい”のことを話すと、住職が「今、庫裏の畳替えをしているんだが、その畳屋さんが『火事でいなくなった娘がまだ見付からない』と、来る度に涙ぐむんだ」と言う。
その時、子供が畳の仕事場になっている所へ駆け寄ると、小さいヤカンを持って口飲みを始めた。
これを見た八五郎「畳屋の娘だ! 躾が悪かったわけじゃねぇ。いつも親と一緒に仕事に付いて行って、覚えたのが、口飲みだったんだ」。
ちょうど庫裏から畳を運び出してきた畳屋が、子を見付けて”よしィ!”と絶叫。
はじかれたように立ちあがった子が、「ちゃーん!」と声を出して、吸い寄せられるように跳び付いていった。
畳屋は泣きながら、その子を両手で包むように抱きしめて離さない。
この様子を見ていた八五郎「やっと声が出た・・・。本物の親にゃ敵わねぇ」。
住職も八五郎も涙して「しばらく、二人切りにさせておきましょうや」。
二人が手をつなぎながら、親が大きなヤカンを持って口飲みをして、プーと霧を吹き出すと、畳ほどの大きな虹が立った。
子供が小さなヤカンで口飲みして、ぷーっと小さく霧を吹くと、可愛い虹が立った。
この二つの虹と虹の端が重なった様は、親子がしっかりと手を握り合って「もう離さないよ」と言っているようだった。
八五郎は「こちらへ来てよかった。さすが五百羅漢のおかげだ」。
住職は「な~ぁに、今は親子ヤカン(羅漢)だよ」。

2019年4月22日 (月)

師匠のお楽しみ一席

数日前に膝を痛めたと聞いていたので、心配していました。
昨年、反対側の膝も痛めていましたから。
楽屋入りされてすぐに、師匠の楽屋に伺いました。
膝の筋が炎症を起こしているそうです。
師匠に「やはり師匠は炎症(圓生)とは縁が切れませんね」と、座を盛り上げようとしましたが、ほとんど受けませんでした。😞
さて、落語会の最後の師匠のお楽しみ。
時間の関係で、出演者の講評をしてくださった後で「十徳」を。
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1人1人の高座に講評をしてくださるのですが、女性への講評が丁寧になるのは仕方ないこと・・・。
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私には、「永久さんとは、もう長い付き合いで・・十何年になるかなぁ。東北大学の落語研究会の出身で・・・」と仰った後、「今日、1人だけ羽織を着て高座に出た。たくさん持ってるんだろうねぇ」・・・。
講評らしいものはなかったと思います。
師匠には、開演前に「師匠、私の出番は中入り前なので、羽織を着させていただいていいですか?」って、お許しいただいたじゃないですか。
「あたしは、恰好などについてはうるさく言わない」と仰りながら、「1人だけ羽織を着てた」なんて随分な仰り方ではありませんか。(苦笑)
まぁ、千早亭永久としての一区切りの高座だったので、正装で上がらせていただいたという面もありましたから。

2019年4月21日 (日)

高座本

「おひろめ寄席」の中で、師匠の高座本を紹介するコーナーがあるそうです。
私も、1分間喋るように言われています。
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私は、師匠の創作「揺れるとき」を選びました。
色んな思い出の詰まっている噺です。
どう喋るかは決めていませんが。

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