師匠

2018年3月28日 (水)

師匠から

drama昨夜は、千早亭の稽古でしたが、仕事があって参加出来ませんでした。
ワッフルさんから、MLで稽古の報告をいただきました。
その中で、師匠からメンバーの皆さんへと言うことで、伝言があったそうです。
これから稽古厳しくします。
1…演読をしっかりやって下さい…上下をきちんとして、登場人物を
   演
じ分ける。
   扇子、手拭いも使い所作も付ける。
2…一度注意した事はその場で書き留め次回まで直して来ること。
     同じ事を何度も言われないようにして下さい。
連の皆さんに必ず伝えて下さい。

・・・そろそろ、師匠が仰るかもしれないと思っていました。
千早亭に限りませんが、
落語の稽古を始めて何年も経っている割に、あまり上達していない人が多いと、私も常々思っているから。
打ち上げの時にも、あるメンバーに「みんな上達しないね」と言ったら、「それぞれ色々な考え方があるから」とか、「楽しんでいるんだから」という返答が返って来ました。
勿論、それを否定はしません。
そのとおりです。
しかし、落語の基本を無視して、受けばかり狙って変な演出をする人もいたり、落語に対する勉強が足りない人が多い。
楽しむのは自由ですが、それを見たり聴いたりして不愉快に思う人もいることを忘れて欲しくない。
楽しむのなら、自分だけが楽しむのではなくて、みんなが楽しめるように意識や配慮をしないといけないし、何よりも、真面目にやろうとしている人の邪魔をしてはいけないと思うのです。
・・・いずれにしても、このままではいけないなと思います。

師匠
師匠からいただいたご指摘・ご指導につきましては、謙虚に反省して、初心に戻って演読の重要性を理解して稽古したいと思います。
また、落語っ子連のメンバーにも、同旨を伝えます。

・・・と、すぐにMLにメールしました。

2018年3月26日 (月)

師匠の言葉

confident今回の「千早亭落語会」での「長短」で気をつけたのは、結局、師匠から指摘・アドバイスをいただいたところでした。 
  師匠の言葉
まずは、台詞を最後まで登場人物になりきってしっかり言う。
長さんがゆっくりした口調でボケて、短七っつぁんがイライラして早口で突っ込むというパターンですから、特に長さんの台詞を最後まで、ゆっくり、はっきり、しっかり言うようにと。
それから、短七っつぁんは、長さんにはイライラはしていても、本当に怒っている訳ではない。
口調はぞんざいでも、感情や表情は、怒っていないようにする。
最初から、あまり短七っつぁんが怒っているようにやると、聴き手の方が引いてしまうから。
最後の「バカ野郎!」は、本当に怒っているから、大きな声で怒る。
・・・そんなところを意識してやってみました。
  師匠の言葉
以前、師匠と2人だけで話した時に、昭和の名人のことが話題になったことがありました。
古今亭志ん生、桂文楽、三遊亭圓生という昭和の名人3人。
一番印象に残っているのは、桂文楽師匠のこと。
一字一句寸分違わぬ芸が身上の文楽師匠のことは、誰でも知っていますが、圓窓師匠がしみじみ仰っていたのは、「文楽師匠はね。仕草をとても丁寧にやってたよ。」ということでした。
それを聞いて、昭和の名人と言われた人でも、否、人だからこそ、基本に忠実に描写していたのかもしれないと思いました。
元々江戸落語はお座敷芸で、特に文楽師匠は、時の著名人たちに呼ばれて、お座敷で落語を演ることも多かったから、仕草を丁寧に美しく仕上げたんでしょう。
それが非常に心に残っています。

2018年1月 8日 (月)

師匠のマクラ

apple私の後に高座に上がっていただいた師匠は、「松竹梅」を演ってくださいましたが、その前のマクラに、かなり時間をかけられたようです。
私は、高座を下りてすぐに楽屋に戻って着替えてから、舞台の脇に行きましたが、ちょうど噺に入るところでしたから、10分近くでしょうか。
後で、どんなことを仰ったかを聞いてみると、火事息子のこともかなり触れていたようです。
師匠のマクラ
落語はやるほうが楽ですね。
聴くのは大変です。
あたしも袖で聴いているんですが、聴くよりやるほうが気が楽です。
今聴いてもらった「火事息子」は、大旦那が出てきますが、落語の中には同じ年齢層の人でも、身分や仕事などによって、話し方、言葉遣いが違うわけです。
たとえば、さっきのは旦那ですが、長屋の大家さん、横丁のご隠居なんてのもいますが、それぞれ言葉遣いが違ってくる。
大店のおかみさんと、長屋のおかみさんとでも違う。
この三流亭のメンバーは、そういうのがよくできていたんじゃないかと思います。
あたしは「落語は文学だ」なんて言ってるんですが、それを一生懸命文字に起こしてね。
それが、今350ぐらいあるんです。
やった噺は500あるんですが。
それを本にするのに、ひとつの噺に1ヶ月はかかるんです。
だから、残りが完成するまでに、ちょいと計算すると……間に合うかどうか、の戦いなんです。
あたしは、流三さんがやった「火事息子」という噺が好きで、二ツ目の頃から、よく高座にかけてたんですが。
師匠の圓生から教わったけど、一点、師匠の噺で、どうしても嫌でたまらない箇所があったんですよ。
それは、おかみさんが、息子が戻ってきたことを知った途端に、猫を放り出して「焼け死んでしまえ」と言うところ。
今のコントだとかだったら、いいかもしれません。
でも、落語ですよ。
ましてや、人情噺ですよ。
あたしはそれがいやでいやでねぇ。
だから、「タマや、ごめんね。後で抱いてあげるからね」と変えたんですよ。
なんでそんなふうにしたんだかねぇ。
多分圓生は、猫が嫌いだったんでしょう。

・・・落語っ子連の姿勢やレベルを、日頃から師匠は褒めてくださいましたくださっているようです。
また「火事息子」については、稽古の時も、かなり細かくご指導くださいました。
圓生師匠の猫を放り出す所は、以前から聞いたことがあります。
人情噺というのは、そこまで考えて演じないといけないといいことでしょう。
私の「火事息子」、取り敢えず合格たいうことで、いいですよね。
勝手に、そういうことにしておきます。

2017年12月27日 (水)

師匠に

pen昨日の千早亭の稽古会の後で、師匠に「三段なぞかけ集(七)」を印刷して手渡しました。
師匠に
勿論、今までの全巻お渡ししてあります。
師匠が、「おぉ~。これで最後かい?」と仰ったので、「いやいや、まだまだ」と。

2017年12月26日 (火)

師匠の著書

book師匠の先日の落語の授業の話題で、師匠の本のことを思い出しました。
◇落語の授業
落語には庶民の生きる知恵があふれている。
何よりも、落語は楽しい。
だから、子どもの頭も心も活発に働く。
「生きる力」の基礎・基本である、話す・聞く・思い描く力を落語を通じて育む試み。
  
師匠の著書
師匠が、「圓窓五百噺」を完遂させた後のライフワークだと仰る「落語の授業」。
その活動や考えを綴ったのが、名前もずばりの「落語の授業」。
師匠は、お若い頃からパソコンを駆使して、通信やらホームページを作っています。
◇圓窓落語大百科事典
   →  http://www.ensou-dakudaku.net/index.html
同時に、これ以外に著書も数々あります。
最近では、多くの噺家さんが、自分の経歴などを中心にした本を出版していますが、本を出すという点では、師匠はかなり早い方だと思います。
勿論、落語が中心ではありますが、ベタベタではありません。
とりあえず、出版順不同ですが、一部をご紹介しましょう。
◇「日本人が忘れちゃいけないこの落語」
人生に必要なことはすべて落語で学べる!
落語には、日本人が失ってしまった大事なことがどっさり含まれている。
命名、男女関係、雇用問題、お金、ペットなど、現代にも通じるテーマで、落語を紹介する。

日本人にこれだけは覚えておいてほしいという願いを込めて厳選した約25の噺について、現代人に通じる古くて新しい解釈を披露する。 
「正直であること」「欲張らないこと」「夫婦喧嘩を大いにすること」「年をとったら堂々と赤ん坊に戻ること」」「生き死にの冗談は言わないこと」等、現代日本が忘れてしまった美しい心を笑いとともに取り戻す。   
       《目次》
一  呼びつけにされた名前の嬉しさよ ----【命名】
二  女が強くたっていいじゃないか ----【男女関係】
三  まずは親より師匠が大事 ----【雇用問題】
四  宵越しの銭は苦の種、楽の種 ----【お金】
五  犬が人間様になってみれば ----【ペット】
七  落語の中の夫婦はなぜ離婚しないのか ----【夫婦関係】
八  生き死にの冗談は言うもんじゃない ----【高齢化社会】
九  いざとなったら喧嘩も ----【人間関係】
十  異次元のセンスと悪知恵と ----【子ども】
十一 自分が自分である証拠 ----【本人証明】  

  師匠の著書
・・・この本には、実は私も(三流亭流三として)登場します。
「三方一両損」のオチを新しく考えたという話題です。
◇みんな違って
26歳で自ら命を絶った金子みすゞ。
その最後の一日を描いた三遊亭圓窓の創作落語「みんな違って」。同作品がCD付きの切り絵絵本になりました。

師匠の著書
・・・金子みすゞの「みんな違ってそれでいい・・・」は、なかなか心を打つものがあります。
この詩人は、確か20代の半ばで、自ら命を絶ったはずですが、その最後の日のことを題材にした噺を、師匠は絵本にして出版されました。
◇圓窓ひとりごと
「奥さんもご一緒に」「動物愛護」「東京都文京区無名坂」など、雑誌に連載された文章や、新たに書き加えたものをまとめて単行本化。1988年刊。
   師匠の著書
・・・師匠の若かりし頃の著書です。
リアルタイムで買って読んだ記憶があります。

2017年10月22日 (日)

師匠から

happy01稽古が始まる前に、師匠とのお喋り。
必死になって「三段なぞかけ」をやっている私に、新たなプレッシャー?
「あたしのPCの古いデータを見ていたらね・・」と。
「都々逸を作り合っていたことがあってね。それも、七・七・七・五の頭を、当時あたしがやっていた五百噺にちなんで、"ご・ひ・や・く"で始めるんだよ」・・・。
思わず、「師匠、それじゃその都々逸もやってみますか」と言ってしまいました。
そもそも都々逸なんて考えたこともないのに加えて、「ご・ひ・や・く」で始めないといけませんから(^o^;)
でも、トライしてみようかと思います。
そもそも「都々逸(どどいつ)」とは、江戸末期に初代の都々逸坊扇歌(1804年-1852年)によって大成された、口語による定型詩。
七・七・七・五の音数律に従います。
元来は、三味線と共に歌われる俗曲で、音曲師が寄席や座敷などで演じる出し物で、 主として男女の恋愛を題材として扱ったため情歌とも呼ばれる。
七・七・七・五の音数律に従うのが基本だが、五字冠りと呼ばれる五・七・七・七・五という形式もある。

こんなのがありますよ。
・惚れて通えば 千里も一里
                  逢えずに帰れば また千里
・この酒を 止めちゃ嫌だよ 酔わせておくれ
                  まさか素面じゃ 言いにくい
・浮名立ちゃ それも困るが 世間の人に
                  知らせないのも 惜しい仲
・ついておいでよ この提灯に
              けして(消して)苦労(暗う)はさせぬから
・あとがつくほど つねっておくれ
                  あとでのろけの 種にする
・あとがつくほど つねってみたが
                  色が黒くて わかりゃせぬ

・・・出来るかなぁぁ?

2017年10月 3日 (火)

寄席のこと

event先日の「千早亭落語会」の楽屋で、師匠から「正面を切る」とか視線の話をいただいた時、師匠が、「こういうものは、ホール落語のような場所ではなかなか身につけられない」というような趣旨のことを仰いました。
それを聞いた私は生意気にも、「師匠、やはり寄席というのは噺家さんに必要ですよね。芸を披露する場所としてだけではなく、ある意味では稽古の場所でもありますよね。以前、師匠が鈴本演芸場のお席亭と議論されたことも聞いたことがあります」なんて。
「寄席はネタ下ろしをするにも格好の場になるんだよ」と師匠。
「そう言えば、(師匠が三越劇場80周年で披露された)"三井の貸し傘"も、三越落語会で披露する当日の浅草演芸ホールの昼席で、まず"試運転"されてからお演りになったんですよね」
師匠ご自身も、かつて落語協会分裂騒動の時は、落語協会を脱退して戻るまでの2年ぐらいは、寄席に出られなかったご経験がありますから。
さらに生意気にも「今、寄席に出られず、ホール落語を中心に活動している団体や噺家さんがいて、それなりに人気のある噺家さんも大勢いますが、私から見て、寄席に出ていない分、落語が雑だと思います。文楽師匠の仕草が丁寧で綺麗だったのは、寄席だけでなく、お座敷で鍛えられたんでしょうか?」
「そうかもしれないね」
単なる場所、スペースだと言うなら、ホールでも小劇場でも、落語を演ることは出来ますが、その根本や素地や了見を作るのに、師弟関係や寄席というのは、時代を越えて不可欠なものだと思います。
そう言えば、師匠の総領弟子の吉窓師匠のところに入門して見習いだった小吉さんが、寄席の楽屋入りが許され、いよいよ今月から前座修行を始めているはずで、先月の稽古の時、師匠に「おめでとうございます」と申し上げたら、嬉しそうな顔をされていました。

2017年8月12日 (土)

新曲浦島

師匠の出囃子「新曲浦島」の蘊蓄です。
   新曲浦島
長唄曲名。
1906年2月文芸協会発会式に開曲。
作詞坪内逍遙、作曲 13世杵屋六左衛門、5世杵屋勘五郎。
坪内逍遙が新楽劇論を提唱するとともに,その具体例として公にした「新曲浦島」の序曲。
雄大な海原を描写した変化に富んだ名曲で,船唄をはじめ聞かせどころが多い。

・・・ってなことを、師匠が説明されました。
いい曲ですね。
「お江戸あおば亭」では、トリの時は「中の舞」、それ以外は、師匠の「新曲浦島」か、立川談志師匠はの「木賊刈り」を使わせてもらっています。
「学士会落語会」では、三遊亭圓生師匠の「正札付き」を使わせていただきました。
この曲目選びも楽しいものです。

2017年8月 6日 (日)

師匠と

clip稽古が始まる前、師匠と二人だけの時、8/2現在の「NAZOKAKE」をプリントしてお渡ししました。
全員が考えたなぞかけが468題になりました。
まぁ、駄作やなぞかけになっていないものもありますが、落語の勉強にもなりますし、師匠が選んでくださって、適宜高座本に載せてくださるそうです。
師匠と
それから、最近お邪魔している、他の連の発表会の感想を、私なりに報告しました。
特に、多くの連での共通点だった出囃子の使い方については、師匠も、「一つ一つの噺は個人だが、落語会全体がショーみたいなものだからね」と、仰っていました。
「出囃子なんかも、誰か手の空いている人に頼むってんじゃ、ダメなんだよね」。
まさにその通りだと思います。
ひいては、お客さまにベストな環境で聴いていただくことにほかならない訳ですから、手を抜いてはいけないということでしょう。
それから、高座本の注文(申込)用紙を新しくしたので、これを使って、8冊注文しました。
落語っ子連のメンバーからリクエストのあった「居残り佐平次」など。
・・・とうとう「居残り・・」をリスエストされてしまいましたから。

2017年7月29日 (土)

小噺のこと

flair小噺について考えました。
小噺のこと
広場亭落語会で、師匠がマクラで触れられたのが、「芸を盗め」ということ。
勿論、一般論として仰ったのですが、私には「いいか、良く聴いておくんだぞ」と聞こえました。
そこでお演りになったのが、浅草の観音様の仁王様の小噺。
「臭もの(曲者)ぉ~」「へ(屁)へへ、臭う(仁王)かぁ~」の、有名な小噺です。
小噺は難しいとは言われるものの、短いので、どうしても軽視しがちなものです。
師匠は、この小噺を、細かな仕草や感情を込めた台詞と仕草で熱演されました。
今まで、こんな渾身の小噺を聴いたことがあっただろうか?
この小噺は、私も「花色木綿」で演っています。
師匠、確かに、盗ませていただきました。
ありがとうございます。

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