落研

2017年12月13日 (水)

「お江戸あおば亭」のBD

cd喰亭寝蔵師匠から、先月25日の「第13回お江戸あおば亭」のBDが届きました。
寝蔵師匠、いつもありがとうございます。
まことに横着ながら、この場にて御礼を申し上げます。

今回は、レコード風に言うと「A面・B面」があり、BD2枚セットになっています。
「試し酒」のこと
かなり長時間の落語会になったので、いつもよりデータが重たかったのでしょう。
「試し酒」のこと
いずれにしても、いつものとおり、凝ったディスクデザインです。
金願亭乱志
私には、私の高座の写真を入れてくださっているように、出演者には、それぞれ変えてくださっています。
いつもいつもありがとうございます。
「お江戸あおば亭」のプログラム

ゆっくり鑑賞して、私のは、再演する予定の「そや寄席」の参考にしたいと思います。

2017年11月28日 (火)

宣伝効果?

bud先日の「お江戸あおば亭」の会場に、2003年理(院)卒の「福家長太郎」さんが来てくれました。
そこで、「いなせ家小粋」さん、「左亭升鶴」さん、「粋々亭小あじ」さんとも連絡がとれることになったそうです。
宣伝効果?
長太郎さん、「この落語会はブログで知った」と言っていたそうです。
このブログでしょうか?
直前に、ブログとツイッターで情宣しましたから。
宣伝効果?
終演後もツイートしておきました。
宣伝効果?
2000年前後卒業のOBとの接点がやや少ない中で、とても有り難いことです。

積み重ね

event「お江戸あおば亭」も13回続けて来ることが出来ました。
数えてみると、演じられた噺は95席になりました。
しかも、重複する演目はほとんどありません。
積み重ね
積み重ね
最初は、自分たちが学生時代時代に楽しんだ落語を、またやってみようということでした。
今は亡き、我が落研の創始者「初代麻雀亭駄楽」師匠と約束した、東京でOB落語会を開催しようと。
ところが、おかげさまで、我々の自己満足を越えて、ご贔屓が大勢ご来場くださるようになりました。
会場が、今の「東京堂ホール」に定着してからは、毎回90名以上のお客さまがご来場くださっています。
そして、回を重ねるごとに、我々が上達していると評価してくださる。
自惚れかもしれませんが、今や、単なる落語好きの発表会ではないと思っています。
この積み重ねて来たものを、これからも大切にして、さらに大きくして行きたい思います。
振り返ると、13回皆勤は、談亭志ん志師匠と私の2人です。
続けることの素晴らしさを共有して行きます。
お客さまも、OBだけでなく、落語通が多いので、とても緊張します。

2017年11月27日 (月)

感想様々

ear「お江戸あおば亭」の感想を多くの方から頂戴しました。
基本的に、私に対するものが多い傾向になってしまいますが、全体を俯瞰された感想やご意見も頂戴しました。
「それにしても出演者の皆さんの芸の深化には、正直驚き、且つ感心いたしました。
大変楽しい会にお誘いいただき有難うございました。」
「ぺんぎんさんから始まり、寝蔵さんまで皆さんとても熱演でした。」
「これからも是非、皆さんを楽しませる噺を聞かせてください。
提案ですが、折角、このような会を続けておられるので、1度くらい参加者の感想を聞かせてもらうのもいいのではないでしょうか。」
「バラエティに富んだ番組でした。素晴らしいメンバーですね。」
「レベル高いですね。とても面白かったです。
(初めて連れて来た)友だちも喜んでいました。」

これらは、何度もご来場くださっているご贔屓の方のご意見です。
ご提案もいただきましたので、検討したいと思います。
ありがとうございます。
感想様々
私の「試し酒」への感想も頂戴しました。 
「乱志さんの『試し酒』は、熱演でしたね。
私が今まで拝見・拝聴した噺の中では、一番よかったと思います。
会の後の飲み会でも話題になりましたよ。」
「今日も大変な熱演でしたね。
一緒に来た人たちも満足して帰って行きました。
どこで演技を鍛えているのかと驚いていました。」
「いやぁ、この『試し酒』は、下戸の人でないと出来ませんね。
酒飲みは、こんなに演じることは出来ませんよ。」
「結構な『試し酒』でした。みんなも楽しんだようです。
(清蔵を)酔っ払いに仕立てたのは絶妙です。
何せ(清蔵は〆て)一斗空けてんですから。」
「最初から最後まで、緊張感がありました。良かったです。」

・・・私個人へは、わざわざ悪く言う方はいらっしゃらないと思いますので、掛け値して聞かないといけません。
感想様々
人情噺ばかりやってちゃいけないのかもしれません。
やはり、色々な噺を聴いていただいて、「やっぱり人情噺を聴きたいね」と言われることなんでしょうか。
最近痛感していることは、師匠に手ほどきを受けた「演読」の効果です。
本番3日前の水曜日まで、高座本を見ないと出来ない状態でした。
それでは、水曜日から、何度も何度も繰り返したかと言えば、通してやったのは・・3回程度でした。
勿論、それで良い訳がありません。
もっともっと稽古はしなくてはいけない。
でも、中途半端に高座本を離れるより、しっかりと演読を続けた方が、骨格のしっかりした噺、自分の言葉で語る噺になります。
それだけは間違いないと思います。
「演読」は、「朗読」や「音読」ではありません。
とりあえず、高座本の字句は追いながらも、語りのトーンや間、仕草は、全て本息で演ずるということです。
しかし、演読する段階では、決して覚える(暗記)はしない。
台詞と間とトーンと仕草を、身体に覚えさせる稽古ということです。
だから、「演読」を繰り返すことにより、無意識にベースが出来上がって来るのかもしれません。
師匠が仰っている「活字で覚えない落語」の真髄は、遠からずこの近くにあるのかもしれません。
だから、高座で演じていて楽しいということ・・・?

2017年11月25日 (土)

満員御礼

ありがたいことに、13時の開演から17時過ぎのお開きまで、ほぼ満席の状態でした。
まずは、2番目の愛し亭朝大師匠の「壷算」の頃。

そして、中入り前の桂友楽師匠の「政宗と孫兵衛」。
満員御礼
これは、中入り後の食いつき破れ家笑児さんの「稽古屋」。
一般的には、中入りで帰るお客さまも多いのですが、このとおり変わりません。

そして、私の後で、お客さまの疲れも頂点に達しているであろう、トリの時。
喰亭寝蔵師匠の「御神酒徳利」。

このような素晴らしいお客さまのご期待に応えられるように、頑張って行かないといけないと痛感しています。

喰亭寝蔵師匠

bottle「お江戸あおば亭」のトリは名人寝蔵師匠の「御神酒徳利」。
私も含めて、出演者の熱演が続き、かなり時間は押していますが、たっぷりやっていただきました。
喰亭寝蔵師匠
そもそもこの噺は、大きく4つの場面があり、非常に長いのですが、非常に上手くまとめられたのは、寝蔵師匠ならではでしょう。
喰亭寝蔵師匠
「落語が好き」「落語がやりたい」という気持ちは、恐らく志ん志師匠や笑児さんや私と同じだと思います。
喰亭寝蔵師匠
寝蔵師匠とは、幸せなことに、落語っ子連で一緒に稽古をさせていただいて、その力量と品格は、どこぞの横綱に爪の垢をどっさり飲ましてやりたいくらいです。
17時15分過ぎに、これまたオリジナルのオチで終演。
心を込めて、追い出し太鼓の合わせて「ありがとうございます」で、満員のお客さまをお見送りです。
お帰り口で、笑顔のお客さまたちから、「良かったよ、素晴らしい、さすが」と声をかけられていました。

金願亭乱志

bottle大変恐れ入りますが、今回の香盤は、食いつきの笑児さんの後、私は、志ん志師匠とトリの寝蔵師匠という、両エースに囲まれ、大変気軽でした。
金願亭乱志
「お前の噺は、長くて・暗くて・つまらない」と言われ続けて10年?
たまには、気軽な場所で人情噺以外のものをと。
金願亭乱志
OBの中にも、「自分が落語をやってお終い」なんて思っている先輩もいないとは言いませんが、落語会は、演じるのはそれぞれ個人ですが、決して個人プレーの集まりではありません。
駅伝と同様、チームプレーだと思います。
落語会全体をお客さまに聴いていただき、また評価していただかないといけません。
金願亭乱志
今回は、前半に友楽師匠のレクチャーもありましたので、後半の演者には、いつもよりトーンを上げていただくようお願いしました。
笑児さんと志ん志師匠から襷を受け取った私は、会場の広さと客数、膝という出番から、私の音階より意図的に一音上げました。
・・・いやぁぁ、楽しい。
噺の出来は酷いものでしたが、楽しくやらせていただきました。
これでもまだ暗いかなぁぁぁ。
写真は、落語っ子連の百梅さんが撮ってくださいました。
取り敢えず、トリの寝蔵師匠に襷を渡すことが出来ました。

談亭志ん志師匠

dramaOB会会長でもある志ん志師匠。
高座だけでなく、会長として、本当に色々なご苦労もしていただいて、頭の下がる思いです。
古狂師匠の仰る「研究第一主義」の落研ですから、昔の仲間で集まるだけでなく、落語会を核にして行こうというのは、私も全く同感です。
談亭志ん志師匠
今回は「味噌蔵」。
OB落語会の第一回目から、「志ん志50席」を目指していらっしゃいます。
高座の機会は、年2回のOB落語会がベースですから、仙台でのOB落語会を含めれば、今回までで、15席を越えたあたりだと思います。
談亭志ん志師匠
自称(他称?)「落研のトランプ」と言われる、ロマンスグレーが素敵な志ん志師匠です。

破れ家笑児さん

rouge中入り後(食いつき)は笑児さんの「稽古屋」。
私には、一番遠い演目です。
踊りや清元が入りますから、無粋な者にはとてもとても。
破れ家笑児さん
私が「噺の中のハメ物(三味線など)はどうするの」と尋ねると・・
「いや、全て地で、口三味線でやりますよ」と・・・。
さすがに三味線や俗曲も稽古しているだけに、何のこともないのでしょう。
客席からも拍手が起こりました。
破れ家笑児さん
学生時代もそうでしたが、笑児さんの芸風は、さり気なさと軽妙さにあります。
清潔な雰囲気の高座は、私の対極にあります。
だから、いずれ「笑児乱志二人会」をやってみたいと思うのですが・・・。

桂友楽師匠

clock仙台から来ていただいた友楽師匠の高座は、まさに古狂師匠の仰った「研究」の成果の発表、講義でもあります。
桂友楽師匠
友楽師匠は創作の「政宗と孫兵衛」。
ご存じ、仙台藩主「伊達政宗」とその右腕とも言うべき「川村孫兵衛」を題材にしたもの。
桂友楽師匠
そもそも、伊達政宗はともかく、恥ずかしながら、川村孫兵衛なんて知りませんでした。
プログラムに、こんな説明を入れておきました。
「お江戸あおば亭」のプログラム
【伊達政宗(1567-1636)】
 
 出羽国と陸奥国の戦国大名・伊達氏の第17代当主
 
近世大名としては仙台藩の初代藩主、没後は法名から
 貞山公と尊称された
 
幼少時に疱瘡により右目を失明し隻眼となったことから
 独眼竜の異名がある
・・・政宗公はこの程度でいいでしょう。

【川村孫兵衛(1575-1648
)】
 
伊達政宗公は、北上川から石巻港に至る運河のための
 水路整備と、北上川
の水害を防止するため、
 川村孫兵衛
 重吉に河川の改修を命令しました
 
孫兵衛は、工事の設計や現場監督だけでなく、資金の捻出
 や年貢を少なくす
るよう藩に掛け合ったりもしました
 
工事で働いている人たちは、親身になり自分たちの身を
 案じてくれる孫兵衛
に応えるように一生懸命働き、改修
 工事は見事完成しました
 
これにより、北上川・江合川・迫川の水流が安定、水はけ
 も良くなったことで、
仙台平野北部の新田開発は急速に
 進みました

 
 孫兵衛は、改修工事と同時に石巻の築港工事も行い、水上
 交通の整備に
努め、河川を使った人や物資の運搬が盛んに
 なり、収穫された米が石巻港
に集められ、江戸に送られ
 ました

 仙台米は、当時、江戸で消費された米の2/3を占めたと
 も言われています
 
さらに孫兵衛は、仙台城下の用水路を整備するため
 「四ッ谷堰」を建設したり、
水上交通の整備
 のため
 「貞山堀」を建設しました

・・・いかんせん、初めて聴く噺で、かなり長いと聞いていましたので、ボーっとしていたら、
友楽師匠がお辞儀をしているのに気がつき、慌てて「お中入りぃぃ!」
ためになりました。
「研究第一主義」ですから。

より以前の記事一覧