寄席・落語会

2017年10月13日 (金)

東京落語会

event今夜は「東京落語会」でした。
いつもの定例会と違うのは、第700回の記念公演だと言うこと。
番組も、それに相応しい内容でした。
東京落語会
が、残念ながら、今夜は行くことが出来ませんでした。
実は、岳父が急逝したため、田舎に帰っていましたので。
大変真面目な人柄で、93歳の大往生でした。
初めて会ったのが32年前でした。
岳父の人生の約1/3をお付き合いさせてもらいました。
お互いに酒を飲まないので、大福や饅頭などを食べながら、色々な話をしました。
もっと長生きをとも思いますが、穏やかに人生を閉じました。
時は流れます。
東京落語会は、昭和34年に、第2次大戦後の不況のなか寄席興行も不振の落語界を応援しようと、落語協会と日本芸術協会(現落語芸術協会)にNHKから働きかけ、この3者共催で発足した落語会だそうです。
現在まで、東日本大震災による中止を含む2回の休演以外、毎月定例で行われている、屈指の歴史あるホール落語会です。
この会の模様は、一部、NHKの番組「日本の話芸」で放映されています。
学生時代は、この東京落語会のラジオ放送が楽しみで、憧れの落語会でした。
当時は、霞ヶ関のイイノホールで開催されていて、この行ったことのない会場も憧れでした。
落語に戻って来た10年ほど前から、念願の会員になって、現在はニッショーホールに通っています。
そんな700回記念ですから・・。
しかし、こればかりは仕方がありません。

2017年9月27日 (水)

菊池寛が落語になる日

event今日、紀伊國屋ホールで春風亭小朝さんの独演会だそうです。
菊池寛が落語になる日
別に特別なことではありませんが、菊池寛がテーマになっているのが、ちょっと気になります。
菊池寛が落語になる日
圓窓師匠の高座本にも「父帰る」という創作落語があります。
ストーリーは、菊池寛の同名の有名な戯曲を江戸時代に翻案した感じのものです。
だから、ちょっと気になりました。

神田連雀亭

pen「東京かわら版・10月号」で、古今亭志ん輔師匠の、こんな「御挨拶」というのを見つけました。
師匠がプロデュースして3年前に立ち上げた「神田連雀亭」のことで、ここから身を引くというメッセージです。
3年が経過して、志ん輔師匠も色々思うところや問題?があるのでしょうか?
神田連雀亭
神田連雀亭は。
kk
2014年10月11日に落語家古今亭志ん輔のプロデュースにより開設されたコンパクトな寄席。
座席数は38名。
立ち見は不可。
高座は、奥に向かって狭くなる3角形をしており、上手側が楽屋になっている。
席亭やスタッフはおらず、出演者自身が呼び込み、受け付け、開演時の案内などを行う。
高座と客席が極めて近く、臨場感がある会場として知られる。
また二つ目や若手真打が会を開くのにちょうどよい収容客数であるため、独演会や勉強会などが行われることも多い。
2017年8月、古今亭志ん輔のブログにて、連雀亭存続の可否についての議論が行われていることが明かされた。

kk
8月の志ん輔師匠のブログ。
連雀亭の存続は二ツ目の心意気次第のようだ。
その後皆んなで昼飯。
兎に角この三年いろんなことがあった。
保健所からNGが出てあちこち駆けずり回った年の暮れ。
初席、ゴールデンウィークの興行、復興支援の興行は二ツ目達が初めて自主的に始めたし嬉しかった。
まだまだ数え切れない人との出会いがあった。
藪蕎麦のご主人の温かさ、まつやの旦那の大きさ、マルシャンの涌川さんの面倒見のよさ、自ら進んでチラシを配る二ツ目もいれば、何にもしない奴もいた。
掃除も積極的にやる者もいたし、全て後輩に押し付ける輩もいた。
代演のクセに出番を勝手に変えるバカな者もいれば、真摯に高座を勤める者もいた。
集団とはそんなものだろうし一色に染めようとすれば歪みが出る。
歪みが大きくなれば亀裂が生じる。
良いも悪いも一緒くたの二ツ目という括りの中で個々の者達は間違いなく何かを磨いてきたし全ての協会の垣根がないという状況下で磨かざるを得なかっただろう。
そんな人々に接することが出来た私はとてもいい経験をし幸せ者だと思っている。
一人御茶ノ水に向かう途中ニコライ堂の柔らかな建物が私を包んでくれた。
・・・。

2017年10月・11月は、設備メンテナンスのため営業休止となることが発表された。
二つ目の皆さんの格好の場だと思いますから、私はまだ行ったことがありませんが、続いて欲しいものです。

2017年9月16日 (土)

回数券?

event昨日の東京落語会の会場で受け取った、10月から来年3月までの会員券(チケット)の綴り。
回数券?
半年毎に変更出来ますが、希望ではなく、機械的に割り振られるので、ずっと同じ席にしています。
かなり後ろの席ですが、開演時(6時)に間に合わないことも多いので、入ってすぐの通路に面した席がいいです。
会員になって、もう10年以上になります。
観客の高齢化はさらに進んでいます。

2017年9月15日 (金)

東京落語会

event東京落語会第699回公演。
東京落語会
開口一番からトリの雲助師匠まで、前半はほとんど寝ながら・・・。
今日は東京落語会
志らくさんは意図している部分もあるかもしれませんが、談志師匠に似て来ました。
出て来るところ、身体を斜に構えるところ、腕組みするところも口調も。
刺の柔らかくした談志師匠にですね。
東京落語会
雲助師匠は熱演。
珍しい噺でした。
さぁ、次回は第700回です。

今日は東京落語会

event今日は東京落語会です。
今日は東京落語会
そして、次回は、第700回記念となるようです。
今日は東京落語会
当日は大阪に行っていますが・・・。
必死で戻って来ないと。

2017年9月12日 (火)

紀伊國屋寄席

event今日は「紀伊國屋寄席」ですが、トリで「ねずみ」をネタ出ししていた桂歌丸師匠は、体調不良のため休演。
紀伊國屋寄席
柳亭市馬さんが代演だそうです。
無理はしないで欲しい・・・。

2017年9月11日 (月)

他の連の落語会を聴いて

eventここ最近になって、師匠からご指南いただいている三流亭と千早亭以外の6つの連の発表会を聴かせていただきました。
それぞれ歴史も規模も違い、それぞれの特色や個性が出て、大変楽しませていただきました 。
そして、どの連でも共通していたのは、女性の力強さでした。
師匠の女性に優しいご指導もあって、女性の幅の利かせよう・・じゃなくて活躍ぶりには圧倒されます。
複数の連に所属して、高座名を複数持っている方も何人もいらっしゃいます。
皆さんが、様々な面で、あまり考えずに非常に気楽に取り組んでいる感じがします。
ご自身が楽しもうということでしょうから、それは大事なことで、外野がとやかく言えることではありませんが。
のべ50名以上の噺を聴かせていただいて、私にとって大変勉強になったことは間違いありませんが、逆にちょっと気になるところもいくつか散見されました。
ダメ出しを言うのではなく、参考にしたいということです。

一言で言うと、どこの連も、稽古不足の方がやや多い気がします。
稽古不足というのは、決して量的なことを言うのではなくて、中身のある、効果のある稽古が、あまり出来ていない気がします。
高座本を読む、実際に語るだけではなく、時代考証や様々な薀蓄を知るのも稽古だと思うのです。
ところが、残念ながら、高座本を"暗記"した段階で安心して手を緩めてしまっているという感じ。
元々演読になっていなかったり、活字を暗記して覚えたつもりになっているので、上下や表情や仕草が追いつかない・・・・。
それに、言い間違えたり、ちょっと詰まった時などの対応も・・・。
やはり、表面的に噺を捉えるのではなく、直接噺には出て来ない背景やシチュエーション、人物、場所などの設定がしっかり出来ていないからだと思います。
語り(読み)稽古は限られた時間しかありませんから、そこは演者が研究したり工夫したりしないといけないでしょう。
心して取り組んで行きたいものだと痛感しました。
噺には出て来ない部分を調べたり、距離感を実感したり、舞台設定を工夫したり・・・、それが一番楽しいのに・・・。

2017年9月 9日 (土)

習志野圓生祭

event六代目三遊亭圓生追善「第27回習志野圓生祭」の案内葉書が届きました。
 習志野圓生祭
  日時: 10月9日(日)午後2時30分
  場所: モリシアホール(津田沼駅南口)
一度だけ聴きに行ったことがあります。
ただのアマチュアではない方々でした。
トリで、鹿倉家扇喬という方の「怪談牡丹燈籠・お札剥し」がネタ出しされています。

2017年9月 4日 (月)

高坐招魂社

paperもうひとつ、上方落語の話題です。
桂文枝上方落語協会会長は、上方落語家の物故者を合祀する「高坐招魂社」が大阪天満
宮内に10月に完成すると発表。
大阪市天王寺区の生國魂神社で開催された上方落語界恒例イベント「彦八まつり」で、笑福亭鶴瓶らと奉納落語会に出演。
2005年に亡くなった五代目桂文枝、桂文紅、林家染語楼、桂吉朝の十三回忌にあたり、故人をしのぶ座談会を行い、その席で超満員のファンに発表した。
関係者によると場所は、上方落語の定席「大阪天満天神繁昌亭」近くの通称「亀の池」がある敷地内で、高さ約2メートルの社。
10月18日に鎮座祭が行われる。
文枝は「先輩方をすべて合祀することになりました。先輩師匠の御霊がすべて入っているので、お参りしていただくと、お話が上手になります」と話した。

・・・やや宗教色がかっていますが、気持ちはよく分かります。
戦後から暫くで、ほとんど滅びかけていたと言ってもいい上方落語ですから、逆に今ま
だこういうことが出来るコンパクトさがあるんですね。

より以前の記事一覧