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2019年6月20日 (木)

道修町界隈

遅いひるやすみにして、近くを散策しました。
大阪の中心部の町名は、東西に広く、南北は通りごとに町名が変わります。
オフィスの住所は「高麗橋」ですが、すぐ南が「伏見町」、そして「道修町」です。
「どしょうまち」と読みます。
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大阪市の中心である船場のうち北から5番目の町で、薬(主に医薬品)の町として知られています。
江戸時代に、清やオランダからの輸入薬を一手に扱う薬種問屋が店を出し、「薬種中買仲間」を結成。
日本に入ってくる薬は、いったん道修町に集まり、全国に流通していったそうです。
その関係で現在でも製薬会社や薬品会社のオフィスが通りの両側に多いことで知られていまする。
武田薬品工業、塩野義製薬、田辺三菱製薬・・・・。
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通りの向こうの私の定宿は「伏見町」、こちら側「道修町」からの景色。
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こんなに古い商家もあります。
「小西家住宅」で、1900年代に建てられたという和風の商家。
大部分が重要文化財に指定されています。
1903年、小西屋(後の小西儀助商店、現コニシ)の屋敷兼社屋として約3年間の工期を経て完成。
南は道修町通り、西は堺筋、北は伏見町通にそれぞれ面した約315坪の敷地に建設され、道修町通沿いに建つ主屋とその東側に建つ納屋、
堺筋沿いには貸家、伏見町通沿いには土蔵と納屋、更に主屋の裏には湯殿が設けられた。
こういう建物が、さりげなく残っています。
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薬の街らしい看板も目立っています。
さらに堺筋を少し下ると「平野町」。
交差点の角に、こんな古い建物がありました。
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重厚な趣きでそびえる生駒時計店の本社ビルは1930(昭和5年)に建設されたもので、界隈を代表する近代名建築のひとつ。
堺筋難波橋や柴島浄水場などを手がけた宗兵蔵氏の設計によるもので、屋上の時計塔や振り子のデザインが施された出窓や丸窓、入り口2ヶ所とショーウィンドウ5ヶ所の計7ヶ所に据えられた鷲の彫刻などが目を引く。
入口正面のイタリア産大理石を使った階段やステンドグラス、スクラッチタイル(手掻きの縦縞模様のタイル)の壁面などにも歴史が漂う。
営業時間内であれば、見学も可能。国の登録有形文化財に指定されている。
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ちょっと歩き疲れたので、休憩することにします。
いずれにしても、このあたりは、かつては「商都大坂」の中心地だったんですね。

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