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平成から令和になり、長い連休があり、いつもとは違う5月だったかもしれません。
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新しい時代がスタートしました。
戦争のない、平和な時代が続いて欲しいと思います。
4月から続いた連休では、落語漬けの時間を過ごしました。
令和の初日の5月1日は、久しぶりにお江戸日本橋亭。
鈴々舎馬桜独演会で、令和1年目に「百年目」を聴きました。
日本橋室町周辺の変貌ぶりにも驚きました。日本橋亭は健在。
5月4日と6日には、鈴本演芸場の特別興行へ。
ゴールデンウィーク特別興行「見たい!聴きたい林家正蔵」。
正蔵さんの「井戸の茶碗」(4日)と「子別れ」(6日)を聴きました。
指定席だったので、落ち着いて楽しめました。
一見客ではないので、ガラも悪くなく、下卑た笑いもありません。
5月10日は、オフィス街の大手町で、柳家三三さん。
対談で聴いた落語の覚え方など、実に参考になりました。
というより、全く自分と同じだったのが嬉しかった。
やはり、圓窓師匠が仰る通り、落語は暗記してはいけないということに尽きます。
そのために、多くの言葉を、頭の中の引き出しにストックしておかないといけない。
5月11日は、国立演芸場の「花形演芸会」。
これにも久しぶりに行きました。
主任の林家たけ平さんの「浜野矩随」の全編を、一緒に口ずさみながら聴きました。
5月15日は、春日のBXホールで「古今亭菊之丞独演会」。
とてもこじんまりしていて、素敵な会場でした。
菊之丞さんの「転宅」と「寝床」を聴きました。
さてさて、3月から通い始めた1人カラオケ。
3ケ月弱で、10回以上通っています。
3月の「千早亭落語会」、4月の「おひろめ寄席」、今月の「お江戸あおば亭」に備えて、1人籠って稽古をしました。
基本的には読み稽古で、なるべく本息でスマホやタンブラーに録音して、それを聴きながら覚えるという・・・。
覚えると言っても、記憶に焼き付ける(暗記)のではなくて、口で慣らして感覚を体に覚えさせて行くプロセス。
大ボケで、「五百羅漢」の高座本を紛失してしまって、いまだに見つかりません。
稽古の空間としては、最高だと思います。
5月17日は、いつもの「東京落語会」でした。
大阪から午前中に移動して東京に戻り、仕事を終えてから。
菊志んさんの「風呂敷」と、さん喬師匠の「船徳」を堪能。
5月19日は、落語っ子連の稽古会。
「お江戸あおば亭」を1週間後に控えて、初めて通しで新しい演出の「五百羅漢」を。
台詞は決めていないから、自分でストーリーを進めながら語り、作り上げて行く作業。
師匠からもOKをいただきました。
稽古が終わってから、神保町で前日かせ始まった寄席文字作品展「寄席文字で綴る落語風景」を鑑賞。
寄席文字アートの素晴らしさを再認識。
5月21日は、鈴本下席の初日。
「馬石長講十夜」で、お目当てのトリの馬石さんの「文七元結」を。
本当は、「唐茄子屋政談」や「柳田格之進」なども聴きたかったのですが、大阪行きと重なり、結局一度しか行かれませんでした。
さぁ、そして5月25日は、「第16回お江戸あおば亭」。
「五百羅漢」は初演ではありませんでしたが、かなり内容を変えました。
人情噺で、地語りを全部カットして、台詞と仕草だけで、時間と場面を表現してみました。
これは、畳屋の職人が畳を抱えている仕草。
これは、畳屋の職人の父親と再会できた幼い女の子が、水を吹いて虹が出来るシーン。
創部60周年の区切りをすることが出来ました。
さて、今月の出来事の2大トピックスを。
まずは、談亭志ん志師匠のご尽力で、来年5月の「第18回お江戸あおば亭」の会場が、「深川江戸資料館小劇場」に決まりました!
下町のカーネギーホール?を、満席にすべく頑張ろうと思います。
それから、連休中に我が愛車が動かなくなり、JAFにお世話になりました。
幸い、すぐに修理してもらいましたが・・、想定外の大出費になりました。
さて、6月は、春亭右乃香師匠の個展があります。
夜は、若手の落語会も3公演あるそうですから、出来れば3日間通いたいと思います。
今月は、本当に色々ありました。
中国で行われたユースの国際サッカー大会で、優勝した韓国チームのキャプテンが、優勝カップに誇らしげに足を載せている写真が拡散して、大顰蹙、大問題になっているそうです。
批判は、スポーツマンシップの欠如とか、教育の問題だとか、国民性(民度)の問題だとか・・。
感情論だけで言えば、それを否定しない部分もあります。
事の重大さに驚いて必死に詫びても、そりゃぁ許してはもらえないでしょう。
人の尊厳を傷つけたんですから。
主催者(中国側)は、韓国チームの優勝を剥奪、次回以降の参加を排除するようです。
冷静に考えると、日本にだって、渋谷のスクランブル交差点や各地の成人式など、人の集まるところで狼藉を尽くす輩がいます。
コンビニやファミレスでの愚行をSNSに投稿して自慢するバカもいます。
何度言われても、セクハラやパワハラや問題発言を繰り返す国会議員もいます。
浅薄な行動は、取り返しのつかないことになるということを、「他山の石」として、肝に銘じておきましょう。(静かに反面教師にしましょう。)
要は、「ノブレスオブリージュ(noblesse oblige・高貴な者の義務。高貴な者は、それに応じた義務を負うべきであるということ)」です。
やっぱり・・・。
川崎の凶悪事件現場は、献花する人などを取材するマスコミの愚者どもで大混乱。
相変わらずの傍若無人さに、二次災害の危険もあり、大顰蹙だそうです。
こういう場面の映像が必要なら、代表社が取材して各社に配信すれば足りるでしょう。
それを、各社が単独取材だの、単独インタビューなんて言って騒ぐから。
こうやって道路を占拠してしまって、歩行者が車道を歩かざるを得ないなんて。
君たちには「良心」というものがないんですか?
あ、それから、笑止千万なのは、自殺した50歳を過ぎた容疑者の写真。
マスコミ各社どこも、中学校卒業時の顔写真を使っています。
そして、容疑者の中学校の頃の様子を聴いたり、卒業文集の内容を報道したり・・。
バッカじゃないの?
よほど情報がないか、ネタがないか。
ないなら報道しなければいいじゃありませんか。
「元犬」の舞台になっているのが、「蔵前神社」だそうです。
境内に「古典落語ゆかりの神社」という立札も立ててあるという。
浅草蔵前の八幡さまの境内に、珍しい純白の戌が迷い込んだ。
近所の人が珍しがって、白犬は人間に近いというから、きっとおまえは来世で人間に生まれ変われると言うので、犬もその気になって、人間になれますようにと八幡さまに、三七、二十一日の願掛け。
祈りが通じたのか、満願の日の朝、
一陣の風が吹くと、毛皮が飛んで、気がつくと人間に。
・・・という噺。
あのあたりは、神社に限らず、長屋や横丁が落語の舞台です。
そうそう、この間の「五百羅漢」でも、八百屋の熊さんが、迷子になった女の子に会うのは、この近くの鳥越あたりでした。
久しく行っていないから、またブラブラ歩いてみようか。
大仏に 鹿の巻き筆 奈良ざらし 春日燈籠 町の早起き
・・・これが、古都奈良の名物とされています。
そう、奈良と言えば「鹿(シカ)」です。
公園内をシカが自由に歩いていますが、これを「ハナシカ」・・・とは言わないか。
「鹿政談」などという落語の名作もあります。
そんな奈良のシカですが、奈良公園では、野生のシカの出産がピークを迎え、かわいい子鹿が続々と誕生していますが、生まれたばかりの子鹿に触るのは厳禁だそうです。
と言うのは、「子鹿に人間の匂いが付いてしまうと、お母さん鹿が子育てをしなくなります。お母さん鹿がいなくては、子鹿は生きていけません」と。
へぇぇ、そんなことがあるんですね。
観光客が、「子鹿に触っちゃあ、ダメなんでシカ」って?
奈良三条横町というところに、豆腐屋渡世を営む老夫婦が住んでいた。
主である与兵衛が朝早くから起きだして表に出てみると、大きな赤犬が「キラズ(卯の花)」の桶に首を突っ込み食べていた。
与兵衛が手近にあった薪を犬にめがけて投げると、命中し赤犬は倒れてしまう。
ところが、倒れたのは犬ではなく鹿だった。介抱の甲斐も無く鹿は死亡。
当時、鹿を担当していたのは目代(代官)の塚原出雲と、興福寺の番僧・了全の二人。
この二人が連名で願書を書き、哀れ与兵衛はお裁きを受ける身に…。
この裁きを担当することになったのは、名奉行との誉れが高い根岸肥前守。
お奉行様とて、この哀れな老人を処刑したいわけではない。
何とか助けようと思い、与兵衛にいろいろとたずねてみるが、嘘をつくことの嫌いな与兵衛はすべての質問に正直に答えてしまう。
困った奉行は、部下に鹿の遺骸を持ってくるように命じた。
遺骸をじーっと見て、ひと言。
「これは鹿ではない、犬だ。鹿には角がなくてはならない。しかし、これには角が無いではないか。犬ならば裁きの必要はない、この願書は差し戻しといたす」
一同感心して「これは犬でございます」。
中には、「今、ワンと鳴きました」と同意する人も出てくるが、鹿の守役、塚原が「鹿は毎年春、若葉を食しますために弱って角を落とします」と異議を唱える。
奉行、またしばらく考え、「そこまで申すのなら、鹿の前に別の事を調べねばならぬ」と言い出した。
この頃、鹿の餌料を着服している不届き者がいるという。
毎年幕府から下されている鹿の餌料は三千両で、鹿の腹が満たないわけがない。
「神獣」とはいえやはり動物。
空腹に耐えかねて城下にさまよい出てしまったのだろう。
「もし、この裁きを続けたいのであれば、今度は鹿の餌料を横領した者の裁きを始めねばならぬ」と再度、死骸が犬か鹿かの確認を塚原に迫る。
身に覚えがあった塚原は、たまらず「わたくし、歳のせいか犬と鹿を取り違えてしまったようで…」
これにて一件は落着。お白州の後、涙を流す与兵衛に奉行が声をかける。
「与兵衛、斬らず(キラズ)にやるぞ」
「達者(マメ、豆)で帰れます」。
・・・ところで、奈良ではシカは「神の使い(神鹿・神獣)」ですが、その他の地域では「害獣」になっています。
困ったものです。
落語会も、色々テーマを考えるものです。
「禁演落語を聴く会」というの落語会も、知る人ならば、どんな趣向なのかは見当がつきます。
9月30日(月)の夜は・・・、大阪かなぁ?
浅草の本法寺は、落語との繋がりが強い日蓮宗のお寺です。
境内には「はなし塚」があります。
建立された昭和16年10月。
当時の日本は太平洋戦争へと向かう戦時下にあり、各種芸能団体は、演題種目について自粛を強いられていた。
落語界では、演題を甲・乙・丙・丁の四種に分類し、丁種には時局にあわないものとして花柳界、酒、妾に関する囃、廓囃等五十三種を選び、「禁演落語」として発表、自粛の姿勢を示した。
この中には江戸文芸の名作といわれた「明烏」「五人廻し」「木乃伊取」等を含み、高座から聴けなくなった。
「はなし塚」は、これらと落語界先輩の霊を弔うため、当時の講談落語協会、小咄を作る会、落語講談家一堂、落語定席席主が建立したもので、塚には禁演となった落語の台本等が納められた。
戦後の昭和21年9月、塚の前で「禁演落語復活祭」が行われ、それまで納められていたものに替えて、戦時中の台本などが納められた。(台東区教育委員会)
「はなし塚」の碑文。
昨秋9月東京落語家全員は、園家新体制に即応し53種の落語禁演を自粛協定して職域奉公の実を興げたり、今是を紀念し併せて葬られたる名作を弔ひ尚古今小噺等過去文芸を供養する為詳細記録類を埋めて建碑し以て菩提に資すと再云。
南無妙法蓮華経
紀元二六〇一年 花四月 昭和十六年巳
講談落語協會落語部員一同 東京色物演藝場席主一同
小咄を作る會員有志一同
「禁演落語」53席。
1 明烏 2 粟餅 3 磯の鮑
4 居残り佐平次 5 お茶汲み 6 お見立て
7 親子茶屋 8 首ったけ 9 廓大学
10 五人廻し 11 子別れ 12 三助の遊び
13 三人片輪 14 三人息子 15 三枚起請
16 品川心中 17 お祓い 18 高尾
19 辰巳の辻占 20 付き馬 21 突落し
22 搗屋無間 23 つるつる 24 とんちき
25 二階ぞめき 26 錦の袈裟 27 にせきん
28 白銅 29 ひねりや 30 文違い
31 坊主の遊び 32 万歳の遊び 33 木乃伊取り
34 山崎屋 35 よかちょろ 36 六尺棒
37 権助提灯 38 一つ穴 39 星野屋
40 悋気の独楽 41 城木屋 42 引越の夢
43 包丁 44 氏子中 45 紙入
46 駒 47 葛の間男 48 蛙茶番
49 疝気の虫 50 不動坊 51 宮戸川
52 目薬 53 後生鰻
・・・だから、「禁演落語を聴く会」だから、演目は全て、この中の噺ということですね。
いつの世にも、自主規制とか自粛とか忖度があるんですね。
今でも時々、周りが見えずに、自分勝手におかしなことをやる自粛や忖度があります。
宮城県が、豊かな食材や多様な産業、歴史・文化など、県内の様々な魅力を知ってもらおうと、ご当地検定「宮城マスター検定」というのを開始。
宮城に関する様々な知識を得た人たちが、県内の観光や祭りへの参加などを通じて、宮城の魅力を感じ、郷土愛を深め、自ら宮城の魅力の情報発信者となることで、宮城に人が集まり、地域産業が活性化され、「富県宮城の実現」につなげて行きたいそうです。
「みやぎ・仙台 日本一!百選」という冊子。
「宮城マスター検定」1級試験合格者の会「いっきゅう会」の方々の協力により、宮城が“日本一”や “発祥の地”などの視点で魅力を凝縮した冊子だそうです。
観光客に対する“おもてなし”のための資料、子どもたちが地域の自然・歴史・文化など、誇るべきものを学ぶための教材として活用してもらうため、観光関係者や教育関係者等に配布する予定だそうです。
「いっきゅう会」の会員が、自ら取材等を行って独自の視点・切り口で原稿を作成し、宮城が“日本一”や “発祥の地”、“国内唯一”といったものを選定したそうです。
6分野で整理され、例えば、こんなものが挙げられているようです。
「自然」・・・渡り鳥の楽園/宮城県はガン・カモ類の飛来数が日本一
「産物」・・・古川(大崎市)は「ササニシキ・ひとめぼれ・だて正夢」発祥の地
「文化・教育・スポーツ」・・・五輪フィギュアで男女とも仙台ゆかりの選手が日本初の金メダル
「施設・構造物」・・・三居沢は日本の水力発電の発祥の地で今も発電を続けている
「交通」・・・利府町「JR東日本新幹線総合車両センター」の広さは日本一
「人物」・・・作品数770作品は世界一/ギネス記録の萬画家・石ノ森章太郎
・・・色々ありますが・・・。
サンマは目黒と秋に限らない?
秋の味覚(のはずの)サンマの初競りが、名古屋市の中央卸売市場で早くも行われたそうです。
これは、深刻な不漁のため、今年から1年を通してサンマ漁が認められるようになったためだそうです。
最高値は1キロ当たり3000円。
この10年で2番目に安いそうですが、まだ小さくて脂も乗っていないんでしょう。
サンマ漁は、これまでは8月から12月に限って行われていましたから、まさに秋の魚だったんです。
深刻な不漁が続いているために、年間の漁獲枠を守ることを前提に、通年での操業が認めらたそうです。
これを受けて、今月中旬から漁が始まり、北海道根室市の漁港で水揚げされたサンマが、名古屋市の中央卸売市場で初競りにかけられたという訳。
・・・でも、まだカツオでしょう。
時代が変わっても、お相撲さんは郷土の誇り、英雄です。
郷土力士として30年ぶりに新入幕を果たし、夏場所は敢闘賞を受賞した前頭5枚目の竜電。
山梨日日新聞社から、竜電関の足跡を、豊富な写真と報道記事を中心に追った「竜電 不屈の闘志」が刊行されたそうです。
甲府市出身で高田川部屋所属。
身長190cm、体重152kg。
好物は「信玄餅」。
得意技は左四つ、両差し、寄り。
最高位は西前頭3枚目(2018年11月場所)。
股関節の怪我で、序の口まで番付を落としたものの、努力して復活して来た苦労人です。
身体も大きく、なかなかのイケメンで、相撲は四つ相撲。
平幕優勝の経験のある郷土の先輩力士、富士錦、富士桜ともに、押し相撲でしたから、雰囲気はかなり違います。
超マイナーな県ですが、多くはないものの、そこそこ有名人は輩出しています。
武田信玄・・・この人は絶対に外せません。
政治家では石橋湛山(元首相)、財界では小林一三(阪急創始者)・根津嘉一郎(東武鉄道)、科学者では大村智(ノーベル賞)、建築家では内藤多仲、作家では山本周五郎、俳人では飯田蛇笏、芸能人では三浦友和・田原俊彦、スポーツでは堀内恒夫(野球)・中田英寿(サッカー)、将棋では米長邦雄・・・・。
そうそう、忘れちゃいけません。
落語家では三遊亭小遊三・林家正雀・古今亭寿輔の個性的な師匠方。
ホテルの部屋で、いつものとおりボーッとしてテレビを眺めていると、珍しく演芸番組がありました。
BS放送の「お笑い演芸館」と言う番組で、漫才のナイツが司会、浅草の東洋館からの録画です。
従って、漫才やコントが中心のようです。
今夜は、三遊亭小遊三師匠が出演されていました。
小遊三師匠は、「蜘蛛駕篭」の途中まで。
お笑いブームとは言っても、そこは浅草の、しかも東洋館ですから、ベテラン芸人さんも出て来ます。
それがまたいい。ハーモニカ漫談の青空たのし師匠。
御年87歳って言いますから、母と同い年です。
背筋もピンとしていて、表情も口調も、そしてハーモニカの演奏も素晴らしい。
その師匠の師匠は、コロンビアトップ・ライト、兄弟子は青空千夜・一夜のご両人だそうです。
懐かしいですね。
ところで、前から物凄く違和感があるんですが、最近の若手のお笑いの人たちは、舞台に上がる時に、自分たちも拍手をしながら登場しますが、何か意味があるのでしょうか?
客席に、芸をする前から拍手を求めているのでしょうか?
賑やかしだとすれば、あまり好感は持てません。
海外でも大きな事故が起こっているようです。
ハンガリーの首都ブダペストで、ドナウ川を運航していた観光船(乗客33人、乗員2人)が、別の観光船と衝突して転覆。
少なくとも7人が死亡し、複数が行方不明。
事故は観光名所の国会議事堂近くで起き、転覆した観光船はその後、沈没。
ドナウ川は雨の影響で増水しており、救助活動は難航。
乗客は韓国人観光客。
ドナウ川・・・、「ドナウ川のさざなみ」という名曲を思い出します。
https://www.youtube.com/watch?v=JPX_1nowjSI&app=desktop
小学校の下校時に流れていました。
ヨーロッパを流れる大きな川だとしか知りませんでしたが。
一番数多く聴いているクラシック音楽かもしれません。
一番数多く聴いているクラシック落語は・・・何だろう?
芸人さんにも多趣味な人が多いようで、寄席や落語会では、趣味とのコラボレーションも多いようです。
柳亭市馬落語協会会長の歌は、もうそれだけでも木戸銭がいただけようという、素晴らしいものです。
最近は、個人ではなくて、グループで特技を披露している芸人さんが多いようです。
今月の浅草演芸ホールの余一会は「音し噺の会」。
来月は高円寺で、歌まみれの?落語会がスタートするようです。
洋楽(楽器や歌)と演芸(落語などの寄席芸)とのコラボレーション。
寄席の敷居を低くするのに一役も二役も買っているんでしょう。
市馬さんの「歌謡ショー」は何度か聴きましたが、それはそれとして、私は寄席芸だけを聴きたい。
プロでもアマでもそうですが、落語の中で、ほんの一部・一瞬に特技や裏技が出て来るから楽しい。
それを、マジに通してやったら、落語ではないし、興ざめしてしまう。
その落語の場面にあり得ないものを入れるのは、時事的なギャグならまだしも、邪道だと思います。
「住吉踊り」と「鹿芝居」は、絶対ありだと思います。
それは、「寄席」と「落語」が主役になっているから。
こんな本が出ているそうです。
特集:落語の友達
【インタビュー】MC.sirafu、川本真琴、高田漣、田中貴、豊田道倫、直枝政広、向井秀徳、山本精一
【エッセイ】木村万里、さかがみこずえ、サンキュータツオ、滝口悠生、林伸次、広瀬和生、矢内裕子、山下桃子、山本ぽてと、和田尚久
【対談】リナ&ユカ
【イラスト】オオヤヨシツグ
個人の風景を編むリトルプレス『Didion』。
第2号のテーマは「落語の友達」です。
本誌に登場する「友達」はさまざまです。
落語会に同行する友達もあれば、落語自体が友達というケースもあります。
落語には関係ないけど落語っぽい友達、なんていうのもあります。
また、落語に出てくる素敵な友達関係について書かれた文章も。
ジャンル「落語」の友達――「音楽」に携わるミュージシャンたちが、お気に入りの一席を語るインタビューもあります。
「落語の友達」にまつわるエピソードには、落語を聴いたり、落語について考えたりするときに感じる、ふわっとした、なんとも楽しく、時間を(何なら時代までも)忘れてしまうような不思議な魅力が詰まっています。
落語好きはもちろんのこと、落語に馴染みのない方もその魅力あふれる世界へといざなう一冊です。
・・・よく分かりませんが。
私には、今、自分がいる落語の世界で十分だし。
身勝手な男の起こした凄惨な事件で犠牲になった被害者の遺族。
周囲のお悔やみの言葉など、慰めにもならないでしょう。
とにかく、筆舌に尽くし難い心情を察して、静かにしている(見守る)のが人の道だと思います。
被害者の遺族の方のコメント。
「突然のこと過ぎて、深い悲しみの中にあります。今は何も考えられない状態です。そのため、とても取材などには応じられません。どうか取材などは、お控えくださるようお願いいたします」。
本来ならば、コメントなど求めたりするものではないし、仮に衝撃と悲しみを振り絞るようにお出しになるなら、「突然のこと過ぎて、深い悲しみの中にあります。今は何も考えられない状態です」で言い尽くされるものと思います。
ところが、「とても取材などには応じられません。どうか取材などは、お控えくださるようお願いいたします」とまで言わざるを得ないことに対して、マスコミはどう考えるでしょう。
聞けば、昨日の被害者の児童たちが通っていた小学校の記者会見で、学校側からマスコミの報道を控えるよう強く申し出のあった部分の音声を小さくして、聞こえないようにして放送したテレビ局もあったそうですから、もう何をか言わんです。
本当に腹が立ちます。
今年もまもなく半分。
これから、どんな噺にチャレンジしようかと思案にくれています。
◇第15回お江戸あおば亭(18/11/23) 「短命」
◇第1回ケアハウス落語会(18/12/24) 「長短」
◇第12回深川三流亭(19/1/26) 「天災」
◇第3回そや寄席(19/3/2) 「長短」
◇第18回千早亭落語会(19/3/23) 「長屋の花見」
◇第4回おひろめ寄席(19/4/21) 「長短」
◇第16回お江戸あおば亭(19/5/25) 「五百羅漢」
・・・と今まで。 これからは・・・、
◆第13回深川三流亭(19/7/13) 「百川」
◆第1回圓窓創作噺を聴く会(未定) 「父帰る」
◆第2回ケアハウス落語会(19/10/6) 「牛ほめ」
◆第17回お江戸あおば亭(19/11/23) 「品川心中」
◆第14回深川三流亭(20/1) 「愛宕山」
◆第3回高石神寄席(未定) 「時蕎麦」
◆第18回お江戸あおば亭(20/5) 「寝床」
◆第15回深川三流亭(20/7) 「唐茄子屋政談」
◆第27回OB落語会(20/9) 「船徳」
◆第19回お江戸あおば亭(20/11) 「算段の平兵衛」・・・あくまでも夢と希望。
実現の可能性は、おそらく50%にも満たないでしょうが・・。
水割りは、水っぽい酒か、酒っぽい水か?
ピンクは、白っぽい赤か、赤っぽい白か?
そして、シマウマの縞は、白地に黒か、黒地に白か?
色々議論はあるようですが、こんなまとめ方をする人もいました。
皆さん、白と色の市松模様は白地に色だと思いますか?
色地に白だと思いますか?
製造過程からすれば白地というのが正解なんでしょうけど、模様自体を純粋に考えた場合、どちらが地なのか?という質問自体がナンセンスだってことに気がつきます。
四角の白と四角の色の組合せ自体が市松模様なんであって、どっちの四角が主で、どっちの四角が従(模様)なんてことは、そもそもない。
シマウマの縞問題は、質問の前提として「模様にはすべからく『地』というものがある」ことを認めた上で成立する議論なのですが、そもそもこの前提自体が検証されていない怪しげなモノですから、そこから発展する薀蓄は、それこそとっても怪しい結果になるのは必然なんですね。
それにしても世の中、人の意見を鵜呑みにしたり、そそっかしく結論を出してしまう人が多いものです^^;。
シマウマの縞は白か黒か?という設問は、「縞があるからには必ず地があるのだ」という質問者の一方的な思い込みから発生したもので、それに対して確定的な答えがあるかどうかすらわかりません^^;。
また、現実にも、それに対する一通りの決まりきった答えは無いようです。
答えをどうのこうの、というより、この質問を元にコミュニケーションを楽しもう、って方向で考えるのがよろしかと^^。
ところで、水割りが酒っぽい水か、水っぽい酒かという議論はさておき、この水割りを作るときに、酒に水を足すのか、水に酒を足すのか、どちらなんでしょうか?
考え出すと、一晩中眠れなくなってしまう・・・。
がんもどきの裏表も分からないし、ドンネルはどちらが入口でどちらが出口なのかも分からない。
最近、田舎では、シカやサルが繁殖して増えてしまい、人の数よりも多くなっているかもしれない。
人や農作物を守るために、防護用の柵を民家や田畑の周りに廻らせていますが、これって動物園とまるっきり反対になっています。
人が檻や柵の中に閉じ込められて、けだものたちが人間を見物しているように見えます・・・。
地動説か天動説か・・・?
2週間ぶりに1人カラオケに来ました。
念のために確認しましたが、(紛失したままの)「五百羅漢」の高座本の忘れ物はなかったそうです。
どこに行ってしまったんだろう。
忘れた高座本のことよりも、どこで忘れたの分からないのがショックです。
尤も、どこで忘れたか分かれば、とっくに取りに行ってますが。
今夜は、昨日は田舎の法事で、落語っ子連の稽古に出られなかったので、その分を取り戻そうと。
ここのところ「五百羅漢」一色だったので、久しぶりに「百川」を。
稽古会は、今度の日曜日もあり、3週連続になります。
これから、定期的に、例えば原則毎週火曜日には、「1人カラオケ稽古の日」にしようか。
3月まで参加していた「扇子っ子連・千早亭」の稽古も月2回の火曜日でした。
仕事の後で稽古場へ行くのが大変でしたが、ここは帰る途中だし、自分のペースでたっぷり稽古出来ます。
落語の基本も無視した、他人の稽古を聴くぐらい苦痛なこともありませんから。
ちょっと、オタクっぽいかな?
いつも来てくださる、落研を創部された先輩の同期の方で、いつもやや辛口のコメントをされる大先輩が、握手を求めてくださって「良かったよ」と・・・。
かなりの冒険をした高座でした。
私は、自らが出演するだけでなく、落語会をプロデュース(大袈裟ですが)する立場にあります。
プロではありませんから、テーマを掲げたり、個別の演目のリクエストはしません。
基本的には、出演してくださる人の申告どおりにします。
それぞれが、自分の気に入った噺を存分にやっていただくことにより、前向きな会になるからです。
それでも、無条件ばかりだと、噺がついたり、変化がなくなったりしますから、適宜、他のメンバーのネタ出しを見てから、自分の噺を決めるようにしています。
今回は、最初のエントリーでは、「粗忽長屋」「お化け長屋」「粗忽の釘」「小言幸兵衛」・・・。
長屋と粗忽でついてしまうものが多い状態でした。
そこで、志ん志師匠のご尽力で、遠慮がちだった方にも入ってもらい、「三味線栗毛」と「宗論」と「初音の鼓」も加わりました。
さらに、寝蔵師匠が「粗忽の釘」から「宿屋の富」に変更してくださり、バラエティに富んだ演目が揃いました。
さて、私の演目は・・・。
皆さんのネタ出しを見て、人情噺をやろうと。
落語を覚えるというのはどういうことか。
高座本(ネタ帳)を読んで、一生懸命覚えて(暗記して)、それに仕草(所作)を加えて・・が、通常のプロセスかもしれません。
しかし、師匠や他の噺家さんから常々言われているように、「寿限無」や「金明竹」や「蝦蟇の油」など、必ず丸暗記しなくてはならない部分のある噺を除いて、決して活字で覚えない(暗記はしない)。
そのためには、正面から読み稽古を覚えよう(暗記しよう)としないで繰り返すことだと思います。
もし、高座本を使うなら、高座本と違う表現や語句を使う場合に、それを控えておくぐらい。
読んで行くうちに、自分の引き出しの言葉を、頭の中に自然に刷り込んでいく作業です。
だから、「覚えた」という実感はない。
自分の言葉で作り上げる途上で、高座本で使われている言葉だけでなくて、演出やストーリーを変えて行くことも。
そして、一旦、高座本で覚えていることは極力忘れて、全体の流れを俯瞰して、自分の言葉で語る。
当然、しどろもどろ、噛み噛み、テンポがバラバラ、感情移入が出来ません。
しかし、それを繰り返していくと、自分の経験や料簡が出て来てまとまって来る。
しかし、台詞や仕草は決めずに、高座(本番)で、その時の感情で出して行く。
「五百羅漢」は、後半の熊さんとおさきさんと寺の和尚の台詞は、全く固定せずに、その場面で、その時の勢いやテンポで、その時の雰囲気や感情で、その3人のいずれかに喋らせる。
噺を進行するための説明をする地語りは全てカットして、台詞と仕草だけでやる。
これは緊張するけれども、はまれば実に楽しい。
だって、生きた登場人物が、自分の中にいるんですから。
その領域を実感させてもらえた高座でした。
落研部員の「叶思家彗(かなしやほうき)」さんの武者修行譚。
落研のブログ「落研の独り言」で発見。
http://tohokuochiken.blog56.fc2.com/
単身、マレーシアで落語会を。
マレーシアからこんにちは。叶思家彗です。
今回は留学先のマレーシアで落語をしたのでその報告をさせてもらいます。
(落語研究部では基本的に地域の皆様からのご依頼をお受けしており、海外での落語は私個人の活動です)
今回マレーシア留学の中で落研の力を借りないでどこまで自分でできるかを試すためにマレーシアでの落語に挑戦しました。
・・・色々苦労の様子も綴られていて、ちょっとした出会いから、素晴らしい落語の会が実現したようです。
「夢の種まきプロジェクト」の一環として、マレーシアで勉強している日本文化に普段触れる機会の少ない日本人の子供達に対し、私の専攻している経済学をかみ砕いたお金の講義と落語「初天神」の披露、そして落語体験ワークショップを行いました。
はじめは子供達が興味を持ってくれるかとても不安でしたが、皆私の話に耳を傾けてくれて、落語にも笑ってくれました。
落語披露後に行った落語体験ワークショップでも積極的に参加してくれました。参加してくれた子の中で、英語で小咄「ねずみ」をしてくれた子もいて、会を盛り上げてくれました(私より英語が上手い(〃ノωノ))
落語会にはマレーシアの日系タウン誌「M TOWN」の方が取材に来てくれたんですよね(とっても緊張しました:(´◦ω◦`):)
日本に帰ったらまた落研の彗として活動を再開したいと思います。
・・・落語もグローバルになって来ました。
創部60周年の年に、あくまでも個人の活動ではありますが、素晴らしいと思います。
前の会社の同期の友人が、「今度の落語会は聴きに行くよ」と言ってくれて、偶然彼の今の会社にいる私の大学の同期の知人を誘って一緒に来てくれました。
常連の叔父夫妻は、友人を10人近く誘って来てくれました。
でも、中には、「必ず行く」とか「五百羅漢が聴きたい」なんて言ってくれていた人が来てくれなかったり。
勿論、言ってもらえるだけでもありがたいし、恐らく気持ちに嘘はないだろうし、突然都合が悪くなることもあるでしょうから、責める訳ではありませんが、「来てくれるかなぁ」と、待っている身には、ちょっと寂しいものです。
「行く」と言ってくれたなら「行かれなくなった」と言ってくれれば・・・。
私は、基本的には100%行く気持ちでいても、事前には「行く」とは言わないことにしています。
気持ちがあれば、是非ご来場ください。
手ぶらで構いません。
ご祝儀がいただければ、さらに結構ですが。
それはそうと、落語っ子連の百梅さんが聴きに来てくれました。
今まで、それぞれメンバーが来てくれます。
だから、何か参考にしてもらえるように・・と頑張ってしまいます。
他人や他のグループの落語会を聴くのは、落語上達の観点からも、物凄く大事だと思います。
最近、SNSなどの投稿文を見ていて目立つ文字というか記号というか暗号?
その中に「www」ってぇのがあります。
瀧口雅仁さんも使っていました。
「今年の芸協まつりも色々な人と出会えました。久々の再会、二日振りの再会www、初対面と……。」
これなぁに?
「ウぅぅ」って、唸ってる?訳でもない。
どうやら「w」は「笑い」を表しているようです。
だから、今までなら、「・・・でした(笑)」ってのと同じ?
要するに、何か文章や単語を言った(表現した)だけでは、気持ちを伝えきれないから?
これってギャグ・くすぐり・冗談ですよって言いたいから?
文字数が限られる場合があるから、こういう記号・暗号や省略が多用されるんでしょうが、オジサンはついていけない・・・。
3時半前に東名高速の富士インター。
ぼやぁっとした富士山を横目に東京方面へ。
今のところは、それほどの渋滞はなさそう・・。
・・と安心していたら、そのうちに「事故渋滞」の表示。
御殿場を過ぎてすぐに渋滞が始まり、神奈川県に入って鮎沢PAあたりの先のようです。
交通情報によれば、「太郎ヶ尾トンネル」で事故の模様。
トンネルを出てすぐ、追い越し車線に車が2台。
事故は気の毒だけど、「事故なんか起こしやがって」というのが本音。
やっと事故渋滞を抜けると、今度はいつもの大和トンネル手前で自然渋滞。
「70代を高齢者と言わない街 大和市」って、以前から気になっていましたが。
何故? 70歳代は高齢者でしょう。
言葉に変な意味のニュアンスを含めてしまうから、差別的に受け止められるんです。
年齢が高いんだから、高齢者でしょう。
子どもは抗議することはないけど、例えば「10歳未満を幼児と呼ぶのはけしからん」ことですか?
東京料金所を過ぎると、「渋谷→都心部 警備通行止」の表示。
あぁ、トランプ大統領だ。
用賀を過ぎてかなり車が減ったのはこの影響?
渋谷で下りずに、手前の大橋ジャンクションから山手トンネルを経て湾岸線へ。
時優待もなく早い、早い。
湾岸線から外環に入って松戸で下りました。
大相撲夏場所で、前頭の「竜電」が勝ち越しました。
以前から、山梨県出身だと知ってはいたのですが、特別に注目はしていませんでした。
「竜電(りゅうでん)」という四股名が、私には「流電(りゅうでん・流山電鉄)」みたいだなぁ・・なんて。
四股名の由来は、出身の竜王中学校の「竜」と、名大関「雷電為右衛門」の「電」に因んでいるそうです。
聞けば大変な苦労人で、怪我のために、一時は序の口の一番下の下まで落ちてしまったものの、努力して復活して来た人だそうです。
山梨県出身の力士と言えば、いずれも高砂部屋で、いずれも平幕優勝をした、「富士錦」と「富士桜」という、日本酒の銘柄のような名力士以降は出ていません。
俄然、遅ればせながら、応援しようと思います。
いくら立派な人でも、要職を務めた人でも、晩節を汚せばその名声も水の泡・・。
そもそも、人として失格だと言わざるを得ません。
福井市内で乗用車を運転中に衝突事故を起こしてそのまま逃げたのが、元福井放送の社長(現非常勤取締役最高顧問)。
この最高顧問が、道交法違反(ひき逃げ)の疑いで逮捕された。
真実を伝えるべき輩が、この期に及んで「何かを踏んだだけだと思った」などと容疑を否認している。
国道の交差点で、右から来た女性会社員の軽ワゴン車と出合い頭に衝突したが、救護などをせずに逃げた。
女性は首に軽傷を負った。
現場は信号機のある交差点で、容疑者と女性の双方が「信号は青だった」と説明。
容疑者は会社から帰宅途中で、逃げた容疑者の車種とナンバーを女性が覚えていた。
もう最低ですね。
こんな非常識で卑怯な老害を飼っていたテレビ局も情けない。
そういえば、乗っている車があて逃げをしたにも拘わらず、自己保身のために「自分は寝ていて知らなかった」などとうそぶく狸寝入りの狸代議士もいました。
昔の武士のように、自分の地位や名声を脅かす何かが降りかかったら、すぐに身を引くような潔さのない輩ばかりです。
「柳田格之進」や「千代田卜才」を見習えと思います。
大阪のオフィスの近くに「高麗橋」があります。
今は、東京の日本橋と同様に、上を高速道路に覆われてしまっていますが、かつては商都大坂の中心だった場所です。
昼休みに、歩き稽古も兼ねてぶらり歩いてみました。
ここが大坂の中心だったと分かるのは、これまた日本橋のように「里程元標跡」の碑が建っています。
上方の道路の起点だったということです。
明治の頃の絵を見ると、現在とのあまりの違いに驚きます。
昔の光、いまいすご・・・です。
高麗橋は、大坂城築城に際して、西惣構堀として東横堀川が開削され、その際に架橋されたと言われており、慶長9年8月銘の擬宝珠が発掘されている。
橋名の由来には、東詰付近に難波高麗館が置かれていた説と、朝鮮国使来朝のために架橋された説などがある。
明治3年(1870年)には大阪で最初の鉄橋に架け替えられ、「くろがね橋」などと通称された。
昭和4年(1929年)には大阪市の第一次都市計画事業の一環として鉄筋コンクリート製のアーチ橋に架け替えられた。
大坂に12あった公儀橋のひとつで、かつて高麗橋周辺は豪商の店舗が立ち並び、日本第一の商都・大坂の富が集中する、まさに大坂の心臓部であった。
江戸時代から明治初期にかけ、京街道、中国街道、暗越奈良街道、紀州街道、亀岡街道などの起点が順次高麗橋に変更され、また明治政府は高麗橋東詰に里程元標を置き、西日本の道路の距離計算の起点とした。
また西詰に高札場が設置されていた。
しかし明治以後、東海道本線の大阪駅が梅田にできてからは商業の中心を梅田付近に奪われて往時の面影は失われ、現在の高麗橋は立ち並ぶ地味なビルの谷間に埋没した格好である。
また現在は橋の真上に阪神高速1号環状線が覆いかぶさり、橋全体に暗い影を落としている。
ここから、今橋、北浜にかけては、商都大坂の金融街だったと言われていますが・・・。
鴻池家の本宅も、ここからほど近い今橋にありました。
・・・歩き稽古を始めましたが、暑いので早々に戻りました。
♪(^^♪ 霊峰富嶽(富岳)の聳ゆるところ・・・♪(^^♪
これは、我が母校(高校)の校歌の冒頭部分です。
富岳とは、勿論「富士山」のこと。
富士山は我々の自慢でもあり、心の拠り所でもあります。
スーパーコンピュータ「京」の後継機種の名前が「富岳」と名づけられたそうです。
「2番じゃいけないんですか?」と言われた先代。
今年2月から4月まで名前の募集をして5000件を超える応募。
富士山の高さや裾野の広がりがコンピューターの性能の高さとユーザーの広がりを表す。
「富岳」は開発に国費およそ1110億円が投じられ、集中豪雨の予測など様々な研究に使われる予定。
理化学研究所は2021年から運用を開始したい意向。
・・・どんなに科学が進んでも、否、進めば進むほど、最先端の名称は「和名」になるんですね。
宇宙は「あかつき」「はやぶさ」が頑張っている。
原子力は「ふげん」「もんじゅ」なんていう観音様。
新幹線も「のぞみ」「ひかり」「こだま」と見えないもの。
そのうちに「とわ」とか「つるじょ」とか「はち」とか「よた」なんていうのも出て来るかもしれません。
川内キャンパスの背面は青葉山です。
この一帯は、理学部の付属植物園になっています。
皇嗣秋篠宮さまが、総裁を務める日本植物園協会の第54回大会出席のため仙台市入りされ、大会に先立ち、開催園のこの植物園をご訪問されたそうです。
園長の案内で国の天然記念物に指定されている園内を歩き、モミ林などをご見学されたと。
そうなんですよ、園全体が国の天然記念物なんです。
文系学部のキャンパスに隣接しているので、何度か行きました。
懐かしい・・・。
そうだ、落研の同期たちとも行ったことがある気がする・・・何をしに行ったんだろう・・?
この植物園は、1958年(昭和33年)に東北大学が研究と教育のために設立した自然植物園で、面積は約52万㎡ あります。
この地は、仙台城址背後の御裏林、通称青葉山と呼ばれる丘陵地ですが、1600年(慶長5年)に伊達政宗が仙台城を築いて以来、今日までほとんど人手が加えられることが無かったため、仙台地方の丘陵地の自然植生であるモミの美林が残されており、人口100万人の都市近郊としては、稀に見る自然豊かな地域となっています。
またこのモミ林を始めとして、園内の動植物には学術上貴重なものがたくさん存在することから1972年(昭和47年)、植物園としてはわが国で初めて天然記念物に指定されました。
個人主義だとか、個人中心だとか、個人尊重だとか、ことさら言われるようになりました。
コンビニでも、一人分で売られる物が多くなりました。
スーパーの2パックで安い餃子やソーセージが売れる時代ではなくなりました。
ファミレスも、ファミリーやグループで食事をする場でした。
ちょっと前まで、一人でファミレスには入りづらいし、入っても一人用の席やカウンターもありませんでした。
ところが、こんな一人専用に区切られた席のあるファミレスが評判になっているそうです。
まるで図書館の自習スペースや漫画喫茶のボックス席のよう。
三方が仕切られていて、ちょっとした一人空間があります。
そうそう、私のように友だちのいない孤独な者にとっては、最近凝っている一人カラオケもそうですが、とてもありがたい。
しかし、さすがにオジサンも寂しい・・・。
今日も大阪は晴天ですが、まだ暑苦しいというところまでは行っていませんが、気象庁が北日本から西日本に高温に関する全般気象情報を発表。
北日本から西日本は、27日(月)頃にかけて高気圧に覆われる見込みで、晴れる所が多い。
北日本では、26日(日)から27日にかけて最高気温が33度以上となる所がある見込み。
東日本と西日本では、26日は最高気温が35度以上となる所がある。
おい、ちょっと待って、まだ5月だよ。💦
☀ これじゃぁまるで「四万六千日」みたいじゃないか。
まだ身体が暑さに慣れていない時期に、真夏並みの高温になると・・・、熱中症になってしまいますよ。😵
週末に運動会が予定されている所もあるようですが、やめた方が良いかも・・・。
明日から3日間、札幌では三遊亭円楽師匠がプロデュースする「さっぽろ落語まつり」が始まるそうです。
「さっぽろ雪まつり」ではありません。
市内の3会場で、噺家さん28人が3日間13公演を行うそうです。
円楽師匠は、以前から福岡でも開催していて、博多の街に定着しつつあるそうです。
別に覇を競うという訳ではありませんが、福岡と言えば九州大学、札幌と言えば北海道大学がある場所。
仙台でも、こんなイベントが出来ないものかなぁと・・・。
メンバーも凄いとは言いながら、こんなに多くの会場で、客席は埋まるのでしょうか?
以前、東京では、春風亭小朝さんを中心とする「六人の会」が、「大銀座落語祭」というイベントをやっていましたが、それが九州と北海道で蘇ったみたいです。
旧制高校や帝国大学は、札幌や福岡よりも早く出来ましたが、やはり街や周辺地域の規模からすると難しいんでしょう。
それに、東北地方の特性から、笑いに対する反応も、歴史的には鈍いのかもしれない。
しかし、時代も変わって、寄席「花座」もあることですから、どなたかいずれ華々しく旗揚げしてもらえないかと期待はしています。
プロ野球チームもある、サッカーJ1のチームもある、プロバスケットチームもある。
他のスポーツでも、フィギュアスケートや卓球では、メダリストも輩出している。
ノーベル賞受賞者もいる。
だから、「せんだい落語まつり」も観てみたい。
※「大銀座落語祭」
2004年から2008年まで、銀座界隈で開催された落語会。
東西の所属団体や事務所に関係なく、大勢の落語家が出演した。
また色物のショーも開催された。
主催は「六人の会」(春風亭小朝、笑福亭鶴瓶、林家正蔵(こぶ平)、立川志の輔、春風亭昇太、柳家花緑)。
第一生命保険が、第32回「第一生命サラリーマン川柳コンクール」の中から選ばれたベスト10を発表。
今年1月に全国優秀100句を発表しており、それらを対象に10万7000人の投票により頂点が決定。
1位は「五時過ぎた カモンベイビー USA(うさ)ばらし」
◇サラリーマン川柳ベスト10◇
1 五時過ぎた カモンベイビー USAばらし
2 いい数字 出るまで測る 血圧計
3 メルカリで 妻が売るのは 俺の物
4 ノー残業 趣味なし金なし 居場所なし
5 「やせなさい」 腹にしみいる 医者の声
6 やっと縁 切れた上司が 再雇用
7 手紙書き 漢字忘れて スマホ打ち
8 下腹が 気づかぬ内に ひょっこりはん
9 U・S・A 流行りにのれない まあいっさ
10 叱っても 褒めても返事は 「ヤバイッス!」。
・・・個人的には、第2位と第4位が気になりました。
100句が残った年始の頃は、「USA」が流行っていたんですね。
もう・・、ちょっと忘れつつありますが。
時の流れは早いもので。
思えば、昔もそんなことがありましたねぇ。
先月頃から各地のドラッグストアなどでは、ティッシュペーパーの在庫が少なくなって、購入を制限している店もあるそうです。
ティッシュペーパーのメーカーなどで作る業界団体の「日本家庭紙工業会」や大手メーカー各社によると、このティッシュペーパーの品薄には主に4つの原因があるそうです。
・低価格を売りに国内シェアのおよそ1割を占めていた外資系メーカーが、去年の秋以降段階的に値上げに踏み切った結果、出荷量が減った。
・先月、大手メーカー「王子製紙」の愛知県の工場で火事があり一時的に生産が滞った。
・春の「花粉症シーズン」でティッシュの需要が伸びた。
・先月末からの10連休で物流会社が休みに入るのを見越して、連休前に一部の小売店や卸売り会社が在庫の確保に走った。
この4つの要因が重なったと・・・。
今後、夏に向けて花粉症シーズンが終わり需要が落ち着き、火事のあった工場も全面的に操業を再開したことなどから、品薄は解消に向かう見込み。
思い出しますよ、昭和48年。
あの「オイルショック」をきっかけに物資不足が噂され、日本各地でトイレットペーパーの買い占め騒動が起こりました。
富士市は製紙の街ですが、あの頃はどうだったんだろう?
公害問題のヘドロで有名になった田子の浦港も、今はすっかり奇麗になっているようです。
東名高速の全線開通も、このトイレットペーパー騒ぎも、高度成長時代のことでした。
最近は、凶悪事件や窃盗事件や交通事故など、至る所に設置されている監視カメラや車載のドライブモニターで、問答無用に暴き出されています。
それに、野次馬や自己顕示欲の強い輩がSNSへ投稿して拡散されて悪事がばれるなんて言うことも。
それに、セクハラやパワハラなども、かなり昔に遡って暴かれることもあります。
6年前、クラス担任だった高校3年の女子生徒にキスをしたなどとして、某県立高校の30歳代男性教諭を停職3か月の懲戒処分を受けたそうです。
事実であればけしからんことですが、何故今頃になってばれた?
この男性教諭、2013年3月に卒業式を終えていた女子生徒と自家用車でドライブし、プリントシールを撮影する際に女子生徒を抱きしめてキスをした。
それを今年1月、男性教諭の机近くに日付が入ったシールが落ちているのを、同僚が見つけて判明(御用!)。
まぁ、ドジなことで。
男性教諭は既婚者で、「交際はしていなかったが、生徒の悩みを聞いているうちにドライブしてもいいという気持ちになった。非常に後悔している」と。
「紙入れ」の新吉も、間男しているおかみさんからの手紙を紙入れに入れたままにして、あわや亭主にばれそうになって・・・。
こういうものは、すぐ捨てるものです。(そういう問題じゃない。)
改めて、自分は大丈夫か・・・?
その手のことは、(自慢にもなりませんが)全く心配はありませんが、手を上げたりはしていませんが、「パワハラだ」なんて言われることは、受け手の気持ちもあるから・・・。
🚗🚙🚌東名高速道路が全線開通して、5月26日で50周年になるそうです。
東海道新幹線開業の1964年(昭和39年)、東名高速道路全線開通が1969年(昭和44年)。
小学生から中学生の私は、比較的身近に感じていました。
夢の超特急、夢のハイウェイでしたから。
そういえば、ちょっと先に開通していた名神高速道路と並べて、「目に見えない高速道路だ」なんて言ってました。
「迷信高速」「透明高速」・・なんて、小学生が考えたダジャレ。
小学6年生の修学旅行は、東京へ1泊2日で、行きはバスでした。
まだ東名高速は部分開通だったので、東海道(国道1号線)を箱根越えをして行きました。
帰りは、東海道新幹線は既に開通していましたから、東京から「こだま」に乗り、熱海で東海道線に乗り換えました。
まだ、三島駅も新富士駅もなかった頃でしたから。
普段は、新幹線も東名高速も利用する機会はありませんでしたが、いずれも富士川を渡る橋梁を眺めていたものです。
最近は、田舎に帰るのに最低月2往復はしていますので、「通勤高速道路」になっています。
今年に入って、裾野から富士までの間のリニューアル工事も行われ、走りやすくなりました。
ちっとも知りませんでした。
東京駅。
JR東日本が、「人工知能(AI)」を活用した案内ロボットの実証テストを公開したそうです。
えっ?これっ?ちょっと気味が悪い・・・。
ドイツ鉄道が開発し、精巧にかたどられた人間の顔が搭載されたロボット「SEMMI」と、日本国内で広く使われている人型ロボット「Pepper」の2台。
将来のロボット実用化に向け、見た目による乗客の反応の違いや性能を確かめる狙いだそうで。
この顔・・・「機関車トーマス」に出て来そうです。
「機関車トーマス」じゃなくて「訊かれたらドーシマス」かな。
早速、日英中など多言語対応ができる2台のロボットは、東京駅地下の商業施設「グランスタ」の案内所で乗客に対応しましたが・・・。
買い物途中に通りかかった川崎市の主婦から東京タワーへの行き方を尋ねられたSEMMIは「私の勉強不足でお答えできません」とおわびしたそうで。(それじゃ、ダメじゃん。)
尋ねられたことが分からなかったので、「もう、どうでもAI(ええわい)」と思ったか?
しかし、顔を見れば見るほど可愛くない。
あぁ、機関車よりも、上野大仏に似ているみたいです。
今日は、質問への答えが、「大仏(だいぶ)違っていたみたい」。
昨年12月に出前させていただいたケアハウスから、裏を返すオファーをいただきました。
先方の希望は、【10月の日曜日の午後】ということだったので、落語っ子連のメンバーの出演希望の方々と相談して、【10月6日】ということに決定しました。
まだかなり先のことなので、出演者や演目はかなり流動的ではあるものの、ある程度は固めておきたいので、出演予定者に演目を申告してもらうことにしました。
せっかく裏を返させていただくのですから、ただ行くことが出来る人を決めて、後はお願い・・という訳には行かないと思うので。
取り敢えず、夢学さんと百梅さんと学津さんの3人にお願いすることにしました。
また、都合が悪くなる人が出てくる可能性もあるので、蝶九さんと私が補欠ということで。
(私は、運転手兼で、出演者の送迎を担当します。)
それで、それぞれ演りたい噺を3題申告してもらいました。
開演時間は、1時間半弱程度だと思いますので、噺はそれざれ正味20分前後ということになるでしょう。
メンバーの皆さんの持ちネタも増えて来たので、こういう番組作りも出来るようになって来ました。
夢学さんが7月の「深川三流亭」に出演出来ないので、ここで"核"になってもらおうと思います。
いずれにしても、単なるボランティアでのお賑やかしではなくて、我々にとってはしっかりした落語会にして行きたいと思います。
そうそう、稽古の成果を見ていただくのではなくて、演者の芸を聴いていただくということです。
こんな失礼極まりないことがあるのかという・・・。
山梨県側の富士山を登っていた20歳代の男が、「疲れて動けない」と富士吉田署に通報。
救助隊員6人が捜索を続けているうちに、男性は自力で下山。
その日の夜、東京都内の自宅に戻るまで、下山したことを同署に連絡せず。
男は朝、単独で麓から登り始めた。
アイゼンをつけていないなど軽装で、登山届も未提出。
残雪に覆われた8合目付近で動けなくなり、午後0時40分頃、救助を求めた。
曇天でヘリによる救助ができず、県警の救助隊員が5合目から現場に向かった。
途中で男と連絡が取れなくなり、捜索は午後9時半頃まで継続。
その間に男は麓まで歩き、電車で帰宅。
男から連絡があったのは午後10時頃。
富士山の山開きは7月1日。
県警は「この時期の富士山は残雪があり、非常に危険。下山中の滑落や、救助隊員が二次被害に遭うおそれもあった」と指摘。
・・・ふざけるな!
もう二度と富士山(山梨県)には来るな!
勿論、静岡県にも!
こういう輩こそ、実名を挙げて報道して社会的に糾弾しないと💢
富士山では、世界遺産登録を機に、富士山における遭難事故防止および自然環境を保全するため富士登山における安全確保のためのガイドライン(主に夏山期間以外における注意事項)を策定。
主な内容は以下。
・万全な準備をしない登山者の夏山期間以外の登山「禁止」
・夏山期間以外については、「登山計画書」を必ず作成・提出
・山中のトイレが使用できない夏山期間以外は、万全な準備をした登山者が登山を行う場合、携帯トイレを持参し、自らの排泄物を回収し、持ち帰る
・・・この男は、このガイドラインも無視しています。
また、登山中に道に迷ってしまった場合は、「(救助要請した)場所から動かない」というのが基本原則。
携帯電話により救助要請をした後、連絡が取れなくなってしまうことがある。
道に迷っている状況の中で歩き回ると、せっかく携帯電話で連絡がつくところにいたのに、携帯電話の電波が届かない場所(不感地帯)に入ってしまい、何処に居るのか全く把握できなくなってしまう場合がある。
・・・こいつ、登山のことが全く分かっていない。
それよりも、自分から騒ぎ出していながら、何も言わずに帰るというのは、常識・礼儀知らずも甚だしい!富士山は「六根清浄」の場。
六根は人間の認識の根幹。
それが我欲などの執着にまみれていては、正しい道(八正道)を往くことはかなわない。
そのため執着を断ち、心を清らかな状態にすること。
そのため不浄なものを見ない、聞かない、嗅がない、味わわない、触れない、感じないために俗世との接触を絶つことが行なわれた。
「富士詣り」にも出て来ます。
昨日の「文七元結」は、約55分にも及ぶ熱演でした。
五街道雲助一門は、非常に個性的なお弟子さんが3人揃っています。
惣領弟子の「桃月庵白酒」さんは、大柄で色白、ちょっと斜に構えたくすぐりが売物の売れっ子。
三番弟子の「蜃気楼龍玉」さんは、ストイックに人情噺や怪談に挑んでいる売れっ子。
個性的な2人に挟まれた馬石さんは、イケメン(落語界では?)のオールラウンダーの売れっ子。
一門の亭号が全て違っているのは、そもそも「五街道雲助」という師匠の名前から、これに拘らずに、かつてあった名跡を掘り起こして襲名しているようです。
みんな、噺家のようで噺家でないような名前も良い。
元を辿れば「金原亭」、さらに遡れば「古今亭」ということになります。
さて、馬石さんも、長講の人情噺を多くやっています。
今までも、「お初徳兵衛浮名桟橋」とか、「名人長二」とか、「お富与三郎」とか・・、数々聴かせていただきました。
そして、「文七元結」。
自分の持ちネタでもありますから、鑑賞すると言うより、稽古をつけてもらっているという気持ちでした。
同じ古今亭でも、志ん朝師匠のものとも違う、やはり自分の手の内で作り上げるものなのでしょう。
吾妻橋の場面に力を入れて、最後の場面は比較的さらりとした演出だった気がします。
「あぁ、そういう言い方をするのか」
「なるほど、こういう位置関係で、仕草が・・・」
「ここは・・・、私なら」・・などと、独り言を言うように聴きました。
また、どこかで再演してみたいなぁ・・・。
「桃月庵ひしもち改め白浪」さんは、昨日が二つ目昇進の初日だったんですね。祝 二つ目昇進!
これはこれは、まことにおめでたい日だったんですね。
白浪さん、ちょっと緊張しつつも、清々しい表情で、真新しい黒の紋付の羽織を着て登場しました。
師匠の「白酒」さんとは正反対に、とてもスリムな体型です。
(尤も、白酒さんも、二つ目になりたての頃は、まだあんなに膨らんではいなかったでしょうが。)楽屋で?
漫才のロケット団のお2人からのご祝儀を持った写真を見て、「春風亭一之輔」さんが「和装・土佐礼子」とリツイートしていました。
う〜ん、微妙・・。
見栄晴くんみたいにも見える・・・?
どちらも、ご本人は知らないかもしれません。
とても生真面目な高座は、チャラチャラする若手が多い中で、とても好感が持てました。
記念すべき高座が拝見出来て良かった。
おめでとうございます。
面白そうな、余計なお世話のような本?
こんな内容説明がありました。
新作落語の作り方から
オモシロオカシイ文章のつくり方を学んでみよう!
いままで考えなかった文章づくりのノウハウを開陳。
【落語の特長】
・短い(長いのもあるが基本は20 分程度。
原稿用紙で15 枚~ 20 枚)
・喋り言葉
・テーマはひとつ(ひとつの発想からストーリーを膨らませる)
・笑いどころが必ずある
・仕掛けなどのテクニックがいるものもある
・登場人物は2~4人程度
落語というと、八つぁん、熊さんが出て来て、長屋が舞台の話というイメージをもたれる方も多いはず。
「現代」を語る新作落語もあるんです。
とはいえ、八つぁんや熊さんが、会社員の田中さんとか鈴木さんになっただけで、たいした違いはない。
いいえ、そんなことはない。
「落語は時代の写し鏡」といわれるように、時代の「いま」を捉えた作品がつくられてきました。
それらの作品には、落語家や作者の感性で、「笑い」や「感動」を生み出しています。
もちろん、とりあげる題材は、八つぁん、熊さんでもいい。
古典落語のような新作落語もあっていい。
爆笑モノでなくてもいい。
SF、ホラー、ナンセンス、下ネタ、感動話、なんでもアリなのが落語です。
そうはいっても、なかなか納得のゆかない方もいるでしょう。
まずは新作落語とは何かを簡単に説明します。
そこに、あなたの書きたいもののヒントがあれば書いてください。
落語のはじまりは、江戸時代・中期、富裕町人や文化人たちがオモシロオカシイ話を持ち寄って披露したことが原点です。
当時ですでに、オモシロオカシイ話のつくり方のハウツー本も出ていました。
本書は、新作落語とは何か、新作落語のつくり方、そしてそこから学ぶオモシロオカシイ文章のつくり方を考える一冊です。
あなたの創作のヒントになれば幸甚!
・・・参考にさせてもらいましょうか?
大相撲夏場所を右膝負傷で途中休場し、8日目に再出場したばかりの大関貴景勝が、9日目から再び休場するそうです。
看板力士の大関による1場所2度の不戦敗は極めて異例。
8日目まで3勝3敗2休。
貴景勝は4日目に小結御嶽海に勝った一番で負傷。
「右膝関節内側側副靱帯損傷」との診断を受けて、5日目から休場。
治療で症状が回復したとして再出場したが、8日目は小結碧山にはたき込みで敗れた。
9日目に対戦が組まれていた関脇栃ノ心は不戦勝。
・・・休んで、来場所に賭けましょう。
それにしても、再休場で不戦勝となるのが、先場所千秋楽で貴景勝に敗れて大関陥落した栃ノ心。
今場所10勝以上が大関復帰のノルマの中で、今まで順調に来てはいるものの、この1勝は大きい。
大相撲の「明暗のシーソー」は続きます。
学生時代に4年間落研に在籍し、社会人になってからはほとんど落語から離れていたものの、13~14年前に戻って来ました。
落研からのご縁で、直後から、大看板の三遊亭圓窓師匠から指導を受けるようになりました。
落語を「聴く・演る・読む(書く)」ことを通じて、落語に対する思いはさらに強く深くなりました。
「落語が上手くなりたい」。
10年近くなる頃から、師匠から言われた「落語を活字で覚えない」ことを念頭にして来ました。
間もなく、持ちネタが50になります。
すぐには出来なくても、ちょっと準備をさせてもらえば、全て演ることが出来る自信も芽生えています。
千利休の「守破離」という言葉が、とても心に響くようになりました。
「守破離」というのは、もとは千利休の訓をまとめた「利休道歌」にある、「規矩作法 守り尽くして破るとも離るるとても本を忘るな」を引用したものとされている。
修業に際して、まずは師匠から教わった型を徹底的に「守る」ところから始まる。
師匠の教えに従って修業・鍛錬を積みその型を身につけた者は、師匠の型はもちろん他流派の型なども含めそれらと自分とを照らし合わせて研究することにより、自分に合ったより良いと思われる型を模索し試すことで既存の型を「破る」ことができるようになる。
さらに鍛錬・修業を重ね、かつて教わった師匠の型と自分自身で見出した型の双方に精通しその上に立脚した個人は、自分自身とその技についてよく理解しているため既存の型に囚われることなく、言わば型から「離れ」て自在となることができる。
このようにして新たな流派が生まれるのである。
「本を忘るな」とあるとおり、教えを破り離れたとしても根源の精神を見失ってはならないということが重要であり、基本の型を会得しないままにいきなり個性や独創性を求めるのはいわゆる「形無し」である。
「型がある人間が型を破ると型破り、型がない人間が型を破ったら形無し」と語られる。
十八代目中村勘三郎の座右の銘「型があるから型破り、型が無ければ形無し」としても知られる。
個人のスキルを表すため、茶道、武道、芸術等、あるいはスポーツや仕事等々において様々な成長のプロセスに用いることが出来、以下のように当てはめることができる。
【守】:支援のもとに作業を遂行できる(半人前)。
~ 自律的に作業を遂行できる(1人前)。
【破】:作業を分析し改善・改良できる(1.5人前)。
【離】:新たな知識(技術)を開発できる(創造者)。
落語でも、こんなふうに例えられてもいました。
【守】:古典落語を忠実に表現することができる。
【破】:古典落語をより面白くアレンジすることができる、あるいはよりわかりやすく表現することができる。
【離】:経験を活かし新作落語を作ることができる。あるいは、落語から進化した新たな芸風を作ることができる。
・・・古典落語、新作落語ということではなく、知識や技量のないのに、「落語だ」なんて言って、大ネタやくだらない笑いをやって悦に入っている人に聞かせたい。
プロ中のプロである師匠に指導を受けていると、自分たちの思い込みや伝承で、誤用している言葉が多くあることに気がつきます。
例えば「中入り」。
多くは「仲入り」としていますが(寄席でも一部で)、これは「中入り」が正しい。
相撲の「中入り」と同じです。
それから、「中トリ」という言葉。
さらに転じて「大トリ」なんて言うのも。
「トリ」というのは、「主任」と書き、寄席の楽屋用語でしたが、今やフィナーレを締めくくる人のような意味で一般的化し、ステイタスの表現で用いられています。
昔の東京の寄席では、まずトリの芸人が出演者全員のワリを受け取り、各出演者に配分していた代表の“取り役"だったため、「トリ」という呼称が生まれたのです。
最近は中入りまでの、前半を締めくくる人のことを「中トリ」と呼ぶのが通常になりました。
「トリ」に準ずる大きい出演者という感覚で捉えられています。
また、最後に登場する最高位の出演者という意味で「大トリ」と呼ばれることもよくあります。
確かに「出演料を一番多く取る人」ですが、原義から考えると「大トリ」は「出演料を独り占めするケチな人」、「荒稼ぎをする人」のようなイメージになり、ましてや「中トリ」など、昔にはあり得なかった呼称と言えるでしょう。
写真は、某大学落研の高座の様子ですが、やはり「中トリは〇〇」などツイートされていました。
我が落研の現役諸君も使っています。(私の時代もそう言っていました。)
それにしても、業界の符牒を、一般の人が使うのは・・・?だと思いますね。
いつもパワフルな千公さんでしたが、今日は体調が良くないと言うことで、「芝浜」は後半からでした。
千公さん、初めての人情噺なので、かなり苦労されているようです。
落語上達のプロセスの重要なハードルですから、頑張って欲しい。
人間性が出て来る、人間性を出さないといけないから。
単なる読みや真似では、絶対に聴き手に伝わらない。
研究熱心な千公さん、多くの本や映像で、情報を仕入れている姿勢は物凄いですが、かえって情報過多・消化不良・視界不鮮明になっている面がありそうです。
あれもこれもで、自分や噺の本質が見えていない感じです。
ストーリーは同じでも、人情噺は演者のテーマや感性が一番大事ですから。
もっと自然体で取り組まないと、独り善がりになってしまいます。
このハードルが越えられれば。
学津さんは、既に先日「崇徳院」のネタ下ろしを、地元の落語会で済ませたそうです。
私は、「船徳」の"竹屋のオジサン"のように、「学津さぁ~ん、大丈夫かぁ~い?」って。
彼は、地元などでの高座の機会も多いので、噺が生煮えだったり、雑になりやしないかという心配。
真面目に稽古して、正面から噺作りに取り組んでいる姿は、いつも素晴らしいと思います。
これから大切なのは、噺のテーマや背景をしっかり理解して、あるべき形(姿)へのプロセスを把握することです。
台詞1つ1つの場面や人物の感情など、きめ細かく設定して、それに合った台詞や仕草を練る。
まだまだ完成ではありませんが、頑張って欲しいと思います。
学津さんは、今夜は地元の牛久亭の稽古だそうで、ダブルヘッダーです。
若いから体力があって羨ましい。
それよりも、我々を一日中ご指導くださる師匠こそ物凄い!
老人性なんとかの症状が出て紛失した「五百羅漢」の高座本。
大阪のホテルかオフィスに置き忘れていないかと、一縷の望みをかけていましたが、やはり見当たりませんでした。
どこへ行ったんだろう? あとは「1人カラオケ」?
紛失したのは残念だし、師匠にも大変申し訳なく思いますが、実はあまり落胆していないと言うのが正直なところ。
色々な書き込みやマーカーでラインを引いていますが、そもそも暗記している訳ではないので、高座本がなくて困るということはありません。
むしろ、全て台詞で噺を進めようとしているので、細かいことは気にせず、自分の言葉の引き出しを使います。
明日の稽古では、ぶっつけ本番でやってみます。
恐らく、しどろもどろになると思いますが、それで良い。
あと1週間、仕上げる時間は十分ありますから。
これも、私の落語を作り上げるプロセスで、高座本を「落語上達の神様」が敢えてお隠しになったのかもしれません。
そういうことにしておきましょう。
今日は、母のところに行きました。
1ヶ月ぶりに、妹と一緒でした。
ランチは、よく行くファミレスでハンバーグ。
サラダバーとドリンクバーなコスパと、昼時でも比較的空いているので、贔屓にしています。
病気には無縁で元気だった母が、突然体調を崩してちょうど5年になります。
日曜日の午前中、私は落語っ子連の稽古の真っ只中、妹はウォーキングで堀ノ内の妙法寺にいたそうです。
母のところに向かいながら「何かの間違いだろう」「ちょっと疲れがたまっていて倒れたんだろう」と・・・。
しかし、母もスーパーマンではなく、生身の身体でした。
おかげさまで、元のようには戻りませんが、元気に過ごしています。
1日でも長く、今の状態で、穏やかに暮らしていて欲しい。
7月に米寿になります。
最近、自分の立場やなすべき(なさざるべき)ことの理解が出来ない輩が多いようです。
「戦争をして取り返す」発言の国会議員、自分で起こした事故なのに「急発進した」と言い訳をするオヤジ、そして・・・。
とうとう、松坂、お前もか・・・?
右肩痛からの復帰を目指す松坂大輔投手が今月の練習日に千葉県内でゴルフをしたとして、球団からペナルティーを受けたそうです。
本人から報告と謝罪を受けたそうですが、「自覚が足りなかった」と言って反省していたそうですが・・。
ゴルフ中の様子を写真週刊誌「フライデー」に撮影され、記事が掲載されるそうです。
関東地方には肩の治療などのために訪れていて、2月のキャンプで痛めた右肩は回復に向かい、負傷後初めてブルペンで捕手を座らせて投球練習を始めていたようです。
(是非はともかく)禁止されていることを行ったことは、やはり弁解の余地はないでしょう。
弁護する人は、「怪物でも、たまには息抜きも必要」・・などと言うかもしれませんが、それならば、少なくとも事前に球団に申告しておくべきだったでしょう。
今の世の中、パパラッチや追っかけだけでなく、監視カメラやドライブモニターなどで、必ずどこかで誰かから見られていて、悪意善意に関わらずそれがSNSで即時に拡散してしまいますから、それぐらいのリスク管理はしておかないと・・・。
知人からのメール。
雷門小助六さんの独演会「竹扇松戸落語会」。
10年前に始まった「竹扇松戸落語会」が区切りの30回目を迎えます。
かつて松戸にあった飲み屋「竹扇」の常連だった当時二つ目の雷門花助さんを応援しようじゃないかと始まった落語会。
花助さんが真打ちになるのを楽しみにしていた竹扇の親爺さんが亡くなった後も、熱心な旧常連が続け、その間、花助さんは真打ちに昇進、雷門小助六師匠となりました。
今や、押しも押されもしない実力者として活躍中です。
その竹扇松戸落語会が次回で30回。
節目とあって添付のチラシの通り盛りだくさんです。
・・・最近はすっかりご無沙汰していますが、最初の頃は何度か聴きに行きました。
へぇぇ、もう10年・30回にもなるんですね。
ご贔屓の皆さんの熱意にも感服します。
いつもお世話になっているホテル。
前回宿泊時、予約しているものと思っていたら、当日夜にフロントに行って初めて予約していなかったことが分かり、ちょっと焦りました。
幸い日曜日だったこともあり、空室があったので事なきを得ましたが、同じ間違いがあるといけないので、電話で予約状況を確認することにしました。
すると、案の定、間違いがありました。
東京にいるはずの日に予約を入れ、大阪に行く日に予約していないのが。
早速訂正してもらいました。
「ごめんね。オジサン大ボケで」と言ったら、電話の向こうのお嬢さんに笑われました。
その後、8月分まで予約を加えました。
数えたことはありませんが、ここに何度泊まっているでしょう。
優に3桁を超えているはずです。
5月16日は、著名な方お2人のご命日です。
2002年に亡くなられたのが、五代目柳家小さん師匠。
2018年に亡くなられたのは、西城秀樹さんです。
hhttps://www.youtube.com/watch?v=FTHMNqzKszIttps://www.youtube.com/watch?v=FTHMNqzKszI
1 ブーツをぬいで朝食を
2 君よ抱かれて熱くなれ
3 ギャランドゥ
4 抱きしめてジルバ
5 激しい恋
6 傷だらけのローラ
7 眠れぬ夜
8 ブルースカイブルー
9 ブーメラン ストリート
10 若き獅子たち
11 Young Man(Y.M.C.A)
12 ジャガー
それぞれ、私にとっては思い出深いお2人です。
小さん師匠のお孫さんの花緑さんが、何かの落語会のマクラで、小さん師匠のお墓の話題をふっています。
お寺の住職が、小さん師匠のお墓にお参りする人が多いので、案内板を立ててくれたそうです。
角から2番目なので、「小さん師匠は2つ目です」と。
人間国宝が二つ目になったという・・・、素晴らしい?小噺になっていました。
すぐに「小さん師匠は2基目です」になったとか。
改めて、ご冥福を祈ります。
新大関の貴景勝が、昨日の取組で右足を痛め、夏場所5日目の今日から休場するそうです。
貴景勝は、4日目の昨日、ここまで5連敗中だった苦手の小結 御嶽海を破って3勝1敗としましたが、この取組で右ひざ付近のじん帯を痛めてしまいました。😞😞😞😞😞😞😞😞
勝つには勝ったものの、得意の離れた押し相撲ではなく、四つ相撲でしたから、普段鍛えていない場所に負担がかかってしまったのかもしれません。
とても残念ですが、とにかく早く休んで治療することだと思います。
最近、照ノ富士にしても栃ノ心にしても、怪我が原因で、大関から陥落していますから。
しかし、人の運不運は紙一重だと思うのは、先場所「大関入替戦」と言われた貴景勝と栃ノ心。
片や怪我で休場で来場所はカド番、片や大関復帰を目指して連勝負けなしで、一場所で明暗が完全に逆転してしまいました。
「古今亭菊之丞独演会」です。
◇「道灌」 古今亭まめ菊
このお嬢さんが菊之丞さんの一番弟子だそうです。
6年前に亡くなった菊之丞さんの師匠「古今亭圓菊」師匠の形見分けで、ちょうどサイズが合ったということで、彼女が着物を10着ぐらい持って帰ったそうです。
今日の高座の着物も、大師匠からの形見分けのものだそうです。
◇「転宅」 古今亭菊之丞
◇「寝床」 古今亭菊之丞
とにかく、とても良い会場でした。
あ、菊之丞さんの噺が素晴らしいのは当たり前。
でなけりゃ、そもそも行きませんから。
それにしても、この会場、聴くにも演るにも、落語にぴったりです。
菊之丞さんも、リラックスしてマクラをふっていました。
特に「寝床」は受けていました。
ちょっとバカ笑い気味のお客さんがいたのが気になりました。
まぁ、これも寄席(落語会)の風景の一つなんでしょう。
えっ? また世界遺産?
大阪府の「百舌鳥・古市古墳群」について、ユネスコの諮問機関は世界遺産に登録することがふさわしいとする「記載」の勧告をまとめたそうで、今年の世界遺産委員会で世界文化遺産に登録される見通しだそうです。
大阪府の「百舌鳥・古市古墳群」は大阪府内に4世紀後半から5世紀後半にかけて造られた古墳群。
なかでも有名なのが、「仁徳天皇陵」とされる陵墓で、全長486メートルに及ぶ世界最大級の前方後円墳です。
小学校の歴史の時間に習いました。
国内の世界遺産は現在、文化遺産が18件、自然遺産が4件。
江戸の三大祭りの一つ「神田祭」が開かれているそうです。
15日までだそうです。
あまり祭りに縁のない者には、どうもよくわからない部分もあり。
「天下祭」として知られる神田祭は、元和年中までは船渡御であったと言われている。
延宝年中までは毎年斎行されていたが、山王祭(日枝神社)と隔年で斎行することになり、以後今日までに2年に一度斎行されることが恒例となった。
江戸幕府の庇護を受け、江戸城・内曲輪内へ、2基の神輿、36番45本前後の山車や附祭、御雇祭などからなる祭礼行列が練りこみ、徳川将軍や御台所の上覧があったことなどから、江戸の庶民たちからいつからか「天下祭」と称されるようになった。
また、江戸時代を通じて全国的に有名な祭のひとつとして「日本三大祭り」「江戸三大祭り」の中に数えられている。
こんな記事を見つけました。
人気のあるメニューなどを求めて、大行列に並んでいる大勢の若者が多いそうです。
しかし、こういう人たちは、単に美味しくて流行っているからだけではないという分析もあるようです。
社会性動物である人間は、情報が不確かな時ほど、他の人間の行動や言動に影響されやすく、行動規範の参考にしやすい特性を持っています。
ネットをはじめとする情報があふれ、人は何が本当で何が真実でないのかもわからないほどです。
そのような中で、情報を絞り込んでいく過程で大きな影響力を及ぼすのが「多くの人が良いと支持すること」です。
特に、若者世代は、学校などの狭い世界をすべてと思いがちで同世代の人たちの言動の影響力は絶大です。
さらに、自分の価値観をはっきりと自覚できていない、もしくは、自信がない人ほどその傾向は強く表れます。
そして、「並ぶ」という実際に行動を起こす人たちが作る「行列」は、信憑性を増し、「みんなが選んでいる」という安心感によって、自分自身の行動が間違っていないことへのある種の証明が行われるというのです。
これは、「自分の価値観への自信のなさ」を補完します。
並ぶことにより、多くの人と同じ価値観を共有でき、自己肯定感を満足させることができるからです。
また、はやっているものを手に入れることで、SNSなどの拡散材料にもなり、「いいね!」をもらうことで、さらなる自己満足を得られる自己肯定の相乗効果も望めます。
・・・なるほど。
これは若い世代ばかりではありませんね。
各地の寺社で起こっている、令和の「ご朱印」騒動も、群衆(パニック)心理とともに、自信のなさの裏返し、自己肯定感の充足なんでしょうか。
野次馬っていうのも、こんな人たちの一部なんでしょうか?
日曜日の昼下がり、大阪に移動です。
時間がたっぷりあり過ぎるので、「こだま」に乗ってみることにしました。
ホームに並ぶこの方々は、隣のホームから出る「ひかり」に乗るスタッフ。
「こだま」は、車内販売も自動販売機もありません。
それでも、途中駅で5分ぐらいずつ停車しますから、何か欲しければ、各駅のホームの売店で買うことも出来ます。
落語をBGMにして、ひたすら眠って行こうか。
「桃月庵白酒」さん・・・、微妙だなぁ。
ストーリーの崩し方、時々妙に高い大声は、「春風亭一之輔」さんにも通じる感じがします。
若い人は、こういうエキセントリックなものが好きなんでしょうか?
・・・あぁ、これじゃあ寝られない。
それなら、ラジオ(radiko)で今日が初日の大相撲中継でも聴くことにしますか。
午後から大阪に移動する前に、1人カラオケに引きこもりました。
「五百羅漢」の地語りをなくす演出を、全くのぶっつけでやってみました。
高座本には、「仕草と台詞だけで進める」と、書いただけのもの。
シナリオもメモもありませんから、バラバラボロボロですが、繰り返して行けば、原稿(台本)なしでも何とかなりそうです。
頭の中の"言葉の引き出し"の出番です。
あとは、お客さまが聴き応えのあるレベルに出来るか。
「五百羅漢」り原型は、品川の圓蔵(四代目橘家圓蔵)の十八番だったようです。
孫弟子にあたる、六代目三遊亭圓生師匠の「圓生全集」にあると聞いたので、調べてみました。
確かに、「五百羅漢」という噺は、原型は「圓生全集別巻(下)」に載っているようです。
ただし、私が今取り組んでいるのは、圓窓師匠の改作バージョンですから、全く違う噺になっています。
いつも少し疑問に思っていること。
よく、駅頭や街頭で、募金活動を見かけます。
それも、中学生ぐらいからの若者だったり、女性だったりが多い気がします。
見るとはなしに見ていても、募金箱にお金を入れてくれる人はほとんどいません。
集める側は、大きな声を合わせて、ひたすら「・・・にご協力お願いしま~す」と、心のこもらない掛け声を発し続けます。
どこからかで言われてやらされているという雰囲気がすることも多いです。
例えば5人で1時間、どれぐらいの資金が集まるのでしょうか?
通りすがる人も、心がない訳ではなく、この人たちの素性が分からないから、信用出来ない部分もあるでしょう。
上野駅中央改札前で、若い子たちがやっていました。
(そもそも、この場所でやっていいのかな? 許可されているならいいけど。)
通行人は皆、この近くを避けるように通り過ぎて行きます。
誰がやらせているんでしょうか?
仮に、集める金額が大事なら、本人たちが稼ぐ方がずっと良いと思います。
5人がアルバイトをして、ボランティアで寄付した方が、ずっと効率的だし、ご本人たちにも達成感があると思うのですが・・・。
それとも、「さおだけ屋」のように募金額よりも広宣の観点、教育的な観点?
それはないと思うし、それならばもっと別の方法を考えた方が良いでしょう。
時代は変わりましたから。
私は、街頭での募金には応えないことにしています。
金額の多寡はともかく、自分の気持ち(お金)が、どこに行くのか分からない(信用できない)のに・・。
それなら、芸人さんへのご祝儀にした方が、ずっと納得できます。
支援や協力は、自分の意思で、確実な方法でやります。
林家の噺家さんの区別(特に若手の)がつきません。
この間、鈴本で聴いたのは「はな平」さんでした。
何度見ても覚えられず、「たま平」さん?「はな平」さん?
連休中の鈴本演芸場の特別興行で聴いたのは・・たけ平・・さんじゃなくて、はな平さんだった。
国立演芸場のトリにふさわしい長講です。
私も、持ちネタ・・というより、学生時代から演っている十八番の噺ですから、とても楽しみでした。
かなり前ですが、今の三平さんが真打になって間もない頃、「浜野矩随」を聴いたことがありました。
悪くなかった気がしました。
「浜野矩随」は、最近は時々耳にすることがありますが、何と言っても先代の三遊亭圓楽師匠だと思います。
古今亭志ん生師匠、古今亭志ん朝師匠の親子それぞれの音源もありますが、圓楽師匠のが一番だったと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=LA0COMsFYPg
若手のたけ平さん、この人情噺をどのように料理するのか楽しみでした。
私も、是非参考にさせていただきたいと。
・・・ところが、残念ながら、圓楽師匠の本の、ほぼ90%以上コピーでした。
客席で私が聴いていて、次の一言一句が言えるぐらい・・。
しかも、それをスラスラと読む感じ、筋を語る感じでした。
ちょっと言い方を変えた部分と、圓楽師匠にはない「えっ?」が気になりました。
トリと言っても、長講ですから、適当にカットするなりして、メリハリをつけないと。
結局、あまり盛り上がらないままだった気がしました。
このフルバージョンで私がやると、45分ぐらいになります。
私は、圓楽師匠の弟弟子でもある圓窓師匠に、随分何度も見ていただきました。
そして、くすぐりやストーリーに直接関係のない部分をカットして、さらにオチもつけました。
例えば、定吉の掃除の場面、おかみさんに「猫ばばあ」という場面など、人情噺には要らないと思いましたから。
それで、何とか30分強になりました。
それから、彫った観音像の大きさも気になりました。
矩随の仕事(腰元彫り)は木彫りではなく、彫金細工です。
しかも、3日という短期間で仕上げるのですから、そんなに大きな像ではないはず。
古今亭も、こけし大の丸彫りにしていますが、もっともっと小さい、根付にするぐらいのサイズだと思います。
立川志の輔師匠も、サイズはかにり小さくして演じています。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2019/02/post-370c.html 落研50周年に仙台で。
たけ平さん、圓楽師匠のコピーでしたから、そのままに母親を自害させていたのは良かった。
尤も、圓楽師匠には、母親を死なさない演出もあり、志の輔師匠は既(すんで)のところで助けています。
古今亭(志ん朝師匠)は、「(現代では理不尽さや悲惨さはあるが)母親は死なないと・・・」と仰っていたようです。
この噺、圓窓師匠には、本当に何度も見ていただきました。
圓楽師匠の癖もよく知っていらっしゃるから、「これは圓楽さんの癖だから」とかも。
しかし、プロの噺家さんよりも恵まれた稽古環境でやることが出来たんですね。
私の持ちネタも増えて来ているからか、寄席や落語会で持ちネタを聴くことが出来るようになりました。
「花形演芸会」では、まず菊之丞さんの「短命」。
志ん生師匠や圓菊師匠の噺を、普通の人が演じたら・・という感じがしました。
とすると、どうもストーリーも飛んだり、全体が雑に感じる?
以前にもありました。
「明烏」はとても素晴らしかったのに、「品川心中」は"えっ?""んっ?"ばかりが入る"志ん朝節"で、ちょっとがっかりしたことが。
菊之丞さんの癖というか特徴は、下手を向く(向かない)ところ。
ここも、圓菊師匠に通じるところです。
ちょっと分かりづらいことがあります。
それはそれとしても、感情移入は参考になります。
やはり、贔屓の噺家さんの一人だから、とても上手いと思います。
ご本人は、本業よりも「いだてん」の視聴率の方が心配でしょう。
「花形演芸会」は、お昼に開演するものと思い込んでいました。
時間をつぶし過ぎて、時間がなくなり、慌てて三宅坂(半蔵門)へ行きました。
国立演芸場到着と開場がほぼ同時でした。
「満員御礼」かと思っていたのですが、少し空席が目立っていました。
それにしても、毎回のことながら高齢者が多いこと。
前半はほとんど寝てしまいました。
◇開口一番 林家きよひこ
◇「老人前座じじ太郎」 三遊亭たん丈
◇「転宅」 柳家喬の字
◇「高野高尾」 古今亭志ん五
開口一番の前座さんの演目が思い出せません。
◇「短命」 古今亭菊之丞
◇「浜野矩随」 林家たけ平
トリの林家たけ平さんの「浜野矩随」は、90%以上が、私も参考にした先代の圓楽師匠のそのままコピーでした。
だから、ほとんどデュエットのように、台詞が言えました。
正直なところ、とりあえずストーリーを語った段階だと思いました。
ピットインしていた愛車を取りに行きました。
ただいま、納車半年待ち以上という超人気モデルの横で、ディーラーの担当者と雑談。
女性スタッフの「Yさん」が、アイスコーヒーを運んで来てくれたので、喜んでいただきました。
私は、この「Yさん」の隠れファンですから、とても嬉しかった。
修理のために、JAFに牽引されて入庫した日は、連休中で休んでいたので、顔が見えませんでした。
愛車を受け取り、ディーラーを出て自宅の駐車場に入れてから、上野に出て1人カラオケで稽古しようと思いましたが、予定を変更してドライブすることにしました。
とりあえず、ガソリンを満タンにして。
最近、ガソリン代が高くなって来ました。
時々気晴らしに来る場所に来ました。
ちょっと暑いですが、天気も良く、気持ち良く風が吹いています。
愛車も気持ち良さそうです。
車内でブツブツ稽古しながら帰って、夕方は国立演芸場に行く予定です。
次の世代の新幹線のノーズがすごい!
東京と札幌間の時間短縮に向けてJR東日本が開発している、次世代新幹線の試験車両「ALFAーX」が、公開されたそうです。
私は別に「何とか鉄」ではありませんが、興味津々です。
「ALFAーX」は2030年度に予定している北海道新幹線の札幌までの延伸に合わせ、時速360キロの運転を目指して開発が進められていて、初めて10両編成で公開されました。
ちょっと前の「カモノハシ」というイメージから、さらに鋭く長くなっています。
また、「ALFAーX」には、地震の際の車体の揺れを抑える装置や、空気抵抗を利用して非常時に速やかに停車できる装置などが設けられています。
この角度だと、何か恐ろしい感じがします。
初代の丸い花の新幹線に比べると、宇宙人みたいです。
1両目の車両の半分以上は、ノーズ部分になっているみたい。
そのうちに、前後1両ずつは、ノーズだけになったりして。
しかし、JR東日本ご自慢で、「”鼻”高々」でしょう。
時速360キロと言えば、東京駅から最速で走ったすれば、理論上1時間足らずで仙台に着いてしまうということですよね。
例えば、落語と講談の大きな違いの一つに、語りの進め方があります。
講談は、「地語り」で(説明して)進めて行きます。
一方で、落語は、「地語り」でなく、「台詞(会話)」で進めて行くことが多いです。
「五百羅漢」の稽古をしていますが、師匠の高座本は、メインのところは台詞(会話)ですが、人情噺でもあり、「地語り」の部分もかなりあります。
「おっかぁ。それじゃ明日、この子を連れて五百羅漢寺へ行ってみようじゃねぇか。」
五百羅漢寺、今は目黒にありますが・・・(寺の説明)。
明くる朝、熊さんたち三人はまいちゃんを真ん中に、手をつないで羅漢寺へやって来た。
そして、羅漢堂へ入って、薄暗い中、羅漢さんを見て歩いた。
「さぁ、まいちゃん、羅漢さんが大勢いるから、お父っつぁんに似た羅漢さんを探そう」・・・・。
例えば、これを全て台詞だけで展開して行く。
まず、寺の説明はマクラでやっておく。
「おっかぁ。それじゃ明日、まいちゃんを連れて、三人で羅漢寺へ行ってみようじゃないか」
「そうだね、お前さん。」
(ちょっと間を空ける)
「さぁ、まいちゃん。今日は羅漢さんを見に行こう。おじさんとおばさんと手をつないで」
「まいちゃん、一緒に行こうね」
(ちょっと間を空ける)
「ほうら、まいちゃん。ここが羅漢寺さんだ。この中に羅漢さんが大勢いるからね」
「まいちゃんのお父っつぁんに似た羅漢さんがいるといいね」・・・。
噺のクライマックスの、親子が対面するシーンも、地語りは原則カットして、仕草と台詞だけでやってみる。
「ちゃ~~ん!」
「あ、は、花ぁ~!」
親子が抱き合って、涙を流しながら、大きな声で泣く。
薬缶の水を飲む場面も、説明(地語り)は入れず、仕草だけで表現する。
大小の虹が出る場面は、熊さんに言わせる。
・・・これで作り直してみよう。
間に合うかなぁ?
ローカル鉄道の話題。
静岡と甲府の間を走る「特急(ワイドビュー)ふじかわ」。
私は、実際に利用したことはありませんが。
東海道線「静岡」から「富士」で身延線に入り「甲府」まで。
静岡県内では、富士山や駿河湾などが見えますが、山梨県内は、進行方向左側が富士川、右側は山(崖)。
面白いのは、身延線内では、名前の元になっている富士川は一度も渡りません。
(富士川に架かる身延線の鉄橋はありません。)
そもそも、富士川という川も、「富士」という名前がついていますが、「富士山」とは関係ありません。
富士山の雪解け水が源流ではなく、上流の釜無川は南アルプス。
途中、八ヶ岳を源流とする川と合流し、甲武信ケ岳を源流とする笛吹川と合流した地点で富士川になっています。
「富士川」という地名も、以前は、下流の静岡県の町の名前でしたが、富士市と合併してなくなった後、今は、上流の山梨県の2町が合併して名乗っています。
「富士川」は、いま流行の「万葉集」にも出て来ます。
万葉集第三巻 三一九の富士山を称えた長歌(高橋虫麻呂作)「富士川」の名前が。
「富士川と人の渡るも その山(富士山)の水のたぎちぞ」という一節がある。
また、源平時代の「富士川の戦い」でも有名です。
1180年に源頼朝と平維盛が戦った合戦。
「治承・寿永の乱」と呼ばれる一連の戦役のひとつ。
石橋山の戦いで敗れた源頼朝は安房国で再挙し、進軍しながら東国武士がこれに参集して大軍に膨れ上がり鎌倉に入る。
頼朝は駿河国で、都から派遣された平維盛率いる追討軍と戦い勝利し、関東での割拠を確立させた戦いです。
平氏は、水鳥の羽音を敵の大群襲来と誤認して逃走したというエピソードが伝えられています。
寄席文字の「春亭右乃香」師匠関連の情報。
「お江戸あおば亭」や「深川三流亭」のめくりを書いてくださっている「H先生」の寄席文字のお師匠さんです。
https://yose-moji.jp/
◇「寄席文字で綴る落語風景」 5月18日(土)~26日(日)
「H先生」もメンバーの寄席文字教室の皆さんの作品展です。
◇春亭右乃香作品展「寄席文字日和」 6月5日(水)~10日(月)
会場は、古民家を再生した「ギャラリースペースしあん」。
御徒町から東にちょっと行ったところ。
有名な佐竹商店街の春日通りを割った北側にあるんですね。
そして、作品展の開催中の6月6(金)・7日(土)・8日(日)の夜は、有望若手の落語会も開かれるようです。
寄席文字は、勿論、元々寄席のビラに使われる特殊な字体の文字ですが、今ではそれだけではなくて、アートになっています。
とても楽しみです。
朝、出勤すると、同僚から「眼はどうされたんですか?」と。
「えっ?別に・・・何か?」
「左の白目が真っ赤ですよ」
「えっ?」
・・・左目が点・・ではなくて、ウサギの目になっていました。
どうも、最近は病院づいていて・・・。
何年か前に何度か通ったことのある眼科に行きました。
「結膜下出血」ということで、よくある症状だそうです。
「放っておいても構わないけど、念のために」と、点眼薬を処方してもらいました。
先生は、なかなか気風の良さそうな女医さんで、「先生、久しぶりですが、相変わらずご繁盛ですね」と言ったら、「町内の若い衆が・・」とは言いませんでしたが、「今日はちょっと混んでるみたいで」と返って来ました。
結膜下出血とは、結膜下の小さい血管が破れて出血したもので、白目部分がべったりと赤く染まります。
多少、目がごろごろしますが、痛みなどはありません。
原因はさまざまで、くしゃみ・せき、過飲酒、月経、水中メガネの絞め過ぎなどでも出血します。
結膜下の出血では、眼球内部に血液が入ることはなく視力の低下の心配もありません。
出血は、1~2週間ほどで自然に吸収されることが多いのですが、強いものでは2~3カ月ぐらいかかります。
いずれにしても自然に吸収されますので、ほとんどの場合心配はいりません。
トリで聴く正蔵さんの熱演「子別れ」。
それほど前ではないタイミングで、正蔵さんの「子別れ」を聴いた気がするんですが、最近のボケの進行で、いつだったか思い出せません。
というのは、ストーリーはともかく、ディテールの演出はかなりオリジナルになっていて、正蔵さんらしいと思いました。
舞台設定の説明も丁寧で、非常に展開が分かりやすい。
が、その分、盛り上げたいところのトーンがやや淡く、展開が早い気がしました。
私の「子別れ」は、三遊亭のオーソドックスと言うか、幹の太い筋になっているので、本では決して負けていませんが。
いずれにしても、連休で「子別れ」と「井戸の茶碗」を聴きましたが、すっかり看板が板に着いて来て、風格みたいなものを感じたのは事実です。
もう、「こぶ平」ではありませんね。
連休中に行った寄席で、私の持ちネタもいくつか聴くことが出来ました。
まずは、柳亭市馬会長の「花筏」。
嬉しかったですねぇ。
私は、この市馬さんのをベースに「花筏」を演りました。
それも、記念すべき「第1回おえどあおば亭(当時はお江戸OB)落語会」でした。
とにかく、マクラで相撲のことを面白く語ります。
CDで聴きましたが、生では初めてでした。
呼び出しや行司の声色は、もう臨場感満点で、お見事としか言いようがありません。
呼び出しの時は、会場からの拍手も凄い。
私も、呼び出しの声で、会場から拍手をいただきました。
噺のストーリーは、単純なものですから、落ち着いて、メリハリを付ければ面白くなります。
それこそ10年ぶりぐらいに再演してみたいと思いました。
ゴールデンウィークに寄席の開口一番で聴いた林家はな平さんの「子ほめ」。
はな平さんのことはあまり存じ上げませんが、確か、落語っ子連の窓口さんが、「学生(落研)時代のはな平さんを聴いたことがあって、図抜けて上手いと思ったけれども、やはりプロになっていたんだね」と仰っていた気がします。
オーソドックスな作り方で、奇をてらったところがないので、非常に好感が持てました。
私の持ちネタで、私のは、前座(小駒)時代の現金原亭馬生師匠ベースにしています。
圓窓師匠には、現代では「数え年」ではないので、生まれて7日目(お七夜)は1歳というのが分からなくなっているから、オチを考えないといけないと言われ、オリジナルのオチにしました。
「どう見てもタダみたいだ」「どう見ても半分でございます」ではないもの・・・。
確かに、この連休中は「子ほめ」と「狸札」を聴きましたが、窓口さんの評は当たっていました。
「狸札」では、手拭いを10円札に見せる時に、頭と足が逆になっていると心配していたら、しっかり「枕が足の方になってる」と言う台詞を入れました。
これは、端からの読みか、咄嗟の機転か・・・?
前者であって欲しいと思いました。
長い連休でした・・・。
その中で、"粗大ゴミオジサン"は、ひたすら落語に身を委ねました。
寄席・落語会には4回、1人カラオケ稽古には3回。
◇4月27日
・上野東照宮ぼたん園
・ 鈴本演芸場4月下席
◇4月28日
・落語っ子連稽古会
・上野公園日本伝統フェスタ
◇4月29日
・亀戸天神藤まつり
・寄席描き展
◇4月30日
・小江戸佐原
◇5月1日
・鈴々舍馬桜独演会
・日本橋室町、浮世小路
◇5月2日
・天使たちと
◇5月3日
・1人カラオケ稽古
・愛車故障
◇5月4日
・1人カラオケ稽古
・大手町
・鈴本演芸場ゴールデンウィーク特別興行
◇5月5日
・1人カラオケ稽古
◇5月6日
・鈴本演芸場ゴールデンウィーク特別興行
明日からは、いつもの生活に戻ります。
1人カラオケで稽古した後で、ぶらりと電車に乗りました。
なんだか、たい平さんや舞の海さんになった気分。
ある路線で、隣の車両の優先席のシート下に、何やら鞄のような物が置いて(置き忘れて?)ありました。
危険物ではないと思います。
確か、ちょっと前まで、おばあちゃんが1人座っていた気がするのですが、忘れて行ったのか?
ある駅で別の路線に乗り換えました。
来た電車は空いていましたが、冷房がきつくてやや寒い。
あちこちをブラブラして、気がつけば東京駅に到着。
下車した松戸駅東口では、ペデストリアンデッキで、ストリートミュージシャンがパフォーマンス中でした。
そして、近くのモスバーガーの照り焼きチキンバーガーで遅いランチ。
今日は、取り敢えず自室でボーッとしています。
◇「新聞記事」 四代目柳亭痴楽
四代目痴楽師匠と言えば"綴り方教室"です。
https://youtu.be/R39vn7DJD1c
◇「締め込み」 七代目橘家圓蔵
いやぁ、珍しい。
あの爆笑派の八代目の師匠(先代)。地味な師匠でした。
ところで、本来「橘家圓蔵」は、三遊亭圓生の前名(出世名)でした。
「三遊亭圓窓→橘家圓蔵→三遊亭圓生」と言う。
元は桂文楽門下、色々あって、六代目三遊亭圓生師匠から、一代限りの約束で襲名したそうです。
ところが、あの落語協会分裂騒動が発端で、お弟子さん(月の家圓鏡)が八代目を襲名。
圓蔵は、三遊亭から離れてしまいました。
何故、圓生師匠が一代限りで襲名させたか・・・。
戦争中、圓生師匠が志ん生師匠と長く中国に慰問していた時に、この師匠が留守を守ってくれたことへのお礼だったと・・・。
確か、圓窓師匠から聞いた記憶があります。
一旦帰宅して、愛車で乗り出した直後でした( ゚Д゚)
すぐ近くの交差点で停車して、青信号で発車しようとしたら・・・。
何と、信号の停止線の手前で車が動きません。
ミッションレバーを、「D」や「N」や「P」にしても、うんともすんとも言わない。
あぁ、これはギアが繋がらなくなった、自分の手には負えないと、迷わずにJAFを呼びました。
どうも、ここのところJAFにお世話になるなぁ・・・(;´д`)
バッテリー上がり、タイヤのバースト・・・と、これで三度目。
例によって、15分も待たずに来てくれて、手際よく牽引の準備。
ディーラーに連絡して、営業しているのを確認。
これから、JAFに引かれて行くからと連絡。
牽引されて10分ぐらいでディーラーに到着。
・・・どうやら、ミッション系統のトラブルのようで、「かなり重症ですよ」。
やれやれ( ´-ω-)y‐┛~~。
とにかく、入庫して、見積もってもらうことに。
どうしようか・・・。
足が向いたのは、上野のマルイの横丁。
今日も来ました、今日も来た。
1人カラオケの、もう慣れた部屋に入りました。
そして、「五百羅漢」の稽古をと。
ビルの1階にあるコンビニで買ったパンを食べながら、取り敢えず、先週の落語っ子連の稽古の録音を聴いて。
あの時は「商い」のイントネーションを注意されたので、気をつけないと。
次に、一通り読み稽古。
どうも、間が抜ける・・・。
後半の演出は、師匠のアドバイスも入れて、作り直す必要もあると思いますが。
このように読み稽古を再生して・・、う~ん、微妙な出来。
こんなことをしているうちに、申告した2時間まで30分あまりに。
もう一度読んで、終わりにしようか。
なかなか上手くならない。
やっぱり、私は下手っくそなのかなぁぁぁ。
昨年から時々聴く歌。
https://youtu.be/Q-QdpvXoIKY
・・・秘めた恋?
人生が終わりそう・・・。
先月の30日に小江戸佐原に行きました。
天気は雨が降ったり止んだりしていました。
水運で栄えたかつての街も、今はその面影はありませんが、街興しの観点から、古い建物等が多く保存されていて、何かしらホッとする気分になるものです。
雨宿りも兼ねて入ったこの店も老舗。
文化年間に創業したですから、200年以上の歴史を刻んでいます。
和装の物を中心に、商品が並んでいました。
店の奥には、昔の品々が展示されていて、昔の様子を偲ぶことが出来ます。
煙草盆だとか、算盤や勘定帳とか・・・。
さらに奥に行くと、中庭になっていて、井戸や蔵や、何と厠がありました。
さすが豪商、一戸建てのトイレです。
落語の参考になります。
ところで、このお店にはステキな"佐原小町"がいました。
店に入ると、正面の奥に座って、笑顔で「いらっしゃい。どうぞ、見てってください」と。
この店の大女将さんです。
大正14年生まれで御年94歳だそうです。
大正・昭和・平成そして令和の四代を生き抜くことになります。
平成の最終日のタイミングで、とても素晴らしい出会いになりました。
今日は八十八夜です。
八十八夜は雑節のひとつ。
雑節とは、二十四節気、五節句のほかに、季節の移り変わりをより適確につかむために設けられた特別な暦日です。
二十四節気の立春から88日目。
春から夏に移り変わる節目の日、夏の準備を始める日、縁起のいい日といわれています。
農家では八十八夜を過ぎれば晩霜も終わり、気候が安定することから、種まきや茶摘みなど農作業開始の基準としています。https://youtu.be/oYcfx7jZDig
今日は、やはりこれを聴きます。
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
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