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2019年3月 8日 (金)

ハチ公の命日

「はちこう」と言えば、落語では「八五郎」という長屋の住人。
熊さんと八っつぁんと言われる落語国のヒーローの一人。
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ところが、一般的には、人様ではなくて犬の名前として有名です。
「ハチ公」「忠犬ハチ公」と言われる犬。
ハチは、死去した飼い主の帰りを渋谷駅の前で約10年間、迎えに通ったという犬。秋田犬で、名前は「ハチ」ですが、敬称がついて「忠犬ハチ公」と呼ばれています。
「公」が付くなんて大したものです。
豊臣秀吉公、徳川家康公・・と同じなんですから。
渋谷駅前にはハチの銅像が設置されていて、「忠犬ハチ公像」は渋谷のシンボルともなっているのを知らない人はいないでしょう。
今日は、そのハチ公の命日だそうです。
ハチ公
ハチの飼い主は東京府豊多摩郡渋谷町大向(現:東京都渋谷区松濤一丁目)に住んでい た東京帝国大学教授の上野英三郎。
彼は大変な愛犬家で、出かける時には渋谷駅までハチを伴うことも多かった。
しかし、ハチを飼い始めた翌年の1925年(大正14年)に急死。
上野の死後も、渋谷駅前で亡くなった飼い主の帰りを毎日待ち続けたハチの姿は、新聞記事に掲載され、人々に感銘を与えたことから「忠犬ハチ公」と呼ばれるようになった。

ハチ公
そして、1934年(昭和9年)には、渋谷駅前にハチの銅像が設置されることとなり、その 除幕式にはハチ自身も参列した。
同年
の尋常小学校2年生の修身の教科書には、「恩ヲ忘レルナ」の話題としてハチの物語が採用された。
ハチの銅像は第二次世界大戦中の金属供出によって破壊されましたが、戦後再建され、現在に至るまで渋谷のシンボルとして、また渋谷駅前における待ち合わせの目印となって いる。
飼い主だった上野が死去してから10年近く経った1935年(昭和10年)3月8日午前6時過ぎ、ハチは渋谷川に架かる稲荷橋付近、滝沢酒店北側路地の入口で死んでいるのを発見された。
渋谷駅の反対側で、普段はハチが行かない場所だった。
(現在の渋谷警察署向かい側あたり)
ハチの死後、渋谷駅では12日にハチの告別式が行われ、上野の妻や、駅や町内の人々など多数参列した。
また、渋谷・宮益坂にあった妙祐寺の僧侶など16人による読経が行われ、花環25、生花200、手紙や電報が180、200円を超える香典など、人間さながらの葬儀が執り行われた。
ハチは上野と同じ青山霊園に葬られ、その墓は亡き主人の墓のすぐ隣に寄り添うように立てられた。
死体は剥製にされ、上野の国立科学博物館に所蔵されている。

・・・本人、じゃなくて本犬は、どんな了見で毎日駅まで通い続けたのかは知りませんが、真実はともかく、ハチの行動は、人々の胸を打つものだったんですね。
今、渋谷駅前のハチ公像のまえで待ち合わせをする若者たちの多くは、こういうことを知らずに、単なる目印にしているんでしょう。
4年とちょっと、毎日ハチ公像を横目に見て、仕事に通いました。
20年以上前のことですが。
久しぶりになぞかけをやっちゃいました。
「ハチ公」とかけて
「先輩の長老が大勢いて目立たない噺家」と解く
その心は「いつまでたっても忠犬(中堅)でしょう」。

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