乱志十八番「夫婦」三題
「父と子」「母と子」という観点で、十八番の噺の話題に触れましたが、「夫婦と子」という観点でも、十八番の中にあります。
父親と母親との、子どもに対する考え方や対応が違うという。
「甲府い」と「火事息子」と「藪入り」を挙げてみました。
噺の中で、子どもについて、夫婦の会話がある噺です。
このほかに「文七元結」もありますが、何度かコメントをしているので、ここでは外しました。
(↑間違えて「抜け雀」にマークしましたが、「藪入り」です。)
「甲府い」では、娘に対する父親と母親の距離、目立ちませんが母親の娘に対する気持ちが際立つ部分があります。
父親は、商売を継いでくれる婿が欲しい。
母親は、娘には好きな人と結ばれて女の幸せを掴んで欲しい。
この噺では、この両親と娘本人の望みを全て叶えてくれる善吉が現れて、ハッピーハッピーになりました。
「火事息子」では、家長制度の狭間で、父親の見栄と意地、母親の悲しみと愛情が交錯します。
でも、お父っつぁんも、自分がお父っつぁんでなければ、可愛い一人息子を抱きしめたい。
情で接することの出来る母親に対しては、実のところ羨ましい。
しかし、ここで甘い顔をしたら、家族だけでなく、奉公人をも路頭に迷わせてしまうかもしれない。
だから、涙を振り切って、厳しく当たる。
「藪入り」では、母親の方が冷静で、父親の子どもに対する思いが爆発している。
実は、これが父親の本当の気持ち、本当の姿なのかもしれない。
私も、もういい歳になる息子を、未だに思い切り抱きしめたいと思う。
でも、父親の立場上、なかなか出来ないし、そもそも倅が気持ち悪がるでしょう。
そういうものだと思います。
子どもは、息子も娘も、とにかく理屈抜きに可愛い。
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