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2019年2月 3日 (日)

ラジオ寄席

今夜は、「九代目入船亭扇橋特集」でした。
とてもほっこりとした師匠で、とても好きでした。
私の「ねずみ」と「猫怪談」は、扇橋師匠の音源でした。
◇「疝気の虫」       九代目入船亭扇橋
ラジオ寄席
昔は「悋気は女の慎むところ疝気は男の苦しむところ」」なんて言ったものだ。
ある医者が夢の中で変な虫がいるので潰そうとすると虫は命乞いをして「自分は疝気の虫といい、人の腹の中で暴れ、筋を引っ張って苦しめるのを職業にしている。
蕎麦が大好物で食べると威勢よくなって大暴れし、嫌いなものは唐辛子で、それに触れると体が腐って死んでしまうので、唐辛子を見ると別荘、男の金の袋に逃げ込むいう。
夢から醒めた医者は、治療に役立つかも知れないと、疝気で苦しんでいる男の家に往診に出かける。
おかみさんに蕎麦と唐辛子を用意させ、蕎麦をおかみさんに食べてもらい、その匂いを亭主にかがせる。
亭主の腹の中にいた疝気の虫は大好物の蕎麦の匂いがするので、上がって来て亭主の口から、おかみさんの口に飛び移り、腹の中で大暴れするので、今度はおかみさんの方が苦しみ出して七転八倒だ。
疝気の虫が出て行った男はそばでケロリとしている。
医者はこの時とばかり、用意してある唐辛子をおかみさんに飲ませるさせる。上からの天敵の襲来に仰天した疝気の虫は急いでいつもの避難場所に逃げ込もうと、一目散に腹を下るが、
「別荘はどこだ、別荘は?・・・?・・・」

疝気(せんき)というのは、漢方で腰腹部の疼痛の総称。
特に大小腸・生殖器などの下腹部内臓の病気で、発作的に劇痛を来し反復する状態。
あたはら。しらたみ。疝病。
「悋気は女の苦しむ病気、疝気は男の病気」と言われるように、特に男性が掛かる病気だと言われます。
・・・こういう軽い噺は、扇橋師匠の十八番でした。
◇「ざこ八」  九代目入船亭扇橋
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眼鏡屋の二男坊の鶴吉。
年は二十二になるが、近所でも評判の男前で、そのうえ働き者で人柄がいいときている。
そこで、これも町内の小町娘で、
金持ちの雑穀商・ざこ八の一人娘のお絹との縁談がまとまり、
鶴吉は店の婿養子に迎えられることになった。
ところが、その婚礼の当日、当の鶴吉がふっと姿を消してしまう。
それというのも、貧乏な眼鏡屋のせがれが玉の輿にのるのをやっかんだ連中が、
小糠三合あれば養子に行かないというのに、おめえはざこ八の身上に惚(ほ)れたか、などといやがらせを言うので、急に嫌気がさしたから。
それから十年。
上方に行って一心に働き、二百両という金をためた鶴吉が、久しぶりに江戸に戻ってきた。
十年前の仲人だった桝屋新兵衛方を訪ね、ようすを聞いてみると、とうの昔に店はつぶれ、ざこ八もこの世の人ではないという。
あれから改めてお絹に、葛西の豪農の二男坊を養子にとったが、そいつが身持ちが悪く、道楽三昧の末財産をすべて使い果たし、おまけにお絹に梅毒まで移して死んだ。
ざこ八夫婦も嘆きのあまり相次いで亡くなり、お絹は今では髪も抜け落ち、二目と見られない姿になって、物乞い以下の暮らしをしているという。
「お絹を今の境遇に追いやったのは、ほかならぬおまえさん」
と新兵衛に言われて、返す言葉もない。
せめてもの罪滅ぼしと、鶴吉は改めて、今では誰も傍に寄りたがらないお絹の婿となり、ざこ八の店を再興しようと一心に働く。
上方でためた二百両の金を米相場に投資すると、幸運の波に乗ったか、金は二倍、四倍と増え、たちまち昔以上の大金持ちになった。
お絹も鶴吉の懸命の介抱の甲斐あってか、元通りの体に。
ある日、出入りの魚屋の勝つぁんが、生きのいい大鯛を持ってきた。
ところがお絹は、今日は大事な先の仏(前の亭主)の命日で、精進日だからいらない、と断る。
さあ、これが鶴吉の気にさわる。
いかに前夫とはいえ、お絹を不幸のどん底へ落とし、店をつぶした張本人。
それを言っても、お絹はいっこうに聞く耳を持たない。
夫婦げんかとなり、勝つぁんが見かねて止めに入る。
「お内儀(かみ)さんが先の仏、先の仏ってえから今の仏さまが怒っちまった」
夫婦の冷戦は続き、鶴吉が板前を大勢呼んで生臭物のごちそうを店の者にふるまえば、お絹はお絹で意地のように精進料理をあつらえ始める。
一同大喜びで、両方をたっぷり腹に詰め込んだので、腹一杯でもう食えない。
満腹で下も向けなくなり、やっとの思い出店先に出ると、物乞いがうずくまっている。
「なに、腹が減ってるって? ああうらやましい」

ラジオ寄席
この噺は、扇橋師匠の師匠の「三代目桂三木助」師匠の十八番。
元々は、上方落語の切ネタ(大ネタ)で、東京では戦後、二代目桂三木助直伝で三代目三木助、八代目林家正蔵が、東京風のやり方で売り物にしました。
特に、三木助がこの噺を好み、十八番として、しばしば演じています。
本家の上方では、六代目笑福亭松鶴が得意にし、東京でも、二代目桂小南が、上方風で演じました。
あまり出来がいいともいえない噺なので、現在は、東京ではあまり演じ手がいません。
三木助門下だった入船亭扇橋師匠が継承していたぐらいでした。
・・・懐かしい師匠ですね。
好きな噺家さんの一人でした。
晩年の寄席の高座では、噺がグルグル回ってしまって、痛々しく感じたこともありました。

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