落語「穴泥」
落語の方には「さんぼう」と申しまして、この噺をしていれば、お客さまからお小言を頂戴しないという噺があります。
「さんぼう」と申しましても、「仏・法・僧」の「三宝」ではありません。
落語の「さんぼう」は、「けちん坊・つんぼ・泥棒」です。というマクラで始めるのが、ケチや泥棒の噺。
ちなみに、「仏法僧の三宝」は、仏と、仏の説いた法と、仏法を行ずる僧のことを言います。
八代目桂文楽師匠が仰るには、江戸時代の大きな商家には、床下に穴が掘ってあって、火災の時はそこに品物や掛け取り帳などを投げ込み水や砂を張って逃げ出したそうです。
実際に、発掘調査がされていて、この穴は、防水のため分厚い木材が使われ、構造も精密であったようです。
現在のコレド日本橋、旧東急デパート新館(白木屋)跡、旧万町の位置の発掘調査によれば、土自体はあまり固くないので木で囲い壁を作った。穴蔵は船大工の技法で木を組み水の浸入を防いだことが判明したようです。
火事が多かった江戸では、万一の際に家財を守るため、江戸城、大名屋敷や商家で多数の「穴蔵」を建造していた。
下町や低湿地と山の手や台地で穴蔵の作り方は全く異なる。
日本橋(下町)は船大工の工法が生かされている。
大店では、奥と店とで2ヶ所以上の穴蔵を持つ店もあった。
また地方の特産品を扱う商家は、蔵を分散して建設し、一つが焼け落ちても残った蔵で商売を続けた。
どちらにしても、「火事喧嘩伊勢屋稲荷に犬の糞」と言われるぐらいに火事の多かった江戸では不可欠のものだった。
火災保険のない時代、焼け出されると全ての家財、商品が失せてしまうので、庶民とすれば火災から守る最低限の防衛だった。
この噺は、その「穴」が舞台になっています。
大晦日。
掛取りに払うお金がなく、金策に走り回っている男が一人…。
如何がんばっても埒が明かず、家に帰った途端におかみさんから罵倒された。
「あんたなんか、豆腐の角に頭をぶっつけて死んでおしまい!!」
頭にきて家を飛び出し、何かいい手は無いかと思案をしているうちに、やって来たのは浅草の新堀端あたりの商家の前。
二階の窓ががらりと開き、誰かが降りてきた…。
「泥棒か? 泥棒だったらとっ捕まえて、お礼を手に…違うな。若い衆が女郎買いに出かけるんだ」
立てかけた大八車をはしご代わりに、天水桶から地面へと飛び下り闇の中へと消えていく。
「へー、見事に降りられるんだな…」
感心している男の耳に…悪魔のささやきが響き渡った。
件の道を逆にたどり、まんまと二階に潜り込む。
「三両だけ盗ませてもらい、稼いで金ができたら、菓子折りでも下げて返しにこよう」
明かりが射しているので階下をのぞくと、祝い事でもあったのか、膳部や銚子が散らかったままだ。
丁度腹の減っていた男は、足音を殺して一階に降りると、残り物を肴に酒をガブガブ。
しばらく飲んでいるうちに、小さな子どもがチョロチョロ入ってきた。
元々子煩悩だったこの泥的。
抱いてあやしているうちに、火鉢につまずき、その拍子で土間の穴蔵に落っこちた。
「何だ? 物凄い音がしたぞ…?」
物凄い音に店の者が起き出し、穴蔵に落ちたのは誰か、と聞くと『泥棒だ!!』と大騒ぎ。そのうち主の幸右衛門が出てきて…。
「祝いの後に縄つきを出したくありません。泥棒とはいえ、まだ何も盗ってないようだから穴蔵から引きずり出した上、厳重に説諭して見逃してあげましょう」 。
引きずり出す役目を仰せつかったのは、鳶の頭で「向こう見ずの勝つぁん」と言う異名を持つ男。
この男、身体中彫り物だらけでいかにも強そうだが…、穴蔵の中は真っ暗で、相手がどんなやつかも分からないのでなかなか降りられないため、とりあえず一発虚勢をかます。
「おい、泥棒!! 今から降りていくから、覚悟しやがれ!!」
「何を!? 下りてくりゃ、てめえのふくらはぎ、食らいつくぞ!」
「旦那ァ…アタシは…ふくらはぎだけは脆いんです…。え? 一両くれる? やい、泥棒、観念しろ!!」
「現金なやつだなぁ。もし降りてきたら、てめえの急所にぶら下がって、ねじ切るぞ!」
「ええ、旦那ァ…アッシの急所はちぎれたらそれまでなんですよ…。やっぱりお役人の方が…。二両に値上げ? やい、泥棒! 旦那が俺に二両下さるからな!!そのうちの一両やるから上がってきて下さい…」
「てめぇのほうこそ下りてこい。てめえの喉笛ィ食らいつくから!」
「だんな、あっしはごめんこうむって…。三両に値上げ?やい、泥棒!!今度は三両下さるんだ!!俺はもう絶対降りていくからな!!」
これを聞いた泥棒、「えっ、三両ならこっちから上がっていこう」。 ・・・逆さオチというのかな?
どうも落語に出て来る鳶の頭は、強いのと、からっきし意気地がないのと両極端に分かれるようで。
この噺と「質屋蔵」などは、後者の部類です。
はったりとカラ元気が、愛すべきキャラを作っています。
私も、泥棒の出る噺だと、「出来心」「やかん泥」「花色木綿」とありますが・・・。
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