落語「浮世床」
私がいつも通って、馬鹿っ話を喋っている床屋さんではなく、江戸時代の庶民の社交場「髪結床」が舞台の、本当に落語らしい噺です。
「髪結床」とは・・・・、
江戸時代、男の髪を結い、髭、月代(さかやき)などを剃る業。
昔は結い賃が一銭だったことから一銭床ともいった。
橋詰や河岸の空地などに床店を出す出床と、町屋に借家して営業する内床がある。
かみいどこ。髪結屋。髪床。床。浮世床。
ところで、この髪結床には、どれぐらいの頻度で行ったのか?
私は、床屋さんには1ヶ月から1ヶ月半ぐらいの間隔で行きます。
尤も、洗髪や髭剃りや整髪は毎日自分でやっています。
さて、これが江戸時代の髪結床となると、通う間隔は短かかったようです。
月代は剃っても2~3日もすれば新しく毛が生えて来ます。
ですから、4~5日に1回は髪結床に通わないと、無精でだらしなくなります。
江戸っ子が好んだ粋とはほど遠い姿になりますから。
江戸っ子の中には「月代が少し伸びたぐらいが粋だ」などと負けず嫌いを言うのもいたそうですが。
江戸後期の武士の日記(「石城日記」)を見ると、短い時には一日おき、間が空いても5日に1回は髪結床通いをしている。
これだけ頻繁に通えば「打ち解けた会話や軽口」以上の親密な関係になってもおかしくない。
しかも常連客同士も頻繁に顔を合わせることになる。
店の奥には客待ち用の上がりがあり、そこには将棋盤や囲碁、さらには草双紙や春画などが置いてある。ある種、サロン化した雰囲気があった。
浮世床と浮世風呂は江戸っ子の交流の場だった。
銭湯は男女混浴が多かったが、髪結床は男の空間だ。
床屋通いするのは、ほとんどが単身の男性で、岡場所の話や遊女の話があってもおかしくないし、髷を結ったあと岡場所に繰り出す客もいただろう。
そして後日再会した客同士が自慢し合い、遊女あるいは岡場所の情報を交換する。
髪結床はそんな一面もある空間だった。
この「浮世床」は、場面が複数あります。
本を読む場面、将棋の場面と(夢に見た)女自慢の場面です。
髪結床で、若い衆が集まってワイワイ馬鹿話の最中に、留さん一人、講談本に読みふけっている。
すぐ目を付けられて、退屈しているから読んで聞かせてくれと頼まれ、「オレは読みだすと立て板に水で、
止まらなくなるから、同じところは二度と読まねえ」と豪語して始めたのはいいが、
本当はカナもろくに読めないから、
「えー、ひとつ、ひ、ひとつ、ひとつ、
あねがわかっ、せんのことなり……真柄、まからからから、しふろふざへもん」
「真柄十郎左衛門か?」
「そう、その十郎左衛門が、敵にむかむかむか……」
「金たらいを持ってきてやれ。むかつくとさ」
「敵にむ、向かって一尺八寸の大太刀を……まつこう」
「呼んだか?」
「何だよ」
「今、松公って呼んだだろ」
「違う。真っ向だ」
一尺八寸は長くないから、大太刀は変だと言われ、これは横幅だとこじつけているうちに、
向こうでは将棋が始まる。
一人が、王さまがないないと騒ぐので
「ああ、それならオレがさっきいただいた。
王手飛車取りの時、『そうはいかねえ』って、てめえの飛車が逃げたから」
「おめえの王さまは、取られてないのにねえな」
「うん、さっき隠しておいた」
というインチキ将棋。
かと思うと、半公がグウグウいびきをかいている。
起こすと、女に惚れられるのは疲れてしょうがねえと、オツなことを抜かしたと思うと、
芝居で知り合ったあだな年増と、さしつさされつイチャついた挙げ句、
口説の末にしっぽり濡れて、一つ床に女の赤い襦袢がチラチラ……
と、えんえんとノロケ始める。
女が帯を解き、
いよいよ布団の中へ……。
「こんちくしょう、入ってきたのか」
「という時に起こしゃあがったのは誰だ?」
床屋の親方が、あんまり騒がしいので、
「少しは静かにしてくれ。
気を取られているすきに、銭を置かずに帰っちまった奴がいる。印半纏のやせた……」
「それなら、畳屋の職人だ」
「道理で、床を踏み(=踏み倒し)に来やがったか」
・・・一尺八寸の大太刀の部分の原話は安永2(1773)年刊「聞上手」中の「大太刀」。
夢のくだりは同4年刊「春遊機嫌袋」中の「うたゝね」。
オチの畳屋の部分は同2年刊「芳野山」中の「髪結床」と、いくつかの小噺のオムニバスになっているという訳。
これらの原話はいずれも江戸で出版されているのに、意外なことに落語としては上方で発達し、明治末期に初代柳家小せんが東京に「逆輸入」したそうです。
演題の「浮世床」は、式亭三馬、滝亭鯉丈合作の滑稽本「浮世床」(初編文化10年=1813年刊)から採られているようです。
同期の多趣味亭狂楽さんの初ネタが、この噺の本の場面でした。
ここでも、「太閤記」の知識、すなわち歴史の知識が必要で、落語の奥の深さに驚いたものでした。
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