落語「鮑のし」
おめでたい「熨斗(のし)」の噺。
林家木久扇師匠がよくやっています。
熨斗(のし)は元来、「あわびのし」だけを指しました。
というのも、昔は生のアワビの一片を方形の紙に包み、祝いののしにしたからで、婚礼の引き出物としてあわびのしを贈る習慣は16世紀ごろからあったそうです。
不祝儀の場合は、のしを付けないのが古くからの習わしでした。
ただ、この噺で語られる通り、あわびのしは紀州特産で、生産量も少ないため、時代が下るにつれ、簡略なものとして「の」「乃」「のし」などと書いたものが代用されるようになったわけです。
現在では品物の包みに水引を掛け、その右肩に小さな黄色い紙を四角い紙で包んだのが本格で高級品。
ただ、今はほとんどその形を印刷したもので済ますので、もうあの形が何を表すのか、ほとんど忘れられています。
ついでに生きているような、おめでたい男。
今日も仕事を怠けたので、銭が一銭もなく、飯が食えない。
空っ腹を抱えて、かみさんに「何か食わしてくれ」とせがむと、「おまんまが食いたかったら、田中さんちで五十銭借りてきな」と言われる。
いつ行っても貸してくれたためしがない家だが、かみさん「あたしからだってえば、貸してくれるから」。
その通りになった。
つまりは信用の問題。
所帯は全部、しっかり者のかみさんが切り盛りしているのを、みんな知っている。
借りた五十銭を持って帰り、「さあ飯を」と催促するとかみさん、「まだダメだよ」。
今度は、「この五十銭を持って魚屋で尾頭付きを買っておいで」と命じる。
今度大家のところの息子が嫁を迎えるので、そのお祝いだと言って尾頭付きを持って行けば、祝儀に一円くれるから、その金で米を買って飯を食わせてやる、と言うのだ。
ところが、行ってみると鯛は五円するので、しかたがないから、あわび三杯、十銭まけてもらい、買って帰るとかみさん、渋い顔をしたが、まあ、この亭主の脳味噌では、とあきらめ、今度は口上を教える。
「こんちはいいお天気でございます。うけたまわりますれば、お宅さまの若だんなさまにお嫁御さまがおいでになるそうで、おめでとうございます。いずれ長屋からつなぎ(長屋全体からの祝儀)が参りますけれど、これはつなぎのほか(個人としての祝い)でございます」。
長くて覚えられないので、かみさんの前で練習するが、どうしても若だんなをバカだんな、嫁御をおにょにょご、つなぎを津波と言ってしまう。
それでも、「ちゃんと一円もらってこないと飯を食わせずに干し殺すよ」と脅かされ、極楽亭主、のこのこと出掛けていく。
大家に会うと、いきなりあわびをどさっと投げ出し、「さあ、一円くれ」。
早速、口上を始めたはいいが、案の定、バカだんなに、おにょにょご、津波を全部やってしまった。
腹を立てた大家、あわびは「磯のあわびの片思い」で縁起が悪いから、こんなものは受け取れないと突っ返す。
これでいよいよ干し殺しかとしょげていると、長屋の吉兵衛に出会ったので、これこれと話すと、吉兵衛「『あわびのどこが縁起が悪いんだ。おめえんとこに祝い物で、ノシが付いてくるだろう。そのノシを剥がして返すのか。あわびってものは、紀州鳥羽浦で海女が採るんだ。そのアワビを鮑のしにするには、仲のいい夫婦が一晩かかって作らなきゃできねえんだ。それを何だって受け取らねえんだ。ちきしょーめ、一円じゃ安い。五円よこせ』って尻をまくって言ってやれ」とアドバイス。
「尻まくれねえ」
「なぜ?」
「サルマタしてねえから」。
そこで大家の家に引き返し、今度は言われた通り威勢よく、「一円じゃ安いや。五円よこせ五円。いやなら十円にまけてやる……ここで尻をまくるとこだけど、事情があってまくらねえ」
・・・最近は、ここいらをオチにすることが多いようです。
前座噺にこそ、様々な薀蓄がどっさり含まれていて、落語を覚えたら、かなりの雑学通になると思います。
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