落語「浮世根問」
「根問(ねどい)」というのは、聞き慣れない言葉です。
「根問」は上方言葉で「根掘り葉掘り聞くこと」です。
この噺は、上方落語の「根問もの」の代表作で、明治期に東京に移植されたもの。
大阪では短くカットして前座の口ならしに演じられますが、初代桂春団治の貴重な音源が残っているそうです。
明治時代にはまだ、東京では「やかん」と「浮世根問」の区別が曖昧で、たとえば、明治期の四代目春風亭柳枝の速記はかなり長く、「無学者」の題で演じていますが、色々な魚の名前の由来を聞いていく前半は「やかん」と共通しているようです。
東京では、師匠の四代目小さん譲りで演じた、五代目柳家小さん師匠のものがポピュラーです。
この噺は、小さん二代が大阪の演出を尊重し、独立した一編として確立したということになります。
原話は、安永5(1776)年刊「鳥の町」の一遍「根問」。 三度に一度は他人の家で飯を食うことをモットーとしている八五郎。
今日もやって来るなり、「お菜は何ですか?」
と聞く厚かましさに、隠居は渋い顔。
隠居が本を読んでいるのを見て八五郎、「本てえのはもうかりますか」と聞くので、
「馬鹿を言うもんじゃない。もうけて本を読むものじゃない。本は世間を明るくするためのもので、おかげでおまえが知らないことをあたしは知っているから、何でも聞いてごらん」
と隠居が豪語する。
そこで八五郎は質問責め。
まず、今夜嫁入りがあるが、女が来るんだから女入りとか娘入りと言えばいいのに、なぜ嫁入りかと聞くと、
隠居
「男に目が二つ、女に目が二つ、二つ二つで四目入りだ」
「目の子勘定か。八つ目鰻なら十六目入りだ」
話は正月の飾りに移って
「鶴は千年亀は万年、鶴亀は死んだらどこへ行きます?」
「おめでたいから極楽だろう」
「極楽てえのはどこにあります?」
「西方弥陀の浄土、十万億土だ」
「サイホウてえますと?」
「西の方だ」
「西てえと、どこです?」
隠居、うんざりして、「もうお帰り」と言っても八五郎、御膳が出るまで頑張ると動じない。
この間、岩田の隠居に、「宇宙をぶーんと飛行機で飛んだらどこへ行くでしょう」と聞くと、
「行けども行けども宇宙だ」とゴマかすので、
「じゃ、その行けども行けども宇宙をぶーんと飛んだらどこへ行くでしょう?」行けどもぶーん、行けどもぶーんで三十分。
向こうは喘息持ちだから、だんだん顔が青ざめてきて、
「その先は朦々(もうもう)だ」
「そんな牛の鳴き声みてえな所は驚かねえ。そこんところをぶーんと飛んだら?」
「いっそう朦々だ」
「そこんところをぶーん」
……モウモウブーン、イッソウブーンで四十分。
「そこから先は飛行機がくっついて飛べない」
「そんな蠅取り紙のような所は驚かねえ。そこんところをぶーん」
とやったらついに降参、五十銭くれた。
「おまえさんも極楽が答えられなかったら五十銭出すかい?」
「誰がやるか。極楽はここだ」と隠居が連れていったのが仏壇。
こしらえ物の蓮の花、線香を焚けば紫の雲。
鐘と木魚が妙なる音楽というわけ。
「じゃ、鶴亀もここへ来て仏になりますか?」
「あれは畜生だからなれない」
「じゃ、何になります?」
「ごらん。この通りロウソク立てになってる」
・・・とまぁ、とりとめのない噺です。
流れとしては「やかん」、荒唐無稽さは「弥次郎」のリズムにも近いかもしれません。
しかし、宇宙を語ったり、来世を語ったりで、実は非常に大きなものがテーマになっている、天文学的な規模の話なのでありますよ。
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