落語「牛ほめ」
落語国のスーパースター「与太郎」大活躍の噺です。
私が、初めてこの噺を聴いたのは、大学に入学した直後の新入生歓迎(勧誘)の「川内寄席」。
3年生の「風流亭喜楽」師匠でした。
落語の「ら」の字も知らない私でしたから、新鮮であると同時に、随分難しい言葉が出て来るのに驚きました。
とは言え、自分は知らなくても、昔の人は知っていて当然のことなのかなぁと思いながら聴いていると、まぁ面白い。
元々は「池田の牛ほめ」という上方落語の演目でした。
別名「普請ほめ」。
原典は、寛永5年刊の安楽庵策伝著「醒睡笑」巻一中の「鈍副子第二十話」。
これは、間抜け亭主(婿)が、かみさんに教えられて舅宅に新築祝いの口上を言いに行き、逐一言われた通りに述べたので無事にやりおおせ、見直されますが、舅に腫物ができたとき、また同じパターンで「腫物の上に、短冊色紙をお貼りなさい」とやって失敗するというもの。
各地の民話には、「バカ婿ばなし」として広く分布していますが、上方落語研究家の宇井無愁は、日本の結婚形態が近世初期に婿入り婚から嫁取り婚に代わったとき、民話や笑話で笑いものにされる対象も バカ婿からバカ息子に代わったと指摘しています。、
それが落語の与太郎噺になったということなのでしょう。、
なかなかおもしろい見方ですね。
この噺の原話は、貞享4年刊の笑話本「はなし大全」の一遍の「火除けの札」。
与太郎さんがお父さんに呼ばれて、小石川の佐兵衛・伯父さんの所に家見舞いに行くように言いつかった。
家の褒め方の文句を教わった。
店を始めたので、店から入らず脇の格子戸から声を掛けて、声が掛かったら入って部屋で同じように丁寧に挨拶するように。「先日はおとっつぁんがご馳走になり、ありがとう存じます。」と言うんだ。
与太さん「先日はおとっつぁんがご馳走になり、ご愁傷様です。」
噛み合わないが教わると、
「伯父さん、この度は結構なご普請なさいました」
「伯父さんこの度は結構なご主人亡くされました」。
「家は総体檜造りでございます」
「家は総体屁の気造りでございます」。
「天井は薩摩のウズラ木目でございますな」
「天井は薩摩芋のウズラ豆でございます」。
「畳は備後の五分縁でございますな」
「畳は貧乏でボロボロでございます」。
「左右の壁は砂ずりでございますな」
「佐兵衛のかかぁはひきずりでございます」。
庭を観て「庭は総体ミカゲ造りでございますな」
「庭は総体見かけ倒しでございます」。
それから台所に行って褒めるのだが、大工が拙い仕事をしたから柱の上の方に節穴がある。
隠す方法が分かっていたがお前に言わせようと黙って帰ってきた。
「この穴について心配はいりませんよ。秋葉様の火伏せの御札を張ってご覧なさい、穴が隠れて火の用心になります。そうするとお小遣いがもらえるよ」
「もっと空いてないかい」。
「ついでに牛を褒めてあげな」、「牛は総体檜造りで・・・」、「牛の褒め方は、天角地眼一黒鹿頭耳小歯違という。書いておいたから覚えて行きな」。
佐兵衛伯父さんの所で、丁寧に挨拶した。
「先だってはおとっつぁんが殴り込みをして、ご馳走してあげたそうでありがとう」
「いえいえ」。
覚えてこなかったので紙を読む事になった。
「こっち向いたら家に火を着けちゃうぞ」。
「家は総体檜造りでございます」
「お前にそんな事が分かるのか」。
「天井は薩摩のウズラ木目、畳は備後の五分縁で・・・、佐兵衛のかかぁはひきずりだ」
「ひきずりとはなんだ」
「違った。左右の壁は砂ずりでございます。お庭は総体ミカゲ造りでございます」
「お前、まだ庭は観ていないじゃないか」。
「じゃ〜台所に連れて行け。・・・大っきな台所だ。あったあった節穴が」
「お前にも分かるか。大工が拙い仕事をしてな。何とかならないかな、この節穴」
「自分の腹から出たように言うからビックリするな。この穴は心配いらないよ。秋葉様の火伏せの御札を張ってご覧なさい、穴が隠れて火の用心になります。」
「よし、良い考えだ」
「言葉だけではなく、態度で示せ」
「分かった。後で小遣いやるよ」
「次は牛を褒めるから、台所に連れてこい」。
「牛は裏の小屋にいるから案内するよ」
「この牛褒めるから後ろを向け。天角地眼一黒?これなんて読む?いえ、何でもない。・・・何とかの何とかだ」
「誰かに教わってきたのだろうが伯父さんは嬉しいよ」
「あれ、この牛、馬糞したよ」
「まあまあ許せ」
「伯父さん、この牛の穴について心配はいらないよ」
「心配なんかしてないよ」、
「秋葉様の火伏せの御札を張ってご覧なさい、穴が隠れて屁の用心になります」。http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2009/09/post-e2b5.html
・・・とまぁ、くすぐりの多い滑稽噺です。
しかし、家に関する様々な蘊蓄が詰まっています。
【家は総体檜造り】
ヒノキ科の常緑高木。日本特産種。高さ30〜40m。
材は帯黄白色、緻密で光沢・芳香があり、諸材中最も用途が広く、建築材として最良。
柱から板からすべて檜を使っている家屋ということ。
神社ウズラ杢仏閣は木造と言えば檜造りです。
【天井は薩摩のウズラ木目】
「薩摩」というのは「屋久杉」を別名「薩摩杉」といった
もの。針葉樹である屋久杉(樹齢千年以上の杉)や赤松の古木によく現れる、うずらの
羽の模様に似ている木目が美しい天井板。希少性があって高価。
右写真;屋久杉のウズラ杢の天井板。銘木店にて
【畳は備後の五分縁】
広島産の備後表を使い、縁(へり)は通常は1寸(3㎝)幅のところを風雅に1.5㎝幅に仕立てている高級畳。
【壁は砂ずり】
川砂を混ぜたしっくいで塗ってある壁。砂壁。
茶室など洒落た和室の壁に用いる。
【庭は総体御影造り】
御影石を多用した庭造り。
【庭は総体水陰造り】
みかげ【水陰】=「みずかげ」に同じで、水辺。
また、水辺の物陰を模した庭造り。
【天角地眼一黒鹿頭耳小歯違】
後半は「一石六斗二升八合」の語呂合わせ。
角は天に向かい、眼は地をにらみ、混ざりけのない黒一色で、頭が鹿のよう、耳が小さくて、歯が互い違いになっている牛。
【引きずり】
なまけ者のこと。
元々、遊女や芸者、女中などが、裾をひきずっているさまを言ったが、それになぞらえ、長屋のかみさん連中がだらしなく着物をひきずっているのを非難した言葉。
【秋葉様】
秋葉大権現のことで、総社は現・静岡県周智郡春野町。
秋葉山頂に鎮座し、祭神は防火の神として名高いホノカグツチノカミ。
江戸の分社は現在の墨田区向島の秋葉神社で、
同じ向島の長命寺に対抗して、こちらは
紅葉の名所として賑わった。
・・・前座噺ですが、難解な挨拶の文句をいちいち混ぜっ返す稽古シーンや、紙を読みながら喋ったせいでお経のような抑揚になってしまう口上など山場が多い噺です。
こういう噺を持ちネタで持っていると重宝だと思います。
前座噺は、この噺だけでなく、「子ほめ」「金明竹」「やかん」「一目上がり」「十徳」「道灌」など、いずれも蘊蓄、知識や常識がちりばめられていて、噺そのものに加えて、大変勉強になります。
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