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2019年1月15日 (火)

落語「一文惜しみ」

scissors今日は、実際の江戸の街のみならず、落語国でも正義の味方「大岡越前守」の登場。
   jj  
三遊亭では「一文惜しみ」、最近では「五貫裁き」と言われることの方が多いかもしれません。
一文を惜しむより、五貫文の裁きの方が景気が良く見えますから。
落語「一文惜しみ」
賭博場の使い走りをしていたが大病を患い、寝込むことになった八五郎は、闘病中に仲
間が誰も見舞いに来なかったことから、自分の人生を見直して堅気になると決意した。
八百屋をやりたいと相談しに来た八五郎に、大家は奉加帳(寄付を記録するための帳
面)を作って「最初に金持ちの所に行け」と助言する。
喜んだ八五郎は早速募りに行く
が、なぜか数分で傷だらけになって戻ってきた。
話を聴くと、八五郎は最初に質屋をやっている『徳力屋』という所に行ったが、番頭に初筆三文と書かれて唖然となり、押し問答をしていると、そこへ徳力屋の旦那がやってきて「書き直す」というので、てっきり増やしてくれると思ったが、減らされてしまったという。
頭にきた八五郎は一文を徳力屋に投げつけ、殴ろうと飛びかかったら煙管で殴られてしまったらしい。
それを聞いた大家は、なぜか「面白いな」と呟き、今度は奉行所に訴え出ることを助言した。
裁きを担当したのはあの大岡越前だったため、八五郎はいい裁きが聞けると思ったが、
何とお金を粗末にしたという理由で罰金を払うことになってしまう。
jj
その額は五貫(5000文)であり、まとめては払えないため、八五郎が日に一文ずつ徳力屋に渡し、徳力屋が奉行所に払いに行くことになった。
当然ながら八五郎は大家を責めるが、「ますます面白い」と何処吹く風の大家は「一文は自分が出してやる」と言い、帰ってしまった。
その翌朝、まだ夜も明けないうちから八五郎宅を大家が訪れ、一文を払うようにと言う。
案の定、行ってみると徳力屋はまだ眠っている。
それを無理やり叩き起こし、「奉行所に持っていく」と半紙に受け取りを書かせて一文を収めたのだ。
その後、店の店員が 一文を奉行所に収めに行くが、「主自身が町役人五人組同道で持って来い」と突っ返されてしまった。
五人組はただでは動いてくれないため、仕方なく報酬を渡して付き合ってもらうが、今後も五人組同道で持ってくるよう言われてしまう。
毎日毎日、夜になると八五郎が一文返しにやって来る。
何日も安眠を妨害された徳力屋は、「奉行も糸瓜もあるか」と激怒してしまうが、そこへ話を聴いた同心が怒鳴り込んできたため、驚愕する。
その一件で、やっと大家の魂胆が分かって面白くなった八五郎は、大家の勧めで日中に
睡眠を取り、夜になると夜通し徳力屋に一文返しに行き、眠れないようにしてしまった。
これには流石の徳力屋も参ってしまう。
計算をしてみると、このままだと13年は眠れぬ日が続き、受け取りの用の半紙が5000枚、なにより五人組への謝礼が莫大な量になってしまうことが判明する。
焦った徳力屋に示談を提案された八五郎は、打ち合わせどおりに大家に話を持って行き、結局20両で示談にしてもらった。
その後、徳力屋は善行に目覚め、世間のために尽くしたという。
なお、徳力屋は徳力本店として現在も存続し、営業している。

http://www.tokuriki-kanda.co.jp/
落語「一文惜しみ」
江戸時代には「金」「銀」「銭」の3種類の通貨が併用され、それぞれの単位も異なっていました。
高額貨幣として、江戸ではおもに金が使われ、大阪では銀。そのため、両替商が活躍しました。
幕府が定めた公定相場(18世紀初頭)では、金1両・銀50匁・銭4000文が同じ価値。
実際の相場は日毎に変動し (変動相場制)、時代とともに銭の価値は下がりました。 
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寛永13(1636)年、「寛永通宝」が 多量に鋳造され、銅貨の代表例として扱われ、これ
で金、銀、銅 (銭)の三貨が出揃い、我が国最初の貨幣制度が確立しました。
江戸では通常、銀貨は使われず金貨と銭が使われた。銀貨は<秤量貨幣>で、重量で使われたそうです。
  公定相場    金1両=銭4貫  (4000文)=銀50匁。
  幕末には    金1両=銭10貫(10000文)=銀60匁。
<計数貨幣>
 一両(小判)=四分=十六朱=(銭)4000文(4貫文)
 一分=四朱=(銭)1000文(1貫文)
 一朱=(銭)250文
<秤量貨幣>銀
 一両(小判)=丁銀・豆板銀(50〜60匁)=五匁銀(12枚)
銀貨は大きさや品格ではなく重さ(銀の実質含有量)で価値をみた。
また変動相場制のため、かならずしも50匁や60匁で交換されていたわけでは無く、相場で決まった。

さて、この噺ですが、どうも釈然としない部分があります。
大岡裁きの内容は、相変わらずお見事だと思いますが、金持ちの社会貢献という観点はあるかもしれませんが、寄付をしないからと言って、徳力屋が懲らしめられるのは、さてどうなんでしょう。
「帯久」の帯屋だとか、「匙加減」の松本屋は、そもそも悪事を働いていますから、超法規的なお裁きが痛快なんですが・・・。
このあたりは、落語国のこと、庶民が正義、商人は悪というような図式があるのでしょうか?
この釈然としないのは、「大工調べ」にも通じるものがあります。
金持ち(大企業や財閥)は、社会貢献をしなくてはいけないという点ならは、納得は出来るのですが。

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