« 澄むと濁るの違い | トップページ | 富士宮やきそば »

2018年12月20日 (木)

暮れの話題

今朝の日本経済新聞社説「春秋」です。
講釈師、冬は義士、夏はお化けで飯を食い――。
庶民の娯楽だった講談は昔から冬は赤穂義士伝、夏場は怪談と相場が決まっている。
いよいよ暮れも押し詰まったこの時期。
寄席の主人は心得たものだ。
落語では、トリの演目にほろりとさせる人情噺をかけるのが常だ。
浮世もまんざら捨てたもんじゃない。
師走のひととき、人々はそんな気分を味わいたいからだ。
先日、東京・上野の寄席をのぞいた。
大看板、柳家権太楼は、夫婦の情愛を描く「芝浜」をたっぷり聞かせてくれた。
思わず涙ぐむ若い女性もいた。
当代一の人気者、立川談春もおととい、満座の独演会でこのネタを披露した。
高座の余韻に浸っていると……。
ネット上では、東京都港区が南青山に建設予定の児童相談所を含む施設を巡り、不人情なやりとりが交わされている。住民説明会では「南青山は自分でお金を稼いで住むべき土地」「区民を愚弄するのか」などの反対意見も出たという。私の裏庭に迷惑施設をつくるな、ということらしい。
予定地を訪ねた。
「骨董通り」を1本入った一等地だ。
港区に居住しない部外者があれこれ批判するのは、ひがみなのだろうか。
住民の話し合いで解決するのが一番だ。
こんな時は「芝浜」で、夫婦を支えた長屋の大家さんのような器量人の出番だ。
おしゃれな店がひしめく横町に、仲裁役のご隠居でもいればいいのだが。

・・・前半は、やはり暮れは「芝浜」の話題になるということですね。
後半の青山の一件は、若い頃にまさにこの近くのオフィスで5年近く働いていたので、土地勘もあり、雰囲気も知っていますが・・・。
まぁ、昔から、高みから見下すような・・、自分たちだけが偉いみたいな・・・、こういう民度の低い人もいましたよ。
個人的には、ファッション関係などの一部のチャラチャラしたものの方が、余程・・・だと思いますが。
夢の世界と言えば格好が良いですが、単なる虚飾や虚構のようなものでもあります。
それよりも、子どもを育てることの方が、見た目は美しくない部分もあるかもしれませんが、ずっと美しいと思います。
さて、「芝浜」です。
鈴本演芸場では、この中席夜は、トリが日替わりで「芝浜」か「柳田格之進」という企画でした。
柳家権太楼師匠は、13日のトリだったはずです。
権太楼師匠以外に、金原亭馬治・五街道雲助・古今亭菊之丞・蜃気楼龍玉・古今亭志ん輔・橘家文蔵の各師匠が、それぞれの世界観で「芝浜」の腕を競ったはずです。
この噺と同様に、暮れを舞台にした人情噺に「文七元結」もありますが、やはり季節感という点では、「芝浜」が際立っています。
何と言っても、クライマックスが大晦日の夫婦の会話ですから。
それにしても、今の世の中にも、大家さんやご隠居、大岡越前守のような、世の中全体を見て判断できる人が必要だと思いますね。

« 澄むと濁るの違い | トップページ | 富士宮やきそば »

巷談」カテゴリの記事