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2018年7月 7日 (土)

富士清流精舎

1995年4月4日火曜日。
オウム真理教に対する警察の強制捜査が各地で行われました。
冨士清流精舎
このカルト集団の各地にある拠点の中でも、富士山の麓には多くの施設が作られていました。
そもそも、最初に本部がおかれたのは富士宮市でした。
冨士清流精舎
富沢工場「富士清流精舎」は、我が町内に作られました。
冨士清流精舎
1990年に富士川の支流である福士川沿いに建設。
最初は複数の小屋の周りをトタンなどで囲っていたが、1995年までには旧上九一色村にあったサティアン同様工場風の建物に改築されていた。
冨士清流精舎
建物の中では、オカムラ鉄工乗っ取り事件で手に入れた大型工作機械等を用いて自動小
銃の密造が行われていた。
強制捜査の際自動小銃密造事件の釈明を行おうと村井秀夫が、取材に来たテレビクルーに対して建物の中を案内し、「銃器も刃物もつくってません」と証言していた。
昨日、麻原彰晃らに死刑が執行され、様々から賛否が語られているようですが、一番優先されるべき被害者本人や家族の気持ちや人権を忖度するコメントが、あまりにも少な過ぎる気がします。
・・・死刑制度の是非だとか、教主の神格化・・・?
そんなことも議論が必要でしょう。
しかし、まず慮るべきは、無法にも命を奪われた人であり、その憎むべき犯罪を犯した張本人を定められた法に則って執行したことが無法に勝ることは自明なことだと思います。
執行されたからと言って、関係者の心が癒されることはないのだから。
・・・あの恐怖の建物は、その後解体され、現在は公園となっています。

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