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2018年6月12日 (火)

1978年6月12日

sign04今から40年前の今日は月曜日で、落研の部会の日でした。 
  1978年6月12日
私が、片平キャンパスで開かれる部会の部屋に入った直後の17時14分25秒に発生したマグニチュード7.4の大地震。
「宮城県沖地震」でした。
   1978年6月12日
最大震度は仙台市などで観測した震度5(強震)。
前日、上京して参加した「全日本学生落語名人位決定戦」の報告をしようと勇んでいた出鼻を挫かれました。
   1978年6月12日
稽古場の和室の襖が倒れ、慌てて街に出ると、町中が停電していて、信号機も消えていました。
近所の酒屋さんの店頭は、棚から酒や醤油や酢の瓶が落ちて割れ、それらが混じった臭いが鼻をつきました。
バイクで走ると、水道管が損傷したのか、道から水が吹き上がっている場所もありました。
・・・あの頃は「東海沖地震」が必ず来る!と言われていましたから、「仙台がこんなに揺れたのなら、恐らく静岡県は全滅だろう」と思いました。
今と違って、携帯電話もインターネットもなく、部屋には電話もありませんでしたから、家族に連絡が取れたのは、翌日か翌々日だったと思います。
テレビ局のアルバイトが本格的になりました。
毎日のように、カメラマンや記者と被災地を回りました。
重油が漏れ出した仙台港の石油タンク、余震が来たら裏の山で土砂崩れが起きそうな小学校の校庭、住宅が全半壊したニュータウンや団地、停電や断水している住宅、ドアが歪んだマンション、コンクリートブロックが倒れた民家・・・。
思えば、後年の東日本大震災に比べると、被害の規模は大きいものではなかったかもしれませんが、「仙台の旧市街は安全だ」という神話は崩壊してしまいました。
そう、一昨年の熊本のように。
1978年5~6月は、私の人生にとって、多くの教訓と経験をさせてもらった年になりました。
 ◆1978年5月13日(土)
   落研創部20周年記念「三遊亭圓生独演会」
      ~圓生師匠の前座で「子ほめ」
 ◆1978年6月11日(日)
   「第一回全日本学生落語名人位決定戦」に出場
      ~お情けの「審査員特別賞」
 ◆1978年6月12日(月)
   宮城県沖地震

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