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2017年12月12日 (火)

噺の覚え方

bookまたまた柳家さん喬師匠の著書「噺家の卵 煮ても焼いても」から、拝借しました。
どうやって噺を覚えてるんですか、と訊かれることもよくあります。
帳面に書いて覚える方もいるようですが、私は一切しません。
だから私には噺の帳面というのか゜一冊もない。
一応、全部耳で聞いて覚えてはいます。
最近はもう全部は覚えないで、七割くらい覚えて、あとは高座で作って行くことが多いです。
あぶなっかしいですよね。
いつ絶句するか。いつ、後が出てこない時が来るか。
いまはまだ幸い一度もありませんが、何度かあぶなかったときはあります。

・・・そうなんですよね。
何となく、聴いていてわかる気がするんです。
さん喬師匠の語りは、少なくとも読んではいないと。
究極の「活字で覚えない落語」だと言うことです。
以前にも触れましたが、あの昭和の名人六代目三遊亭圓生師匠も、膨大な持ちネタにも、ネタ帳は全くなかったそうです。
芝居や講釈、浪曲(もそうなのかな)などと違って、台本を読むということのない芸能です。
本人が、帳面がないくらいですから、弟子に教えるのも本や帳面ではないということです。
恐らく、芸歴が長くなればなるほど、言葉の引き出しは一杯になると思います。
しかし、一方で、歳を取れば取るほど、その引き出しの建て付けが悪くなって、中の物が取り出し難くなる・・。
噺家さんは、このジレンマがあるのではないかと思います。
しかし、それでも、一旦引き出しに入っている物ですから、それそのものを取り出すことは出来なくても、周りの似たようなものを出したり、全く別の引き出しを開けるという、咄嗟の芸当が出来るのかも。
そういうのも、絶妙な"間"になるんだと思います。
私のようなレベルで、こんな次元は無理に決まっていますが、それでも、語りとして落語を捉えて、噺を作って行くことが、落語ゆえに必要なんだと思いました。
・・・そう言えば、学生時代に覚えた噺は、師匠の高座本で覚えていませんから、ネタ帳もなく、頭の中に入っている気がします。
「子ほめ」「花色木綿」「浜野矩随」・・・・。

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