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2017年8月 4日 (金)

圓楽師匠の芝浜

book広瀬和生さんの「噺は生きている」の「芝浜」の演目論。
三遊亭圓朝作と言われているのですから、三遊派の人のコメントも必要でしょう。
三遊派の代表ということでもないでしょうが、五代目三遊亭圓楽師匠の芝浜についてもコメントされています。
噺は生きている
◇平凡な夫婦の物語として
談志や志ん朝と同じ世代で『芝浜』に思い入れを見せた代表的な演者に、五代目三遊亭圓楽がいる。
体調不良により引退を決意した彼が「最後の高座」として2007年に国立演芸場で演じたのが『芝浜』であり、私費を投じて1985年に建てた寄席「若竹」が1989年に閉鎖されることになったとき、その「若竹最後の高座」で演じたのもやはり『芝浜』だった。
五代目圓楽は『芝浜』を四代目柳家つばめから教わった。
噺の骨格は三代目三木助と同じだが、肌合いはまるで異なる。
『芝浜』に思い入れがあったというと、さも大ネタ然とした演り方だったように思えるだろうが、実際はそうではなくて、この噺を「平凡な夫婦の物語」と捉えた圓楽の『芝浜』は、「お茶の間」感あふれる下世話なホームドラマ、という感じだ。
圓楽という演者の最も大きな特徴は、落語の中に「現代的な会話」を持ち込んだ、ということ。
それはともすれば落語の美学を損ない、落語通には敬遠されたが、『芝浜』のような噺から「噓くささ」を排除するには効果的だったのは間違いない。
ーー美談ではなく、いい話--
圓楽の『芝浜』の最大の特徴は、亭主の素直さ。
「飲んだり食ったりしたのが本当で四十二両拾ったのは夢」と女房に聞かされた勝五郎は、まったく疑うことなく、「そうか。そういや、俺はガキの頃からこれは本当じゃねぇかなと思うような夢を見る癖があった。よくおばあちゃんに言われたよ。『勝っちゃん、お前、大人になってそんな夢を見ると命とりになるよ』……今度がそれだ」と信じる。
「おっかぁ、包丁出してくれ」「仕事に行ってくれるの?」「死ぬんだよ」と続くのだが、ここで笑いが起こるのが圓楽らしい。
そして、女房はまったく動じることなく、「なにを言ってるのこの人は」と切り返し、「お前さん忘れたの? いつも私が『仕事に行っとくれ』って言うと、『うるせぇ、女が男の仕事に口出すな! 男が死ぬ気になって働きゃ借金がいくらあったって返せるんだ』って偉そうな啖呵切ってるんだよ」と堂々と反論、亭主を奮い立たせる。
圓楽の演じる女房に「女の可愛さ」がほとんど感じられないぶん、ごく当たり前の夫婦喧嘩のように聞こえて、「美談」くささを消し去っている。
三年後の大晦日の夫婦の会話も思いっきり「人情噺らしく」演じているのだけれど、亭主が女房の告白に素直に感動するので、美談ではなく「いい話」としてこちらも素直に受け止められる。
圓楽のサゲは、若い頃は「よそう、また夢になるといけねぇ」だったが、後年「よそう、また夢になる」に変え、晩年までそれで通した。
夫婦の会話でなく独白で演るならこれで充分という判断だろう。

・・・圓楽師匠は、物知りを誇示するかのように、マクラや噺の途中に薀蓄を入れることが多かったのですが、台詞そのものは、あまり難しくはなかったかもしれません。
徐々に緊張感を高めて言って、例の口調でダァーッと落とす(緩める)パターンでした。
圓楽師匠の照れみたいなものもあったかもしれません。
十八番のひとつだった「浜野矩随」でもそうでした。

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