柳家小三治師匠語録
◆「芸には人間性がそのまま出る。
芸の勝負はつまるところ人間性の勝負だと思う。」
これは、この歳になって実感します。
若い頃、落語は人情だとか、人の気持ちの機微を表わすとか言われても、やはり笑いのテクニックみたいなものを求めていた気がします。
ところが、ここに来て、師匠から「落語を活字で覚えるな」と言われてからは特に、そう思うようになりました。
◆「親が子に、師匠が弟子に出来るのはその生き様を赤裸々に見せるだけしかない。」
子育てをして実感します。
言葉や態度を直接子どもに向けるのではなく、自分の姿を黙って見せることだと思います。
子どもも馬鹿でない限り、それこそ自分の人生なんですから、理解できるはず。
そして、それをベースに自分なりの生き様を作って行く。
親は黙っていることだと思いました。
◆「知らないうちにその世界に入っているような空間が生まれたら素晴らしい。
ふっと気がついてみると、景色が見えて、登場人物を演じている噺家は消えているんです。」
語りの中で演者が消えるという究極の境地(ユートピア)が必ずあるはずです。
お客さんにそう感じてもらえたら・・・・。
◆「世の中で、物事を否定することが一番簡単。」
要するに評論家にならないこと。
問題を語らずに課題を語る。
限界を語らずに可能性を語る。
ビジネスの世界でもよく言われました。
だから、例えば、女性が落語を演ることの可否は、私は、演るなら男の了見のコピーではダメだと思っているのです。
◆「いくら人から言われても自分が気がつかないうちはどうにもなりませんが、自分でこうと気がついた日にゃこんな強いこたァない。」
その通りだと思います。
女性が、女性の落語を作り上げられた時、きっとこんな感じになるのでしょう。
◆「ここはこうやるんだよと親切に教えてくれれば、なんとかそのようにできるかもしれないが、それ以上のものはできなくなってしまわないだろうか。」
禅問答のようではありますが、確かにそういうことはあります。
ファジーだから、可能性は無限大なんでしょう。
「型を作る」必要と、「型にはめる」弊害は、常に同居しているんだと思うのです。
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