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2017年7月13日 (木)

落語の風が吹く?

pen産経新聞の記事です。
 「ポンコツだから油断しないように」と、常に自分に言い聞かせる、背の高い「のび太君」の鈴々舎八ゑ馬
鈴々舎八ゑ馬(42)は、自身のことを「ポンコツだから、油断しないように」と、常に言い聞かせている。
八ゑ馬は身長184センチの長身で、その口調も優しいからファンも多い。
まるで、背の高いのび太君のようだ。
お客さんからも、噺よりも背の高さを言われているのを見て笑った。
八ゑ馬が面白いのは、上方噺と江戸落語の両方をこなす“両刀使い”だ。
それでも八ゑ馬は「自分の落語を完成させないといけない。
大阪の人には何の意味もない。やればやるほど、どっちもアウェー」と、今はまだ、途上ではある。
江戸落語と上方落語、古典落語と新作落語と、それぞれを器用にこなしているように見える。
「独自のものを編み出さないといけない」と、高座で自分らしさを出すだけでなく、オリジナルの新作落語も作り続けている。
「道がないところを開拓していっているようなもの」と、八ゑ馬の進む道は険しい。
「でも、うちの師匠(鈴々舎馬風)もやってきたこと。今思えば、うちの師匠は、よくこんなひどい弟子を我慢してくれた」と、自身のことをいう。
二ツ目になって5年半。
自身でも「二ツ目の折り返し点」だというように、真打ち昇進も少し見えてきて、悩むことも多い。
八ゑ馬は自身でも不器用だということは認識している。
ひとつのことしか考えられない。楽屋でにぎやかに雑談をしていて、そのままに高座に上がると噺に集中できずに、出来がよくない。
「噺にすっと入ることができない」
だから、高座の前は常に、「脳と体がバラバラにならないように」集中する。
そのために、周囲から人を遠ざける。
自身が不器用だということを常に意識する。
そうすることで、油断しないようにする。
自身ではこれまで気付かなかった。
兄弟子にも「お前、ひどいな」と、言われたことは数知れない。
「人の気持ちが分からなかった。うちの師匠は、今思えば、よくこんなヒドイ弟子を我慢してくれていた。まさか向こうもこちらをポンコツとは思わないから。最近、やっと自分がやばいやつだと分かった」
今では、二ツ目としても、高座の数は多い。
それは八ゑ馬の人柄かもしれない。
それはそれで恵まれている。
八ゑ馬は入門が遅かった。
社会人の経験もある。
落語家になるには、早いほうがいいというが、それは分からない。
自分の落語には、まだ「落語の風が吹いていない」と八ゑ馬はいう。
だから「好きなことを仕事にしては駄目だというのは分かる」と。
活躍している他の若手にも強い刺激を受けている。
八ゑ馬には、自身の理想の落語会の形がある。
わかりやすい落語一席、面白い落語一席、いい噺の一席で、自身の落語会を行う。
それを理想として、自分に課して、噺の数を増やしている。
「みんな悩んでいる。そして自分の落語を見つけた人が売れている。自分の落語を見つけて、それをお客さんが喜んでくれればいい」
そのためにも、早く「自分なりの笑いを見つけたい」と、八ゑ馬は話す。

・・・私は勿論プロではありませんから、ここまでは良くも悪くも差し迫ってはいませんが、落語に対する姿勢として、とても参考になる部分があります。

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