話の肖像画(5)
落語協会会長の柳亭市馬さんの「話の肖像画」の5回目。
「笑わそうとするな」の真意は?
一門の兄弟子で、一番稽古をしてもらったのは(入船亭)扇橋師匠ですね。
家も近くて、よく電話がかかってくるんです。
「誰それが来るから一緒に稽古に来なさい」って誘ってくださった。
(柳家)小三治師匠と扇橋師匠とは、気の長短というか、はたから見るとほほえましい仲でした。
その小三治師匠は、複雑で、分かりにくい人です(苦笑)。
根は優しいんですが、はた目は怖い。
あまりしゃべらないし、笑わないしね。
もちろん噺や芸については、いつも考えていると思いますよ。
おそらく、小三治師匠の中で、「これでいい」というような思いなんてないでしょう。
〈小三治は現在、落語家唯一の人間国宝、最高峰の芸を誇るひとりだ。市馬は小三治から「お前の噺は押しつけがましい」と怒られたことがある。「面白いことを言って笑わそうと思っているうちはダメだ、つまらない」というのだ〉
ね、分からないでしょう。もともとは、(古今亭)志ん朝師匠が、父親の志ん生師匠から聞いた話らしいんですけど、こっちもまだ若いころだったから、「ウケようと思ってやっているのが、なぜいけねぇんですか」って反論したんです。
師匠は、「そんなにウケたけりゃあ、(笑いの多い)新作(落語)か漫談やれ」って。
結局、分かり合えませんでした。
この年になってやっとかな、小三治師匠が言ってたことが、おぼろげながら分かってきたんですよ。
ここでこう言えばウケるのは分かっているんだけど、その通りにすれば、あざとさや作為も見えてしまう。
でもね、「笑わせたきゃ笑わそうとするな」なんて禅問答ですよ。
真意はまだはっきりと分かりません。
生涯分からないかもしれませんねぇ。
〈落語協会会長としての忙しい公務をこなしながら、実力派の人気落語家として寄席、独演会を駆け回る日々。ひとりの落語家として、今後やりたいこともたくさんある〉
(柳家)小さん師匠はね、「若いときは何としてもウケさせろ。年をとって、季節感や人物像が自然に表せれば一人前だ」って言ってました。
70歳、80歳になって、何にも奇をてらわず、突拍子もなく歌ったりもせず(苦笑)、普通の世間話のようにお客さんを引き込ませる噺ができたらいいなって。
ずっとやりたくて、まだできていない旅の噺もいくつかあるんです。「万金丹」とか「三人旅」とかね。
小さん師匠はこういう旅の噺が得意だった。
笑うところがあまりないから、ウケないんだけど楽しいんです。
江戸っ子2人が、くだらないことや、言い合いをしながら旅を続ける。
その風情がよく出ていてね、とても良かったんですよ。
〈現在2期目の会長の任期はあと1年。再任となればさらに激務は続く。要職に就いているがゆえの苦労も絶えない〉
見えは張りませんが、まぁ、協会の代表ですからね。
「落語協会ってあんなもんかい」と言われないくらいには体裁にも気をつかいます。
つらいのは忙しくて(落語家としての)仕事をセーブしないと、(会長職が)務まらないこと。
名誉はあるけど、一般の企業や団体と違って物品的なメリットもないし(苦笑)。
ただ、1期や2期で辞めようと思って引き受けてはいません。
「辞めろ」と言われりゃあ、別ですけどね。
・・・噺家さんは、長い下積みの後で一気に開花するパターンですから、市馬さんもこの10年で大きくなりました。
10年前に、オフィス・エムズの加藤さんが、「これから10年が、市馬さんにとって大事なんです」って仰っていました。
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