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2017年6月12日 (月)

稽古は歩きながら、どこまでも 

memo産経新聞の記事から。
柳亭市童さんが登場しています。
◇落語は「笑点」だけにあらず 稽古は歩きながら、どこまでも◇
柳亭市童(25)は、童顔のその風貌と、穏やかな話し方が魅力の若手落語家だ。
札幌出身の市童は、高校生のころ、落語と出合って、「好きだから、仕事にしたい」と、思うようになる。
落語の本を読み、落語会に行き、自分なりに落語について学んだ。
両親の許しを得て、一カ月間、上京して、毎日寄席に通い、「この人だ」と、柳亭市馬師匠に弟子入りすることに決めた。
浅草演芸場での出番を終えた師匠を待っていて、弟子入りを頼んだ。
そのときの師匠の言葉は「腹減っているか」だった。
浅草の老舗そば店で、親子丼をごちそうになるが、市童は緊張で、味はまったく分からなかった。
18歳だった。
本格的に上京して、東京でひとり暮らしを始めた。
落語家になりたくて仕方がなかった若者は、師匠に怒られても、怒られても、希望に満ちていた。
「優しかったときの師匠を思い出して、怒られていた」と、市童は当時を振り返る。
初めて稽古をつけてもらった「道灌」を高座で披露したとき、噺の途中でパニックになり、言葉が出なくなった。
兄弟子が袖から助け舟を出してくれて、やっと言葉が出てきた。
「途中で止まったのは、それ一回」
そのとき、市馬師匠は打ち上げで、「どうせできると思っていたんだろう」と、厳しく言った。
それからだ、市童は噺の稽古と準備に時間をかけるようになった。
稽古は、歩きながらだ。
だからいつの間にか、稽古に熱中して、自分の知らないところを歩いていて、スマホで位置情報を調べて帰ったりした。
「いろいろと試してみたが、歩きながらの稽古が一番自分に合っている」という。
それでも「歩いたぶん、帰ってこないといけないんですけど」。
二ツ目になって、高座の落語以外の仕事も増えてきた。
そこでは芸人としての自分の器量も試されることになる。
「落語以外の仕事は下手で、慣れてなくって」
不器用なところが出てくる。
それでも、一生懸命やることで、その人柄も愛されている。
「まくらもそうだ。いろいろな引き出しを持っていなければいけない」と、市童はいう

すべてにおいて、嘘をつかないこと、間違えてもごまかそうとしないことを自身に言い聞かせる。
昭和歌謡についても、唯一、市馬の弟子で「付き合える」という。
二ツ目になって、師匠の前でも、やっと普通にしゃべることができるようになった。
「落語だけでなく、人間的な部分でも、うちの師匠みたいになりたい」と、市童は目を輝かせる。
「お客さんを楽しませる雰囲気。敵を作らず、暖かい笑顔にする。そういうことができたらいいな」という。
「好きなことをやれて、ありがたい」と、市童は、いつもの童顔で、いつものゆったりとした話し方でいった。

・・・なかなか面白い内容で、ほのぼのしました。
師匠の市馬さんは、落語徘徊を始めた頃に一番聴いた噺家さんの一人で、今や落語協会の会長。
最近、寄席に行く機会が少なくなって、こういう若手を生で聴くことが出来ないのが残念です。

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