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2017年5月15日 (月)

師匠と楽屋で

「おひろめ寄席」の楽屋で、師匠と話しました。
師匠と楽屋で
話題は、まずは先週の「紀伊國屋寄席」のこと。
「師匠、お疲れさまでした。とても素晴らしい落語会でしたね」
「うん、疲れたよ」
それから、出演者の話題になりました。
師匠も、さん喬師匠はともかく、若手二人は褒めていました。
古今亭文菊さんと春風亭一之輔さんのこと。
それから、開口一番で上った前座さんも、しっかりしていたと。
すると師匠が、切り出しました。
「例えば、五代目の圓生が亡くなった時、『もう落語界は終わりだ』なんて言われた。昭和の名人と言われた文楽・志ん生とあたしの師匠(六代目圓生)の時も、志ん朝さんの時もそうだった。でも、決してそうはならなかった。だから、いつの世も必ず後継者は現れるんだよ。」
「そうですよね。だから今まで続いて来たんですよね」
「その通り。でもね、これは噺家だけじゃあ出来ない。しっかりした主催者(席亭)とレベルの高い観客がいないと駄目なんだよ。その三者が揃っていないとね」
「師匠は、そのために落語の授業で、子どもたちでなく先生にも、素人の私たちへの落語指南を通じて、この芸能を継承させて行こうとされているんですよね」
「うぅん、まあね」
そうなんです。
先人も言っていましたが、客も良くなくてはいけないんです。
私の落語徘徊は、「聴く」「書く(読む)」「演る」全てにチャレンジしようというものですが、それぞれの必要性がよく分かります。
プロでなくても、落語を継承して行くことが出来る。
これも師匠の口癖です。

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