« 歩き稽古 | トップページ | 師匠に相談 »

2017年5月23日 (火)

容疑者逮捕

punch46年前の渋谷暴動で警察官を殺害したとして指名手配されている中核派の容疑者と見られる男が逮捕されたそうです。
逮捕のきっかけは、別の活動家が偽名で宿泊したとされる事件の家宅捜索だったそうで
すが。
この容疑者は事件直後から所在不明になり、警察庁指定の重要指名手配容疑者の中で最も長い46年間にわたり逃走を続けていたそうです。
容疑者は71年11月、沖縄返還協定の批准阻止を訴える中核派系全学連活動家らとと
もに東京都渋谷区で機動隊を襲撃。
新潟県警から派遣されていた巡査(当時21歳)を鉄パイプで殴り、火炎瓶を投げつけ
て殺害した疑い。
72年に殺人容疑などで指名手配され、共謀した6人が逮捕されましたが、うち1人の
公判が病気を理由に81年に停止され、2010年の刑事訴訟法改正で殺人の時効が撤廃されたため、時効は成立していないということです。
今から46年前、容疑者は現在67歳ですから、犯行は二十歳そこそこだったんですね。
彼の人生の3分の2以上は、逃走生活ということです。
今、各国でテロが頻発していますが、あの時代の日本も"テロ頻発国"だったということ。
決めつけは出来ませんが、本人も不幸でしょうが、親不孝をしましたね。
「双蝶々」の長吉を思い出しました。
棒手振り八百屋の長兵衛の息子の長吉は、子供の頃から悪さばかりをしている悪賢い子
供でした。
長兵衛の後添えのお光に金をせびるが、くれないと判ると、嘘八百を並べ立て、いつも夫婦喧嘩になります。
のちに嘘である事が知れ、米問屋の山崎屋へ奉公に出される事になる。
いざ奉公に出されてみると、ソロバンも出来るし、仕事が出来るので奉公先の覚えはよかった。
しかしそれは表の顔で、裏では悪友の長五郎と組んで盗みを働いていた。
それを番頭の権九郎に見付かった。
しかしこの番頭も悪いヤツで、吉原の花魁を身請けするのに百両の金が要る。
その百両を主人が寝ている部屋に忍び込んで盗んで来いと長吉に云い付ける。
お腹が痛いからと嘘を云い、主人の寝室に入り込み箪笥の薬箱から薬を出すついでに、
百両の金を盗む。
これからの計画の段取りを独り言で云ったのを、小僧の定吉に聞かれ、口封じの為に定
吉の首を絞めて殺してしまう。
番頭と待ち合わせた九つの鐘が鳴ったが、待ち合わせ場所には行かず、百両の金を懐に
逃げてしまう。

・・・ここまでが、前半の「小雀長吉」。
長吉の親の長兵衛夫婦は、息子の悪事を知り、世間に顔向けが出来ないので、湯島の長
屋を引き払い、隠れるように暮らしていたが、本所の裏長屋にいる時に、ついに長兵衛は病気で腰が立たなくなってしまった。
病人を抱えて女房のお光ひとりでは生活が成り立たず、乞食同然の暮らしでナントカ食いなぐ生活。
浅草の観音様に病気の回復祈願をすると云っては出掛けて行き、お光は毎晩、隅田川の 川岸あたりで、袖を引く物乞いをしていた。
奥州の石巻に逃亡していた長吉は、父親の様子を探りに江戸へ出て来ていた。
お光はたまたま長吉の袖を引いた。
ほお被りを取ったら・・・あっ、お前は・・・って事になり、長吉は、お光に辛く当たったのは、父親を盗られた思いからだったと打ち明けて詫びた。
お光に連れられ、父親のいる長屋へ行った長吉は、五十両渡して、達者で暮らすように 云った。
長兵衛は、長吉に悪事から足を洗えと云って、今生の別れを告げた。
石巻にゃ八十人からの子分がいるので、俺だけ足を洗う事は出来ねぇと云われたが、そ んな格好じゃ、江戸境の千住の橋は役人に怪しまれて渡れないからと、もらい物の羽織を渡す。
雪の降る中、長屋を去った長吉は、吾妻橋を渡るところで追っ手に取り囲まれて御用となりました。

・・・「雪の子別れ」が後編。
やるせない噺です。

« 歩き稽古 | トップページ | 師匠に相談 »

テレビ・ラジオ・新聞・雑誌」カテゴリの記事