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2017年4月 8日 (土)

花見の噺3題

penこんな文章を見つけました。
花見の噺3題
今では東京の至る所に桜の名所があるが、江戸時代からの桜の名所となると、さしてない。
最も名高かった花見の名所が「忍岡」(現在の上野恩賜公園)だ。
徳川家康の側近として知られ、1625年に寛永寺を創建した天海大僧正が、わざわざ大和の吉野山から取り寄せたヤマザクラを植えた。
元禄期に入り、山内の桜は一般にも公開されたが、鳴り物は禁止され、暮六つ(午後6時)の時点で門外に退場など厳しい制約があった。
そこで庶民の不満が高まったところ、1717年に徳川吉宗が隅田堤と飛鳥山に相次いで桜を植えさせ、本格的な花見の慣習が始まったといわれる。
他にも追って御殿山や愛宕山、小金井などの桜が評判を呼んだが、「花の雲 鐘は上野か 浅草か」と松尾芭蕉が詠ったことでわかるように、まずは上野と浅草(とその先の向島)が今と変わらぬ花見のメッカだった。
花見は年に一度きりの、身分も問われない無礼講の場。
だから、花見を題材にした落語も枚挙に暇ない。
多くが明治期に完成したため、舞台は上野となりがちだが、飛鳥山の花見とされる例もある。

花見の噺3題
今回は、そんな花見を題材にした落語の噺を3つご紹介しておこう。
■長屋の花見
花見を扱った落語の中でもよく知られるのが『長屋の花見』だろう。
上方の『貧乏花見』が移植された噺で、筋はあってないようなもの。
貧乏長屋の大家が長屋の連中を花見に誘う。
酒と肴は用意してあると言うが、酒はお茶け(薄めた番茶)、卵焼きと蒲鉾は沢庵と大根の香の物ではちっとも盛り上がらない。
一同自棄になって、駄洒落のめすばかりで…。
「花より団子」というが、それも紛い物で間に合わせ、せいぜいから騒ぎしようという庶民のバイタリティを活写することで、この噺は意外にも花見の本質を押さえている。
元来、酒よりも花に酔うのが花見なのだ。
■花見酒
酒を買う金はなくとも花見はしたい。
が、いざ花見に行けば、酒が無性に飲みたくなる。
そんな心理を巧妙に突くのが『花見酒』。
酒好きの幼なじみの二人。そろそろ向島の桜が満開というので、花見に繰り出そうとするが、金がなくて酒が買えない。
そこで酒屋から灘の生一本を3升分2両で借り受け、一杯1貫で売って酒代にしようと企てる。
しかし、現地に着いた二人は担いできた樽から漂う酒の匂いについたまらなくなり、自分たちで金を払っては飲んでを繰り返し、とうとう干してしまう。
やはり花に酒は付き物なのか。
「酒なくてなんの己が桜かな」という川柳が、それこそよく『長屋の花見』の枕でも紹介される。
■頭山
さらには、究極のシュールなオチを持つ噺も桜にまつわる。
アニメーション界の鬼才、山村浩二によって短編アニメ化され、様々な国際映画祭で受賞・入賞を果たした『頭山』がそれだ。
意地の汚い男がもったいないとサクランボを種ごと食べると、男の頭から芽が出てきて大きな桜の木になる。
近所の連中は大喜びで男の頭に上って、「頭山」と名づけては花見三昧。
頭の上が騒がしく、男は苛立ちのあまり桜の木を引き抜くが、そこに今度は大穴が開いた。
穴には雨水が溜まって大きな池となり、近所の連中が船で魚釣りを始めだす始末。
釣り針を瞼や鼻の穴に引っかけられた男は、怒り心頭に発し、自らのその穴に身を投げて死んでしまう。
実はこれ、まだ桜が江戸末期から主流となったソメイヨシノではなく、ヤマザクラだったから成立する噺。
ソメイヨシノは「自家不和合性」といって、同一個体で受粉するので受精しないか、しても満足な種子の形成には至らない。
要はクローンなのだ。
一方、ヤマザクラは実をつけ、渋いが食えなくもない。
果実酒にすれば案外イケるそうだ。
以上、この時期に聴きたい、花見を題材にした落語の噺を3つご紹介した。
落語はこうして近世から近代、そして現代へと、日本人の生活や風習の変化を映し出す鏡ともなるのである。
たまには寄席に足を運んでみてはいかがだろうか。

・・・大変に行き届いた文章です。
「あたま山」は、私にとってはトラウマの噺。
何と言っても、生まれて初めて演った落語がこれ。
しかも、筑摩書房の「古典落語」に載っていた、八代目林家正蔵(後の彦六)師匠の速記を読んだだけの代物でしたから、受けるはずがありません。
「あまりにうるさいので、自分の頭へ身を投げた・・・」というオチの空しいこと。
4人の同期が、「浮世床」「孝行糖」「転失気」「桃太郎」という滑稽噺で受ける中で、物凄く疎外感がありました。

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