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2017年4月24日 (月)

三遊亭圓歌師匠の訃報

cryingとうとう、父と同い年の圓歌師匠が亡くなってしまいました。
享年88歳。
     三遊亭圓歌師匠の訃報
私は、必ずしもリアルタイムではありませんが、「山のあな、あな」のフレーズで人気を博し、落語協会の会長も務められました。
現在は最高顧問でした。
墨田区向島の出身。
岩倉鉄道学校(現岩倉高校)卒。
学徒動員で山手線新大久保駅に配属され駅員生活を送った。
戦後の1945年9月、二代目円歌に入門し歌治。
48年歌奴で二つ目昇進。
初めてメガネをかけた落語家で、「山のあな、あな」と繰り返す「授業中」をはじめ、「浪曲社長」「月給日」などの新作落語で人気を得た。
58年、戦後入門組としては初めて真打ちに昇進。
興隆期のテレビにも数多く出演し、初代林家三平師匠らとともに、大衆にアピールする落語の新時代を開いた。
映画には、66、67年の東宝「落語野郎」シリーズなどに出演。
70年、三代目圓歌を襲名したのを機に、古典落語にも力を入れ、71年「三味線栗毛」で芸術祭優秀賞を受賞。
85年には得度式を行い、僧名円法を得て改名。

日蓮宗で身延山で修行されたことになっています。
96年、五代目柳家小さん師匠の後を引き継ぎ落語協会会長に就任。
2006年まで務めた。
後進の指導にも尽力する一方、近年の高座では、自分、先妻、後妻の両親計6人を抱えることになったことをテーマにした新作「中沢家の人々」を得意とした。

最近は、身体も声も小さくなり、老いを感じさせましたが、楽しい高座は相変わらずでした。
お弟子さんも多く、流れは違いますが、三遊亭を盛り上げてくださっていました。
「病院から寺へ行くやつはいるが、寺から病院へ行ったのは俺だけだ」なんて、病気で倒れた時のことも落語のネタにして笑わせていました。
圓歌としても大活躍でしたが、同年輩の方々には、やはり歌奴さんなんでしょう。
三平と歌奴・・、爆笑系の昭和のスターがまたいなくなりました。
吃音で苦労された「山のあな、あな」は、名詩「山のあなた」のこと。
   山のあなたの空遠く
   「幸」(さいはひ)住むと人のいふ
   噫(ああ)、われひとゝ尋(と)めゆきて
   涙さしぐみ、かへりきぬ
   山のあなたになほ遠く
   「幸」(さいはひ)住むと人のいふ

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