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2017年2月14日 (火)

2月14日

drama今日は2月14日。
世の中は、「バレンタインデー」という、異国の異教のイベントで騒がしい・・・。
いや、そんな軟派な日でもありません。
2月14日は、2(ふぅん)14(どぉしぃ)・・ということで、「ふんどしの日」でもあるそうです。
まぁ、それもいいでしょう。
バレンタインデーというのは、世界各地でカップルの愛の誓いの日とされていますが、もともと、269年にローマ皇帝の迫害下で殉教した聖ウァレンティヌス(テルニのバレンタイン)に由来する記念日だそうです。
当時、ローマでは、2月14日は女神・ユノの祝日だった。
ユノはすべての神の女王であり、家庭と結婚の神でもある。
翌2月15日は、豊年を祈願する(清めの祭りでもある)ルペルカリア祭の始まる日で
あった。
当時若い男たちと娘たちは生活が別だった。
祭りの前日、娘たちは紙に名前を書いた札を桶の中に入れることになっていた。
翌日、男たちは桶から札を1枚ひいた。
ひいた男と札の名の娘は、祭りの間パートナーとして一緒にいることと定められていた。
そして多くのパートナーたちはそのまま恋に落ち、そして結婚した。
ローマ帝国皇帝・クラウディウス2世は、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由で、兵士たちの婚姻を禁止したと言われている。
キリスト教の司祭だったウァレンティヌス(バレンタイン)は、婚姻を禁止されて嘆き悲しむ兵士たちを憐れみ、彼らのために内緒で結婚式を行っていたが、やがてその噂が皇帝の耳に入り、怒った皇帝は二度とそのような行為をしないようウァレンティヌスに命令した。
しかし、ウァレンティヌスは毅然として皇帝の命令に屈しなかったため、最終的に彼は処刑されたとされる。
彼の処刑の日は、ユノの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日があえて選ばれた。
ウァレンティヌスはルペルカリア祭に捧げる生贄とされたという。
このためキリスト教徒にとっても、この日は祭日となり、恋人たちの日となったというのが一般論である。

日本では、1958年頃から流行したそうです。
ただし、その内容は日本独自の発展を遂げたものとなっています。
戦前に来日した外国人によって一部行われ、第二次世界大戦後まもなく、流通業界や製
菓業界によって販売促進のために普及が試みられたが、日本社会に定着したのは、1970年代後半であったと言われています。
「女性が男性に対して、親愛の情を込めてチョコレートを贈与する」という「日本型バレンタインデー」の様式が成立したのもこの頃だったようです。
そうですよ。
中学生の頃、突然そんな風習?があることを知り、現にチョコレートを貰ったこともありました。
高校生の時、通学する駅で、中学の同級生の子が、彼女とは反対方向の高校に向かう私を待っていてくれて・・・。
何十年か経ってのクラス会で、「あの時は随分冷たかった」なんて言われちゃったりれして・・・。
まぁ、そんなことはどうでも良いんですが。
我々は、この騒ぎをリアルタイムで経験する世代だったんですね。
なお、バレンタインデーにチョコレートを渡すのというのは、神戸のモロゾフ製菓が、昭和11年2月12日に外国人向け英字新聞『ザ・ジャパン・アドバタイザー』に、「あなたのバレンタイン(=愛しい方)にチョコレートを贈りましょう」というコピーの広告を既に掲載していたそうですから、このモロゾフ製菓がバレンタインチョコを最初に考案した仕掛け人であるとされる説が最有力なんだそうです。
日本チョコレート・ココア協会(東京都)によると、1992年に聖バレンタイン殉教の地イタリア・テルニ市から神戸市に愛の像が送られており、その理由は、神戸が日本のバレンタインデー発祥の地と分かったからということだったそうです。

異人(異国)・神戸・チョコレート・・・なんて、三題噺になりそうです。

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