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2017年2月12日 (日)

歌丸師匠の引退宣言?

karaoke「引退も考えている」・・・?週刊ポストの記事のようです。
歌丸師匠の引退宣言?
「舞台袖から高座に上がるまで、歩こうものなら40分もかかっちまいますよ」──落語家・桂歌丸(80)は開口一番、会場の爆笑をさらった。
背筋は伸び、声は前座の若手よりもハリがある。
つい最近まで肺炎で入院していたとは微塵も感じさせない。
しかし、鼻から延びたチューブはステージ後方にある酸素吸入器へと繋がれている。
このものものしい機材を用意しなければ、高座に上がれないこともまた事実なのだ。
この復帰の直前、歌丸は記者に「引退も考えている」と打ち明けた。
「正直、体調はあまりよくないですね。肺炎は治っているんですが、酸素(吸入器)がないと声が震えて落語にならない。静かにじっとしているぶんにはいいんですが、ちょっとでも体を動かすと苦しいんです。楽屋で着物に着替える時も、この酸素チューブをつけてないと無理なんですよ。
チューブをつけたまま高座に上がっちゃ、みっともない。でも、取ると『アゥアゥ』ってなっちゃう。声を取るか、見た目を取るか葛藤しましたが、最後はお客さんのためにチューブをつけることにしました」
再び高座に上がる心境を歌丸はそう語った。
昨年、『笑点』(日本テレビ系)を卒業してからも、体調不良と戦いながら落語を続けた。
1月2日に肺炎で緊急入院すると、ファンからは体調を心配する声が次々と上がった。
約2週間の療養生活を経て、再び帰ってきた歌丸。
これまで歌丸は「高座で死ねれば本望」と“生涯現役”を宣言してきた。
しかし、度重なる入退院を繰り返すうち、少しずつ気持ちに変化があったという。
本誌だけに明かしたその内容とは──。
お正月に入院したとき、医者から「これからは酸素を吸いながら落語をしたほうがいい」と提案されました。
そのときは「それはちょっと……」と、躊躇しましたが、復帰後、最初の高座で酸素なしで喋ったら、途中で震え声になっちゃって。
今回は酸素吸入器をつけて高座に上がりますが、それでも上手く喋れないようなら……引退するしかない、と考えています。
〈突如飛び出した“引退宣言”。記者の動揺を察したのか、歌丸は笑いながら続けた〉
酸素を吸いながらの噺ってのは今回が初めてじゃないんです。
昨年、一度だけやりました(11月30日の高座65周年記念落語会)。
鼻からチューブが出てると、照明で光っちゃいましてね。
大きな会場だったから後ろのお客さんには見えなかっただろうけど、前のほうのお客さんの視線が気になって仕方なかった。
照れ隠しで、「『今日は歌丸、水っ鼻たらしてるんじゃねーか』と前のほうのお客さんがいってますけども、実は事情がございまして~~」 とマクラで話したら大ウケでね。
噺家は陰気な話をしちゃいけない。
自分の病気ですら、笑いに変えるべきだと改めて感じました。
「引退」なんていいだしたのはね、何も病気のせいだけじゃないんです。
この状況をネタにして、「終活」がテーマの新作落語を作れればなんて思うけれども、もう新作をやるのは無理ですね。
80歳にもなると物覚えも悪くなってきて。
昔だったら一発で覚えられたものが、今は5倍くらい時間がかかってしまう。
自分にイライラします。
覚えた噺を部分的に忘れちゃうことも増えました。
たとえば、登場人物がお勘定するくだりで「何両渡したか」を話しているうちに忘れちゃう。
でも、そういうときは、「俺、さっき“ウゥ両”渡したよな!」って、大きい声出して勢いで誤魔化すの。
だから高座の途中でアタシの声が大きくなったら、噺をド忘れしたときですよ。ウェッヘッヘ!

・・・痛々しい。
お元気でいて欲しいた思うのみですが。
噺家さんには定年がありませんから、生涯噺家でいて欲しいもの。
どなたが仰ったか「長生きも芸のうち」ですから。

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