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2016年11月 4日 (金)

先祖を尋ねて

foot昨日の近所の人たちとの話で、こんなことを聞きました。
小さな過疎の集落でも、恐らく何百年以上にわたって人が住んでいるのですが、集落の中には、誰のものかわからない、古びたお墓が何ヶ所もあります。
勿論、かつて住んでいた人(家)のお墓には間違いありませんが、出て行ったり、絶えたりで、いつの間にか無縁仏になってしまっているという訳です。
昔は、自分の家の周りに故人を弔っていたので、その家が空き家になれば、いずれ分からなくなってしまいます。
思えば、幼い頃、自分の先祖のお墓でもないのに、何ヶ所か墓参をしていました。
その都度、祖父母に聞いた記憶はありますが、私にとっては、遠い存在の人ですから、よく分かりませんでした。
きっと、祖父母や父母までは、いなくなっても最低限の墓守をしてあげていたのでしょう。
墓参
先月、和歌山に住んでいるという60歳ぐらいのご夫婦と息子さん一家が、「先祖がここの出身で、その場所を確かめに」と訪れたそうです。
近所のオバサンは、50年前に嫁いで来たのですが、勿論、その家のことは知りません。
なんでも、この方の曽祖父の頃に、ここから出て行ったとのこと。
恐らく、60歳で仕事をリタイアしたのを機に、先祖のことを調べようとされたのかもしれません。
近所の人は、何ヶ所かあるお墓に案内してみましたが、墓石の文字は読むことが出来なかったそうです。
「どれでもよろしいのをお見立て願います」とは言えませんし。
それでも、戸籍を遡って、確かに住所はここに間違いありません。
「この場所に、私のルーツがあることには間違いありませんので、はるばる訪ねて良かった」と、感慨深げに帰って行ったそうです。
小さな、字も読めなくなってしまった墓石にも、尊い歴史があることを、改めて実感しました。

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