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「金願亭乱志」という高座名。
落研に入部して以来、二代目として名乗らせていただいています。
プロの噺家さんと違って、初代(先代)はご健在です。
一度だけ、OB会で、先代にご挨拶をしたことがあります。
「学生時代に名乗っていたよ」程度であれば、初代と二代目が並存していても構わないと思いますが、「お江戸あおば亭」や「OB落語会」といった落研OB会の活動のみならず、例えば「学士会落語会」等の外部の落語会に出演したり、ボランティア活動を行ったりする機会が増えて来ると、先代にご迷惑をかけてしまうことも出て来るかもしれません。
私自身も、自分の考え方で様々な落語徘徊を続けて行きたいと思いますので、お借りしていた高座名は、一旦先代にお返しした方が良いのではと考えていました。
先日、談亭志ん志OB会長が、先代にお会いになった時に、この話をしてくださったそうです。
すると、「金願亭乱志」の高座名は、是非とも使い続けて欲しい、「金願亭」と「乱志」は1セットでお願いしたいと仰っていたそうです。
初代「金願亭乱志」師匠は、この高座名を遠慮なく名乗ってくれて結構、名乗ってくれたことに感謝するということだそうで、大変嬉しく思います。
こんな温かい言葉も踏まえて、やはり高座名は大切にして行こうと思いました。
ダイヤルを回すと言えば、電話をかけるとき。
蛇口をひねると言えば、水道の水を出すとき。
チャンネルを回すと言えば、テレビの選局をするとき。
クラッチを切ると言えば、車を変速させるとき。
・・・今の子どもたちは分かりますかねえ・・?
最近の子どもは、公衆電話の使い方を知らないのではと懸念されているそうです。
先日の稽古会の時に師匠が。
「見ず知らずの人に、大切な50両もの大金を渡す・・・、あたしはとても出来ない。この噺を稽古した頃、いつも複雑な気持ちになったものだよ」と。
「ザ・落語」とでも言うべき名作の、この部分はよく議論されて来ているところです。
ドラマ性は認めても、自分に置き換えたら現実でない了見でありストーリーです。
この噺は、中国で伝承されてきた話をベースに、三遊亭圓朝が創作したと言われます。
幕末から明治初期にかけての江戸が舞台で、圓朝は、当時薩摩や長州の田舎侍が我が物顔で江戸を闊歩していることが気に食わず、江戸っ子の心意気を誇張して魅せるために作ったということになっているようです。
江戸っ子気質が行き過ぎて描写されるのはこのためだです。
そういう背景が分かれば、いくらか納得できるというものです。
ただし、100%腹には落ちないでしょう。
我が娘を犠牲にしてまで赤の他人に金を恵む。
この常人では到底不可能な事をしてのける長兵衛がどういう動機で金を恵むかについては、古今の師匠方も色々考えて演じているようです。
昭和の名人と言われる三遊亭圓生、古今亭志ん生師匠は、娘は傷物になっても死ぬわけではないがお前は死ぬという、見殺しにしては寝覚めが悪いからと嫌々ながらに金をやる・・というスタンス。
これに対して、林家彦六師匠などは、50両のために主への忠義を通して死のうとする文七に感じ入り、所詮自分には縁のなかった金と諦めて女郎屋に借りた金を返さないと覚悟を決めた上で与えてしまう・・・金に対する未練を見せないというスタンス。
いずれにしても、この部分は、江戸っ子気質ということで押し通すということでしょう。
ところで、「元結(もっとい)」というのは、髷の根を結い束ねる紐で、「文七元結」は江戸時代中期に考案された、実在する元結です。
長くしつらえた紙縒(こより)に布海苔と胡粉を練り合わせた接着剤を数回にわたって塗布し、乾燥させたうえで米の糊を塗って仕上げた元結だそうです。
「文七元結」の名称は、桜井文七という人物の考案が考案したからとも、下野国産の文七紙を材料として用いているからともいわれているそうです。
初代桜井文七は実在人物で、天和3年(1683年)美濃国生まれで信濃国飯田で修行した後に江戸で活躍し、宝暦3年(1753年)飯田に戻ったそうです。
江戸で有名な元結屋で、代々「文七」を襲名されていたために、圓朝がモデルにしたということでしょう。
ですから、この噺に出て来る文七は、あくまでも架空の人物だということです。
師匠の高座本では、文七は信州飯田の出だと言っています。
また、他にも、、後世の噺家さんが、辻褄を合わせて演じている部分があるそうです。
例えば、古今亭志ん朝師匠は、真夜中にお久が一人で本所から吉原まで歩くのは不自然であるとして、大引け(午前2時)過ぎから中引け(午前12時)過ぎに時刻を変えているそうです。
私は、刻限をはっきり言わず、「夕べ」という表現にしたいと思います。
三遊亭円丈は、結末で唐突にお久と文七が結ばれる点を、以前から恋仲であったという伏線を張った上で、2日間にわたる話を大晦日1日の出来事に短縮しているそうです。
私は、オチを作ることと並行して、この事件をきっかけに2人が知り合って親しくなり、結婚に至るという設定にしようと思います。
さらに、立川談春さんは、50両もの大金を、どんなに高給な左官職でも年内で返済できる筈がないとして、返済期限を2年に延ばしているそうです。
・・・色々ありますね。
自分の声は、普段自分が聴いているのと、録音再生して聴くのとでは、かなり感じが違います。
最近は慣れて来ましたが、声の質だけでなく、言い回しなども、随分違っていて、大変驚いたものです。
高座の映像や稽古の録音を聴いて、客観的に自分の声を評価すると・・・、色々思うところがあります。
全般的に言えば、柔らかさがないのが欠点だと思います。
それから、師匠から指摘されている、会話の最後の部分の表現は、かなり気をつけているつもりですが、まだまだ治ってはいないことが分かります。
これが克服できれば、物凄く上手く聞こえると思います。
ひとつひとつの台詞を、場面と感情をしっかり把握して語ることだと思います。
あっ!そうだ。
来月の「お江戸あおば亭」の情報を「天狗連」の欄に掲載してもらわないと。
2020年東京オリンピック・パラリンピックの新たなエンブレムがようやく決まりました。
選考に当たる有識者会議の「エンブレム委員会」が最終候補4作品について、事前に寄せられた4万件余りの意見を参考にして議論し<20人のメンバーによる投票の結果、市松模様と藍色が特徴の作品Aが選ばれたそうです。
賛否両論は付き物だと思いますが、やや今風に考えると地味かもしれませんが、中庸な感じて、日本らしいのかもしれません。
「市松模様」というのは、古墳時代の埴輪の服装や法隆寺・正倉院の染織品にも見られるそうで、古代より織模様として存在していたようです。
公家の有職故実では石畳・霰(あられ)などと称されていたそうで、家紋や名物裂など江戸時代以前から存在するものは「石畳文様」と呼ばれているそうです。
それが江戸時代になり、歌舞伎役者の初代佐野川市松が、江戸の中村座の舞台「心中万年草(高野山心中)」で小姓の粂之助に扮した際、白と紺の正方形を交互に配した袴を履いたことから人気を博し、市松はその後もこの模様を愛用して奥村政信・鳥居清重・石川豊信などがその姿を描いたことから着物の柄として流行。
市松の愛用した模様は当初は古くからの慣わしに従って石畳と称されましたが、後に「市松模様」「市松格子」「元禄模様」などと呼ばれるようになったとのこと。
外国では、チェック柄なんでしょうか?
今年1月に85歳で亡くなった三代目桂春團治師匠の追悼植樹が行われたそうです。
そこで、三代目の後援会長から、一周忌の前後にも四代目春團治が発表されることが明かされたそうです。
弟子の桂春之輔師匠も「(三代目の)遺言のようなものがあり、遺族から一周忌か三周忌に伝えられるようだ」と仰っているとか。
春團治といえば上方落語の大名跡。
初代は爆笑王として人気を博し、三代目の父である二代目も初代をしのぐ人気、三代目は「上方落語の四天王」
の一翼を担ったという大看板ですから・・・。
春之輔師匠は「うかつに継ぐもんやない。3代限りにしたらいいと思ってた」「(三代目)師匠は“7人の弟子全員に継がせたいけど名は一つ”と言っていた」と。
果たして誰が・・・。
大名跡は、止め名にせず、代々受け継がれて行って欲しいと思いますので、楽しみではあります。
東京でも、志ん生・円生・柳枝・・・、誰か襲名して欲しいものです。
私は、上方の噺家さんはほとんど知りませんので、全く見当がつかないのですが、三代目のお弟子さんは・・・、福団治、春之輔、春若、小春団治、梅団治、春雨、春蝶さん?
落語っ子連の窓口さんの幅広い人脈から、8月6日に市川市の某公民館で落語公演をやらせていただくことになっています。
館長さんからは、怪談を中心にした噺を2時間程度でとのリクエストをいただいていますので、番組を以下のように考えました。
また私案の段階ですが・・・。
◇狸札 三流亭百梅
◇死神 三流亭越児
仲入り
◇不動坊 三流亭窓口
◇怪談牡丹燈籠 三流亭流三
「狸札」は、狸が化けるということ。
「死神」は、そのままで。
「不動坊」は、幽霊を演ずるところがあり。
「牡丹燈籠」は、怪談そのもの。
・・・ということでの構成です。
落語ですから、怪談や怪奇、お化けや幽霊と言っても怖くありませんが、とりあえず、こんな内容で考えたいと思います。
今日の稽古会は、参加者が少ない見込みだったので、2席稽古していただけるかもしれない…と、今後やってみたい噺の高座本を鞄に入れて稽古場に行きました。
「子別れ」「三井の貸し傘」「父帰る」「水神」「不孝者」、そして「人情八百屋」あたり。
「人情八百屋」にしたのは、この噺が、圓窓師匠が唯一談志師匠から噺だからと言うのもあるかもしれません。
いずれやりたい「唐茄子屋政談」のためという面もあります。
とは言え、師匠のオリジナルの部分が多い噺で、私なりに仕上げて行きたいと思います。
・・・今日は、正座疲れです・・・。
前回の稽古後も、なるべくカットしようと心がけましたが、やはり40分以上かかってしまいます。
大作に挑んでいるのですから当然ですが、まだまだ征服出来る自信はありません。
でも、稽古を繰り返して行けば、自分のものに出来ると思います。
今回は、師匠からイントネーションの指摘を多く受けました。
それから、オリジナルのオチを初めて師匠に聴いていただきました。
読み稽古で40分の後で、アドバイスや雑談などでさらに20分近く、何と1時間以上正座していました。
今日は、故郷のたけのこまつりです。
熊本は地震の「安全地帯」、東北は「危険地帯」…。
こんな記載が含まれていたWebサイト「企業立地ガイド KUMAMOTO」を、熊本県が削除したそうです。
熊本地震を受けて「内容を1から見直す必要がある」と言うことですが、それにしても、今となればなおさら、根拠のない、失礼なサイトだと思います。
実に恥ずかしいことだと思いませんか?
今や、日本に地震の安全地帯など存在しません。
たまたま、最近まで大きな地震がなかっただけのこと。
片やで、「熊本は火の国だ」と火山を売り物にしているのですから、支離滅裂だと思います。地震のために火の車になってしまいましたが・・。
それはそれとして、大変な災害を一日も早く復興させないと。
某新聞のテレビ番組欄。
プロ野球の所を縦に読むと…、「今度は支える番」となっています。
やはり、東日本大震災の時のご恩返し。
そうですね。
熊本の地震の被災地で、…エコノミークラス症候群」が問題になっています。
狭い場所で身体を屈めて動かずにいると…、血栓が出来て、大変なことになるそうです。
身体を動かして、水分を補給して、血流を良くしないといけないそうです。
大阪出張の新幹線。
私は、基本的には窓側の席に座ります。
落ち着けるのと、スマホの充電のためです。
唯一の悩みは、通路側に人が座ると、トイレに立ちづらくなること。
今日は、隣に座ったオニイサンが、東京から新大阪まで、ずっと寝ていましたので、遠慮してトイレに立つことが出来ない状態でした。
幸い、その必要がなかったので、事なきを得ましたが。
従って、通路側派の方も多いと思います。
窓側に座る人たちは、「窓側シート小用群」でしょうか?
同僚と一献。
実は、同僚の息子さんが、この4月から、熊本地震で学生アパートが倒壊して犠牲者が出るなど、大被害を受けて孤立した場所に住んでいて、安否がきずかわれていたのですが、幸いにも被災地から戻ることが出来たそうで、その労いでした。
現地では、橋が土砂崩れで崩落したのもわからなかったそうです。
息子さんも、親の同僚も、大変な経験をさせられました。
同僚は、現地の惨状に加えて、息子さんのメンタル面での影響と大学の再開について、心配していました。
入学して2週間あまり、まだ独り暮らしにも慣れず、友だちも多くなく、地理にも明るくない場所での被災ですから、息子さんにとっては、物凄いストレスだったと思います。
外は風が強そうです。
◇五月幟 八代目春風亭柳枝
昭和34年の音源。
圓窓師匠の最初の師匠です。
確か、この年に亡くなっているはずです。
九代目は出ないのでしょうか?
ところで、本ブログへのアクセス累計が94万件になりました。
昨夜の熊本の地震には驚かされました。
直下型の地震だったので、津波が起こらなかったのは幸いでしたが、「震度7」なんて聞いたことがありません。
熊本城も、瓦が落ちたり、石垣が崩れたり、大変な状態のようです。
これから、人的な被害も含めて、実態が明らかになると思いますが、東日本大震災でもそうでしたが、自然の前の人間の無力さを感じます。
落研の新入部員勧誘活動。
頑張れ!
弁護士は正義の味方!
…ではないんですね。
認知症高齢者や親権者のいない未成年者の財産管理などを行う後見制度で、弁護士や司法書士の「専門職」による着服が昨年1年間に37件(前年比15件増)も確認されたそうです。
ヤミ米を食するのを潔しとせず、餓死した裁判官がいた時代を思えば、法曹界ももはや高潔とは言えないようです。
弁護士も食えない時代なんですね。
弱い立場の人を騙すなんて、火事場泥棒みたいで、一番卑怯だと思います。
以前から、鉄道マニアの行動が問題になっていますが、とうとう地元や鉄道会社の堪忍袋の緒が切れました。
群馬県の真岡鉄道のツイート。
土日は桜も満開となり、こちら北真岡第二駒塚踏み切り付近はかなりの撮影者でした。
写真は先週、鎖で三脚、脚立が結ばれていた所です。
どう感じますか?
踏みつけられた菜の花。 何を撮影したいのですか?
たかが菜の花?
綺麗に咲いている菜の花を踏みにじって何も感じない のでしょうか?
地元の方たちが手をかけて咲かせていることをわから ないのでしょうか?
昨日は久下田駅付近で路上駐車が酷すぎるとクレームの電話が有りました。
真岡鐵道は少ない人数で運営しており、警備などに人手はかけられません。
正直、線路のそばで撮影されている方はほとんどが真岡鐵道の敷地に侵入しております。はっきり言って違法だと思いますが、ここまでは、とグレーゾーンで対応してましたが、今後は地元警察に協力頂いて対応せざるを得ないと思います。
全国的に見ても、北真岡のような撮影スポットはそんなに無いと思いますし、こちらもたくさんの方にお越し頂き、実際に素晴らしさを感じて頂きたいのです。
この投稿を見て、もしも該当するような事をされてしまった方がいらっしゃいましたら今後はそのような事を絶対にしないでください。
関係無い、今迄通り好き勝手やる、そう思った方はもう来ないで下さい。
…気持ち良ぉ〜く分かります。
実家の庭の桜の木の下で、平気でシートを敷いて花見をする輩に腹を立てたことを思い出します。
山に入って、勝手に筍や山菜を盗む輩もいます。
猿や鹿や猪にも劣る奴らです。
撮り鉄はダメですね。
私の名前の「あかつき」が、スポーツのナショナルチームの呼称になったようです。
日本バスケットボール協会は代表チームの新 愛称「AKATSUKI FIVE(アカツキ ファイブ)」を発表。
男女共通で、ユニホームは男子が黒、女子が 赤を基調としたものに決定。
川淵三郎会長は「日本の夜明け。大きな夢に向かって変わっていく象徴にしたい」と説明。
これまで男女ともに「隼ジャパン」を名乗ってきたが、「隼は女性にふさわしくない」として改称を検討してきたそうです。
ナデシコ、サムライ、マドンナ、ムササビ、レインボー、トビウオ、マーメイド……。
色々考えるものです。
やはり、古今亭志ん朝師匠を聴かないといけません。
ホテルの部屋で聴きましたが、何と1時間18分の超長講で、噺の参考にはなりません。
ただし、志ん朝師匠が描く人物は、みんな優しさがあって、ホッとします。
長兵衛夫妻の喧嘩も、吾妻橋のシーンも、どこか優しくたおやかです。
これなんだなと納得します。
人物設定と人物表現の妙なんですね。
やはり、三遊亭圓生師匠は外せません。
圓窓師匠の高座本を見ながら聴きました。
他の音源に比べると、似ている部分が多いので、参考になります。
なんで、こんな難しい噺を選んでしまったんでしょう・・・。
名人上手の「文七元結」を一日中聴きました。
入浴して、読み稽古をしてみました。
40分ぐらいかかってしまう。
かなりカットしたのですが。
やはり、フルバージョンは無理かもしれません。
どの場面かを全てカットしないと、30分では…。
それにしても、半身浴とは言え、よくのぼせなかったもので・・・。
立川談志、八代目林家正蔵、柳家権太楼、柳家さん喬の各師匠の「文七元結」。
半日かかりました。
それぞれ個性のある組立になっていますが、それはそれ。
全体的には、手元の師匠の高座本が良いと思います。
とにかく、大幅にカットして、時間を3分の2ぐらいにしないといけません。
金星を回る探査機「あかつき」が、軌道修正に成功したそうです。
昨年12月に周回軌道に投入されましたが、そのままでは、約2年後に日陰に入る時間が長くなり、観測を継続できない恐れがあったそうです。
「ひとみ」と言う別のミッションの衛星は、トラブルで苦労しているようですが、何とか復活してもらいたいと思います。
自分の名前の一字の「あかつき」を、素朴に応援しています。
我が町の大イベントの「たけのこ祭り」は、今月24日(日)です。
今年は、昨年よりは豊作のようです。
昨日持ち帰った筍に、舌鼓を打っています。
立川談春さんの「文七元結」。
大変人気と実力のある噺家さんですが、言葉が高ピーなのと汚いのが、どうしても好きになれない点です。
この噺でもそうです。
言葉が雑で、裏の暖かさが感じられず、参考にはしないでしょう。
今日は1日休もうかと思います。
◇粗忽の釘 八代目橘家圓蔵
まだ圓鏡時代の音源のようで、若い、若い!
爆笑タイプの噺家さんでしたが、笑いのパターンは決まっていました。
柳家喬太郎さんの「文七元結」。
う〜ん…。
なんて言ったら良いのか、ググッと来るものが共有出来ない部分があります。
実は、途中からは、あまり細かいところまで聴けませんでした。
なんだろうなぁ、厚みというのか、品というのか・・・。
林家たい平さんの「文七元結」。
柳好さんとは対照的に、かなり暗い雰囲気で入りました。
各場面が、今一つ深くない気がするのは、志ん朝師匠のを聴いているからか、私がこの噺をあたかも神格化でもしているからでしょうか。
何て言うのか、台詞の一つひとつのニュアンスが、私のイメージとは違っているように思えます。
決して、たい平さんがどうこうではありません。
そんな僭越なことは全く考えていません。
自分が演じる側で見たときに、イメージがフィットしない。
今日は、お釈迦さまの誕生日。
正式には「灌仏会(かんぶつえ)」と言うそうです。
日本では、様々な草花で飾った花御堂の中で、甘茶を満たした灌仏桶の中央へ安置した
誕生仏像に柄杓で甘茶を掛けて祝います。
これは、お釈迦さまの生誕時に産湯を使わせるため、9つの竜が天から清浄の水を注い
だとの伝説に由来するんだそうです。
「甘茶」って言うのは、お茶に砂糖でも加えたものではなくて、アジサイの一種の植物で、その葉を干したもの、またそのお茶。
あるいは、「アマチャヅル」というウリ科の植物を乾燥させてお茶にしたものも「甘茶」と呼ばれるそうで、仄かな甘みがあるとのこと。
「甘茶でかっぽれ」というのがありますが、これは江戸時代末期に流行したものなのだそうで、「かっぽれかっぽれ甘茶でかっぽれ塩茶でかっぽれ」と歌い踊った演芸だそうで。
昨夜のYouTubeは、当代の春風亭柳好さんの「文七元結」。
確か、NHKのラジオの深夜番組で聴いた記憶があります。
まず、柳好さんのイメージから、この噺は意外でした。
軽妙な芸風で、派手ではありませんが、トーンの高い明るい噺家さんです。
さらに、ラジオ放送の時間(枠)もあってか、勢いよく、早く喋り続けているという感じでした。
少なくとも、トントン拍子で進めて行く噺ではありませんから、何とも慌しい。
流暢にネタ本を読んでいるという感じで、"人情"やその機微のようなものは、伝わりにくかった気がします。
長講を一定時間内に収めるには、大胆にカットするか、スピードアップするかということですが、悩ましいところです。
ところで、柳好さんは、二十両でやっていました。
ほとんどが、三十両か五十両というイメージですが、この値切った?金額は、何か訳があるのだろうか・・・なんて、どうでも良いことを考えてしまいました。
スポーツ選手というのは、賭け事が好きなんでしょうか?
それとも、取り巻きに問題のある人が多いのでしょうか?
それとも、その道だけ一筋で、人の道を知らないのでしょうか?
それとも、思い上がりや勘違い?
プロ野球選手に続いて、今度は、バドミントンのトップアスリートが、違法性が疑われる国内のカジノ店に出入りしていたことが判明したそうです。
場合によっては、オリンピックには出場出来なくなるでしょう。
これで、今までの努力や栄光が水泡に帰すんですね。
勿体無い・・・。
選手たちが所属するのがNTT東日本だそうです。
通信会社所属の彼らだけに、どうやら、架ける(賭ける)ところを誤ったようです。
6月の「お江戸あおば亭」で「文七元結」にチャレンジするので、様々な音源を聴いてみようと、YouTubeを探すと、あるわあるわ。
ベースは、師匠の高座本で行きますが、参考に出来る部分を探そうという魂胆です。
さりとて、長講ですから、一晩で何人も聴くことが出来ませんので、せいぜい1人(席)ずつということになります。
まずは、動画もあるので、古今亭菊之丞さんのを聴きました。
「二番煎じ」「明烏」で参考にさせてもいただいたので。
・・・ところが、「えっ?」「んっ?」が多用されているのは、やはり、一門の古今亭志ん朝師匠の影響でしょうか、とても気になってしまいました。
菊之丞さんは、この「えっ?」というのは、他の噺ではあまり感じないのですが、大作・長講、かつ志ん朝師匠の十八番のひとつでもあり・・・なのかなぁ。
正直なところ、私のような素人は、志ん朝師匠の息では出来ませんので、今回はあまり参考になりそうにありません。
さて、今夜は、誰を聴こうか・・・。
レンズ付きフィルムのさきがけ、富士フ イルムの「写ルンです」が発売30周年になるそうです。
・・・そうですか。
重宝したものでした。
今は身近にデジタ ルカメラやスマホのカメラなどがいくらでもある時代ですから、アナログな レンズ付きフィルムは もはや役割を終えたのではと思いますが、実は、いまだに健在なんだそうです。
しかも、若者の間で人気が高まっているということです・・・。
デジタルな世の中ですが、アナログの捨てがたさを感じることが多くなりました。
レコードも人気が復活しているそうですし、自然災害などで停電になった時の火鉢や湯たんぽや蝋燭なども、見直されています。
子育ての真っ只中で、「写ルンです」のお世話になりました。
落語っ子連と扇子っ子連で、ご指導いただいている圓窓師匠に、稽古であげていただいた噺30席到達のお礼メールを落語っ子連のMLで送信しました。
師匠
思い起こしてみたところ、先日の「明烏」をもちまして、
私が師匠に稽古をつけていただいた噺が、ちょうど【30】になった模様です。
思えば、師匠の母校である文京高校の教室で、師匠に「子ほめ」を聴いていただくご縁があり、「落語っ子連」の仲間に入れて
いただくことになったのがスタートでした。
流三・永久(千早亭)・乱志(大学落研)の3つの名前での積み重ねです。
この30の噺のうち、師匠が創作された噺も4つあります。
また、初演だけでなく、練って再演・再々演させていただいた噺は、おかげさまで十指に余ります。
単に数だけを増やすのではなく、噺のひとつひとつを大切に練り上げることも並行して来たつもりです。
これからも、師匠の500には到底及びませんが、まずは【50】を目標に頑張りたいと思います。
引続き、よろしくお願いいたします。
ありがとうございます。
師匠の前で、初めて「子ほめ」を演らせていただいたのは、9年前の3月3日でした。
9年間で30席・・・・。
「乱志50席」を目標に、師匠に師事して稽古をつけていただいて来ましたが、先日の「明烏」で、30席に到達したことに気がつきました。
記憶を頼りにならべてみました。 (順不同)
子ほめ 三方一両損 花筏
浜野矩随 佃祭 薮入り
花色木綿 千早振る 帯久
三味線栗毛 抜け雀 笠と赤い風車
厩火事 ねずみ 鬼子母神藪中の蕎麦
救いの腕 揺れるとき 五百羅漢
蒟蒻問答 鰍沢 猫怪談
高座の徳利 明烏 怪談牡丹燈籠
あたま山 湯屋番 一人酒盛
甲府ぃ 寿限無 二番煎じ
このほか、師匠にはまだ稽古をつけていただいていない、学生時代の持ちネタも加えると、もう少し増えることになりますが。
「乱志(流三・永久)の噺は堅い噺ばかり」を是とし、また非として、これからも今以上のペースで覚えて行きたいと思います。
ただし、粗製乱造は全く意味がありませんから、この持ちネタの再演や再々演も繰り返して、量と質を両立させたいと思います。
現に、子ほめ、三方一両損、花筏、薮入り、浜野矩随、花色木綿、千早振る、笠と赤い風車、ねずみ、鬼子母神藪中の蕎麦、救いの腕、揺れるとき、鰍沢、猫怪談、一人酒盛、甲府ぃ・・は、再演・再々演を行ったことのある噺です。
師匠には、心から感謝です。
師匠の創作噺も、5席をあげていただきました。
OB会の志ん志会長より、「第10回お江戸あおば亭」の出演者と演目が確定した旨の連絡をいただきました。
自分の噺も含めて、演目を見て溜息が出ました。
どうやって、番組を組もうか・・・。
ほとんどがトリでも演じられるものばかりです。
エントリー順ということで、以下のとおり。
◇蒟蒻問答 南亭蕪生
◇文七元結 金願亭乱志
◇花見の仇討ち 談亭志ん志
◇花色木綿 杜の家とん平
◇お見立て 喰亭寝蔵
◇野ざらし 破れ家笑児
・・・悩ましい。
プログラム担当者としては嬉しい・苦しい悲鳴です。
アメリカ女子サッカー界のスターだったアビー・ワンバック元選手が、飲酒運転の疑いで逮捕されたそうです。
赤信号を無視して警察に車を止められ、その際の検査で、アルコールが検出されたために逮捕されたと。
既に釈放されたそうですが、「わたしに全ての責任がある。二度と同じ過ちを犯さない」とのコメントを出しているそうです。
「ワンバック」さんじゃなくて、「ワンカップ」さんだったんですね。
細かい雨が降っています。
これから田舎に行きます。
◇花見酒 六代目春風亭柳橋
こんな師匠がいましたね。
若い頃は超売れっ子だったそうです。
明治生まれの、いかにもと言う感じの噺家さんだった気がします。
「第7回深川三流亭」、定刻の午後2時、いよいよ開演です。
第2次落語っ子連のスタートから、ちょうど4年が過ぎました。
おかげさまで、今回も窓口さんのご贔屓を中心に、大勢ご来場です。
落語っ子連の長と言うことで、まずは私がご挨拶。
本来であれば、師匠にも一言お願いするのですが、季節の変わり目で、師匠の体調が万全ではないと言うことで、最後のお楽しみ落語だけお願いすることにしました。
まずは、夢学さんが「寿限無」で高座デビュー。
二番手は、新参さんの「花色木綿」。
千公さんは、自信作「松曳き」。
窓口さんは、長講「大工調べ」。
仲入り後の食いつきは、百梅さんの「転失気」。
円熟の越児さんは、既に再々演となる「鬼の涙」。
苦しい私は、「明烏」・・・。
そして、師匠のお楽しみ。
◇寿限無 三流亭夢学
◇花色木綿 三流亭新参
◇松曳き 三流亭千公
◇大工調べ 三流亭窓口
仲入り
◇転失気 三流亭百梅
◇鬼の涙 三流亭越児
◇明烏 三流亭流三
◆替わり目 三遊亭圓窓
出演者全員の熱演もさることながら、とにかくお客さんの反応が素晴らしくて。
終演は、ちょうど午後6時。
ご来場ありがとうございました。
首都圏では、劇場やコンサートホールが建て替えなどのため相次いで閉鎖されているそうです。
去年は、渋谷公会堂が建て替えのため閉館したほか、横浜アリーナでも改修が行われているなど、一時的な閉鎖も含め、6万席余りが利用できなくなるとされていて、芸能団体が公演の場が不足するとして困っています。
我々素人の落語会の次元では、さほどではありませんが、会場の確保は、とても重要で悩ましい問題です。
現在、落語っ子連、扇子っ子連とも、地元の方がいるので江東区と豊島区の施設を借りていますが、今後のことは分かりません。
あくまでも、素人の趣味の活動ですから、入場料をいただける訳でもありませんから、会場費用を抑えることも必要ですから。
昔、仙台にあった「日立ファミリーセンター」みたいな会場がないかなぁぁ。
歩き稽古というよりも、お花見散歩という感じ。
日比谷公園の桜も満開です。
今朝は、まだ全然出来ていない部分のおさらい・・・。
ここのところは、ストーリー上とても重要なんですが、まだしどろもどろ・・・。
「自分のものになっていない感」いっぱいの状態で、明日の本番を迎えることになりそうです。
最近、自分の録音を聴くようになって、果たして私は、私(の芸)が好きなんだろうか。
私は、私好みの芸を持っているんだろうか・・・?
自問自答することが多くなりました。
嫌いじゃぁないとは思います。
もし、私が私でなく、私でない私が私の噺を聴いたら・・・、私はその私を認めてくれるだろうか・・・。
分からなくなって来ました。
喋っている私は確かに私ですが、私の噺を聴いている私は一体誰なんでしょう?
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