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2016年2月 8日 (月)

一文惜しみ

年始頃に、師匠が「一文惜しみ」の高座本を編集しているとブログで仰っていました。
高座本「一文惜しみ」の編集を始める。
主人公の長屋の住人の名前が「初五郎」となっているのはこの噺だけ。
講釈から移入したから、そのまま使っているのだろう。
生粋の噺だったら、「八五郎」だったろう。
もっとも、「落語の中のに出てくるのは、八つぁん、熊さん」とマクラでよく振っているが、あれだって、明治時代に入ってから誰かが言い出したフレーズで、「江戸時代の書物にはあまり見掛けない名前だ」との弁を耳にしたことがある。
講釈から移入された噺なので、落ちがない。
タイトルの徳力屋は今日も現存する質屋。
大岡政談にしたのは、誰かの創作なのは確か。
徳力屋に本当に起こった事件だったのか、どうかもわからないが、噺の中では質屋は悪者扱いをされてきている。
他の噺でも質屋は悪者側に回されている・・。

なんとか質屋を救いたいな、とも思案しながらキーを叩いているが、どうも結末のつけようがなくて苦労している。
ないもんだろうか、、、。

この噺、柳派では「五貫裁き」という演目で演られていますが、なかなか難しい噺で、演って見たいとも思うのですが・・・。
師匠も仰っていますが、「大工調べ」の大家と同様、徳力屋という質屋が悪者になっているのですが、どうも・・・噺の発端が釈然としないんです。
例えば、「匙加減」などは、大家が強引なことをやりますが、相手が悪人だし、「帯久」も火付けをした和泉屋よりも帯屋の方が悪質だから、納得できるのですが・・・。
神田三河町の貧乏長屋に住む、四文使いの初五郎。
大家の家に相談にやって来た。
長いこと患っていたが、病気も治り、これを機に、今までの稼業をやめて、堅気になって、八百屋を始めたいと言う。
大家も感心して、商売の元手を作るために、奉加帳を作ってくれた。
これを持って、知り合いの所を廻り、元手を集めろ、と言う。
大家が「奉加帳は、初筆が肝心だ。最初の家が五百両つければ、二軒目は三百両、後は二百両、百両と帳面づらが落ちるもんだから、金持ちの家から廻るんだ。」と。
ところが、初公、知り合いに金持ちなんざいない。
思いついたのが、三河町で徳力屋万右衛門と言う、蔵が七戸前もある質屋。
ところがここの主人の万右衛門は大変なしみったれ。
番頭に掛け合うと、「うちの旦那はケチだから、奉加帳なんざ断られちまうだろう、しかし、お馴染みさんだから、あたしがおつきあいをしてあげよう」と、奉加帳に三文つけたくれた。「初筆に三文ばかりつけてもらって、後いくらもらうんだ!」と憤る初公の前に現れた万右衛門、「それなら、主万右衛門がおつきあいをしよう」と、一文つけた。
万右衛門が「番頭は世間の事を何も知らないから、三文つけた。主人万右衛門なら、一文のおつきあいだ。気に入らないなら、おいて行きな。」
怒った初公は、もらった一文を畳にたたきつける。
それが跳ね返って、万右衛門の顔へぶつかったから、「何をするんだ!」と、そばにあったキセルでポーンとやると、はずみで雁首が額の所へ当たり、皮がやぶれて、血が流れた。
初公が泣きながら帰って来たので、大家が訳を聞くと、これこれと言う。
すると大家は一計を案じて、初公にこの件をお奉行所に訴えさせたから、お調べとなる。
万右衛門に名主と五人組が付き添い、初公には大家が付き添い、双方から事情を聞いたお奉行様の裁定は、天下の通用を投げつけた上、家持万右衛門から膏薬代をむさぼろうとしたとして、初公にきついお叱りで、万右衛門は無罪。
ここで話しが終わりなら、面白くもなんともないんでだが、お奉行所では、万右衛門は平生どういう人間か、初五郎が堅気になりたがっているなんて事は下調べがついているから、
奉行が「奉加帳などを持ち歩き、他人に迷惑をかけるなぞはよろしくない。商売の元手、五貫文をお上より貸し与え使わす。しかし、五貫文を一時に返済するは大変であるから、日に一文づつ納めよ。ただ、その方が奉行所へ通うは大変であろう、万右衛門の家には奉公人も大勢いる事ゆえ、取次をいたし、その方から奉行所へ納めることといたせ。」
万右衛門、膏薬代ぐらいは取られると思っていた所が、お咎めなし、金の取次くらいなら、おやすい御用と引き受けて、名主様に相当なお礼をして、五人組には日当を払って、意気揚々と引き上げてきた。
ところが、翌日になると、朝早くから、初公が一文返却に来る。
一文預かると、受取(領収書)を書いてくれと言う。
番頭は、一文の受取なんざ、書いた事がないと、ぶつぶつ言いながら受取を書いて渡す。預かった一文を手の空いている手代が、お奉行所に届けると、奉行所ではその金を受け取らない。
「主万右衛門自ら、名主、五人組立ち会いの元に返済しろ」と言う、あわてて、名主、五人組を頼んで 奉行所へ出たが、半日待たされて、やっと一文の返済。
いや、名主と五人組の怒るまい事か、名主には相当なお礼をし、五人組には日当を払い、頭を下げて、帰ってもらう。
翌日から、曲者の大家の差し金で、初公の一文返却が日に日に早くなって来る。
徳力屋の番頭も仕方がないので、初公が来るのを寝ないで待っている。
受取も書くのが面倒臭いと言うので、印刷をすると言う。
万右衛門は、その一文を持って、毎日、名主、五人組を頼んで、奉行所へ出ると言う。
五貫文の金を一文づつ返すのだから、十何年かかる訳で、そろばんをはじいてみると、残らず返した時には、徳力屋の身代が半分なくなると言う。
ここで万右衛門、初めて、お奉行様の仕組んだ謎に気がつく。
驚いた万右衛門、初公に、「十両で示談にして欲しい」と頼み込む。
初公は喜んだが、大家が、千両ビタ一文まからない、と大見得を切ったので、万右衛門は目を回す。
しかし、「千両はあまりにも法外、どうか一割の百両にまけてください、頼みます」と願い、はじめて百両の金で示談になったと言う、「強欲は無欲に似たり」、一文惜しみの百両損と言う噺。

・・・確かに、吝嗇な万右衛門も問題はありますが、元々、奉加帳というのは、あくまでも善意が原則のはず。
確かに、高額所得者の社会貢献は求められるものではありますが・・どうも。

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