« 現在落語論 | トップページ | 落語三昧! »

2015年12月18日 (金)

力士のたたずまい

日本経済新聞のスポーツ面に「引退模様」という記事があり、今日は、先般引退した大相撲の元関脇若の里さんでした。
関脇若の里
胸を打つものがありました。
日本人として、私は到底真似が出来ませんが、物凄く共感する部分がありました。
この国のメンタリティを実感しました。
道を究める人の、どこまでもストイックな所は、やはり「名人」の境地ですね。
元々、好きなお相撲さんでしたが、これからも応援したいと思いました。
23年半の現役生活で力士の美学を貫き通した。
元関脇若の里は、勝った喜びも負けた悔しさも表情に出さなかった。
そして、満身創痍の体で注文相撲とは無縁の真っ向勝負に徹した。
古風で真摯な土俵態度に、誰もが「力士のかがみ」と一目置いた。
その原点には、元横綱貴乃花と元師匠の故先代鳴戸親方(元横綱隆の里)の2人の存在がある。
中学3年の時、故郷の青森県に大相撲の巡業が来た。
そこで貴乃花(当時は貴花田)に稽古を付けてもらった。
「子供が15人ほどいて、関取も何人かいたから、貴花田関と稽古できたのは偶然の巡り合わせだった」
憧れの人の胸を借り、高校進学か入門かで揺れていた心は定まった。
「貴花田関のような力士になりたい」と、迷いなく相撲界に飛び込んだ。
尊敬する貴乃花の立ち居振る舞いと、先代鳴戸親方の教えは重なっていた。
対戦相手に情が移らないよう、「ほかの部屋の力士とは親しくするな」と先代は説いた。それに従って、必要以上の会話や酒席をともにすることを控えた。
「貴乃花関が、本場所中も巡業中も違う部屋の力士と話しているのを見たことがなかった。 先代の教えと同じだった。それが力士として当たり前の姿だと思う」だからこそ、若の里も常に全力を出し切ることができた。
史上5位の通算1691回の出場。
その全てで「命懸けで土俵に上がった。それだけは胸を張って言える」。
真剣勝負を重ねてきた証しが、両膝を中心とした幾多の故障だ。
手術した回数は9度を数える。
「もうケガをするところがないほど故障し た」
三役在位は計26場所。
“関脇以上”の実力が あったのは間違いないが、2度の大関昇進のチャンスは逃した。真っ向勝負にこだわらなければ、星勘定では大関に手が届いていたのではなかったか。
幕下に落ちれば引退と決めていた十両11枚目で臨んだ名古屋場所。
周囲に「1場所でも長く現役を続けてほしい。立ち合いで変化すれば1つや2つ、星が拾える」と言われた。
それでも 「逃げの相撲を取ってまで、力士人生を延ばしたくはなかった」。
最後まで信条を曲げず、潔く散った。
「歴史をたどれば相撲は神事。だから、力士 としてのたたずまいが大事」と、勝敗にかかわらず支度部屋に入るまで感情を押し殺した。
花道で付け人とハイタッチする今どきの力士とは 一線を画した、昔気質のお相撲さんだった。
西岩親方となり、田子ノ浦部屋の部屋付き親方に。
「勝つこと以外でも尊敬を集める力士らしい力士を育てたい。その結果、強ければいい と思いますね」。
第二の若の里の登場を願いながら、指導者としての道を歩み始めた。

「力士としてのたたずまい」…。
このプライドが大切だと思います。
どの世界にも通じると思います。

« 現在落語論 | トップページ | 落語三昧! »

テレビ・ラジオ・新聞・雑誌」カテゴリの記事