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2015年9月28日 (月)

「五百羅漢」のこと

「五百羅漢」は、小手先で片付けようとしてしまったことを反省しています。
ちょっと言い訳をしておきます。
Rakan_gunzou
とても良い噺なのですが、高座本を読むと、やはりまだ噺として練り上げられていないこともあり、とてもやりづらく感じる噺でした。
前半の冗長な夫婦のやり取り、単調なパターン、それから、何故か上下が付けづらい・・。
さらに後半は、クライマックスが地語りになっていて、これまた感情移入がしづらい。
どうも盛り上がらない。
気持ちが高揚して来ない。
・・・そんな状態でした。
ですから、学士会落語会が終わってから一週間でまとめようとしましたが、連休の最終日まで、ほとんど手付かずの状態でした。
連休中の火曜日の最後の千早亭の稽古会も、急用が出来て行かれなかったし。
木曜日になって、前半は、くすぐりなどをかなりカットして、何とか形になって来ました。
例えば、お権ちゃんが、「うっ」と言うような部分や、おかみさんとにらめっこする場面なども、どうも気持ちがよくないので、直接演じずに、八百屋の青次とおかみさんのおタネさんの台詞と目線で表現するためカット。
ところが、師匠から言われて、おかみさんも羅漢寺へ行くパターンをやろうとしている後半部分は、全く手が付けられずのメチャクチャな状態でした。
さりとて、性格的に、高座本を書き直すなどという几帳面さは皆無ですから、理路整然としたストーリーには到底仕立てられません。
そこで、後半も、なるべく地噺部分をカットして、アドリブで台詞を入れて展開することにしました。
さらに、夫婦と羅漢寺の和尚のやり取りもシンプル化。
クライマックスの虹ができるところは、お父っつぁんとカナちゃんとの会話で表現し、二人が薬缶の口飲みをして、プーっと吹かせて虹を立たせて、まず二人に虹の美しさを語らせる。
それを夫婦と和尚が後ろで見守る設定にしました。
実は、時間がなくなってしまい、地語りの部分を覚える余裕がなくなったので、窮余の策でした。
師匠には、事前に断らずに演出を変えて演りましたので、お詫びをしました。
・・・しかし、意外に評判が良かったのが不思議です。
以前、これも師匠の創作の「救いの腕」を、この千早亭落語会でのネタ下ろしした時の反応に似ている気がします。

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