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2015年9月 9日 (水)

猫怪談

圓窓師匠は、圓生師匠が演じていた「猫怪談」を「通夜の猫」として改編されていますが、その高座本の冒頭(マクラ)では、こんな表現をされています。
レコードとか落語の本にも載っていますが、どうも中途半端な噺で。なんでこんな噺が残っているのか、また師匠の圓生がなぜ演るのか、未だによくわからないんですが・・・・。
しかし、なんとなく長屋の風景なぞも出ているようで・・・。

要するに、つまらない噺だということでしょう。
私が、この噺の高座本をお願いした時も、同じことを仰いました。
落語っ子連の稽古会で、ネタ下ろしのための稽古をした時に、師匠はブログでこんなコメントをしてくださいました。
化け猫がテーマの噺であったのを、与太郎の親に対する情をテーマにあたしが改作してみたもの。
流三はその上に泣かせる噺として演じている。

今回、師匠の「通夜の猫」でなく、「猫怪談」として演らせていただこうと思っているのは、ちょっとしたこだわりがあります。
圓生師匠の「猫怪談」はこんな感じです。
深川蛤町の裏長屋に与太郎が住んでいたが、育ての親の親父が死んでしまった。
線香も買えなく、その支度準備が未だ出来ていないが、早桶だけは準備出来ていた。
大家さんの所の菜漬けの樽で、人の樽を勝手に使うなと言うと、「ヒト樽だからいい」。
借りるのではなく、買って一段落。
大家さんが一通りの手配をして、お寺の場所を確認すると、谷中の瑞林寺だという。
お金がないから早々に通夜も済ませ、与太郎が後棒、月番のラオ屋の甚兵衛さんが前棒、大家さんが提灯持ちという出で立ちで、四つ、今の時間で夜10時、担ぎ出した。

上野、いとう松坂に差しかかったのが、もう12時、当時の九つ。
そこを右に曲がって、三枚橋、池之端にかかり、七軒町を通って谷中に抜けるのが近道です。
旧暦の11月、寒く霜柱を踏みしめながら、池之端を抜けるころ、ものすごく恐がりの甚兵衛さんは、時間が時間なので恐くてしょうがない。
与太郎に脅かされながら担いでいたが、肩に食い込む痛さに肩を変えてくれと頼んだ。
与太郎さん、加減を見て持ち上げれば良かったのを、思いっきり放り上げるように持ち上げたので、縄がヤワになっていたのか、底が抜けて仏様が飛び出してしまった。
その上、桶が壊れてしまったので、直そうとしたが、タガまで切れてバラバラになってしまった。近くの仲町ではダメなので、公徳寺前まで早桶を買いに行く事になった。
一人残された与太郎さん、仏様を寝かせその隣にぼんやりと座っていた。前は不忍池、その後ろは上野の森、夜の水は不気味なものですが、その奥に黒くたたずむ弁天堂が見えようと言う場所です。そこに風が吹いて、枯れアシがガサガサと音を立てる、その風が上野の森に渡っていき、ゴ~~っと唸っているが、馬鹿の与太郎でもいい心持ちはしない。
死んだ親父に語りかける与太郎さんですが、5,6間先に何か黒い物が横切った。
そのとたん、仏様が動き始め正座をして与太郎に向かって「イヒヒ」と声を発した。
ビックリして、殴ってしまったら、仏様は横になってしまった。
何か言い足りない事があったら聞くから、もう一度起きあがってくれと頼んだ。
今度は立ち上がって、ピョンピョンと跳びはねたので、「お父っつぁんは上手」と手囃子して騒いでいた。
その時、強い風が吹いてきて、風に乗って行ってしまった。
大家さんと甚兵衛さんはその声に気づいて与太郎さんの元に帰ってきた。
事の顛末を聞いてあきれる大家さんですが、甚兵衛さんはふるえが止まらず「抜けてしまいました」の言葉だけ。
「何が、抜けてしまったのだ。今、買ってきたばっかりじゃないか」と大家さん。
甚兵衛さん「今度は私の腰が、抜けてしまいました」。

・・・という。
圓窓師匠のコメントどおり、私は、化け猫というよりも、与太郎が絡んだ人情噺を目指しました。
学生時代に演った時は、先日お亡くなりになった入船亭扇橋師匠の音源で、ほとんど圓生師匠に近い設定でしたが、圓窓師匠は猫を「タマ」と名づけ、大きく改編されていました。
私のこだわりは、扇橋師匠の与太郎で演りたいのと、愚かな与太郎、いつもは呆けたことばかり言っている与太郎に、本音を語らせたかった。
これは、「佃祭」でも使った手法で、与太郎が感情を露わにする場面は、柳家権太楼師匠の演出を参考にして、オチは五街道雲助師匠にしました。
「戸隠様に納める梨」にはしませんでしたから。
与太郎に、泣きながら「お父っつぁん、なんで死んだんだよう」って言わせたかった。
そこで、前半は圓窓師匠バージョン、後半は、この台詞を入れた一部創作にして、与太郎は扇橋師匠の与太郎にしました。
だから、「猫怪談」という演目に戻したんです。
そもそも、この噺の出展は、「谷中奇聞」ということになっています。
しかし、これがよく分からないそうです。
そこで、私は、この噺の冒頭を以下のように語りたいと思います。
その昔、江戸に「谷中奇聞」という、誰も見たり聴いたりしたことのない伝奇があって、それから落語になった不思議な怪談があるそうですが・・・。

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