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2015年8月 4日 (火)

甲府と静岡

baseball甲斐と駿河、武田と今川、甲府と静岡・・・。
突然、万葉集から。
不尽山(ふじのやま)を詠める歌一首并て短歌
なまよみの 甲斐の国 うち寄する 駿河の国と こちごちの
国のみ中ゆ 出で立てる 不尽の高嶺は 天雲も 
い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上らず 燃ゆる火を
雪もち消ち 降る雪を 火もち消ち 言ひもえず 
名づけも知らず 霊しくも います神かも 石花の海と 
名づけてあるも その山の つつめる海そ 不尽河と 
人の渡るも その山の 水の激ちそ 日の本の 
大和の国の 鎮とも 座す神かも 宝とも 生れる山かも
駿河なる 不尽の高嶺は 見れど飽かぬかも 
巻三(三一九)

なまよみの甲斐の国と、波打ち寄せる駿河の国と、あちこちの国の中心にそびえ立っている富士の高嶺は、天雲も流れゆくをためらい、飛ぶ鳥も飛んで上らず、頂の燃える火を雪で消し、降る雪を火で消し、言いようもなく、名づけようもなく、遠くいらっしゃる神だ。
石花の海と人々が名づけた湖も、その山が抱く海だ。
富士川として人の渡る川も、その山の発する激流だ。
日の本の大和の国の鎮めとしていらっしゃる神だ。
宝として生まれた山だ。
駿河の富士の高嶺は何度見ても見飽きることがないなあ。
天文10年(1541年)6月14日、甲斐の戦国大名武田信虎が、隣国駿河の今川義元のところに出かけたとき、信虎の息子晴信(信玄)が甲駿国境を封鎖するという事件が起きました。
「武田信玄のクーデター」ともいわれています。
信玄が実父を追放し、自分の力で家督を奪い取ったということで、いかにも戦国的な家督交代劇として有名です。
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この道は国道52号線(河内路)。 
その名の通り、河内領を縦断して駿河に通じていました。 
河内路にはまた、身延山久遠寺を参詣する旅人が通る道でもあったために、「みのぶみち」という呼び名もあります。
さらに、駿河に通じる道なので「駿州往還」と呼ばれ、駿河側からは「甲州往還」と呼ばれていました。
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駿河の国は古くから甲斐にとって、奈良や京都、大坂や江戸などの都や大きな町への表玄関でした。 
甲斐と中央を結ぶ主要な経路には時代による変化がありましたが、右左口路、若彦路、鎌倉街道と、いずれも駿河を経由するものでした。
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みのぶみちは、甲斐と駿河をつなぐ道としてはいちばん西側にあります。 
駿河へのほかの経路はすべて、海抜1000メートルを越えるような峠を通る厳しい道筋でしたが、河内路の道筋は主に富士川に沿って切り開かれたものでした。
従って、「富士川街道」とも呼ばれています。
一度廃止になった、甲府-静岡のバスが復活しました。

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