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2015年8月 5日 (水)

狐七化け狸は八化け?

pigどの世界にも「こわいもの」というのは必要なんでしょう。
先日の日本経済新聞の社説「春秋」では、迷信やら生態系のことに触れた一文がありました。
「キツネに化かされた」と言われても、迷信のタネ明かしが一通り済んでしまった現代、にわかには信じられまい。
しかし、秋田県阿仁町(現北秋田市)の狩人、マタギらの間には、今も同種の怪異譚が埋もれている。
写真家の田中康弘さんが著書「山怪」で紹介した。
出くわした親子ギツネを面白半分に車で追い回した男。
帰宅後、正体不明の美女に手招きされるまま、夜通し村の中をさまよった。
誰もいない山奥で、おのやチェーンソーの音がするのは、タヌキがまねするかららしい。
田中さんは「多くは個人の心象では」と書くが、それを生じさせる不思議な力が山にはあるのだろう。
1905年に絶滅したニホンオオカミにも触れている。
昭和初めまで福島県只見地方で遠ぼえがしたといい、岩手県早池峰山でも目撃例があるが、確たる生存の証は今もない。
生態系のトップが空席となり、山と動物、人間のバランスは崩れたままなのかもしれない。
シカやイノシシによる農業被害は年130億円に上る。
最近は、オオカミを輸入して野に放ち、シカを駆除してもらおうと企てる人たちもいるようだ。柳田国男の「遠野物語」で、村人はオオカミを恐れながら、神様としてあがめてもいた。
持続可能な環境を守ってもらっている、との感謝があったからか。
田中さんの著書にも「自然に敬虔であれ」との通奏低音が響いている。

サルもシカもイノシシも、オオカミがいたらこんなに増えなかったかもしれない。
でも、オオカミがいたら、ヒトは安心して山には入れなかったかもしれない。
全て、自分たちの良いようには行かない。
得られる安全の裏に別の危険もある。
でも、太古の時代から、そうやって共生して来た。
だから、獣を苛めたり虐待してたりすれば、必ず罰が当たったり、復讐されたりした。
「王子の狐」だってそうかもしれない。
現代人は、敬虔と畏怖を忘れてしまったのでしょうか?

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