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2015年8月 3日 (月)

死ぬなら前座より二ツ目…

pen「死ぬなら前座より二ツ目…落語家 三遊亭金馬さん86」
読売新聞の「戦後70年 あの夏」という特集のひとつ。
http://www.yomiuri.co.jp/matome/archive/20150802-OYT8T50000.html?cx_thumbnail=02&from=ytop_os_tmb
金馬師匠は、亡き父と同い年です。
お元気なのが、何故かとても嬉しい。
この昭和1桁世代は、戦争に翻弄された世代です。
「おい、お前、二ツ目にしてやるぞ!」
昭和の名人、先代(三代目)三遊亭金馬が突然、前座のあたしに“昇進”を告げました。1945年8月18日、終戦から3日後のことです。
「世間のウワサじゃ、アメリカ兵が来たら、若い男はみんな殺されちゃうかもしれない。お前だって、前座より二ツ目で死んだ方がいいだろう」
師匠、どこまで本気だったのですか……。
1941年、小学校を出たばかりのあたしは、先代金馬の弟子になりました。
そして、その年の冬に戦争が始まったのです。
以来4年間、戦火の中で、たった一人の少年前座として働き通しました。
二ツ目昇進はそのごほうび、米兵うんぬんは、きっと師匠の照れ隠しだったのでしょう。
「東京中が火の海になって、噺家がみんないなくなっても、俺は一人でも東京に残って、寄席や放送に出るんだ」
「飲む打つ買う」をテーマにした落語は、時節柄ふさわしいものではありませんよね。
世間の目やお上の顔色をうかがい、時流におもねることもあったでしょう。
でも師匠金馬は、どんなに戦局が激しくなっても、落語家としての意地を張り通しました。
子供のあたしに、師匠の落語への思いが理解できるわけありません。
でも、「この人のいうことを聞いていれば間違いない」と信じ、夢中で師匠の背中を追いかけた。「明日死ぬかもしれない」なんて考えたこと、一度もありませんよ。
戦後のどさくさでの昇進、いわば「ポツダム二ツ目」のあたしは、ようやく戦争が終わったことを実感し、寄席と慰問と空襲に明け暮れた駆けだし落語家の日々をかみしめたのです。

・・・戦後70年。

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