« イオンモールで | トップページ | メタボになる習慣 »

2015年7月 5日 (日)

三人無筆

先日の一門会での師匠の「三人無筆」は、師匠の凄さを改めて実感させられました。
面白いんです。
とにかく可笑しいんです。
どこがって、「叩き蟹」をお演りになっている師匠とは別の師匠が見えました。
大工の八五郎が、散歩から帰ってくると、女房が突然大騒ぎする。
何があったのかと聞くと、なんでも日頃八五郎のことを可愛がってくれていた伊勢屋のご隠居が亡くなったために店の者が八五郎を捜して訪ねてきたらしい。
事態は把握した八五郎だったが、どうしたらいいのかわからずとりあえず妻から悔やみの文句を教えてもらい、通夜に向かう。
その後、お店のお通夜に行っていた八五郎が、なぜか物凄い形相で帰ってきた。
「夜逃げするぞ! 草鞋を支度して、代えの蝋燭を五・六本…」
かみさんが事情を尋ねると…
「明日の葬式でな、帳付(記帳係)を頼まれちまったんだ」
「あら、良いじゃないか。雑用させられるより楽だし、羽織を着て帳場に座っていると貫禄が出るよ」
「貫禄が出るって…俺は字なんぞ書けねぇんだよ」
そうだった。
八五郎は腕のいい大工だが、字は読むことも書くことも出来ない。
顔の広さを買われて頼まれた役だが、このままやったら大変なことに…。
「だから逃げるんだ!」と大慌ての八五郎に、呆れたかみさんはある秘策を授けた。
「帳付をするのは、お前さん一人じゃないんだろ?」
「あぁ。確か、源兵衛さんも一緒だ…」
「だったら、源兵衛さんに帳付けをやらせちゃえばいいんだよ」
帳場の周りを掃除して、半紙を綴じて帳面を作って。
お茶を沸かして、墨をすって…。
あらゆる準備をした上で、後からやってくる源兵衛さんに事情を話し、帳付を押し付けてしまおうというわけ。
200x_p2_g7067462w
翌朝、まだ暗い内に寺へ駆け込んだ八五郎だが…なぜかすべての準備が整っている。
首をひねる八五郎に、奥から出てきた男―源兵衛が声をかけた。
「エヘヘ、帳付をお願い…」
実は源兵衛も無筆。
困った二人は、「仏の遺言で帳面はめいめい付け」と言うことにして、客に書かせようと考えた。
「エー帳面は、めいめい付け、向こう付け、やたら付け…」
漬物屋の売り声みたいな事を言う。
そうこうしている内に、占いの先生がやってきた。
その先生に代わってもらい、何とか帳付は終了。
いざ帰ろうとすると、建具屋の半次がやって来る。
「さっきまで吉原にいたんだけど、女が離してくれなくて…」
寺で惚気を言うような、この頓珍漢な男も実は無筆。
困った八五郎と源兵衛が、相談の末に出した結論は…?
「半次は葬式にこなかったことにしよう」

・・・師匠のとはちょっと違う部分もありますが・・・。
このオチも秀逸だと思います。
オチの部分の原話は、明和9(=安永元、1772)年刊の「鹿の子餅」中の「無筆」。
ここでは、弔問に来た武士と取次ぎの会話になっているそうです。
「無筆」というのは、字が読めない・書けないこと。
現代の日本人は、ほぼ100%が読み書きが出来ると思いますが、江戸中期の享保年間(1716~36)あたりから寺子屋が普及して来て、幕末には、日本人の識字率は70%を超えたといわれています。
これは、当時の世界最高標準だったそうですが、それでも3割近くは無筆だった訳です。
当時、寄席に来る客の3~4割が無筆で、「無筆が無筆の噺に笑っていた」ということです。
現在なら、さしずめ人権問題に発展するのでしょうが、何とも大らかな時代だったのか、現実を素直に受け容れる落語国の特長だったのかもしれません。。

« イオンモールで | トップページ | メタボになる習慣 »

落語・噺・ネタ」カテゴリの記事