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2015年6月30日 (火)

早気(はやけ)

sandclock日本経済新聞の「春秋」に、興味深い一文がありました。
仙台藩や旧制二高に関わるということだけではなくて、以前話題にした「浜野矩随」の母親が息子が帰ってくる前に自害してしまう必然性の説明とも繋がるような気がして。
http://www.nikkei.com/article/DGXKZO88688190Q5A630C1MM8000/
弓道に「早気(はやけ)」という言葉がある。
弓を引いて十分な間合いをとらず矢を放ってしまうことをいう。
昔から退治したい癖だった。
仙台藩の弓の指南役を父に持つ若者と母の話を、東北大の元弓道部長の池沢幹彦名誉教授が「弓聖 阿波研造」という本の中で書いている。
若者は遠藤時習(ときしげ)。
早気がひどく、
死別した父の後を継ぐ力がない。
母は死をもって亡夫に謝るほかないと決める。
わが子に、この母を射ておまえも自害をと説く。

時習も覚悟し射場で弓を引き絞る。
さすがに早気も影を潜める。
まさに矢が弦を放れるかという瞬間、母の声があがった。
「よし、その呼吸を忘れるでない!」
(中略)
池沢氏がその生涯を描いた阿波は、大正、戦前に主に仙台で活躍した弓道家だ。
一射一射に全精神を込める「一射絶命」を説いた。
旧制二高では「数多く射てどうするぞ、一本でもよいから命がけでやれ」と指導したという。
医療や農業では岩盤規制がまだ残る。
一射絶命の覚悟を持てと、阿波ならハッパをかけるだろう。

後半部分はともかく、「死別した父の後を継ぐ力がない。母は死をもって亡夫に謝るほかないと決める。わが子に、この母を射ておまえも自害をと説く。」の部分が、「浜野矩随」の母親の思いと一致すると思うのです。
私は、以下のように考えていました。
http://ranshi2.way-nifty.com/blog/2015/06/post-e523.html
私は、江戸時代の社会的な背景(男尊女卑・家・母親の位置)等から来る部分と、ストーリーにインパクトを与えるためだというのが大きなポイントだと考えています。
名人の亭主と、自分の腹を痛めた凡人の息子。
家(の格式)を伝えて行くことが、嫁(母親)の最大の任務だった時代、凡庸な息子は、可愛ければなおさらのこと、母にとっては重たい存在だったはず。
息子を覚醒させるためには、畢竟自身の存在は、甘えの温床になってしまう。
従って、自分の命と引き換えにする覚悟を決めた。
まさに、武士の世界の切腹だと思います。
母親が生きていたのでは、覚醒した矩随が、再び緩んでしまう。
名人の地位を維持させるために、母を失った悔いを以って歯止めにさせようとしたのではないか。

悲しいというか、壮絶な時代があったんですね。

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