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2015年6月 2日 (火)

真仮名さんの「五百羅漢」

師匠のブログで、噺っ子連の有難亭真仮名さんの稽古についてコメントされていました。
真仮名[五百羅漢]。
地語りで表現す る情景描写の方法をいくつか演り分けるようになった。
親子再会の場面には大事 な地語りである。
それだけに、今日の稽古では満点。

さらに、この噺に対する真仮名さんのコメントも紹介してくださいました。
[五百羅漢]を上げて、高座本に連載をしている 「落語事始」に、熱く演読を 取り上げてくれた。 演読の薦めとして、ここへ転載する。
☆ 真仮名の「落語事始」十六 [五百羅漢] 噺っ子連・有難亭真仮名
(201 5・5・28) 今年の初め、紀伊国屋寄席で圓窓師匠の[五百羅漢]を聴いた。
背筋がピンッと伸びるようなさわやかな風が体中に吹いたのを覚えている。
色のある噺。
最後に親子が虹を描いた光景がそう思わせたのだろうか。
時が経てば経つほど、稽古を重ねれば重ねるほど、その色は濃くなり、物語の世界がクッキリと浮かび上がってきた。
この噺を稽古して一番体感したのは、言葉に感情を乗せるのではなく、登場人物の感情が自然と口から出てきたということ。
心を込めた演読の繰り返しで、登場人物と深く対話し、理屈ではない人間の心情を自分なりに掴めめたのではないかと思っている。
だから稽古をするたびに、同じ台詞でも感情の入れ方が異なることもあったし、これが演じる面白さと難しさであると感じた。
また、演者は物語の展開を知っているが、噺の中の登場人物にとっては一言一言が今であり、未来に続く。
だから今を演じることを心掛けた。
それまで夫婦が生きてきた人生、八百屋の清二が江戸の町で迷子と出会う場面、台詞にはない物語の背景を思い描くことも努めた。 口演時間は二十五分。
その中に登場人物の笑い・ 涙・喜び・驚き・・いろいろな 思いが交差する。
時間軸も変わる。
一つの感情に引きずられることなく、一瞬一瞬を演じることが落語なのだろう。
[五百羅漢]は、これまで聴いた、そして稽古した噺の中で一番心に残る。
また 一つ、落語が好きになった。
もっともっと稽古して、多くを学びたい。

…そのまま私の思いだと言ってもいいくらい、共鳴するコメントです。
師匠に「演読」と名付けていただいた稽古方法は、実は演じるのではなく、自分自身を自分の言葉で言葉に投影させて語ることだと思います。
「笠と赤い風車」で、流れが今一歩だったという批評は、半分はご指摘の通り、しかし半分は、場面場面でのリアルタイムの会話や感情の、私なりの表現です。
流暢ではない、言いよどんだ台詞だったかもしれない、でも、それが登場人物の感情だった気がします。
真仮名さん、若いのに凄いなぁ。

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