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2015年5月27日 (水)

笠と赤い風車

その「笠と赤い風車」のあらすじです。
「人の親の 心は闇にあらねども 子を思う道に 惑いぬるかな」。
「親の心は闇ではない。しかし、まるで闇路であるかのように子どもを思うゆえ迷ってしまうことだ」気持ちをうたったものだそうです。
親が子を思う愛情のせつなさ、理屈ではどうにもならない親の愛をうたう古歌があります。
浅草馬道に豆腐屋を営む嘉吉夫婦の間に男の子が産まれたのですが、おかみさんは産後の肥立ちが悪く、亡くなってしまいました。
途方にくれていると、亡くなったおかみさんの実の妹のおせんが何くれと細やかに赤子の面倒を見てくれたので、大家さんを始め周りの者も推めて、嘉吉の後添いになります。
常吉が、多感な十五歳の時に、一家の幸せを妬む周りの者から、ある事ない事を吹き込まれ、それが原因で根性が曲がってしまいます。
二十歳の頃には手の付けられない悪になってしまい、嘉吉はそれを苦に亡くなります。
母親のおせんが何をやっても、悪く取って始末に負えない。
所帯を持たせれば落ち着くだろうと、遠縁の器量好しで気立ての良いお花を迎えたが、それにも難癖を付ける始末。
この頃町内でも有名な縛連女のお金と言う女が常吉に付いた。
常吉は知らないが、お金には蝮の仙吉というヒモが付いている。
大家が訪ねてきて、無尽が満期になった金と、生前嘉吉が預けておいた金、合わせて15両がある。
6月10日に法華講が身延に参詣に行くので、一緒に行こう、と誘われた。
嘉吉の遺骨を納めに行きたい、と話はまとまり、大家が15両預かってくれた。
この話がお金の耳に入り、仙吉と悪い相談が決まった。
お金の口から常吉に伝え、親孝行の真似をしてお金を巻き上げろと悪知恵を与えた。
親孝行の真似事をしていると、おせんもほだされ15両の一件を話し、身延に行く事を了承して欲しいと頼むと、遠いし大変だから自分が行くと言い出した。
おせんも快く了承し、大家も最近の行いを見ていたので、渋々ながら同行を許した。

Bf797f71s10日が近づくと、おせんは15両を胴巻きに縫い込み、あれこれと旅立ちの用意をした。
当日、笠には実の母親の形見の赤い風車を縫い付けておいた。
この赤い風車も母親だと思って、身延に収めて欲しいと持たせた。
金が欲しいだけの常吉はそのまま持って出た。
一行は東海道の道を取り、初日は戸塚泊まり。
常吉は一緒の宿には泊まらず、お金と逢って別の宿に投宿した。
翌日二人は歩き始めたが赤い風車が気になったが、しっかり縫い付けられていたので取れず、茶店で置き忘れたように捨てた。
小田原に宿を求めると、赤い風車が付いた笠が届いていた。
茶店のお婆さんが届けたという。
翌日、歩き始めてドブに笠を捨ててしまった。
箱根にさしかかり、茶屋に腰を下ろすと、赤い風車を付けた笠が届いていた。
品の良い2人の婦人が届けたという。
さすがの常吉もゾーッとした。
箱根で宿を取ったが、酒を飲んでも気が晴れない。
散歩をしようと宿の下駄を引っかけ真っ暗闇の中歩いていると、後ろから思いっ切り突き飛ばされて、谷川に転落。
Hakoneyama
突き飛ばしたのはヒモの仙吉で、金を懐にお金と二人は箱根を越えて逃げてしまう。
常吉は気が付いたら箱根の宿であった。
聞くと、炭焼きが赤い物を見付け、谷川を下りると、川の中に倒れていた。
笠が常吉を支えるようにして、水も飲まず怪我もせず助かった。
笠はぐっしょり濡れて、その時の状況が見えるようだった。
笠の中に母親の姿をだぶらせたが、その母親は継母のおせんの事であった。
居ても立っても居られず、とって返して我が家に。
線香の煙の中、おせんは横たわっていた。
お花が言うには、毎日手を合わせていたが、昨夜気が付くと、両手を上につきだして重いものを支えるような恰好で、水につかったようにぐっしょりと濡れて息絶えていた。
「おっ母さん、おっかさ~ん」と子供のように泣きじゃくる常吉の背中で、風車が風もないのに回りました。
クルクル、クルクル、クルクル。
・・・悪人が出て来る、非常に悲しい、痛ましい噺です。
せめてもの救いは、常吉がこれからは全うに生きて行くであろうということ。
その気持を表現して、残すことが出来れば、後味の悪さもかなり救われると思います。
母親が命をかけて子どもを守る(導く)というのは、「浜野矩随」と同じパターンなのかもしれません。
「おっ母さぁ~ん」と、遺体にすがりつく場面などは、全く同じです。

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