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2015年5月20日 (水)

京須さんの「猫怪談」評

京須偕充さんが、「来福」レーベルのサイトで、「木戸をくぐれば」というコラムを書かれています。
その中に、「猫怪談」について触れた一文がありました。
http://www.110107.com/mob/pageShw.php?ite=OTONANO&ima=5525&cd=raifuku_kyosu_56
□消えては惜しい噺
六代目三遊亭圓生の『猫怪談』は珍しい噺だが、それ以上に特異な性格を持っている。
変化物だから、怪異談だからという意味ではない。
変わった手法、スタイルを持つ噺ということなのだ。
家主がやってきて与太郎と義父の死去について、ごくありふれたやりとりをする。
しばしののち、家主はやおら身の上話を始める。
自分の身の上話ではない。
与太郎と義父の身の上話だ。
ここが落語には珍しい手法、あるいは場面ということ。
自分の身の上話を長々としゃべるのなら珍しくない。
だが目の前にいる相手の過去をその相手に代わって独白スタイルで語るのは落語にはふつうないことだ。
講談なら例はある。
講談は落語と違って語り部自身の存在が強いので、こんな場合には語り部―講談師が一方の人物の姿を借りて語る手法ということがある。
芝居になるとこの手法はもっとしばしば、効果的に使われる。
もの言えぬ状況、立場に追い込まれた人物に代わって別の人物が長いせりふを述べ、ストーリーを進めるのだ。
落語では、人物同士のやりとりで回顧するか、前もって演者が地語りで、つまり純粋な語り部として述べてしまうのが通常なのだ。
結い付け草履を履くような幼な子のときに実の親に死に別れた与太郎の哀れな過去を語る家主の述懐は、生世話の芝居を見るようで、江戸の貧乏長屋の実相がまざまざと浮かび上がり、いかにも圓生好みの演劇的小宇宙が明滅する。
こういう表現を好み、またこんなアンダーな光の噺を聴かせた噺家は他にいなかった。
そして、昔はこんな噺も結構やられていたのだ、と江戸・明治期の多彩で流動的だった話芸の世界が偲ばれる。
圓生亡きあとこの噺は弟子の生之助一人が守っていた。
その三遊亭生之助も他界して『猫怪談』は廃絶同然。
儲る噺ではないが、この特異な手法に挑んでみようという落語家が現れてほしいものだ。

・・・なるほど、圓生師匠の演出に着眼されています。
そうなんです。
この噺では、家主(大家さん)が、与太郎の身の上話をするんです。
ここが泣かせる部分なんです。
京須さんは「圓生好みの演劇的小宇宙」と表現されています。
圓窓師匠は、ストーリーを変えて「通夜の猫」としていますが、この大家さんが語る部分は、しっかり残しています。
実は、圓生師匠の「猫怪談」にあって、圓窓師匠の「通夜の猫」にはない場面があります。
ストーリーの展開上、圓窓師匠はカットしているのですが、実は、何とか入れたい台詞があるんです。
「お父っつぁん、なんで死んじまったんだよぅ、おいら寂しいじゃないか」・・・。
「通夜の猫」で、何とか入れられないか、考えてみたいと思います。

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